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第三章

43. 毒の浸食

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もうあんなところまで・・・。

シューピンに乗ってぐんぐん上昇していくライファを見上げながら、先ほどのレベッカの様子を思い出す。ご執心のレイに会えたことが余程嬉しかったのか、ひとりで終始舞い上がっていてその温度差に思わず吹き出してしまうところだった。

「想像通り、だったな。」

レベッカが薬を使ってでも自分のものにしたいと思う相手、上流貴族で見た目も良く魔力も高い、プライドの高いレベッカが欲しがりそうな男だった。あの男を隣に置いたらさぞかしレベッカは有頂天になることだろう。この世界は自分中心に回っていると勘違いするほどに。

「今でも、そう思っている節はあるか・・・。」

木の先っぽよりもずっと高いところでライファが辺りを見回していた。遠見効果のお蔭でその表情までもがはっきりと見える。

あの薬、あの小ささでこれだけの効力を発揮するとは・・・。

空雷鳥の目の持つ遠見効果を最小限の大きさで最大限発揮しているのだろうと思う。一体どうやって測ったのだろう。薬というものは多く摂取したからと言って効果が大きく現れるわけでもない。かと言って小さすぎれば効力を削いでしまう。最小限の量の接種で最大限の効果を、というのは調合師皆が思うことではあるが、それを測るには幾つもの検査を繰り返さねばならず、かなり面倒なのだ。

・・・不思議な子だ。

シューっ
シューっ

何だ?
変な音がして振り返った瞬間、何かが跳びかかってきて腕に痛みが走った。

「ぐっ!」

体を大きく振ってその何かを振り落しながら、体を防御するためにリュックを下した。対峙したその何かは、男の腕程の太さと1m程の長さがあり何の感情も読み取れない目、子供の手ほどある指の先には鋭い爪が伸びていた。シューっ、シューっと音を立てながら獣が私との距離を詰めてくる。口が開いて舌が見えた。濃い紫色だ。両サイドに黒い線も見える。

ヤバいかもしれない。額に冷や汗が浮ぶ。

「ニコラウスさん!!」
一瞬目をやると叫ぶような声と共にライファが急降下してくる。ライファが何かを構え、撃ったように見えた。そして一呼吸する間に獣が倒れた。

「ニコラウスさん、大丈夫ですか?」
ライファが慌てた様子で巾着から布を出し、私の腕に巻いた。

「今のところは・・・ね。ありがとう。助かったよ。」

噛まれた部分に熱を感じながら私はその熱が噛まれた痛みから来ているのか、他のものからきているのかを注意深く探ろうとした。

「ニコラウスさん、この魔獣、捌いて持っていってもいいですか。初めて見たので。」
「うん、私もそうしようと思っていたんだ。」

ライファは腰につけていたナイフで魔獣の首元を半分ほど切り落とすと、喉元から体の中心にナイフを入れてゆく。解剖するかのようなナイフの入れ方だ。そして体を開くと、臓器を確認するかのように中を見つめた。

「これか・・・。」
ライファは胃の隣にあった袋を取り出すと私に見せた。

「これはきっと毒です。ニコラウスさんの体にも入り込んだ可能性があります。」
きっと、とつけるには確信めいた発言だなと思った。

「やはり・・・か。魔獣の舌の色を見た時にもしやと思ってはいた。」

そう言っているそばから熱が体を飲み込もうとしているのを感じる。体が怠い。はぁ、と息を吐くとライファに座るように言われた。

「私が解毒薬を作ります。ニコラウスさん、作り方を教えてください。」
「教えてと言われても、なんの毒かもよく分からない。」
「そこは、ご自身の体に聞いてなんとか頑張ってください!」

強い目で私の手をぎゅっと握る。視界がぼやっとし始めた。毒が体を支配しようとしているかのようだ。

「私、ムラサキ花を持っています。デトックス効果4の花。これは役には立ちませんか?」

「ムラサキ花・・・。ムラサキ花を湯に入れて湯が赤くなったらそこにミンチにした魔獣の肉を入れてくれ。肉に火が通ったら液体の部分だけを取り出してほしい。毒を持っている魔獣はその毒に対する耐性もある。解毒に役立つはずだ。」

