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まねき亭とその店主

まねき亭とその店主2

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「なんでそれを……」

 呆然とつぶやいたら、呆れたようにため息をつかれた。

「なかなか来ないから探しに出てみれば……迷子になっていたのか?」

 訝しげに眉をひそめた彼に、まさかと思いながら尋ねてみる。

「もしかして……『まねき亭』というのはここですか⁉」
「なんだ? 知らずに来たのか?」

 あっさりと肯定されて、璃世は両目を大きく見開いた。この近くまで来ていたはずなのに、どうして見つけられなかったのだろう。
 だけど今はそれを考えている場合ではない。慌てて振り向き、勢いよく頭を下げた。

「遅くなってしまい申し訳ありません!」
「いや、大丈夫だ。俺はここの店主で、京千里(かなどめ せんり)」
「ありがとうございます、京店長」
「千里でいい」

 有無を言わさぬ口調にうなずいたら、突然千里が勢いよくしゃべりだした。

「三矢田璃世、六月十二日生まれ、二十一歳、O型。家族は弟がひとり。性格は真面目で勤勉。長所は寝つきの良さ、短所は方向音痴。身長一五三センチ、スリーサイズは上から八じゅ――」
「わわわわっ! そこまでで結構です!」

 慌てて両手を振りながら止めに入る。個人のスマホにどうしてそんな個人情報が。
紹介状代わりに知り合いの親戚のそのまた――の人づてから送られてきたのだろうか。それにしても、璃世のスリーサイズなんて誰も知らないはずなのに――。

 千里は当然のような顔をして、さらに驚くことを言った。

「これくらいは知っておいて当たりだ。嫁のことだからな」
「へ……?今なんて……?」
「知っていて当然」
「や、その後の」

 自分の聞き間違いであってほしい。一縷の望みを込めてじっと見つめる。

「嫁のこと」
「そ、それです! なんですか、嫁って……私は就職の面接に来たんですけど……」
「ああ、たしかに就職だ――頭に“永久”がつくな」
「えぇっ!」

 “面接”だと思って来たのに、それが実は“見合い”だったなんてとんでもない。自分が欲しいのは自力で生きていくための収入であって、間違っても結婚相手ではないのだ。

「話が違うようなので、私はこれで!」

 すばやくきびすを返したところで腕を掴まれた。力任せにグイッと引っぱられ、次の瞬間、背中を壁に押しつけられた。

「なっ、なにを――っ」

 抗議の言葉を遮るように、千里が璃世の顔の横に「ダンッ」と音を立てて思いきり手をつく。

「な、なにするんですかっ!」
「なにって……夫婦めおとになる契り?」

 微笑みながら小首をかしげられ、頭がクラッとする。これはもしや、貞操の危機感というやつなのか。そんなの冗談じゃない。

 我に返って必死に目の前の男を睨みつける。

「意味が分かりません! とにかく今すぐ離れてください! なにかしたら警察呼びますから!」
「呼べるもんなら呼んでみな」
「なっ……」

 なにそれ! と思った瞬間、思い出した。携帯は故障中だ。警察なんて呼べるはずない。けれどこの人はそのことを知らないはずなのに。

 ますます意味がわからなくて、いいかげん頭がショートしかけている。それでもなんとか平静を保とうと眉間に力を込めたところで、突然あごを掴まれクイッと上向かされた。
 可動域いっぱいまでまぶたを持ち上げた璃世を見て、千里がクッと短く笑う。

 真の意味、“目と鼻の先”で。
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