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第二章

41. 後味

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 私たちは無言のまま部屋に戻った。一応念のためにと裁判への同席を求められ了承したものの、あの場で発言する必要がなかったことにはほっとしていた。

裁判を見たのは初めてだった。あの場で死が宣告された、ここ数日ずっと様子を見張っていたトーニャも、不敵な顔で笑っていたクラウス様もあの暗殺者も、ウエストロン公爵夫人もみんなもうすぐ死ぬのだ。正義の名のもとに殺害される。身震いがして思わず自分の腕をさすった。一連の出来事も、ウエストロン公爵夫人が最後に見せた感情の揺らめきも消化不良を起こし、ジリジリと胃を焼いていくような感覚に陥る。

「ライファさん、大丈夫ですか?」

トトさんが心配そうに声をかけてくれた。そのトトさんの表情も暗く、精気を吸い取られたかのような表情だ。

「なんていうか、ちょっと。正直に言うと気持ちが沈んでいるのは確かです。」

私は少しでも気持ちを明るくしようと無理に笑ってみたが上手くはいかず、困ったような中途半端な笑みになってしまった。

「気持ちを切り替えていかないと身が持ちませんよ。」

グショウ隊長はさすがというべきか、いつもの通りだ。良く見ればどんよりしているのは私とトトさんだけで、ダン様もリュン様も淡々としている。むしろいつも通りだ。

「私たちは裁判には多少慣れていますから。初めて死刑の宣告を見るとなかなかショックですよね。」

私の視線に気が付いたのかリュン様が気を遣って言う。グショウ隊長がテーブルの上に置いてある一口大の赤い果物を手に取ると、私のポンチョから顔を出していたベルがピクッと顔を乗り出し、そのままグショウ隊長の元へ飛んでいった。

「なんですか?君も欲しいの?」

グショウ隊長は隊長に向かって手を伸ばすベルに微笑んで、果物をひとつとってあげた。

コンコン
ノックの音に続いて、よろしいでしょうか?と声がする。

「どうぞ。」

グショウ隊長の声にドアを開けたのは王宮執事のトレノさんだった。

「明日、親任式のあとにパーティーが行われるのですが、そこに招待したいと国王が申しております。」
「ありがたく承ります。」

グショウ隊長が代表で答える。

「では、皆様の洋服はこちらで手配させていただきますね。」

執事はそう言うと去って行った。
まさかまた王宮のパーティーの参加することになろうとは・・・。ドレスを持っていない私としてはトレノさんの申し出はとても有り難いものだった。



 夕食は王族とは別で自分たちだけでの食事となった。明日の準備があるので食事に招待できずにすまないという言葉と共に国王からお酒が届いた。バネージュという名前のそのお酒はオーヴェル原産のフルーツ数種類をブレンドして製造したお酒で、七色の風味を持つと言われている。国王が選んだだけあってそのパネージュは最高級と名高いブルドン産のパネージュだった。

「これは素晴らしいっ!」

グショウ隊長でさえも嬉しそうに笑みを零し、ダン様に至っては舌なめずりしている。トトさんも知っているのだろう。ぱあっと顔を輝かせてボトルを見ている。

「このメンバーでお酒を飲むことができるのは私とダンとトトさんだけですね。リュン、あとは頼みますよ。」

お酒は18歳になってからですからね、と付け足して3つのグラスにお酒を注いだ。ベルがグショウ隊長の元へ歩み出て、少しちょうだいと手振りで伝えている。

「君も?お酒は飲めるのですか?」

ベルがコクコクと頷くので、グショウ隊長が小皿の2ミリ程度の量を注いでいる。

「仕方ないな。少しだけですよ。」

お酒をもらってご機嫌なベルとむぅっと口を尖らせたリュン様、二人の対比が面白い。


王宮の食事はどれも見た目がとにかく美しく、スパイスを使った料理が多かった。
スパイス一つでお肉の臭みが消えたり、スパイスを用いることで口の中に新たな香りが生まれ料理に複雑さがプラスされたり、アーリアの街で見たたくさんのスパイスたちはこんな使われ方をするのだ。

