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7. ロンギヌス像になる
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「へぇ~ロンギヌスの槍じゃん。よく出来てる」
何人かの学生が僕の前を通り過ぎるたびにそんな声をあげる。僕はロンギヌスの槍のポーズ(両手を広げて片手に槍を持つ)を取りながら後悔をし始めていた。右手は槍を地面に立てて支えにしているからまだいい。だが左手を足から斜め45度に上げて停止しているのは手がプルプルしてくる。
明日は筋肉痛だな。
遠くの苅部をぼんやりと見ていると何人かに囲まれているようだった。先ほどからチラホラと人が立ち止まるのを見ていると、やはり自由の女神は人気なのだと思う。どんなことをされているのかと目を細めるわけにもいかず、ぼやっとしたシルエットを視界に映す。すると大きなキャンバスを運んでいる人物が僕の前で立ち止まった。
「タカ?」
早瀬、と返事をしそうになったが喋ってはいけないことを思い出して言葉は返さない。
「すごっ、よく出来てる」
早瀬の手が伸びてきて衣装に触れ、それから僕の露わになっている胸のあたりに触れた。ぴくっと体が動いてしまうと「くすぐったいの?」と早瀬が笑う。
「ほら、いつまで遊んでるんだよ。早くいくぞ」
「分かってるよ、佐倉。タカ、ごめんね。今、持ち合わせないからあとでまた来るね。いやぁ、タカを好きに出来るって楽しいなぁ」
後半の部分を大きな声で言うと早瀬は去っていった。
不思議なことに早瀬が去ってからというもの、僕の方にもチラホラと人が寄ってくるようになった。
「本当だ。高橋じゃん。意外~」
なんて声も聞こえる。
「眼鏡とるとこんな顔してるんだねー。私、一緒に写真撮りたいなー」
「あ、私もっ」
女性二人に挟まれて写真を撮る。表情もポーズも考えなくていいって楽だ。女性二人はそれぞれ500円玉を箱に落としていった。昼近くになり、一般客が増えてくると面白がって寄ってくる人の数も増え、要求も多岐に渡るようになった。
「これ、口にくわえて」
と口にシロツメクサを持ってくる人がいれば、また別の誰かがシロツメクサを外してくれる。僕の体にサークルの求人募集を貼っていく学生や、日陰になるように日傘に入れてくれる人。善意と興味と好奇心に晒されはするが、こうして立っていると人の心のどこかに触れているようで面白い。
「喉、渇いただろ?」
そんな声が聞こえたかと思うと目の前に佐倉の顔があった。佐倉は僕の目の前でペットボトルの口を開けると、僕の口に押し当てる。
冷たい、気持ちいい。
一口飲めば水が体に沁み込んでいく。僕、喉が渇いていたのか。口から水が零れていくのも構わず夢中で水を飲むと、零した水を佐倉が優しく拭った。
「佐倉、何してんの?」
佐倉の隣に見たことのないチャラチャラした奴が寄ってきた。
「別に」
「えー、水飲ませてたじゃん。俺、見てたよ」
「見てたんなら聞くなよ」
「いいとこあるじゃん。なぁっ」
男は僕に同意を求めたが勿論僕は返事をしない。
「油絵学科の高橋だろ?俺、音楽科の壮太って言います。どうぞ、よろしく」
「なんで自己紹介してんだよ」
「だって、お近づきになれるチャンスじゃん。彼と友達になりたい人って結構いると思うけどな。近寄りがたいらしいよ」
最後の一言は僕に向けて言った言葉だ。
近寄りがたい?
友達になりたい人は結構いる?
