上 下
197 / 226
第四章

10. 疑惑

しおりを挟む
「ライファちゃん、いる?」

話すと思ってもいなかったレイのリトルマインから声が聞こえて、大げさに驚いて振り返ってしまった。小さなレイがヴァンス様の声でヴァンス様の仕草で心配そうに私を見る。

「ヴァンス様!?お久しぶりです。珍しいですね、ヴァンス様が連絡してくるだなんて。」

「あぁ、でしょ。以前のレイならリトルマインをなかなか貸してくれなかったけど、今はそんなこともないしね。」

リトルレイが困った表情をする。いつものレイの表情だ。普段はあまり表情を動かさないようにするレイだけど、親しい相手にはこんな表情を見せる。

「そんな顔してリトルレイを見る癖に、どうして友達だなんて言ったの?」
「レイから聞いたんですか。正直、レイの気持ちが重くって。そろそろ自由になりたいなと思っていたんです。」
「嘘でしょ?」

リトルレイが呆れたような視線を私に送る。

「この私を誤魔化せるとでも?」

本物のレイもこういう表情をするだろうという表情で私に詰め寄ってくる。胸にじわりと水っぽい何かが広がっていくようだ。

「バレちゃいましたか。それがレイにとって最善だと思ったのです。貴族の女性を好きになるのがレイもその周りの人達にとっても幸せでしょう?」

「それはレイが言ったの?」
「いえ・・・。」
「レイね、レベッカとデートをするらしいんだ。なんだか少し浮き足立っていたよ。それでもいいの?」

「・・・ヴァンス様は意地悪ですね。」
「ほら、そんな顔をするくせに。」
「でも、私はレイの家族からレイを奪うわけにはいかないのです。」

リトルレイが驚いた表情をした。

「ライファちゃん知っていたの?」
「レイから直接聞いたわけではないですが・・・。」
「ふう、君たちは本当に、肝心なことはギリギリまで話し合わないんだね・・・。」

ヴァンス様の言葉に、リトルレイを見ていられずに視線を外した。

「ライファちゃん、私の想像の域を出ない話だけどレイは惚れ薬的なものを飲まされたんじゃないかな。」
「まさか・・・。」

「記憶を失って他の人を好きになってしまうというのは、私もあり得ない話ではないと思っている。ただ、レベッカはないと思う。これは兄としての意見だけど彼女はレイの苦手なタイプだし、一度デートした後はむしろ避けていた。そんな相手に久しぶりに会ったからといってあぁも態度が変わるのは不自然だ。」

「・・・、でも、レイが本当に好きになった可能性もゼロではないですよね?」
「それは・・・そうだけど。」

「ヴァンス様、心配してくれてありがとうございます。私は大丈夫ですから、レイのことよろしくお願いします。って私がよろしくって言うのはおかしいですね。へへ。」

「ライファちゃんがそういうのなら私はこれ以上言いようがないか。でも、もう一度ちゃんとよく考えてみて。レイが他の人と生きていくとなっても後悔はしないのか。分かった?」

「はい、分かりました。では、また。」
ヴァンス様とのリトルマインを終えた後、そのままベッドに潜り込んだ。

・・・平気でいられるわけなどないじゃないか。

レイが他の誰かと一緒に私から遠ざかっていく姿を想像しては、声を殺して泣いた。

くぅん
ベルが哀しげな声を上げて私にすり寄ってきたが、そんなベルに大丈夫だよと安心させる言葉をかける余裕すらなかった。




翌朝、鏡を見ると思っていた通り目がパンパンに腫れていた。

「泣きながら寝たらそうなるか。はは、酷い顔。」
自傷気味に笑うと塗れタオルを取りにキッチンへ向かった。

「ベル、ついてきてもまだご飯の時間じゃないよ。」

ベルに声をかけながら師匠に合わないようにそっと廊下を歩いているとトイレから思わぬ人物が出てきた。

「り、リアン王女!?」
「ライファさん、お久しぶりですわね。おはようございます。」

リアン王女は眩いばかりの笑顔で挨拶をした。

「お・・・おはようございます。」
「あら、目が腫れておりますわ。」

リアン王女が私の両目を塞ぐように手をかざすと目がほんのりと温かくなり、重苦しかった瞼がすっきりとした。

「これでもう大丈夫。」
「ありがとうございます。助かりました。リアン王女はどうしてここに?」

「ふふふ。リベルダ様に頼まれていたものがようやく完成しまして、その試運転ですわ。魔力を隠さずにここにいるので、リベルダ様もお気づきだと思うのですが。」

リアン王女はリベルダ様はどこ?というように辺りを見回した。

「リベルダ様!」

「リアン王女、お久しぶりでございます。こちらにおられるということは、空間移動魔法陣は完成したということですね?」

「はい、完成致しました。これでユーリスアとこちらを自由に行き来できますわ。」

「大変助かります。ユーリスアに行くことが出来れば、そこから各国へと繋がることが出来る。この期間で完成させるとはさすがは勤勉なリアン王女。」

「勿体ないお言葉です。リベルダ様のご指南あってのことですわ。」

「リアン王女、こちらに来たついでと言ってはなんですが持って帰っていただきたい物があるのです。それと、おまけも二人ほど連れて行って欲しい。」

「?」

ん?とでもいうように表情を変えたリアン王女を師匠が連れて行ったのは先生の家だ。そこでグショウ隊長とジョン様を呼び、更にグラントさんも呼んだ。

「ローザ対策の結界装置です。ターザニアの時のように魔獣が魔法陣を使って移動してきた際にこの装置を使って魔法陣に結界を張ることで多少なり時間を稼ぐことが出来ます。」

