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第三章

83. 帰郷

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今回のお茶会でチェルに好感を抱いてくれた人はどのくらいいるのだろう。一度のお茶会で全員が好感を抱くということは無いのではないかと思う。それでもポスターでしか見たことのなかったチェルという存在を目の当たりにしたことで、想像の印象ではなくリアルな印象を抱くことが出来たはずだ。その結果、公爵夫人のように好感を抱いてくれた人が一人でも増えてくれたことはこのお茶会が大成功だったという証だろう。

チェルとヘイゼル公爵家の関係がこのままずっと続いて行けばよいと思う。ヘイゼル公爵家の手の中に入れば、少なくとも他の人間に脅かされることは無いはずだ。そして何より、今までのような寂しさは無くなるはず。
チェルはヘイゼル公爵家の門を出るところでこちらを振り返ると短い手を目一杯振った。その小さな姿にチェルの幸せを願って止まない。

「して、レイ。君は目的であったチェルシー鳥の涙を手に入れた。もうこの屋敷の用はないのだろう?」
「はい、明日には発とうと思います。」

「うむ、よかろう。どこへ行くのかは分からんがガルシアへは行くな。私の口からは今はそれしか言えないが、いずれ分かる。」

その言葉には質問を許さない強さがあった。

「わかりました。ご忠告ありがとうございます。」




レイとルカが部屋に戻り私は残ってお茶会の後片付けをしているとサリア嬢が寄ってきた。

「ライファさん、お茶会のお菓子とても美味しかったです。先日のお茶会の時もとても美味しいお菓子だったのに私、あまり良い態度ではなくて・・・。ごめんなさい。」

以前、ジンさんと行うはずだったお茶会でのことだろう。あの日のことを今まで気にしていたのだろうか。その時間を思うとこっちこそ申し訳ないような気持になる。

「お気になさらないでください。お菓子、気に入っていただけてとても嬉しいです。」
「・・・私、あなたに嫉妬していたの。レイ様と・・・その・・・。とても仲がよろしいから。」

サリア嬢は敢えて愛人という言葉を使わずに言った。私は何と答えたらよいのか分からず、少し微笑むことでその場をやり過ごす。

「父上や母上に言われてレイ様と婚約できたらって私もすっかりその気になってしまって。でも、レイ様にはっきりと振られてしまいました。レイ様、あなたと一緒にいたいから貴族の地位を捨てるつもりだとまでおっしゃられて。」

「え?」

「私、ライファさんのように愛されたいと思いました。レイ様と無理やり婚約したところでレイ様の心は私の手には入らないから。人の心はどうにもなりませんもの。」

「・・・そう、ですね。」

「お話できてよかったです。嫉妬していたとはいえあのような態度をとってしまったことを恥じておりましたの。素敵なレディになる為には間違った行いはちゃんと謝るべきだと父上に言われておりますのよ。」

「そうなのですね。素敵な教えです。謝っていただいたのでもう大丈夫です。本当にお気になさらないでください。」

「ありがとう。道中、お気をつけて。お二人の幸せを祈っております。」
「ありがとうございます。」

去っていくサリア嬢の後姿を微笑んで見つめながら、内心は動揺していた。私のためにレイが貴族の地位を捨てる?ダメだ。そんなことだめだ。レイが貴族の地位を捨てるということは、あの素敵で温かなジェンダーソン家からレイを奪ってしまうことに他ならない。そんなこと許されるわけがない。

レイが他の誰かと婚約するのは嫌だと思っていた。今でもそう思う。でもだからといってレイが貴族の地位を捨てることなど望んではいないのに。

じゃあ、私はレイに何を望んでいるのだろう。何を・・・。
どうしよう・・・。答えの出ないまま私は片づけを続けた。



ヘイゼル公爵の言葉の意味は夕方には分かることになった。師匠とのリトルマインでだ。リトルマインはルカが食事中にレイの部屋でつないだ。

「チェルシー鳥の涙、受け取ったぞ。よくやったな。」
「はい、頑張りました!あと7個手に入ったのでそれもバッグに入れておきますね!」
「次の薬材だがな、欲しい物があるにはあるのだが一度帰ってこい。」
「何かあったのですか?」

先ほどのヘイゼル公爵の言葉が気になっているのだろう。レイが神妙な面持ちで尋ねた。

「フランシールとガルシアの間で戦争が起こる。」
「どうして!?グショウ隊長のお蔭で戦争は回避したはずではないですか!師匠!!」

「そう大きな声を出すな。ライファ、火種はな、ひとつとは限らないのだ。どんなに抑えても消しても燻っている熱がある以上、簡単に争いは起こってしまう。」

「そんな・・・。」

戦争になれば人は死ぬ。多くの人が死ぬ。あのターザニアの時のように。
ざわざわと胸騒ぎがしていた。

逃れようもない大きなうねりが世界を飲み込もうとしている。
言葉を失った私の手をレイがぎゅっと握った。

「私たちにできることをしよう。小さな一歩でもその歩みが希望へとつながるかもしれないから。」
「うん。そうだね。そうだ。」

レイの手を強く握り返した。



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