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第四章

26. ニコラウスの計画

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海の上で一夜を明かし、二度目の夜。この夜が明ければターザニアに着くという夜だった。

「ちょっと海でもみておこうよ。」
ニコラウスさんに誘われて船の甲板に出た。

「この薬、なんだか知ってる?」
ニコラウスさんがポケットから取り出して私に見せたのは透明の小さな瓶だ。

「小瓶?」
「中の液体をよく見て。」

目を近づけてよく見ると透明の瓶の中に綺麗な青い液体が僅かに残っていた。

「・・・ターザニアを滅ぼした魔獣に使った薬・・・。」
「あたり。」
「まさかあの薬を?」

思いついた考えにサーっと血の気が引いて行くのを感じる。

「そう、飲んだよ。薄めたものだけどね。まぁ、数日後には死ぬことには間違いないだろうけど。」
「馬鹿な!どうしてそんなことを!」

「そうでもしなくてはローザを誤魔化すことは出来ないでしょ。ほら、君が私に催眠をかけるんだ。ローザの前では私のことを考えないように、と。そうでないと薬を飲んだことが無駄になるでしょ。世界を守るチャンスもなくなるよ。」

「どうして・・・。」
「どうして?さぁ、どうしてかな。一番成功率の高い方法を選んだだけだよ。」
「これが終わったら一緒に旅に出るんじゃなかったんですか?」

「くす、あんなのを本気にしたの?君に恨まれている私が君と一緒に生きていけるはずがないでしょ。そんなことよりも早く命令してくれない?ローザの前では私のことを考えないように、と。」

思考が追いつかないまま目頭がどんどん熱くなる。視界が歪み瞬きと同時に涙が零れた。ニコラウスさんに近付き、ニコラウスさんの目を覗き込むようにしっかりと見つめる。

「・・・ローザの前では私のことは考えないように。」
「よくできました。全く、君の感情は本当によく動くね。」

ニコラウスさんはそう言うと私の涙を拭った。そして私から少し離れる。

「私が今言ったようにやるんだよ。」

ニコラウスさんは微笑むとポケットから透明な瓶を取り出した。瓶の中で青い液体が揺れる。

まだ飲んでなかった!!

ニコラウスさんが瓶に口をつける。そのシーンがスローモーションのようにゆっくりと流れた。

「飲んじゃだめだ!!」

伸ばした手は届かない。叫んだ声にニコラウスさんが嬉しそうに目を細め喉がゴクンと飲み下すような動きを見せた。

「ニコラウスさん!!」

そのままよろけて甲板にしゃがみ込む。ニコラウスさんに触れると微かに体が震えていた。

「人間にはまだ強すぎたか・・・?」

呟くニコラウスさんの声。その目が私を捉え、私の腕に爪を立てるようにしがみ付いた。ニコラウスさんの意志を無駄にしてはいけない。

「ローザの前では私のことを考えないように。」

ニコラウスさんは少し微笑むとそのまま微睡みの中に落ちていった。


 呆然としたままニコラウスさんを抱きかかえ、その温もりを感じていた。呼吸、脈拍、確かめては変わりないことにほっとする。ニコラウスさんの体内では何が起こっているのだろう。

そのまま30分程経っただろうか。ここは冬の海。甲板。このままではニコラウスさんが凍えてしまう。どうしよう・・・。誰か呼んで船の中に運ぶのを手伝ってもらおう、そう思ってニコラウスさんを床に置こうとした時、ニコラウスさんが身じろぎをした。

「ふぅ・・・。意外と大丈夫なものだな。」
頭を抑えながらゆっくりと立ち上がる。

「何が大丈夫なんですか!!」
「そんなに大きな声を出さないでよ。」
「う・・・うぅ・・・。」

「もしかしてまだ泣くつもり?泣いてばかりいると思考が鈍るよ。」
「泣きません、泣きませんよ!」
「そう?さ、ほら船の中に戻ろう。風邪をひいてしまっては大変だからね。」

ニコラウスさんに手を引かれて船の中に戻った。先ほどの位置に同じように座る。ベルが珍しくニコラウスさんの肩に止った。

「へぇ、どういう風の吹き回し?」

ニコラウスさんが柔らかな声でベルに話しかけている。近くにあるニコラウスさんの手に手を重ねた。ニコラウスさんの視線を感じたがその視線に答えることもせずに床を見ていた。今は温かいこの手、この温もりが数日で失われてしまうなんて・・・。

