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4. 俺は何?
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「うわーっ、ごめんタカ」
苅部が僕の壊れたメガネを片手に置いて、まだ何やら拾っている。視界が歪んでよく見えないがきっと割れたレンズだろう。
「あーぁ、これは再起不能だな。眼鏡屋に行くか?急げば間に合うかも」
表情は見えないが声とシルエットが佐倉だと教える。佐倉は僕が答える前に手を掴んで僕を立ち上がらせた。
「いや、俺が連れてくよ。眼鏡を踏んで割ったのは俺だし」
「苅部君は飲んでるし、あんまり目が見えてないやつ連れて歩くのは大変だろ」
「でも・・・」
「苅部は気にしなくていいよ。眼鏡が飛んだこと知っておきながら放置してたのは僕だし。気にしないで」
僕は苅部に寄ると耳元で囁いた。
「俺の見たところ、薫ちゃんは苅部狙いだと思うよ」
苅部が僕を見る。白い歯が見えているからきっとニヤけているのだろう。押し出すように苅部の背中を叩くと同じように背中を叩かれた。これで俄然張り切ることだろう。
「高橋君、ほら、行くよ」
いつの間にか荷物をまとめた佐倉が僕を急かす。
「うん。じゃ、また。皆さんは楽しんで。お先に」
またねーと見送られて店を出た。眼鏡が壊れたのは痛いが、正直言うとあのタイミングで店を出られたことにはホッとしていた。
「あ、手・・・」
手を握られたままだという事に気が付いて解こうとするも、ギュッと強く手を握られる。
「あんまり見えてないんだろ。手を離すと危ないよ」
「でも、こんなところを見られたら佐倉が困る」
「別に。俺、バイだって有名だし」
「えっ!?そうなの?」
一瞬早瀬のことが頭をよぎったが佐倉が直ぐに否定した。
「早瀬とはそういう関係じゃないよ。あいつ、男にそういう感情は持たないから」
「あぁ、うん」
ホッしたと同時に早瀬がお前に振り向くことは無いよ、と心臓に細い針を打たれたようになって下を向いた。
「そういえば、眼鏡屋ってこっちだっけ?」
「いや。この時間じゃ眼鏡屋はとっくに終わってる」
「え?」
「渉が逃げ出したそうだったから」
そうか、佐倉なりに気を使ってくれたのか・・・。
「ありがと。助かったよ。あぁいう場所は慣れてなくて」
佐倉とこうして並んで歩くのは初めてだ。あんなことはしているのに、いや、むしろあんなことしかしていない。
「渉も合コンに来たりするんだ」
「あれは合コンに行けばガーラ・テレベア美術館のチケットを格安で譲ってやるって苅部に言われて・・・」
「ガーラ・テレベア美術館?美術館のチケット欲しさに苦手な合コンに参加ね。俺に言えばもっと簡単に手に入ったのに」
「え?」
「父親のツテがあるんだ。俺の父親、ピアニストの佐倉修一だから芸術関係には結構顔が利く」
「あの佐倉修一!?」
佐倉修一は現在のクラッシック業界をけん引する人物だ。20歳でチャイコフスキー国際コンクールで1位になると端正な顔立ちもあり一躍時の人になったという。現在でも精力的に海外公演をこなす一流のピアニストだ。
僕の表情を見て佐倉が噴き出した。
「渉は本当に俺のこと知らないんだな」
その言葉がなんだか妙に胸にひっかかった。
翌朝は部屋をノックする音で目が覚めた。
「なに?」
言葉と同時に部屋のドアを開けると目の前にいたのは早瀬だった。
「寝てた?」
「あぁ、昨日眼鏡壊しちゃって。このまま授業受けたって見えないから、今日は学校を休んで眼鏡を買いに行こうと思って」
「そうだよなー。実は朝早くに苅部からメールが来て、タカのフォローを頼まれたんだよ。きっと眼鏡を買いに行くから付き合ってやってくれって。苅部は今日の講義は休めないらしくてさ。でも、俺もちょっと今日は休めなくて」
「あぁ、いいよ。気にしないで。大丈夫だから」
「いやいや、俺だってそんなタカを一人で眼鏡を買いにいかせるわけにはいきませんって」
早瀬がニコリと白い歯を見せる。
「だから助っ人を呼んでおいた」
早瀬の言葉で背後から顔を出したのは昨日お世話になった相手。
「佐倉・・・君?」
佐倉は僕を見ると、どうも、と頭を下げた。
「初めて見る顔じゃないから平気でしょ。佐倉に連れてって貰いなよ」
