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第二章

48. 麻痺効果の料理

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昨晩の出来事を見事に引きずった翌朝、頭も手足も心も全部が重い。お酒が飲める年齢ならきっとお酒でも飲んでいただろうと思うくらい昨晩は心がささくれ立っていた。今朝になればあの苛立ちの全てが痛みに変化したかのようで何かにつけてこの痛みが昨晩のあの時間へ私を連れていこうとする。

「ベル、おいで。」

ベルの頭を撫でてベルの頬に唇を近づけた。ベルは鬱陶しそうに手足をバタバタさせると、ご飯!と食べ物を催促する。

「わかってるよ。」
ベルを連れて食堂に向かい、研究所へ行く準備をした。

こんな気分の日になにかやることがあるのは嬉しい。そちらに意識を集中して、やらなくちゃいけないことをたくさんにしておけば、レイのことを思い出すこともないからだ。


 研究室のドアを開けるとクロッカさんが渾身の笑顔でおかえりなさい!とハグしてきた。続いて入ってきたトトさんにも同じことをし、トトさんは照れて顔を真っ赤にしている。

「今回の旅、大成功だったみたいね!騎士団からと、なんと!オーヴェルのクオン王子からのお礼状が届いているわ。オーヴェルの次期国王からこの研究室宛にお礼状だなんて、額に入れて飾りたいくらいよ!」

クロッカさんは興奮のまま声を上げると、「本当にあなたたち、最高よ!」と言ってまた抱き付いてきた。

クオン王子からのお礼状には道中で調合料理が大変役に立ったこととオーヴェル国としても調合料理に感銘を受けたこと、それらに対する感謝が丁寧な言葉で綴られていた。

きっと次期国王である自身が礼状を送ることがこの研究室の背中をどれだけ押すことになるのか考えての行動なのだろう。私やトトさんに、この調合研究室にオーヴェルの次期国王お墨付きの印が押されたも同然なのだ。

「クオン王子には本当に頭が下がりますね。これがあれば、私たちはどこの研究室にも行けますよ」トトさんの言葉にクロッカさんが「え?まさかどこかに行くつもりじゃないよね?」と焦った声をあげた。

「行きませんよ、どこにも。私、勢いでこの研究室に来ましたけど、今ではこの調合料理という研究の素晴らしさを実感しているのです。」

「そう、そうよね。良かったわ。あぁ、ライファが1年とは言わず、ずっとターザニアにいればいいのに。」

クロッカさんが口を尖らせた。


騎士団からの手紙には今回の旅のお礼と、今後について話し合いたいから申し訳ないが騎士団の宿舎へ来てもらえないかと言う呼び出しだった。クロッカさんは面倒くさいわね、と呟きながら出かける準備をしている。せっかくだからと午前中に作った脚力増強効果のあるブラウニーを鞄に入れた。

「ついでに売りつけてくるわ!」

ニヤリと笑ったクロッカさんが逞しい。
クロッカさんを見送ったあと、私はトトに向き合った。

「あの、実はちょっと作ってみたい調合料理があって、トトさん協力してくれますか?」
「勿論いいですよ。ライファさんの調合料理はとても勉強になります。ほら。」

トトさんはそう言ってノートを見せてくれた。ノートの中には私が今までトトさんと一緒に作った料理がこと細かに書かれている。

「いつの間に書いていたんですか?」

「んー、夜寝る前とかかな。私、案外記憶力はいいんですよ。でも、間違っていると困るので後でチェックしていただいてもいいですか?ライファさんがいつまでもいてくれるとは限らないので、それまでに色々な料理を教えてほしいんです。」

トトさんのその姿はとても眩しいものだった。

「勿論です!」


私は以前魔木研究室からもらったチャオの実を保管箱から取り出した。保管魔法がかけられていることもあってあれからひと月以上経っているはずなのに腐る気配はない。むしろもぎ立てのようである。

「神経マイナス効果のチャオの実ですか?」
「うん。」
「どんな風にマイナス効果が発生するのかわかるのですか?」
「ん、まぁ、ちょっと調べたから。」

勿論、世界の魔木の本を調べたところで魔木研究所の研究から生まれたチャオの実は載っている訳はない。スキルのことを言うわけにもいかず、とにかく曖昧に答えて話をそらした。

「薬剤として使うのはチャオの実と鎮静効果のあるハクの花、眠り効果のあるブンの木の実を使おうと思っています。ハクの花とブンの木の実の味は知っているので大丈夫ですが、問題はチャオの実ですね。味がさっぱり分かりません。その味が何で作られているのか調べる方法もあると思うのですが、面倒なので少し食べてみようと思います。」

