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第三章

32. 調査2

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アートに連れていかれた場所は隠れ家的なBARだった。貴族御用達なのだろう。内装も清潔感があり、まるでホテルのようだ。部屋は完全に二人きりになれるようになっており、部屋にあるリトルマインで飲み物や食べ物を注文するシステムだ。

「よく来るのですか?」
「んー、たまにって感じ。グショウさんは何飲む?」
「じゃあ、フランシールワインを。」
「ふふ、旅人って感じだね。」

アートが注文すると酒は直ぐに届いた。アートは店員から受け取ったお酒を横に並べると、自分の横に座るようにと私を促す。

「僕もね、騎士団なんだよ。しかも現役の。グショウさん、最初から知ってたでしょう?」
「さぁ、どうでしょうか。」
「またそうやってはぐらかす。」

アートは拗ねたように口を尖らせると、私に寄りかかってきた。

「僕、疲れちゃった。騎士団って大変だね。守るとか正義だとか言ってさ・・・。」
アートがお酒を一口飲む。

「僕本当はさ、痛いのも傷つけるのも嫌なんだ。殺される覚悟も殺す覚悟もできないよ。グショウさんはできたの?」

「・・・最初からそんな覚悟なんてできませんよ。それに、殺される覚悟じゃないんですよ。騎士団に必要なのは生きる覚悟の方です。」

アートは驚いたような顔で私を見ると、泣きそうな顔をした。そしてそのまま私の膝に跨って座る。

「あなたには教えてあげる。もうすぐ戦争が起こるよ。フランシールがガルシアに仕掛けるんだ。だからグショウさんはガルシアにもこの国にもいちゃだめだよ。」

アートは私の胸に顔を埋めた。暫くすると、顔を上げて私を見つめる。

「・・・ねぇ、キスしていい?」

アートは微かに震えていた。戦地に赴く者が感じる闇。暗がりから自身の魂を狩ろうと死神がやってくるようで、死のイメージが消えなくなるのだ。

「一度だけですよ。」

アートの唇が私の唇に触れる。恐る恐る私の唇をノックする動きに観念して緩めれば、アートが更に繋がりを求めてきた。これは慰めのキスだ。男同士のキスなんてしたことは無かったが、案外女性とするものとなんら変わらないなとも思った。空気を求めて離れた唇。その唇が掠れた声を出す。

「一度だけなんて言わないで。」
流されてもう一度唇を重ねようとした時だった。


「ちょっと待ったー!!!!」

店員を振り切り、壁を蹴り飛ばした男がひとり。その姿を見るなり私は頭を抱えた。

「私にはお預けを食らわせておきながらこんな若い男となんて、ひどいっ!あんなに尽くしたのに!!」
「ジョン、落ち着きなさい。ジョン。」
「これが落ち着いてなどいられますかっ!私が大事に守ってきた純潔をっ。」

アートはキョトンとして、これはどういうことなの?と呟いた。


私の向かいにはアート、アートの隣にはジョンが座っている。どちらが私の隣に座るかで揉めたためのこの配置だ。全く、ジョンのせいですっかりややこしくなってしまった。

「二人は付き合っているの?」
「いません。」
「そうですよ。」

私とジョンの声が被って正反対の言葉を吐きだした。

「毎晩一緒に寝て起きているじゃないですか!最近では一緒のベッドで眠ることもあるというのに。これが付き合っていると言わなくて何というのですか!?」

ジョンが私に講義をしてくる。というか、一体なぜこんなことになっているのか、頭が痛くなる一方だ。アースに騎士団の情報を貰って綺麗に離れればそれで済んだのに。

「ジョン、ややこしくなるのであなたは黙っていてください。それと、蹴り飛ばしたドアを直してくださいね。」

ジョンは私に言われ、おずおずと店員に謝り、ドアの修理をはじめた。修理といっても何が壊れたわけでもなく、ただドアが外れただけなのですぐ終わるだろう。

「僕を騙したの?」
アートが哀しそうな声を出した。

「騙した、ことになるのでしょうか。フランシール騎士団の方とお近づきになりたいと思っていたのは本当です。」
「僕じゃなくても良かったということ?」
「そうなりますね。」
「・・・。」

