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第三章

82. おちゃかい

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その日、お屋敷は朝からバタバタしていた。何しろ魔獣を招待したお茶会は初めてだったし、ヘイゼル公爵からのお言葉で最小限の人数を残して屋敷で働く者たちは仕事を中断してお茶会に参加しなくてはならないからだ。私は公爵夫人の希望でお茶会の出すお菓子、クッキーとクリームブリュレを作っている。作っていると言っても実際にお菓子作りをしているのはランスさんで私は監督という立場だ。私がいなくなっても作れるようになりたいというランスさんたっての希望だ。自分たちが作っているところを私が見て、作り方が間違っていないかチェックして欲しいというのだ。

「ライファさん、クッキーはこのくらい捏ねればよいのですか?」

「クッキーは良く捏ねると硬くなります。固い食感が好きならよく捏ねる。サクッとした食感が好きであれば捏ねす
ぎず粉が良く混ざったらまとめるという感じの方がいいです。」

「なるほど、捏ね方で食感が変わるのですね。これは勉強になります。」
「勉強になるだなんて・・・。ランスさんに言われると恐縮です。」
「チータ!昼食の準備と、夕食の下ごしらえも今のうちにしておけ!」
「はいっ!」

沢山の野菜を抱えて帰ってきたチータにランスさんが声をかける。今日のお茶会は14時からを予定していた。そんなに長くかかるお茶会になるとは思えないが、念のためということだろう。
そして昼食の時間。

「今日の14時か。まさかチェルシー鳥とお茶を共にする日が来るとはな。はっはっはっは。」
「魔獣とお茶会だなんて・・・、とても正気とは思えませんわ。」

面白そうに笑うヘイゼル公爵の隣で公爵夫人はご機嫌斜めだ。

「まぁ、そう言うな。聞くところによると人間の言葉を話すらしいじゃないか。これは珍しい。」

なるほど。ヘイゼル公爵にはチェルシー鳥の珍しさが刺さっているらしい。

「あなたがどうしてもというので今回は会いますが、二度目はないですからね。それとロッド!今日が過ぎればチェルシー鳥のポスターはすべて外すのよね!?」

おおぅ、ご機嫌斜めというよりも怒っている。

「あぁ、この食事を食べ終わったら外すよ。」
「よろしい。」

今日の一番の不安要素はヘイゼル公爵夫人かもしれない。

「そう言えばな、チェルシー鳥の涙を手に入れたと国王に話したら大層喜んでいたぞ。国王直属の調合師に調合させたいから明日持ってくるようにと言われた。チェルシー鳥の涙の効果が伝説通りなのかも調べなくてはならないからな。レイ、君にはなんてお礼を言ったらよいか・・・。約束通りチェルシー鳥の涙を幾つか持っていくと良い。」

「ありがとうございます。」




「持っていきなさいっていうか、むしろ、公爵が分けてくださいって言うのが正解だと思うんだけどね。」
とはルカの言葉だ。食事も終わりお茶会までの僅かな時間、お茶会の為の身だしなみを整えるとの理由でレイの部屋にいる。

「そんなこと言わない。」
「でも、ルカのいう通りだと思うけど。」
「ライファまで・・・。全く。」
「で、これどうする?」

ルカがテーブルの上に出したのはチェルシー鳥の涙だ。

「「なんでここに!?」」
私とレイの声が重なった。

「昨日、チェルシー鳥の涙を拾う時に袋を二つに分けておいたんだよ。ロッド様には一つだけ渡した。だってさ、公爵がやっぱりあげないなんて言いだしたら報酬はゼロだよ。なんの為にここまで来たんだか。全部が水の泡になっちゃうよ。」

ルカが当たり前なことのように言い放った。

「そんなこと言ってもし見つかったらどうするんだよ・・・。」

「なんとかなるよ。こっちにはレイがいるんだし。僕だってやる時は、まぁまぁやるよ。そんなことよりさ、これどうするの?公爵が言っていたように本当に伝説の効力があるのかも分からないし。僕らハンターは初めての薬材を見つけたときは研究センターに送って効果や効力を調べて貰うんだけど、結構お金かかるよ。しかもこの薬材、貴重品だから戻ってくる保証もないし。公爵に頼んで効力と効果を教えて貰う?」

