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第二章

57. それぞれの思い

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話し合いが終わって早々にリアン王女が席を立った。

「もう少しゆっくりしていたかったのだけど、あまり留守にすると父が心配するから。それと、煩い側近たちもね。」

リアン王女が茶目っ気たっぷりに言う。そして帰り際にグラントさんを見た。

「あなたも大切な人を失くしたのね。」

その言葉にグラントさんが驚いて顔を上げた。

「研究所で見かけたことがあったから。ターザニアの方でしょう?あなたは一人ではないわ。ライファもリベルダ様もマリア様もあなたを心配しています。ひとりではないということを忘れないで。」

リアン王女はそう言いながらグラントさんの手に自身の手を重ねた。

「では、皆様ありがとうございます。」

リアン王女はヴァンス様とユーリ様を連れて帰って行った。飛獣石に乗って小さくなっていくリアン王女を見つめる。お会いできて良かった。リアン王女に会って、話をして、心の中にあったわだかまりが解けた気がする。

笑ってもいいのだ。食事をして、眠って、皆を覚えていることで皆が生きていた証となるのなら、この体を生かし続ける。どこかで自分だけが生きていることに罪悪感を覚えていた。だけど、それはもうやめにしよう。点のように小さくなったリアン王女の姿に、あの力強い笑顔を重ねる。私もあんな女性になりたい。リアン王女のように真っ直ぐ前を見据えて。リアン王女の来訪は私に少しの未来を見せてくれた。


「では、わたくしもそろそろ。」
そう言ってグショウ隊長が飛獣石を出そうとする。

「グショウ隊長はこれからどうするおつもりですか?」

「まずはターザニアを滅ぼした犯人を捕まえます。私は数えきれないほどたくさんのものを置いて、自分だけ生き延びてしまいました。その責任は果たすつもりです。」

「グショウ隊長・・・。」
「そんな顔をしないでください。もともと私には戦うことしかできないのですよ。」

グショウ隊長は困ったように笑った。

「ライファさん、あなたはあなたの好きなように生きていいのですよ。ふぅ、それにしても、あなたがまさか魔女の弟子だったとはね。リュンが聞いたらきっと目を輝かせて喜んだでしょう。あの子はそういう不思議なものが好きでしたから。」

グショウ隊長はそう言うと、ふっと目を細めて優しい顔をした。

「グショウ、これを持っていけ。連絡用のリトルマインだ。この家につながるようになっている。連絡は取れた方がいいだろう。」

師匠がグショウ隊長にリトルマインを手渡した。

「ありがとうございます。助かります。なにか情報が手に入ったらお知らせします。」
「あぁ、こっちも新しいことが分かったら連絡する。」

師匠の言葉にグショウ隊長が深々と頭を下げた。

「グショウ隊長、気を付けて。絶対に死なないでくださいね。」
グショウ隊長がくすっと笑った。

「少なくとも、敵を滅ぼすまでは死にませんよ。」

グショウ隊長が飛獣石にまたがる。そして胸に手を当て騎士団の敬礼をし、それを見たグラントさんがハッとして同じように敬礼を返した。その姿にグショウ隊長はなんとも言えないような表情を浮かべ少しだけ笑うと飛び立った。それはターザニア騎士団の挨拶だった。本来ならば騎士団ではないグラントさんが敬礼で返すことは無い。あえて敬礼で返したあの挨拶は、ターザニア騎士団であるグショウ隊長への精一杯の見送りだったのだと思う。



「今日の夜ご飯はあったかいものにしますね。」
「まぁ!それは楽しみですわね。」

私の言葉にいち早く先生が反応して、私は少し笑った。皆が飲んだお茶を片づけているとキッチンにレイがやってきた。

「手伝うよ。今日は何にするの?」
「鍋にしようかと思って。今の季節に作るにはちょっと暑いかもしれないけど。」

最近では師匠や先生が好きなものを作るばかりだった。食欲がなくて自分が何を食べたいのかが全く分からなかったからだ。でも今日は、唐突に鍋が食べたいと思ったのだ。

「鍋?鍋って料理する時に使うあれのこと?」

レイが不思議そうに私がいつも使う鍋を指さした。どうやら本物の鍋を作ると勘違いしているようだ。

「違うよ。鍋に野菜や肉、魚とか色々具材を入れて煮る料理なんだ。体にも優しいしすごく美味しいんだよ。」
「へぇー。」

庭から鍋に合いそうな葉物を収穫しレイに頼んでカットしてもらう。鶏肉は細かく刻んでひき肉状にして肉団子を作った。出汁はキノコと昆布によく似た海藻でとる。トンビャと塩で味を調えて、肉団子と野菜を投入した。