グラントさんがリアン王女に説明をする。

「魔力を蓄えることが出来るので予め魔力を溜めておけば、いざという時に自身の魔力を削らずに済みます。フルに魔力を溜め置けば魔力ランク9の魔獣が100匹なら1時間程度抑えられると思います。」

「1時間・・・。それは助かりますわね。」

「リアン王女にはこちらをユーリスアに持ち帰っていただきたい。騎士団団長にでも渡せば日々魔力を注入するでしょう。それと、もう一台はオーヴェルへと運んでいただきたいのです。もし今後、ローザが直接的に世界を滅ぼそうとした時、真っ先に狙われるのはオーヴェルだと思います。力のある国を真っ先に滅ぼす方が恐怖は各国に伝染しますからね。それに他の国を先に滅ぼすことで、力のあるオーヴェルに準備をする時間を与えたく無いはずです。」

師匠の言葉にリアン王女はキリッとした顔で頷いた。

「分かりました。お任せを。」
「お引き受けいただきありがとうございます。」
「リベルダ様、私はローザを捕まえるためならば惜しみなく動きます。ぜひ使って下さい。」
「ありがとうございます。」

師匠は敬意を示すように深く頭を下げた。



リアン王女たちを見送った後は先生の家で調合の続きだ。ルカが鼻歌を歌いながら先生の薬材コレクションを眺めている。

「うわ、これ、飛び竜の髭じゃん!!売ったら相当な高値になるぞ。あ、こっちはコーレルの実って書いてあるぞ。噂には聞いたことあるけど、こんな形なのか・・・。」

ルカがコーレルの実が入った瓶をマジマジと見つめていると、先生が調合の手を止めて振り返った。

「あげませんよ。ルカは随分ご機嫌ですね。」
「そりゃあね。毎日毎日戦い方の練習では僕の体はボロボロですよ。」
「毎日鍛錬するから体も強くなるのですよ。そうだ、今日は特別に私が相手をしてあげましょう。」
「えっ?」

ルカが断る前に先生は小さな自分を作ると、小さな先生がルカを引きずって庭に出て行った。おぉう。

「ふぅ、これで安心して調合に取り組めますわ。」
「あの、先生、惚れ薬ってどんなものですか?」
「惚れ薬ねぇ。きっかけ薬、みたいなものですね。」

「きっかけ薬?」

「えぇ、そうです。飲ませた相手が自分に好意を持っていれば効果が現れる。でも好意を持っていなければ効果が現れることはまずないでしょう。現れても数日で効果は切れますよ。惚れ薬で相手の気持ちを量るなんてこともあるくらいです。」

「そう、ですよね。」
先生が私を見てニヤリと微笑んだ。

「レイにでも飲ませますか?協力しますわよ。ふふふ。」
「先生っ!!そんなことはしません!」
「なんだ残念。私なら限りなく効果の切れない惚れ薬を作ってあげられるのに。」

「え?そんな薬も作ることが出来るのですか?」

「その気になればですが、プランが無いわけではないですよ。惚れ薬だけではなくて、惚れ薬を助長するような薬を飲ませるのです。たとえば、動悸薬とか緊張薬とか・・・。その人のことが好きなのかもと錯覚させることで惚れ薬の効力を高めるかもしれませんね。そのうちこれが恋なのだと錯覚すれば本物にもなり得るかもしれませんよ。ふふふふ。」

「なぜそこまでの薬が世の中に出ていないのですか?」

「それは、面倒だからでしょ。惚れ薬はね、相手にぴったり合わせて作らなくてはいけない。詐欺にも合いやすいんですよ。効果がなかったってクレームがとにかく多い。そんな面倒な薬に手を出すくらいなら、もっと別の薬を発明しますわ。ん?」

先生がふと手を止めた。

「惚れ薬だけではなく、もうひと薬・・・。動悸薬とか緊張薬とか・・・。」

手に持っていた薬材を丁寧に机に置くと、ブツブツ呟きながら歩き突然大きな声を出した。

「あ゛―っ!私、バカでしたわ。馬鹿だ。もうっ、バカバカバカっ!!」
「ど、どうしたのですか?」

「解毒薬は二種類作ればいいのです。解毒薬は1つと思い込んでいた。先日、催眠効果を無効化することは出来ませんでしたが、一時蘇生効果のある薬は出来ました。全部の効果を一つの薬にまとめようとしたからややこしいことになっているのです。強力なヒーリング薬と催眠効果を無効化する強力な薬を作ればいい。」

あ、ああああああああ。
先生が言葉にならないような声を上げてから私を見た。

「ライファ、薬を完成させますわよ。」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する

影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。 ※残酷な描写は予告なく出てきます。 ※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。 ※106話完結。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

処理中です...