遠慮しようかと思ったが、良く考えれば目的の眼鏡屋までは電車で3駅ある。ひとりで行くのは無謀か。
「佐倉君、悪いけどお願いしてもいいかな」
「あぁ、いいよ。早瀬からも頼まれてるし」
「その言い方。ったく素直じゃないんだから。佐倉も今朝、メールしてきたくせに」
「早瀬、うるさい」
「はいはい。じゃ、俺は学校に行くから。佐倉、後はよろしく」
「あぁ」
「早瀬!気にかけてくれてありがと」
「おう!」
早瀬は軽やかに手を振るとその場を後にした。
「入って。大学を休むつもりだったから何も準備してなくて」
「だよな、急がなくてもいいよ。のんびり行こうぜ」
干してある服をハンガーから外しベッドに投げるようにして置くと着ているTシャツを脱ぐ。
「見られてるような気がするんだけど」
「こうして明るい時間に渉の体を見るのははじめてだなって思って」
「そういうの恥ずかしいんだけど」
「そういう割には隠したり急いで着替えたりしないじゃん」
「僕の裸に価値なんて無いよ。鍛えてるわけでもないし」
「そんなことないだろ」
佐倉が僕に寄ってきて着替えたばかりのTシャツの裾をクイッと上げた。
「着替えてるんだから邪魔すんなよ」
「はいはい」
佐倉はTシャツから手を離して窓の方を見た。
「そういえば昨日の合コンの絵理ちゃん、渉の連絡先を知りたがってたけどどうする?」
「・・・適当に断っておいてもらえると助かる」
「だよな。・・・なぁ、渉の恋愛対象って男なの?」
「は?」
「違うの?」
「どうだろ。今まで好きになった相手は全員女性だったから。早瀬だけが特別なんだ」
「へぇー。早瀬だけが特別ね」
佐倉の手が僕の頬に添えられる。
「じゃあ、俺は何?」
いつになく真面目な表情をした佐倉から顔を反らそうとすると、頬に添えられた手に力が入りそのままキスをされた。
「なっ・・・」
佐倉の体を引き離す。
「チョコの味がする。オレンジの香り」
佐倉が自分の唇を舐めた。
「・・・僕たちにそういうのは必要ないだろ」
「じゃあ何なら必要なの?」
いつもは茶化したりからかったりする佐倉が今日は別人みたいだ。
「何怒ってんだよ」
「怒ってなんかねぇよ」
明らかに怒っている口調だがそれを指摘するのは火に油を注ぐことになるのは十も承知だ。
「準備できた」
佐倉が差し出した手を握る。佐倉と僕の手の温度が同じくらいで生ぬるく感じた。
苅部が僕の壊れたメガネを片手に置いて、まだ何やら拾っている。視界が歪んでよく見えないがきっと割れたレンズだろう。
「あーぁ、これは再起不能だな。眼鏡屋に行くか?急げば間に合うかも」
表情は見えないが声とシルエットが佐倉だと教える。佐倉は僕が答える前に手を掴んで僕を立ち上がらせた。
「いや、俺が連れてくよ。眼鏡を踏んで割ったのは俺だし」
「苅部君は飲んでるし、あんまり目が見えてないやつ連れて歩くのは大変だろ」
「でも・・・」
「苅部は気にしなくていいよ。眼鏡が飛んだこと知っておきながら放置してたのは僕だし。気にしないで」
僕は苅部に寄ると耳元で囁いた。
「俺の見たところ、薫ちゃんは苅部狙いだと思うよ」
苅部が僕を見る。白い歯が見えているからきっとニヤけているのだろう。押し出すように苅部の背中を叩くと同じように背中を叩かれた。これで俄然張り切ることだろう。
「高橋君、ほら、行くよ」
いつの間にか荷物をまとめた佐倉が僕を急かす。
「うん。じゃ、また。皆さんは楽しんで。お先に」
またねーと見送られて店を出た。眼鏡が壊れたのは痛いが、正直言うとあのタイミングで店を出られたことにはホッとしていた。
「あ、手・・・」
手を握られたままだという事に気が付いて解こうとするも、ギュッと強く手を握られる。
「あんまり見えてないんだろ。手を離すと危ないよ」
「でも、こんなところを見られたら佐倉が困る」
「別に。俺、バイだって有名だし」
「えっ!?そうなの?」
一瞬早瀬のことが頭をよぎったが佐倉が直ぐに否定した。
「早瀬とはそういう関係じゃないよ。あいつ、男にそういう感情は持たないから」
「あぁ、うん」
ホッしたと同時に早瀬がお前に振り向くことは無いよ、と心臓に細い針を打たれたようになって下を向いた。
「そういえば、眼鏡屋ってこっちだっけ?」
「いや。この時間じゃ眼鏡屋はとっくに終わってる」
「え?」
「渉が逃げ出したそうだったから」
そうか、佐倉なりに気を使ってくれたのか・・・。