「いい匂いだね。おいしそう。」
「でしょう?本当は寒い季節に食べるのが一番おいしいんだけど、なんとなく今日は鍋気分だったんだ。」

私が笑うとレイが安心したように笑う。その笑顔に、すごく心配してくれていたんだなと感じた。

「うん、おいしい。これで完成かな?」
味見をしたレイが満足げに言う。

「待って、タレも作りたいんだ。」
「タレ?このままでも十分おいしいけど。」

不思議そうな表情をするレイに、簡単ですごく美味しいんだと言って先ほど鍋の出汁にも使った食材であるキノコと昆布を粉末状にする。以前絞って保管しておいたレモンに似た味のカオとトンビャ、少しのポン蜜とお酒を混ぜ、粉末にした出汁を入れて更に混ぜる。それだけで夢の世界で味わったポン酢の出来上がりだ。

テーブルに並べるとリビングで本を読んでいた先生がバッと顔をあげた。そして小走りでテーブルまでやってきた。

「とてもいい匂いがしますわ!!」
その言葉に師匠とグラントさんが少し遅れてテーブルに着く。

「熱いので気を付けてくださいね。このままでも美味しいですけど、このタレをかけるともっと美味しくなりますよ。」

皆に鍋をよそって自身も席に着く。

「いただきます。」

鍋をすくい、ふぅふぅと息をかけた。少し冷めたところを恐る恐る口に入れる。口の中に出汁の香りが広がって野菜を噛めば口の中でとろけていった。

「おいしい。」

数日ぶりに食事をした気がした。ずっと感じていた口の中にある砂の感じも、首を圧迫されたかのような飲み込みづらさもない。潤んだ目をそっと拭った。食事の美味しさが嬉しかった。

「このタレをかけると味がひきしまるな。」
先生は自分のぶんの鍋にヒュッと魔法をかけ温度調節をしながらパクパクと食べていく。

「ほんとだ。このタレひとつで随分味がかわりますね。」
レイも驚いた顔をしつつ、おかわりをして食べる。

「ベル、そろそろ冷めたから食べても大丈夫だよ。」

それまで自分のお皿の前で覚めるのをじっと待っていたベルは、待っていましたとばかりに鳴いて野菜にかぶりついた。相変わらず無言でもぐもぐ食べる先生の横で、グラントさんが静かに鍋を食べていた。



帰るレイを見送るため、スージィの結界の外に出る。
もう何度、こうしてレイを見送りに来たのだろう。いつもの日常がほんの少しだけ戻ったような気がした。

「レイ、このお守りありがとう。このお守りが無かったら私は生きていなかった。」

お礼を言わなくてはと思ってはいた。思ってはいても、助かって良かったのだろうかという疑問が付きまとってお礼を口にすることが出来ずにいたのだ。レイが私に触れ、抱きしめる。

「こっちこそ、生きていてくれてありがとう。お守りを外さないでいてくれてありがとう。」
レイはしばらくそうした後、ゆっくり離れる。そして私のお守りを手にとる。

「残り僅か・・・か。このお守りの意味が初めて分かった気がするよ。」

レイは目を閉じてお守りを両手で包み込むと、魔力を込め始めた。ペンダントの周囲が暖かくなる。これがレイの魔力か。あたたかい、まるでやわらかく触れられているみたいだ。

「今日はここまで。本当は持って帰って毎日魔力を込めるのがいいのだろうけど、外しちゃうとライファを守るものがなくなっちゃうから、会った時にこうして魔力を込めるね。」

「・・・どうしてレイはここまでしてくれるの?」

あの日、ブンの木の前で会った、それだけだった。あの日から私ばかりが随分と助けられてきたように思う。私はレイに何をしてあげられているのだろう。何をしてあげられるのだろう。

「それは、私はライファのことが・・・。」

レイが何かを言おうとした時、フワッとスージィの結界が開いた。そこにいたのはグラントさんだった。

「よかった。まだいた。昨日のことを謝りたくて。」

グラントさんが私たちを見る。

「昨日はすまなかった。ライファも、すまない。」

「謝らないでください。私にはあなたの苦しみを想像することしかできないから、こんな時にどんな言葉を言えばいいのか・・・。でも、リアン王女が言ったようにあなたは一人ではない。私も出来る限りあなたの力になれればと思っています。」

レイが考えながら紡いだ精一杯の言葉だった。

「ありがとうございます。」

グラントさんが軽く頭を下げる。

「グラントさん!私も力になります。出来ることは少ないけれど。」

あぁ、本当にこんな時、どんな言葉をいえばグラントさんの気が少しは楽になるのだろうか。

「ありがとう。昨日、マリア様に言われたんだ。自分の中で消化できないことは無理に答えを見つけ出そうとせずに
そのままでもいいのだと。乗り越えられない痛みなら乗り越えようとせずに今は置いておけばいい。そしていつか、その痛みと向き合おうと思った時に向き合えばいいのだと。だから今は・・・今を過ごしていこうと思う。」

グラントさんの声が静かな森に響いて、そして森の静けさに飲み込まれていった。
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