ルカの言葉にレイが私を見た。

「いや、大丈夫。調べる方法は私たちにもあるから。分かったらルカにも教えるよ。」
「そう。よろしく。」

ルカの袋にはチェルシー鳥の涙が9個入っていた。そのうち6個を私たちに差し出す。

「はい、約束通り3分の1が僕の分ね。とりあえず3個もらっておく。公爵から貰ったらその分もちゃんと分けるからね!」

「さすがだな。」
レイが笑った。

「で、チェルシー鳥の涙を手に入れたら次はどこに行くの?」

「それはまだ決まっていない。私たちはある人に頼まれて薬材を集めているんだ。一つ集めると次の薬材の指示が入ることになっている。」

「なるほどね。ある人って?」
「それは・・・まぁ、おいおい。」
「くすっ、僕ってまだ信用されてないってこと?」

「そんなことないよ!そんなこと・・・、ん?なくもないか。」
「ライファ、正直すぎ・・・。」
「まぁ、信用どうのっていうよりも私たちの意思だけで全部をルカに教えるわけにもいかないってことだ。」

レイがフォローする。

「まぁ、いいや。ついて行くって決めたのは僕自身だし。おいおい、ね。」

ルカと話をしながら師匠たちと繋がっているバッグにチェルシー鳥の涙を入れた時、レイの部屋をノックする音が聞こえた。

「はい。」
「レイ、そろそろチェルを迎えに行くぞ。」

ロッド様の声だ。

「今行きます。」


お茶会の準備を手伝う私を置いてレイとロッド様とルカがチェルを迎えに行って戻ったのはちょうど14時だった。

「は、はじめまちて。ちぇ、ちぇりゅともうします。き、きき、き、きょうは おまねきいただき ありがとうごじゃいます。」

「やぁ、チェリュ。ようこそ。」
ヘイゼル公爵がそう挨拶したところでロッド様がチェリュじゃなくてチェルだと耳打ちした。

「失礼した。やぁ、チェル。ようこそヘイゼル公爵家へ。歓迎するよ。」

ヘイゼル公爵が差し伸べた手をチェルは困惑の面持ちで見た。自分が触って良いのだろうかという表情だ。ヘイゼル公爵は構わぬという言葉の代わりに自らすすんでチェルの手を握った。

「はじめまして。私はヘイゼルの妻でございます。ようこそ、我が家へ。さぁ、どうぞこちらへ。」

続いては公爵夫人だ。嫌な顔一つ見せないところは流石は貴族だ。屋敷の中へは通さず、外を回って庭へ案内する。

「今日は温室にお茶会の用意を致しましたの。自然に囲まれている方が安心なさるのではないかと思いまして。」

公爵夫人はそう言い温室のドアを開けた。本当の理由は魔獣を家の中に入れたくはないという公爵夫人の願いを聞き入れたものなのだが、言い方でどうにでもなるものだ。

「うきゃきゃきゃきゃきゃ~。」

テーブルに並べられたお菓子を見てチェルがなんとも言えぬ甲高い声を上げた。嬉しそうな顔をしているから喜びの声なのだろう。この鳴き声が本来のチェルの言葉なのかもしれない。

中央にあるひと際豪華なテーブルにつくのは公爵一家とレイで、屋敷で働く者たちはそのテーブルを囲むようにある小さなテーブルに4人ずつ座っていた。チェルが脇を通るたびに皆、ようこそ、と歓迎の言葉をかける。屋敷にポスターを貼りまくったお蔭か顔を顰める者はおらず、顔に出やすいリンでさえもなんとか笑顔を繕っている。緊張した面持ちになり席に着いたチェルに近寄りお菓子の説明をすると、私の顔を見たチェルはホッとしたようでグッと何かを堪える様な表情をした後、突然泣き出した。

「うわわわわわ~ん、うわわわわわあ~ん。」

マジか!!
チェルの涙はポロポロと頬を伝った後で薬材へと姿を変え、コツンコツンと音を立ててテーブルに転がった。

「うれぢい、うれぢいよ~ぅ。」
「あらあら、大変。」

最初にチェルシー鳥に声をかけたのは以外にも公爵夫人だった。

「キレイな涙だけれど、あまり泣きすぎては干からびてしまいますわ。ほらほら、落ち着いて。ね、お茶にしましょう。」

チェルの元へ駆け寄りその背中をさする。この短時間に公爵夫人に一体どのような心境の変化があったのだろう。その後、お茶会は終始和やかなムードで進み、チェルシー鳥は口数は少ないものの笑顔のままお茶を飲んでいた。

「またあそびにきても いい?」
「勿論、いつでもいらっしゃい。」

帰りがけのチェルの言葉にそう返事をしたのはまたもや公爵夫人だ。チェルシー鳥の帰宅を積極的に見守る公爵夫人の背後でロッド様が公爵に話しかけている。

「お袋、どうしたの?随分態度が違うようだけど。」
「お前の母親はあれで案外母性が強いだよ。その上、チェルシー鳥の涙はやはり美しい。」

あぁ、と納得した声を出したロッド様の側で私も心の中で納得の声を上げた。

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