信じられない言葉に思わず視線を動かすと壮太という人物に微笑まれた。
「お近づきの記念に俺もお世話しよーっと。ちょっと待っててね。何か買ってくる」
パタパタと僕の元を去った彼を見送ると佐倉は頭に手をやって「早瀬め、余計なことを」と言った。
「渉、変なやつが来たらちゃんと逃げろよ。早瀬がここにいるのがお前だってバラしたんだ」
佐倉の言う言葉の意味が分からず、僕はただ前を向いていたが先ほどの水のことを思い出した。あの水は本当にありがたかったのだ。
「水、ありがと」
「喋らないんじゃなかったの?」
「佐倉だし、いいでしょ」
僕の言葉に佐倉が嬉しそうに笑ったから、僕はそのまま口をつぐんだ。
「タカ、俺、ちょっと休憩してくるわ」
時計が13時半を指したころ自由の女神が僕の方へやってきた。
「僕も行く。トイレ行きたいし」
お金の入った箱を持って制作室へ移動した。
「どう?結構稼いだ?」
「ん~8,267円だな。苅部は?」
「11,871円」
「おー、さすがっ」
「製作費で5千円は徴収するからな。でもそれ以外はタカのものだ。1日一万円として一週間で7万円。つまり、6万5千円の利益。な、結構いいだろ?」
「まぁ、なぁ」
「なんだよ、その微妙な返事」
「いや、利益がどうのっていうよりも人の心の中が見えるようで結構面白いよ、これ」
「だろーっ、結構楽しいんだよなー」
苅部は僕の感想に満足したように笑った。
「可愛い子が寄ってきたときなんて、顔がにやけそうになるよな。俺、女の子から飴を口に入れて貰った」
苅部は嬉しそうだ。なるほど、こういう瞬間を楽しみに苅部は銅像になっているのだと思うと妙に納得する。
「人の善意に触れると、あったかい気持ちになるよね」
「だろ。タカは何貰った?」
「水と焼きそばと、肉とポテト」
「焼きそば!?」
「そう」
佐倉の友達である壮太くんはあの後、焼きそばを買ってきてくれたのだ。どう考えても食べさせるのには向かない食べ物をくるくると丁寧にフォークに巻いてくれ、30分ほどかけて食べさせてくれた。その光景を見ていた女の子は肉を、また別の子はポテトを分けてくれたのだ。
「すげーお世話されてる。タカにお世話するってのが新鮮なのかねぇ」
「そういえば僕って近寄りがたいの?」
「ん。そうだな。俺はそうは思わないけど、どうしたら仲良くなれるかって聞かれたことはあったなー。そんなの話し掛けてみればいいだけなのにな」
ガハハ、と大きな口を開けて苅部が笑う。
「そうか。僕って話し掛けづらいんだ。そんなつもりは無いんだけどな」
結局その日は僕が11,432円、苅部が15,156円の売り上げを立てて終了した。二日目、三日目と日数を経るごとに芸術祭は盛り上がり、二日目、三日目と初日の売上を更新し続け四日目には2万円を売り上げるまでになった。僕と苅部の姿がSNSで拡散されたせいもある。
何人かの学生が僕の前を通り過ぎるたびにそんな声をあげる。僕はロンギヌスの槍のポーズ(両手を広げて片手に槍を持つ)を取りながら後悔をし始めていた。右手は槍を地面に立てて支えにしているからまだいい。だが左手を足から斜め45度に上げて停止しているのは手がプルプルしてくる。
明日は筋肉痛だな。
遠くの苅部をぼんやりと見ていると何人かに囲まれているようだった。先ほどからチラホラと人が立ち止まるのを見ていると、やはり自由の女神は人気なのだと思う。どんなことをされているのかと目を細めるわけにもいかず、ぼやっとしたシルエットを視界に映す。すると大きなキャンバスを運んでいる人物が僕の前で立ち止まった。
「タカ?」
早瀬、と返事をしそうになったが喋ってはいけないことを思い出して言葉は返さない。
「すごっ、よく出来てる」
早瀬の手が伸びてきて衣装に触れ、それから僕の露わになっている胸のあたりに触れた。ぴくっと体が動いてしまうと「くすぐったいの?」と早瀬が笑う。
「ほら、いつまで遊んでるんだよ。早くいくぞ」
「分かってるよ、佐倉。タカ、ごめんね。今、持ち合わせないからあとでまた来るね。いやぁ、タカを好きに出来るって楽しいなぁ」
後半の部分を大きな声で言うと早瀬は去っていった。
不思議なことに早瀬が去ってからというもの、僕の方にもチラホラと人が寄ってくるようになった。
「本当だ。高橋じゃん。意外~」
なんて声も聞こえる。
「眼鏡とるとこんな顔してるんだねー。私、一緒に写真撮りたいなー」
「あ、私もっ」
女性二人に挟まれて写真を撮る。表情もポーズも考えなくていいって楽だ。女性二人はそれぞれ500円玉を箱に落としていった。昼近くになり、一般客が増えてくると面白がって寄ってくる人の数も増え、要求も多岐に渡るようになった。
「これ、口にくわえて」
と口にシロツメクサを持ってくる人がいれば、また別の誰かがシロツメクサを外してくれる。僕の体にサークルの求人募集を貼っていく学生や、日陰になるように日傘に入れてくれる人。善意と興味と好奇心に晒されはするが、こうして立っていると人の心のどこかに触れているようで面白い。
「喉、渇いただろ?」
そんな声が聞こえたかと思うと目の前に佐倉の顔があった。佐倉は僕の目の前でペットボトルの口を開けると、僕の口に押し当てる。
冷たい、気持ちいい。
一口飲めば水が体に沁み込んでいく。僕、喉が渇いていたのか。口から水が零れていくのも構わず夢中で水を飲むと、零した水を佐倉が優しく拭った。
「佐倉、何してんの?」
佐倉の隣に見たことのないチャラチャラした奴が寄ってきた。
「別に」
「えー、水飲ませてたじゃん。俺、見てたよ」
「見てたんなら聞くなよ」
「いいとこあるじゃん。なぁっ」
男は僕に同意を求めたが勿論僕は返事をしない。
「油絵学科の高橋だろ?俺、音楽科の壮太って言います。どうぞ、よろしく」
「なんで自己紹介してんだよ」
「だって、お近づきになれるチャンスじゃん。彼と友達になりたい人って結構いると思うけどな。近寄りがたいらしいよ」
最後の一言は僕に向けて言った言葉だ。
近寄りがたい?