死なせたくない。

ニコラウスさんを掴んだ手に思わず力が入った。

温もりが消えてしまうことが怖くてニコラウスさんの手に手を重ねたまま眠った。目覚めて、この温もりが自分のものであることが怖くてそっと首元の脈に触れるとニコラウスさんが目を開けた。

「心配なの?そんなに直ぐには死なないよ。」
ニコラウスさんが可笑しそうに笑う。
「お二人さん、ターザニアに着いたよ。」


久し振りに降り立ったターザニアはあの頃の面影もなく、焼け焦げ、すえた匂いがした。

「うっ・・・。」
嫌でも思い返される記憶に口元を覆う。今は感情に左右されている場合ではないのに。

「大丈夫?」

ニコラウスさんの言葉に頷く。感傷に押しつぶされるのも飲み込まれるのも全部後だ。使命を胸に刻めと自身に命令する。

「君は私が合図するまではあの船にでも隠れているといい。君が見つかってしまっては計画が頓挫してしまうからね。」

ニコラウスさんはそう言って港に泊まったままになっている船を指差した。

「それから、これを。」

ニコラウスさんは私の首にかけてあるペンダントを手に取ると小瓶に入っている液体をかけた。

「これでレイが君の居場所を探し出しやすくなる。」
「ニコラウスさん、くれぐれも気を付けて。」
「あぁ。君も。」

ニコラウスさんは少しだけ微笑むとこちらを振り返ることもなく歩いて行った。







 ライファと別れてからターザニア王宮へ向かう道をひとりで歩いている。
「目指す建物が大きいと迷わなくて済むな。」

足を踏み進めるたびに細かな破片を足底に感じる。街が一夜にしてこの有り様だ。魔獣の暴れ方は相当なものだったろう。ターザニアの話をする時のライファの反応を見る限り、きっとあの日ライファはこの地にいたのだろう。

どうして生き残れたのかは分からないが、ここにいてあの惨状を体験したというのなら私を憎むのは当たり前だ。それなのにライファは私を憎むことが難しいと言う。

「変な子だな。」

私に何をされたわけでもないポタの住人ですら、あからさまに憎しみのような視線を送ってくるというのに。ライファは私を憎むことに躊躇いをみせ、躊躇うことに戸惑いをみせる。

「もう少し、あの子を見ていたかった気もするが、まぁ、いいか。」

元々、生きることに対する執着はなかったのだ。調合研究というものに縋り付いて一日一日をやり過ごしていたら今日になった。私の生などそのくらいの感覚だ。ローザのいる地下研究室への階段を下り、魔法陣をすり抜ける。

「この命を懸けて薬を飲んだんだ。上手く効いてくれよ。」

研究室の最初のドアを開け奥へと進む。長い廊下の最奥にある部屋、きっとそこにローザはいるはずだ。

「遅かったわね、ニコラウス。」

「ローザ様。これでも急いで来たんですけどね。平民の魔力では飛獣石を持つことも出来ませんし平民なりの最速力ではこのようなものですよ。」

「ローザ様、魔法陣が全ての国と繋がりました。私はこれでユーリスアに戻っても宜しいですか?早く戻って婚約パーティーの準備を始めなくては。」

「まだよ、レベッカ。今夜、空間移動魔法陣を使います。あなたにはその手伝いをしてもらわなくては。」

「・・・分かりました。本当にユーリスアは助けてくれるのですよね?」

「えぇ、勿論よ。ユーリスアが犯人だと思われないようにユーリスアにも魔獣を移動させますが、私がすぐに連れ戻しますわ。」

「良かったです。無事に婚約パーティーも開けますね。」
「そうね。レベッカ、夜までゆっくり休んで魔力を回復させておいてね。頼りにしているわ。」

「はい!トーゴ、部屋に戻るのでお茶を持ってきてちょうだい。」
「かしこまりました。」
「ニコラウス、あなたは研究室へ。今回使う魔獣に死ぬと同時に爆発するように薬を仕込んでおいてちょうだい。」

「わかりました。」

私が返事をするとローザは満足そうに微笑んだ。


「今夜が楽しみですわ。」


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