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第四章

6. ジェンダーソン侯爵家への帰宅

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「只今戻りました。」
懐かしの我が家の門を開けると母上が颯爽と顔を出した。

「レイ、よくぞ無事に帰ってきましたね。」

チョンピーを飛ばしたのが20時すぎ。もう22時になるというのに自室へ向かうことなくリビングで待っていてくれたのかと思うと自然と顔が綻ぶ。

「はい。」

「さてあなたの顔も見たことですし私は自室へ参ります。お父様なら書斎におりますわよ。顔を見せてあげなさい。」

「そうします。ありがとう、母上。」

母上と共に階段に乗ると階段はすうっと3階まで伸び、母上の部屋の前で止まった。母上は私の頭を一度だけ撫でると、お休みなさいといって部屋の中へと消えた。次に階段が向かったのは書斎だ。ノックを3回すれば久しぶりに聞く声が返ってきた。

「レイか?入れ。」
「父上、只今戻りました。」
「うむ、無事で何より。薬材は無事に手に入れられたか?」
「はい、リベルダ様に言われた薬材は全て手に入れました。」
「そうか。任務をちゃんと遂行できたか。よくやったな。」

父上がかすかに微笑んだ。

「ユーリスア国内はどうですか?ガルシアとフランシールの間で戦争が起こると聞いています。」

「あぁ、ガルシアの軍隊がフランシールへ向かったという情報も入っている。両国は一つでも多くの国に協力してもらおうと必死だ。ユーリスアも例外ではない。」

「ユーリスア国王はどうなさるつもりですか!?」

「近々、中立を宣言するだろうな。国が協力し始めればそれはもはやガルシアとフランシールの戦争ではなくなる。世界戦争へと移行するのは避けたい。何より、国王はユーリスアを戦場にはしたくないだろう。」

世界戦争の言葉に一気に口の中が乾いた。ローザの望む方向へと世界が引っ張られている気がする。抗っても、抗ってもやがては引きずり込まれてしまうような感覚に拳をぐっと握った。

「騎士団は何を?」

「通常勤務だ。国からの命がなければ動くことは無い。だが、警戒は強めている。戦争に巻き込もうと仕掛けてくる奴がいないとも限らないからな。」

父上の言葉に深く頷く。

「して、レイ、お前は今後どうするのだ?」
「リベルダ様から必要となれば呼ぶのでそれまでは騎士団に戻るよう言われました。」
「そうか、ならば明日から勤務に組み込んでおく。明日の朝は早い。部屋に戻ってゆっくり休みなさい。」

「わかりました。」
「あー・・・レイ、ゴホン、おかえり。」

父上が少し照れくさそうに咳払いをした。

「ただいま、父上。」




「で、久しぶりに見たユーリスアの街の様子はどう?」
「相変わらずですね。変わりないことにホッとします。」

ユーリさんは私の顔を覗き込むとうんうん、と頷いて分かり易くいやらしい表情をした。

「で、ライファちゃんとの仲は進展した?好きだって言った?」
「なっ!?・・・ぷ、プライベートなことは話しません!!」

赤くなりそうな顔を隠すように早歩きをすると、背後からユーリさんの笑い声が追いかけてくる。

「そうか、そうか。よかったな。」
ポンポン、と肩を叩いてまたクスクスと笑う。

「ユーリさん、笑いすぎです。」

騎士団での業務は今までと大して変りはない。ユーリスア国内に入国する際の関所の人数が増員され入国審査が厳しくなったことくらいだ。見回りをしていると街の人々が話しかけてくれ、今までと変わりない日常に戦争なんて起こらないのではないかと思ってしまう。

「ちょっとピリピリしているのは国王の周りだけだよ。街の人々はこの平和がなくなるかもしれないなんて微塵も思っちゃいない。それだけ国王がこの国を守ってきたってことだよな。」

「そうですね。このまま、いつまでもこのままでいて欲しいです。」
「あぁ、そうだな。」




 その日の夜は兄さんの仕事が休みということで久しぶりに家族全員が揃っていた。父上が仕事だったため夕食は別々だったが、父上が食事を終えるのに合わせてなんとなく集まり、みんなでリビングにいる状態だ。

「エリック、お茶のおかわりを。」
「かしこまりました。」
「ヴァンス、先日デートしたトトプッシュ公爵家のお嬢さんとはどうなったの?」
「どうって何も。いや、楽しい時間を過ごさせていただきましたよ。」

