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第二章

50. ライファのいない日々

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 ライファから少しの間仕事で旅に出ると聞いてからも私の日常は変わらず、鍛錬に励む日々が続いている。アーガルド侯爵からレベッカがユーリスアを離れたと聞いて以来、レベッカに関わることもなく、騎士団も特に大きな事件もなく平和な毎日だ。ただ、毎日連絡を取っていたわけではないけれど、ライファと連絡が取れないということが案外しんどいものなのだと知った。連絡が取れるけど取らない日々と、連絡を取ることが出来ない日々とでこんなにも気持ちに差が出るのだとは思わなかったのだ。

「はぁああ。」

つい毀れたため息にユーリさんがうんざりした声をだす。

「そのどんよりため息、何回目か知ってる?7回目だよ。この見回りの最中、7回目。」
まさか数えられていたとは・・・。驚きの目を向けつつ、すみません、と謝る。

「そう言えば次の休みもリベルダ様のところに行くの?」
「はい、仕事が終わったらいったん家に帰って向かう感じですかね。」
「僕も乗せてってよ。」

「またですか?」

「またとは失礼な。リベルダ様という監督が居て、僕というコーチがいたら最強でしょ。ヴァンスには内緒にしておくから。ね?」

「分かりました。」

近頃はなぜかユーリさんもリベルダ様のところへ行きたがるようになった。行ったからといって私のようにトレーニングをするわけでもなく、どちらかといえばリベルダ様のお世話係、といった動きをする。ユーリさんがいると食事はユーリさんが作ってくれるので楽なのだが、私の失敗ネタを集めているような気がしてならない。そんな情報、なんの役に立つんだか。

「で、さっきのため息は何?好きな子にでも振られた?」
「まだ振られていません。」

ユーリさんの質問にムッとしながら答える。縁起でもないことを言わないでほしい。

「へぇ、好きな人がいるって認めちゃったね。それはマズイな。まだ世の中に知られないように隠しておいてくれよ。」

ユーリさんが謎の言葉を言ってくる。

「それはどういう意味ですか?」
「言葉通りだよ。好きな人がいるってことはまだ内緒にしていてねってこと。」
「どうして?」
「僕のために。」

語尾にハートでもついているかのようなトーンで言われ寒気がした。知らない方がいいのかもしれない。ニコニコしながら歩くユーリさんの横顔をそっと見る。そういえばユーリさんはいつも酒場に出入りしている。恋愛の話を聞く機会も多いのではないだろうか。

「ユーリさん。」
「んー?」
「どうしたら好きな人に好きになってもらえるんですかね?」

ユーリさんは私を見ると、ぶっと噴き出した。そして空を見上げる。

「これをやったら好きになって貰えるよって方法があるのなら、僕だって知りたいよ。」


帰宅後、リベルダ様の元で行っているトレーニングを家の庭でこなし、夕食を食べて部屋に戻る。そうすると自然と目が行くのはライファと繋がっているリトルマインだ。

今日も魔力の形跡はないか。

部屋を空けて戻るたびにリトルマインにライファの魔力の形跡がないかを探るのが癖になっていた。
ライファは無事だろうか。危険な目に合っていないといい。私のお守りが発動した感覚がないから命の危険って程の危険な目にはあってはいないだろうけど、それでも心配なのだ。他の男に言い寄られている可能性もあるし。あの恋愛音痴のことだからうっかり交際をOKしているなんてことも無きにしも非ずだ。

コンコン

「レイ様、奥様がお呼びです。」

ヌッとズンが壁から顔を出した。

「今行く。」

一言で返しリビングへ行くと母上と姉さんが揃っていた。

「どうしたの?」
「最近あんたが忙しそうだから服を買っておいたわよ。」

なるほど。洋服を買うのが好きな二人だ。自分の服はあらかた買ったので今度私をターゲットにしたってことか。そんなことを思っていたら母上に「レイ、最近急に背が伸びたでしょう?今までの服が小さくなったのではないかと思って」と言われた。純粋なる親心だったらしい。

「ありがとう。」

素直にお礼を言い、服を受け取ると、どれもこれも最新の流行服だった。ひらひらのレースがふんだんに使われたシャツにウエストがキュッとなった細身のパンツ、私の苦手とする服のオンパレードだ。