「でもあなただからキスを許したんですよ。男性とキスをしたのは初めてでした。」

そう言うとアートは嬉しそうに顔をあげ、ジョンは分かりやすく殺気を出した。
あぁ、これは後が少し怖いですね・・・。

「フランシール騎士団にガルシアがターザニアを滅ぼした犯人だと最初に情報を持ってきたのは誰か知っていますか?」

「騎士団の私に、騎士団の情報を流せということ?」
「そういうことになりますね。」
「あなたたちは一体何者なの?」
「今は無くなってしまった国の騎士団ですよ。ですから今は旅人です。」

変に隠し立てするよりも真実を話した方が協力してくれるかもしれないと思った。アートは今一度、私の容姿を見直しターザニア、と呟いて口を抑えた。

「私たちはフランシールに危害を加えるつもりはありません。アート、聞いてください。私はターザニアを滅ぼしたのがガルシアだとは思っていません。何者かがガルシアとフランシールを争わせようとしているように感じるのです。ですから、ガルシアが犯人だと一番最初に言いだした人物を見つけたい。ここ1か月の間に王宮に出入りした見たことのない人物はいませんか?」

アートは黙って私を見た。

「すみませんグショウさん。私は騎士団の中でも下っ端の方。そういった重要な事柄は教えてはもらえません。」
「そうですか、そうですよね。」

確かにアートのいう通りだ。重要な情報ほど少数で抱えるものだ。下っ端には話さないだろう。

「では、情報を頂いたので一刻も早く帰りましょう!」
ジョンが私の腕を引っ張る。まるで子供のようだ。

「アート、傷つけてしまったのならすみません。どうかお元気で。」
私が去ろうとすると、アートが私の手をつかんだ。

「何か分かったら連絡する。連絡方法、教えて。」
「ありがとう。でも無理はしないでくださいね。」

私はそう言うと、隠密石を一つ渡した。



帰宅中、終始機嫌の悪いジョンを放置したまま宿屋に戻る。ジョンはブスッとした表情のまま私の後に続き、部屋に入るなり私をベッドに押し倒した。

「怒っているのですか?」
「あぁ、当たり前だ。あんなナヨッとした男にキスさせるだなんて。」

ジョンが珍しく口調を崩している。これは本格的にヤバいでしょうか。

「あれは慰めただけですよ。彼があまりにも戦いの恐怖に怯えていたので。」
「慰めで出来るのに私が迫れば逃げる。そんなに私が嫌か!?」

ジョンが強い眼差しで私を見る。

「そういうわけじゃなくて、その・・・。」

眼差しの熱さに負けてつい顔を逸らした。あの目に見つめ続けられるとどうしたらいいか分からなくなる。そんな私の行動を肯定と捉えたのか、ジョンが私から離れた。至近距離のジョンから逃れたことにホッとしていると、ジョンはそのまま部屋から出ていった。

深夜になってもジョンは帰って来ない。とうとう呆れられただろうか。もう戻っては来ないのかもしれない。沈んでいく気持ちを否定するかのように笑ってみた。

「もともと一人で動くはずだった。最初に戻るだけ。」

呟いた声がやたらと空間に響いた。ルームサービスでお酒を注文する。こんなことならジョンと一緒に帰って来ずにあのままアートと一緒にいれば良かったかもしれない。そんなことまで考え始めて、何を考えているのだと自分を嘲笑った。

お酒をたらふく体に流し込み、何も考えられなくなったところでベッドに倒れ込む。
このまま眠ってしまおう。もう、どこに落ちてもいいようなそんな気分になっていた。



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