これは参考になるな。スパイスを使うことでクセのある食材も食べやすくなるかもしれない。

単に料理をするだけなら、酷い味の物は使わなければ良いのだが、調合料理ともなるとそうはいかない。不味くても必要な効果なら料理に使わなくてはならないのだ。

「トトさん、このスパイスの使い方は調合料理にも使えそうですね。」

目の前あるお肉をフォークで刺しながらトトさんに話しかけると、「ふぉうですねー」とぽやっとした声が返ってきた。ん?とトトさんを見れば赤い顔をしている。

「トトさん酔っ払っちゃいましたね。あぁ、私も早くお酒が飲めるようになりたいな。」

リュン様が羨ましそうに言う。

「3年なんて、せっせと鍛えてりゃすぐだぞ。俺だってついこの間まで15歳だったんだから。」
「ついこの間って、ダン、あなたは自分をいくつだと思っているんですか?」
「18かな。」

どう見ても20代後半にしか見えないダン様が答えて、グショウ隊長がため息をついたところで夕食は終わりになった。お酒は部屋に持ち帰って、部屋で続きを飲むらしい。



 寝室は男性チームに二部屋、私に一部屋用意してくれていた。
私の寝室には天蓋付きのベッドがあり、豪華な彫刻が施された鏡台があり、ソファ、テーブルとそのどれもがひと目で高級家具なのだと分かる。まるでお姫様にでもなったかのような部屋だ。
このベッドで寝るのか。なんだか緊張するな。高級すぎる家具というものは汚してしまったらどうしようと考えてつい緊張してしまうものだ。

部屋にいるのも落ち着かず、大きな窓を開けてベランダに出る。部屋と屋外とに空気の線でも引かれたかのように部屋の中は涼しく外は生温かい。それでも時折吹く風が心地よかった。

空を見上げればおびただしいほどの星が見える。ここから見る星は結界のせいなのだろうか緑がかって光り、紺色を深くしたような黒い空によく似合う。緑・・・か。ウエストロン公爵夫人のドレスの色とつながり、そこから今日の裁判が脳内再生された。

凛としたウエストロン公爵夫人の横顔、罪人として裁かれているはずなのに真っ直ぐと前を見据えるその姿は舞台に立つ主役のようだった。クオン王子を殺したいほど憎んでいるというわりには、夫人が感情を露わにしたのはウエストロン公爵に話しかけたあの場面だけだった気がする。公爵へ皮肉を言い、最後に愛していないとまで言い切った。あの言葉たちが何を示すのかは分からないが、夫人が伝えたかったことがあの言葉たちなのだろう。

「はぁ・・・。」

師匠があの裁判を見ていたなら何を思うのだろうか。師匠はいつも的確に言葉をくれる。

「師匠に会いたくなってきた。これがホームシックってやつか・・・。」
「ライファ?」

不意に名前を呼ばれて声がした方へ視線を向ける。すると私のベランダの下、王宮の庭にクオン王子が立っていた。

「こんな時間に何をしているんですか?」

もう23時を過ぎているはずだ。

「ちょっと散歩をね。一緒にどうだ?」

この時間にか、と一瞬迷いはしたがこのままベランダにいてもどうせ眠れないだろう。それに、王子と一緒ならば散歩していても怪しまれることもない。

「じゃあ、少しだけ。」

私が返事をすると王子は大きく両手を広げた。まさか、ここから飛び降りろとでもいうのだろうか。

「ほら、おいで。この方が手っ取り早い。」

確かに手っ取り早いだろうけど、ここ、3階なんだけどな。

もともと天井が高い王宮の建物だ。3階とはいえ通常の建物の4階くらいの高さはある。その高さに腰が引けたがクオン王子を見ればにやけた表情のままだ。飛べるか?と煽られているような気になる。私は手すりに足をかけよじ登ると、クオン王子めがけて飛んだ。

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