「今、王都で流行っているものにしたのよ~。」

姉さんの顔を引きつった顔で見つめる。こいつ、私がこういう服が苦手なことを知っておきながら絶対に狙って買ったはずだ。

「いつのもレイとは違う雰囲気の服だけど、あなたもたまにはこういう派手なものもいいんじゃないかと思って。ねっ。」

母上にあんな顔をされると弱い。そのまま何も言えず、もう一度ありがとうと言うと部屋に戻った。


そして目がいくのはリトルマインだ。

あれ?なんか感じが・・・。

そこにふんわりとした魔力があるような気がしたのだ。慌ててリトルマインを手に取ってその魔力を確かめる。ライファだ。この温もりはライファだ。その魔力が消えてしまわないように急いで魔力を込める。つながった視線の先にライファはいなくて、ライファと呼んでも返事は無い。

まだ帰って来てない?いや、そんなことはないはずだ。すれ違ってしまったのだろうか。
繋いだ魔力を切ることが出来なくて、ライファの部屋をぼんやりと見ていた。

「えぇっ!?」
不意にライファの声がした。

「あ、ライファおかえり。」
「た、ただいま。どうして?」

ライファの声が嬉しい。リトルマインを覗きこむようにして話してくるその姿が嬉しくて思わずにやけてしまう。

「リトルマインにライファの魔力が残っていて、話しかけたらつながったみたい。良かったすれ違いにならなくて。」

ライファの姿をもっとよく見たくて、リトルマインをライファの元へと歩かせた。

「旅、どうだった?」
「うん、考えることも多くて勉強になった、かな。そうそう、色んな種類の香辛料を手に入れたんだ。」

嬉しそうに、楽しそうに話すライファを見ながら、無事で良かった、帰ってきてくれて良かった、そう思っていたのに。コロコロ表情を変えて話すライファに触れたくてリトルマインをライファの肩にのせて、そして気が付いてしまった。

「ねぇ、ライファ、私がつけた印がなくなっているんだけど、どうして?」
「あ・・・。そうだった。意地悪で消されたんだった。」

意地悪で消されるって一体どういう状況なのだろうと思い聞いても、ライファ自体ピンときていないようだった。

「なんでそんな状況になったの?髪の毛や服で隠れる位置にあったはずなんだけど。」
「髪の毛を乾かしてもらう機会があってその時にそんなようなことを言って消された。」

私がつけた印を消すには魔力ランクが最低でも7は必要なはずだ。印を消すってことは私のつけた印が見たくなかったということ。ライファが相手の性別すら言わないことも考えたら、どう考えても相手は男だろうと想像がついた。

「・・・・髪の毛を乾かしてもらった?触らせたの?」

お風呂上り、部屋に男を入れて髪の毛を乾かしてもらっただと?ライファは自分が女性だという意識があるのだろうか。誘っていると思われてもおかしくはない状況なのに。

「ライファは無防備すぎるよ。そいつ、男でしょう?押し倒されたりしたらどうするの?」
「そんなことする人じゃないよ。人間が好きで優しくて、なんだか不器用な人なんだ。」

少しやさしく微笑みながらその男のことを話すライファを見て、どす黒い感情が溢れてくる。頭の中で言ってはダメだと警告音が絶えず響いているというのに、他の男のことをそんな顔で、優しい顔で話すライファを見ていられなくて自身を抑えることができなかった。

「ライファ、そいつを信用し過ぎ。それとも、そいつのことが好きになったの?押し倒されたかった?」

気付いた時には酷い言葉が口をついていた。しまった!と思ったのもつかの間。

「レイがさ、私を側に置きたがるのってスキルのせい?利用価値、あるもんな。」

ライファの口から驚くような言葉が出てきて、信じられないというように思わずつぶやいていた。

「何言ってんの?」
「ごめん、なんか疲れてるみたいだ。今日はもう寝るね。」

ライファの魔力がリトルマインからぷっつりと途絶えて、呆然としたままソファに座った。

何がどうしてこうなってしまったのだろう。
おかえりって、無事で良かったって楽しく話したかっただけなのに。
何がって・・・理由なんか分かっている。全て私のつまらない嫉妬心のせいだ。

ライファの髪の毛を乾かしたというあの男、ライファよりも身分も高いだろうにあの状況で俺の印を消すだけに止めた。その事実がライファへの思いの深さを示しているようで、一気に不安が押し寄せる。ライファもその男に悪い印象を抱いていないことはさっきの会話で痛いほどわかった。

ライファが私の側から離れていくかもしれない。
その事実に吐き気さえ覚える。それに、ライファはなんて言っていた?
私がライファのスキルが欲しいがためにライファを側に置きたがっているだと?
私がそんなふうに思っているとライファは思っているのか。
テーブルに肘をついて頭を抱えた。

振られるのを恐れるあまりに大事なことを伝えてなかった。
言葉にしなくてもなんとなく伝わっているような気がして、ライファに甘えていたんだ。

明日、ちゃんと謝ろう。
そして私がライファをどう思っているのか、ちゃんと伝えよう。


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