友達になりたい人は結構いる?
信じられない言葉に思わず視線を動かすと壮太という人物に微笑まれた。
「お近づきの記念に俺もお世話しよーっと。ちょっと待っててね。何か買ってくる」
パタパタと僕の元を去った彼を見送ると佐倉は頭に手をやって「早瀬め、余計なことを」と言った。
「渉、変なやつが来たらちゃんと逃げろよ。早瀬がここにいるのがお前だってバラしたんだ」
佐倉の言う言葉の意味が分からず、僕はただ前を向いていたが先ほどの水のことを思い出した。あの水は本当にありがたかったのだ。
「水、ありがと」
「喋らないんじゃなかったの?」
「佐倉だし、いいでしょ」
僕の言葉に佐倉が嬉しそうに笑ったから、僕はそのまま口をつぐんだ。
「タカ、俺、ちょっと休憩してくるわ」
時計が13時半を指したころ自由の女神が僕の方へやってきた。
「僕も行く。トイレ行きたいし」
お金の入った箱を持って制作室へ移動した。
「どう?結構稼いだ?」
「ん~8,267円だな。苅部は?」
「11,871円」
「おー、さすがっ」
「製作費で5千円は徴収するからな。でもそれ以外はタカのものだ。1日一万円として一週間で7万円。つまり、6万5千円の利益。な、結構いいだろ?」
「まぁ、なぁ」
「なんだよ、その微妙な返事」
「いや、利益がどうのっていうよりも人の心の中が見えるようで結構面白いよ、これ」
「だろーっ、結構楽しいんだよなー」
苅部は僕の感想に満足したように笑った。
「可愛い子が寄ってきたときなんて、顔がにやけそうになるよな。俺、女の子から飴を口に入れて貰った」
苅部は嬉しそうだ。なるほど、こういう瞬間を楽しみに苅部は銅像になっているのだと思うと妙に納得する。
「人の善意に触れると、あったかい気持ちになるよね」
「だろ。タカは何貰った?」
「水と焼きそばと、肉とポテト」
「焼きそば!?」
「そう」
佐倉の友達である壮太くんはあの後、焼きそばを買ってきてくれたのだ。どう考えても食べさせるのには向かない食べ物をくるくると丁寧にフォークに巻いてくれ、30分ほどかけて食べさせてくれた。その光景を見ていた女の子は肉を、また別の子はポテトを分けてくれたのだ。
「すげーお世話されてる。タカにお世話するってのが新鮮なのかねぇ」
「そういえば僕って近寄りがたいの?」
「ん。そうだな。俺はそうは思わないけど、どうしたら仲良くなれるかって聞かれたことはあったなー。そんなの話し掛けてみればいいだけなのにな」
ガハハ、と大きな口を開けて苅部が笑う。
「そうか。僕って話し掛けづらいんだ。そんなつもりは無いんだけどな」
結局その日は僕が11,432円、苅部が15,156円の売り上げを立てて終了した。二日目、三日目と日数を経るごとに芸術祭は盛り上がり、二日目、三日目と初日の売上を更新し続け四日目には2万円を売り上げるまでになった。僕と苅部の姿がSNSで拡散されたせいもある。
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