「ええっ!!マイナス効果ですよ!?」
「大丈夫な量にしますから!」
「いや、だめでしょう。」

こういう時、トトさんは頑固だ。体にマイナス効果が事を現れることを知っているのだからこの反応も理解出来はするが、何とかしてスキルとは言わずに伝えることはできないものだろうか。
ぬおぅ。・・・嘘も方便だよな。

「実は魔木研究室の方から効果を教えていただきまして。効果的には神経麻痺効果4だというのです。なので、これに鎮静効果と眠り効果をプラスして酷い怪我を負った時の治療の手助けができないかと思っています。怪我をすると
痛いでしょう?麻痺効果ならその痛みを和らげることが出来るのではないかと。」

「なるほど。確かにそうですね。いつもヒーラーと一緒に行動できるわけではないですし。治療までに時間がかかるときに使用することで痛みが和らぐのなら、それはありがたいと思います。」

「でしょう?体調が良くない時に使うことを想定して、口の中で溶けてゆくようなものが良いのではないかと思っていて、もうレシピは思いついているのですが・・・。」

「チャオの実の味が分からないと、そういうことですね。わかりました。では、私が食べてみて味を伝えます。それでいいですね?」

本当は自分で味を確認したかったが、ここでごねれば研究が遠ざかる。私は素直にお願いします、と答えた。

厨房に移動してチャオの実をすり潰した。スプーンの先に少し触れただけの量をトトさんの目前にかざす。スキルで効果を見るとなんの効果もない。あれ?と思い、チャオの実の残りの方、残りの方といってもすり潰すのにスプーン一杯ほど削っただけなので、大きな塊ではあるがそちらをみれば、効力は神経麻痺効果4のままだ。

そうか、この効力を保つには量も必要なのか。ならばこの実が熱にさえ強ければあのレシピはぴったりなはずだ。

「どうぞ。」

トトさんに味見を促す。トトさんは緊張した面持ちで口にチャオの実を運んだ。
この量の実では何の効果もないことを伝えられたら、どんなに安心して味見が出来ることだろう。ごめんね、トトさん。

「これは、ほのかに甘い。その奥に僅かな苦みもありますね。でも食べられないほどじゃない。」
トトさんが味を分析して伝えてくれる。

「甘さも果物のような甘さではなくて、なんていうのでしょうか。調合薬の持つ薬臭い甘さが一番近い表現だと思います。

「わかった。ありがとうございます、トトさん。」
よかった。これならば味の邪魔はせずに思い通りのものができそうだ。あとは、この実の性質だな。

思い描いているレシピは生キャラメルだ。食べやすいという理由でゼリーを軽く固めたようなものにしようかとも思ったが、ブンの木の実は胡桃に近い味わいなのでこの味わいでゼリーは合わなそうだなと断念したのだ。そこで思いついたのが生キャラメルだ。濃厚なあの味は胡桃が混ざっても胡桃の風味に負けることなく美味しいだろうし、口の中でサッと溶ける点はこの調合料理の必須条件だ。

まずはトトさんに頼んでブンの木の実を大ざっぱに砕いて炒めることで香ばしさを出した。その後ブンの木の実は挽いて粉状にする。それから洋乳、ポン蜜、洋乳凝を鍋に入れ火にかけてひたすら混ぜた。

「焦げないように注意してくださいね。」

私はトトさんに分かりやすいように説明しながら手を動かした。洋乳に僅かにとろみがでてきたところで粉末になったブンの木の実を入れ、更に火にかける。鍋を掻くようにヘラを動かした時に鍋の中の液体が分断され、少しの時間を置いてまたひとつになるくらいにとろみがついたところで火を止めた。そして容器にくっつかないように加工された紙を敷いて、そこにいれる。あとはコオリーンに冷やしてもらうだけだ。

スキルを確認すれば効果は4のままだった。よかった、成功だ。

「これで終わりですか?」
「はい。簡単でしょう?」
「えぇ、とても。ちょっと待っていてくださいね。すぐ効力を測りますから!」

トトがそう言って効力を測る。

「ちゃんと4ありますね。」

冷えて固まったところをスキルで確認しながら生キャラメルをカットした。この分量で作ると10グラムが効力が4のままでいられる最小の大きさらしい。

帰宅時間ぎりぎりに研究室に戻ってきたクロッカさんに今日作った調合料理を見せる。

「へぇ、それは良いアイディアね。私、昔に骨を折ったことがあったんだけど、治療中も痛くて最悪だったのよ。そういう時にも役に立ちそうだし、痛みの緩和は本人だけじゃなくて周りの人も救うことになると思うわ。」

クロッカさんはそう言うと遠い目をした。

「騎士団には今日のうちに連絡しておくから、明日の朝イチで騎士団の元へ行ってきていいわよ。こういう調合料理はなるべく早く実用化したい。この料理を持ち出す許可証も発行するわ。」

クロッカさんはニコリと笑うと、騎士団の皆さんには思う存分実験対象になってもらいましょう!と笑った。



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