上 下
2 / 21
途方に暮れる橋の上

途方に暮れる橋の上1

しおりを挟む
 はじまりはその前日。
 かつて“都”と呼ばれた街の夕暮れどき。木枯らし吹きつける橋の真ん中で、璃世は途方に暮れていた。

「どうしよう……」

 もう何時間も歩き回っている。指先はジンジンと痺れて足は棒のよう。重たいスーツケースのせいで腕も痛い。明日から“師走”だが走るどころか歩けそうにもない。

 手に持っている紙を眺めながらため息をついた。日が暮れるまでに、ここに書かれた住所の店にいかなければならないのにと。

 二週間前、勤めている会社が倒産した。

 春に入社してからこの八か月、彼女なりに早く一人前になって役に立とうと必死に頑張ったが、彼女が戦力になる前にあえなく倒産。様々な社会情勢の変化に持ちこたえられなかったのだろう。

 独身寮完備ということが決め手で入社したのに、裏目に出てしまった。職も住み家も一度に失ってしまったのだから。

 どうして自分が新生活を始めると、不慮の出来事にみまわれるのだろう。どこかに神様がいるのなら教えてほしい。

 専門学校に入学したばかり年、璃世は両親を事故で亡くした。
 幸いなことに、両親の生命保険から専門学校の学費は払えたけれど、二つ下には弟がいる。自分よりできのいい弟のために両親の遺してくれたお金はとっておこうと心に誓い、学生のときはバイトに明け暮れ、就職活動にもいそしんだ。

 とにかく璃世は自分を食べさせていかなければならない。多額の保険金があっても、弟の大学生活はこれから四年――いや、六年は続くだろう。あっという間にそれも底を尽きるかもしれない。

 そのため、文字通り“必死”に再就職先を探し、知り合いの親戚のそのまた知り合い――という伝手を頼って、やっとのこと獲得した再就職先がこの紙切れというわけなのだ。

【まねき亭/住み込み(三食つき)/月給18万/賞与年2回/※ただし住居の掃除は各自で】

 そう書かれた紙を見ながら、石造りの欄干に両腕をついてうなだれた。

 さっきから何度も往復したこの橋は『賀茂大橋(かもおおはし)』というそうで、二つの川が合流した場所にかかっている。間にあるデルタ地帯まで両岸から並べられた飛び石は、夏場なら川遊びが楽しそうだが、この時期には少々寒々しい。

 口から「はぁ~」とため息をついてカクッとこうべを垂れる。

「わかりやすいなんて絶対嘘でしょ……」

『京都の住所はわかりやすいから大丈夫!』だなんて簡単そうに言ってくれた元上司には、今なら文句のひとつくらい許されるかもしれない。
 中国地方の片田舎から大阪に就職した璃世には、京都なんて中学校の修学旅行以来。そのうえ、筋金入りの方向音痴ときた。

(こんなとき、スマホがあったらなぁ……)

 残念ながら璃世が持っているのは『ガラケー』と呼ばれる旧式の二つ折り携帯電話だ。就職して最初のボーナスで念願のスマホを持つ予定だったのに、そのまえに会社がなくなってしまうなんて――。

 いいかげん目的地を見つけないと日が暮れてしまう。面接は今日中ならいつでもいいと聞いていたけれど、さすがに夜になってから訪問するのは失礼になるだろう。

(だけど、電話に出ない方だって悪いと思うのよね!)

 メモの下に書かれている電話番号に、さっきから何度も電話をかけていた。わかりやすい目印を教えてもらおうと思ったのだ。

 なのに、何度かけても繋がらない。
 このままだと不採用になってしまう。それはまずい。非常にまずい。

 諦めずにもう一度電話をしてみようかと、肩から下げたバッグの中から携帯を取り出したとき。

 夕陽を浴びてキラキラと光る川に向かって、なにか黒い物体が飛んでくるのが目に入った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

あやかし警察おとり捜査課

紫音
キャラ文芸
 二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。 ※第7回キャラ文芸大賞・奨励賞作品です。

諦めて溺愛されてください~皇帝陛下の湯たんぽ係やってます~

七瀬京
キャラ文芸
庶民中の庶民、王宮の洗濯係のリリアは、ある日皇帝陛下の『湯たんぽ』係に任命される。 冷酷無比極まりないと評判の皇帝陛下と毎晩同衾するだけの簡単なお仕事だが、皇帝陛下は妙にリリアを気に入ってしまい……??

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

天狐の上司と訳あって夜のボランティア活動を始めます!※但し、自主的ではなく強制的に。

当麻月菜
キャラ文芸
ド田舎からキラキラ女子になるべく都会(と言っても三番目の都市)に出て来た派遣社員が、訳あって天狐の上司と共に夜のボランティア活動を強制的にさせられるお話。 ちなみに夜のボランティア活動と言っても、その内容は至って健全。……安全ではないけれど。 ※文中に神様や偉人が登場しますが、私(作者)の解釈ですので不快に思われたら申し訳ありませんm(_ _"m) ※12/31タイトル変更しました。 他のサイトにも重複投稿しています。

世界グルメ食べ歩き、庶民派王様一家とチヨちゃん

古寂湧水 こじゃくゆうすい
キャラ文芸
世界一の豪華クルーザーで地中海を食べ歩き!料理の内容を詳細に伝えます。 船橋の夏見で陶器店の一店主をしながら毎日蒸かし芋を食べている庶民派ですが、世界一のお金持ちなのです。その王様と7歳の息子の昴と友達の一般家庭出身のチヨちゃんの3人達と、美味しいものを食べることが好きな子供達の食べ歩きの様子をお伝えいたします。

処理中です...