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第三章

31. 調査1

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フランシールに到着して一週間が過ぎた。山小屋でフランシールの隊長であるギャバンが言った『あの女』という人物を探して町の酒場に出入りする日々だ。

「ジョン、今日は別々に酒場を当たりましょう。二人でいるよりも相手も警戒しないかもしれません。」
「いいですけど・・・。」

ジョンは少し面白くなさそうな表情をした。

「男でも女でも、ホイホイとついて行ったりしないでくださいね。」
「何を言っているのですか。情報が手に入るのならばついて行くに決まっているでしょう。」

呆れたように言うと、あなたをダメ人間にして閉じ込めて飼い殺したい、などという恐ろしい呟きが聞こえた。

「ジョン、恐ろしい呟きが零れていますよ。」
「あら、あまりに強い願望だったのでつい声になってしまったのかもしれませんね。」

言葉の重さとは真逆にジョンは爽やかに笑った。

「・・・はぁ。」
「私から離れるというのでしたら、これを持っていってください。勿論、音声はオンにしておいてくださいね。」

私はため息交じりにジョンが渡すそれを受け取った。

「盗聴器、ですか。そんなに頼りないですか?」

「いいえ。騎士団隊長としてのあなたは頼りにしています。でも最近のあなたはどこか危ういので心配なんですよ。」

「あなたの心配性には困ったものですね。」
「グショウ隊長限定ですよ。」

危うい・・・か。確かにそうかもしれない。あの夢を見るようになってから精神力がどんどん削られていく。目が覚めている時はターザニアの影に心を捕まれ、眠ればあの夢に落ちる。心安らぐ時などない。自身を保っていられるのが不思議なほどだ。

昨夜もそうだ。
夢の中で女の子になって初めて歪な殺意というものを感じた。今までグショウとして戦いの中でいくつもの殺意を向けられた。自身の命を奪おうとする者への殺意、今まで私に向けられたものはそういった極真っ当な殺意だった。

閉じ込められた部屋で過ごしていた女の子が5歳になり、ようやく手にした小さな世界。
机と椅子とを重ねてやっと覗くことが出来た窓の向うの世界は女の子にたくさんのことを教えてくれた。
窓の向うを歩く人々は時々女の子のいる建物を眺める。その心の中には必ず、かわいそうに、という言葉があった。

『国王様もここまでしなくてもいいのに。』
『一生ここで飼い殺すつもりなのかな。』
『なぜこのような酷いことを。』
『危険なスキルを持っているという噂だがここまで頑丈にする程とは・・・。』

人々の声をもとに、自分の知っている情報を整理するとこういうことだ。
国王は女の子の【見た人の心の声を聞く】というスキルを恐れ幽閉している。この女の子の処分に困っている。殺すつもりなのかもしれない。

窓の外の景色には見覚えがあった。ターザニアだ。ターザニアの王宮、私が間違えるはずはない。ならば、国王と言うのはターザニアの国王。このような姫がいただろうか。私は自身の記憶を探ったが知っているはずもない。

そのうち、女の子の心が壊れかけているのを感じた。
自身の父親が死を願っているという悲しみ。
ここでこうして殺されるのを待つしかないという絶望。

逃げる方法を考えるにはあまりに幼く、抵抗するにはあまりに空っぽだった。


じわりじわりと追い込むように向けられた殺意が女の子を通して私まで蝕んでゆく。その歪な足音に、恐怖に耐え切れず夜中に飛び起きると自身の足を刺した。一刻も早くあの女の子の影から抜け出したくて。
私の異変に気付いたジョンが手早くヒーリングを行い、我に返った時にはベッドが血で染まっていた。


よく考えれば、全然自身を保てていないではないか。
ジョンが心配するのは当然のことと言えた。

「わかりました。ちゃんとオンにしておきますよ。」


 今日私が向かったのは街の外れにある居酒屋だ。騎士団が来なさそうな大衆向けの居酒屋ではあるが、ここまで来て中を見ずに帰るなんてことはあり得ない。木のドアを押し開けるとワイワイとした賑やかな音が押し寄せてきた。