「ありがと。助かったよ。あぁいう場所は慣れてなくて」
佐倉とこうして並んで歩くのは初めてだ。あんなことはしているのに、いや、むしろあんなことしかしていない。
「渉も合コンに来たりするんだ」
「あれは合コンに行けばガーラ・テレベア美術館のチケットを格安で譲ってやるって苅部に言われて・・・」
「ガーラ・テレベア美術館?美術館のチケット欲しさに苦手な合コンに参加ね。俺に言えばもっと簡単に手に入ったのに」
「え?」
「父親のツテがあるんだ。俺の父親、ピアニストの佐倉修一だから芸術関係には結構顔が利く」
「あの佐倉修一!?」
佐倉修一は現在のクラッシック業界をけん引する人物だ。20歳でチャイコフスキー国際コンクールで1位になると端正な顔立ちもあり一躍時の人になったという。現在でも精力的に海外公演をこなす一流のピアニストだ。
僕の表情を見て佐倉が噴き出した。
「渉は本当に俺のこと知らないんだな」
その言葉がなんだか妙に胸にひっかかった。
翌朝は部屋をノックする音で目が覚めた。
「なに?」
言葉と同時に部屋のドアを開けると目の前にいたのは早瀬だった。
「寝てた?」
「あぁ、昨日眼鏡壊しちゃって。このまま授業受けたって見えないから、今日は学校を休んで眼鏡を買いに行こうと思って」
「そうだよなー。実は朝早くに苅部からメールが来て、タカのフォローを頼まれたんだよ。きっと眼鏡を買いに行くから付き合ってやってくれって。苅部は今日の講義は休めないらしくてさ。でも、俺もちょっと今日は休めなくて」
「あぁ、いいよ。気にしないで。大丈夫だから」
「いやいや、俺だってそんなタカを一人で眼鏡を買いにいかせるわけにはいきませんって」
早瀬がニコリと白い歯を見せる。
「だから助っ人を呼んでおいた」
早瀬の言葉で背後から顔を出したのは昨日お世話になった相手。
「佐倉・・・君?」
佐倉は僕を見ると、どうも、と頭を下げた。
「初めて見る顔じゃないから平気でしょ。佐倉に連れてって貰いなよ」
遠慮しようかと思ったが、良く考えれば目的の眼鏡屋までは電車で3駅ある。ひとりで行くのは無謀か。
「佐倉君、悪いけどお願いしてもいいかな」
「あぁ、いいよ。早瀬からも頼まれてるし」
「その言い方。ったく素直じゃないんだから。佐倉も今朝、メールしてきたくせに」
「早瀬、うるさい」
「はいはい。じゃ、俺は学校に行くから。佐倉、後はよろしく」
「あぁ」
「早瀬!気にかけてくれてありがと」
「おう!」
早瀬は軽やかに手を振るとその場を後にした。
「入って。大学を休むつもりだったから何も準備してなくて」
「だよな、急がなくてもいいよ。のんびり行こうぜ」
干してある服をハンガーから外しベッドに投げるようにして置くと着ているTシャツを脱ぐ。
「見られてるような気がするんだけど」
「こうして明るい時間に渉の体を見るのははじめてだなって思って」
「そういうの恥ずかしいんだけど」
「そういう割には隠したり急いで着替えたりしないじゃん」
「僕の裸に価値なんて無いよ。鍛えてるわけでもないし」
「そんなことないだろ」
佐倉が僕に寄ってきて着替えたばかりのTシャツの裾をクイッと上げた。
「着替えてるんだから邪魔すんなよ」
「はいはい」
佐倉はTシャツから手を離して窓の方を見た。
「そういえば昨日の合コンの絵理ちゃん、渉の連絡先を知りたがってたけどどうする?」
「・・・適当に断っておいてもらえると助かる」
「だよな。・・・なぁ、渉の恋愛対象って男なの?」
「は?」
「違うの?」
「どうだろ。今まで好きになった相手は全員女性だったから。早瀬だけが特別なんだ」
「へぇー。早瀬だけが特別ね」
佐倉の手が僕の頬に添えられる。
「じゃあ、俺は何?」
いつになく真面目な表情をした佐倉から顔を反らそうとすると、頬に添えられた手に力が入りそのままキスをされた。
「なっ・・・」
佐倉の体を引き離す。
「チョコの味がする。オレンジの香り」
佐倉が自分の唇を舐めた。
「・・・僕たちにそういうのは必要ないだろ」
「じゃあ何なら必要なの?」
いつもは茶化したりからかったりする佐倉が今日は別人みたいだ。
「何怒ってんだよ」
「怒ってなんかねぇよ」
明らかに怒っている口調だがそれを指摘するのは火に油を注ぐことになるのは十も承知だ。
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