ぼーっとする頭のまま、完全に解毒は出来なくても今の状態を緩和できればと思い、一番簡単な作り方を説明する。

「わかりました。ベル、ちょっと川まで行ってくる。ベルはここにいてニコラウスさんを隠しておいて。」

言葉の意味を理解することを放棄したまま、ぼんやりと宙を眺めていた。喉が渇く。このまま死ぬのか?体の内側は熱いのに体の外側が寒い。体を小さく丸めて、目をきつく閉じた。


「・・・さん、ニコラウスさん!聞こえますか?」

朦朧とした意識の中で何とか目を開けると、口元に水分を当てられた。飲んでくださいという声に導かれるまま口元の飲み物を飲む。カラカラになった喉にはどんな水分でも有り難く、与えられるまま飲み干した。

「さむい・・・。」

まだ熱が上がるつもりなのだろうか。ライファが自分の布で私を包み、体をさすってくれる。そうしているうちにまた眠りに落ちた。


ホウ、ホウ。
夜を謳うように鳥の鳴き声がする。目が覚めた時には辺りはすっかり暗くなっていた。

「良かった、目が覚めたんですね。体調はどうですか?」
ライファはそう言うと私の首元を触った。

「まだ熱はありそうですね。」
「あぁ、でもさっきよりはだいぶ楽になった。解毒薬を?」

「はい、ニコラウスさんのいう通りに作りました。即効性を持たせる薬材がなかったので、解毒に時間はかかっていますが。」

「そうか、ありがとう。」
ふぅ、と息を吐きながら仰向けに横になる。べたつく体が気持ち悪いと思えるくらいには体は回復しているようだ。

「ニコラウスさん、スープでも飲みませんか?体力回復効果を付加してあるので、体の回復にも良いと思うのですが、食べられそうですか?」

「あぁ、ありがとう。」

渡されたスープはたくさんの野菜を煮込んだもので、羊乳がスープにコクを出していた。
美味しい・・・。食事を美味しいと感じるのは何年振りだろうか。毒に犯されていた体がスープによって塗り替えられていくみたいだ。

「もう少し食べますか?」
ライファに言われて、椀が空になっていることに気付いた。

「いや、もう大丈夫だ。」

体がまた少し楽になっている。体力回復効果のおかげだろうか。熱を出したことによって奪われた体力をこのスープに付加した効果が補っているようだ。

「今日はもうこのまま眠った方がいいですよ。明日、体調がよくなったら幽玄の木を探しましょう。」
「そうだな、色々とありがとう。」



また横になって空を見上げた。
そこにあるはずの星も眼鏡をとってしまえば見えず、歪んだ緑の影がガサガサと揺らいだ。まだ少し高い体温。はぁ、と息を吐き出せば吐き出した息の分だけ冷たい空気が口の中に侵入してくる。その冷たさの分だけ意識がはっきりしてきた。

ローザから離れてこうして一人で考え事が出来る時間は貴重だ。本人に確認したこともないし、確認するつもりもないがローザはスキルを持っている。そのスキルは人の心の中を読むといったもののはずだ。そうでなければ辻褄が合わないような場面を今まで幾度となく見てきたし、私も味わった。気づかれないようにと時間をかけていくつか質問をし、そのスキルは本人を見ていないと発動されなうものだということも予測がついている。
だからこそ、ローザの前では研究のことしか考えないようにしてきたのだ。

ローザはターザニアを火種にして戦争を起こそうとしているようだ。世界を滅ぼしたいのではないかと思うことすらある。正直、私は戦争などはどうでもいい、いや、むしろ、滅びてしまっては困るくらいだ。

私は私を散々バカにしてきた貴族たちが平民である私の前に跪く姿が見たいのだ。跪く貴族が居なくなっては元も子もない。だが、今は私の薬の恐ろしさを思い知らせるときなのだ。そう考えると、ローザの側にいるという選択は正しかったと思う。私が何もしなくてもローザが各国を不安でかき回してくれるのだ。



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