「いらっしゃい。初めてかい?好きな席に座っててくれ!」

店主の声に頷いて返事をした。

結構人がいるな。

店内にはざっと40人はいるだろうか。この辺は居酒屋が少ないから一店舗に客が集中するのかもしれない。私は店内を見渡しながらそれらしい客はいないか探した。

騎士団というものはいくら平民に紛れたとしても癖のようなものが出る。相手の手を見てその人物が何の仕事をしているのかを探ってみたり、店に危険人物が現れた時の逃走経路を目で探してみたり。一般的には緩めて履くことが多い紐靴を一番上の紐穴にまで紐を通し、きっちり硬く結ぶのも騎士団の特徴だ。

そんな特徴に合う人物が一人、店の隅っこでお酒を飲んでいた。18歳か19歳くらいだろうか。しっかりとした体つきはしているものの細身で人懐っこそうな笑顔の青年だ。栗色の髪の毛を眺めのショートにし、青い目をしている。
私は座席が混んでいることをいいことにその青年の斜め隣に座ることにした。

親密になろうとするのならば、最初は隣よりも斜め隣に座るのがいい。視界にチラッと映るものほど人は気になってしまうものなのだ。

私は店員に大衆酒であるピコーと焼き野菜の盛り合わせを注文すると青年の話に耳を傾けながら窓の外を眺めた。窓の外を眺めつつ、窓ガラスに映るターゲットを観察する。

「お兄さん、細いのに意外と筋肉があるのね。」
隣に座っている若い女がターゲットの二の腕を撫でる。

「そうかな?家が農業をやっているから、それで鍛えられたのかも。」
ターゲットがニコッと笑うと女がキャアと顔を綻ばせた。

騎士団だということは秘密にするらしい。魔力を若干抑えている様子から平民のふりをしているのだろう。魔力の抑止も酒がまわってくるにつれ弱まってきているのが分かるが、このテーブルにいるのはみんな酔っぱらいだ。そんなことまで気が回らないのだろう。私も平民であることを隠すのをやめることにした。

「ねぇ、お兄さん。あんまりお酒が減ってないけど、お酒苦手なの?」
私の魔力に気付いたであろうターゲットが興味深げに私に近付いてきた。

「えー、男同士で固まらないで一緒に飲もうよー。」
先ほどの女が話しかけているが青年は「ここからは男の時間」と言って私の隣に座ってきた。

「僕はアート、お兄さんの名前は?」
「グショウです。」
「ひとりで飲みに来たの?」
「あなたも同じでしょう?」

アートは私の耳もとに顔を近づけた。

「グショウさんのその魔力って貴族ってことでしょう?僕に気付いてから魔力の抑止をやめたよね!?それって僕を誘ってるってこと?」

「さぁ、どうでしょうか?」

頬杖をついて隣に座っているアートを見つめながら、アートはどう思っているのですか?と聞けばアートがクスクスと笑い出した。

「いいね。どう?違う場所で飲みなおさない?」
私はアートの提案に乗ることにした。




店の外に出れば風が心地よい。

「気持ちいいね。店の中は人が多くて、空気も籠るし息苦しくなっちゃった。」

アートはパタパタパタっと走ってみたり、くるくるっと回ってみたりとご機嫌だ。

「アート、そんなに動き回ると気持ち悪くなりますよ。」
「そしたらグショウさんが介抱してよ。」

危なげにヨタヨタと走るアートを追っていると、アートがよろけて倒れそうになった。その体を抱きしめるようにして支える。

「ほら、言ったでしょう?」

世話のかかる子だ。なんとなくリュンに似ているものの、あの子はお酒を飲んでもこんな風にはならないだろうなとその存在を懐かしく思う。

「誰を思い出してるの?酷いな。僕を見てよ。ねぇ、グショウさんって騎士団の人?」
「少し前まではね。でも今はただの旅人ですよ。」

アートは自分で歩き出すと、そうなんだ、と呟やいた。

「ねぇ、グショウさんともっと話したいから二人になれるところでもいい?僕、あなたに甘えたい。」

8つも9つも歳の離れた年下に甘えたいと言われると庇護心のようなものが湧いてくる。ましてやリュンの面影を持たれてしまうとダメだなどと言えやしなかった。情報を貰う為だと自身に言い聞かせる。

「いいですよ。」
「本当?」

アートは嬉しそうに笑った。


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