母上が期待に満ちた顔を兄さんに向ける。その母上に兄さんはこれでもかという程の笑顔を向け、その表情を見て母上はガックリと肩を落とした。

「はぁ、ヴァンス、あなたモテるのだからそろそろ一人と真剣に付き合ってみては?チャラチャラチャラチャラとあっちこっちのお嬢さんとデートしているという噂がよく聞こえてきますよ。」

「どのお嬢さんも素敵でなかなか一人に決めるのは難しいのですよ。」
「全く。あなたからも何か言ってちょうだい。」
「まぁ、・・・なんだ、ほどほどにな。」
「あなた!!」

母上の呆れたような視線に父上が苦笑いをした。
今なら言ってもいいだろうか。何もそんなに焦らなくてもという声が聞こえるような気がするが、私自身が待てないのだ。

「父上、母上、聞いていただきたい話があります。兄さんと、姉さんも。」
「何だ、改まって。」
「私はいずれジェンダーソン侯爵家を出たいと思っております。ライファと一緒に生きていきたい。」

驚いたように目を見開いた父上、予想していたとばかりにほんの少し口元を緩めた兄さん、恋愛物語でも読んでいるかのように一瞬目を輝かせた姉さんの姿が目に入った。そんな中、表情を硬くしカチャリと音を立ててお茶をテーブルに置いたのは母上だ。

「私は反対です。許しません。」
静かな声のトーンで母上がはっきりと言う。

「母上・・・。」

「家を出るということはジェンダーソン侯爵家の名を捨てるということ。ライファさんは確かに素敵な女性です。ヴァンスを救ってくれた命の恩人であり、感謝しきれません。ですが彼女は平民なのです。ジェンダーソン家の名を捨てて平民に下るなどと、私は許しません。」

「母上!私はどうしても彼女と一緒に生きていきたいのです。私の人生に彼女がいないなどと考えられません。」

「何も関係を断ち切れとは言ってはおりませんよ。愛人になってもらえば宜しいでしょう?何もあなたが貴族の地位を捨ててまで寄り添う必要はないと言っているのです。」

「私が嫌なのです。彼女に愛人になって貰ったとしても、他の貴族の女性と一緒にならなくてはいけなくなるでしょう?私にはほかの女性は必要ありません。彼女以外と一緒になりたくはないのです。」

「ふむ、お前の気持ちはよく分かった。」
「良く分かったですって!?何を言っているのですか!あなた!!」

「落ち着きなさい、エレン。私は何も許すと言ったわけではない。レイ、急いで決断する必要はない。もう少しちゃんと考えてみなさい。貴族の地位を、ジェンダーソン侯爵家の名を捨てることが自身にどんな影響を及ぼすのか。」

「それは考えました。何度も何度も考えて、それでも彼女と共に生きていきたいと思ったのです。」
「まぁ、待ちなさい。私たちにも時間は必要だ。ここで、はい、どうぞ、とは言えないのだ。」

「父上・・・。」
「もう夜も遅い。この話は終いにしよう。明日も早い、そろそろ寝なさい。」
「私も失礼しますわ。」

未だショックを抱えたままの母上が寝室へ消え、その後を父上が追った。

「レイって意外と情熱的なのね。私はそういうの好きよ。ふふふ。あのレイがこんなことを言うようになるなんてねぇ。」

姉さんはひとしきり感心すると、ちょっと部屋でお酒でも飲もうかしら、と厨房へと消えていった。兄さんと二人で階段に乗る。

「想定はしていたけど、まさかこんなに早くに宣言するとはね。レイにここまで言わせるとはライファちゃんもやるなぁ。ライファちゃんはレイが家を出ることを納得しているの?」

「・・・まだ言ってない。」
「えぇっ!?」
「言ったら、ダメだって言いそうだから事後報告にする。」

「はぁ・・・。レイって結構な策略家だよね。当たって砕けろって言葉はレイの中には無いんでしょ?」
「ライファには砕けたくないもん。砕けなくてすむようにしてる。」

「砕けなくてすむように、ねぇ。外堀からじわじわと埋めていくってか。これはライファちゃん、随分と恐いのに惚れられたものだなぁ。クスクスクス。」

「・・・自覚はある。」
「よしよし。」

階段が兄さんの部屋の前で止まると、兄さんは私の頭を撫でて笑いながら部屋に消えていった。



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