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第二章

38. 王宮への帰還

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「クオン王子、お帰りなさいませ。」

王宮へ入るとひんやりとした空気が俺の体の熱を冷ましてくれる。心地よさにふぅっと息を吐いた。この冷たさの正体はコオリーンだ。王宮には何体もコオリーンがおり王宮全体を冷やしてくれている。基本的に王宮のコオリーンは恥ずかしがり屋なので、寒いと思った時にコオリーンをじっと見つめると恥ずかしがって消え、フルーツを持ってその名を呼べばまた出てきてくれる、ありがたい存在だ。

俺の顔を見た王宮仕えの一人が走って消えると直ぐ、俺の側近のマカンがツカツカとやってきた。
ストレートのおかっぱ頭にキリッとした眉毛、細い目、几帳面の言葉がよく似合う顔をしている。

「お帰りなさいませ。お戻りをお待ちしておりました。ですが、事前に連絡をください!」

突然現れた俺に今日の予定を崩されたのだろう。帰りを歓迎しつつもしっかり注意してくる所がマカンらしい。

「すまん。ちょっと色々あったのだ。久しぶりだな、マカン。帰ってすぐ悪いがこれからちょっと仕事がある。緊急に国王に会いたいのだが国王はいるか?」

「王宮にはいらっしゃると思いますが直ぐに確認します。」

マカンはチョーピンを取り出すと国王への面会を求める文言を吹き込み、国王の側近宛に飛ばした。

「それから、キース、お前をこのまま私の側につけておくことは難しい。分かるな?」

俺がキースに向かって言うと何かを察したのかマカンの表情が固まった。

「はい、承知しております。」
「ジョン、キースを地下牢へ。お前はその後騎士団へ行き、団長に私の元へ来るよう伝えろ。」

ジョンは、はっと短く返事をするとキースを連れてこの場を離れた。

「マカン、こちらの5人はターザニアから私を無事にここまで連れてきてくれた者たちだ。丁重に扱うように。疲れているだろうからゆっくり休んでもらえ。」

マカンが、はいと返事をして使用人たちに指示を出していく。私はグショウ隊長を見て改めて礼を言った。

「今回は巻き込んでしまってすまない。協力には感謝している。」
「勿体ないお言葉です。」

「部屋を用意するのでそちらでゆっくり休んでいってくれ。それとこれから行う裁判で証言をしてもらうかもしれないが、その時はよろしく頼む。」

私は皆の顔を見ながら言葉を発した。
ライファを見れば少し不安そうな表情をしていた。その表情は私に対する心配だろう。宿で魔道虫から送られてきた映像を見た時、自分に向けられる憎悪にぞっとした。俺の死を願う人間がいるのは知っていたし、王になるというこの位置にいればそれは当然のことだと理解はしていた。だが、頭で理解するのと目の当たりにするのとではその衝撃が全然違う。

目の当たりにしたその感情は力を持ち、姿を持ち、俺に襲い掛かってくるかのようだった。体の内側から冷えていくのを止められずに視線を泳がせれば、心配そうな目をしたライファの視線にぶつかった。弱さを隠すように微笑めばスッと近くに寄ってきたライファが「大丈夫です。王子には私たちがいます」と言ったのだ。

あの言葉に一気に体に血が戻ってくるのを感じた。あの言葉にどれ程救われ、勇気を貰ったことか。

「こちらのことは心配しなくてもいい。ゆっくり休んでくれ。」

俺はそう言って微笑んだ。




「クオン王子、国王がお会いになるそうです。」

返事のチョンピーを受け取ったマカンに促され、国王の部屋へと急ぐ。
金による細工が施された重々しい扉の前には二人の騎士が立っており、俺の姿を見るなり姿勢を低くし頭を下げた。騎士たちがどうぞと扉を開ける。扉の向うには赤いじゅうたんが敷かれており、正面の玉座にオーヴェルの現国王であり俺の父親であるカイザが座っていた。

「お久しぶりです、父上。ターザニアより今戻りました。」
「あぁ、良く戻ったな。お前が死んだという噂を小耳に挟んだが、生きているだろうとは思っていたぞ。」

国王は含みのある笑みを浮かべた。ここまで情報が届いていたか。

「その件に関しましてお話があり、緊急に面会をお願いしました。」
「話せ。」

「旅の道中で私の食事に毒が混入される事件が発生しました。幸い怪我人はおりません。捜査の結果、毒を盛ったのがキースだということが分かりました。」

キースと言う名前を出した瞬間、マカンを始め側近の何人かが動揺する気配を感じた。そんな中でも国王は流石ともいうべきか、眉毛一本動かすことは無い。僅かな仕草で相手に心情を探られ、時にはそれが悪い方向へと導くことを良く知っているからだ。

「キースは脅されて毒を混入しはしたもの、私ではなく自分を殺害することを選んだようでした。キースの情報から犯人を特定し、ここに証拠もあります。」

俺は国王に魔道虫を見せた。

「流してみろ。」

国王の言葉に従い、クラウスとトーニャの音声、続いてクラウスとウエストロン公爵夫人の映像を流した。

「ウエストロン公爵夫人か。なるほどな。それでお前はこいつらをどうしたい?」

国王が聞いてくる。その目は俺を試すような色を帯びており、どこか面白がっている気配すらある。国王と言うのは国のトップであり全ての決定権を持つ。国王の仕事は判断し決断することだ。何が正しくて何が間違っているか、間違っているのを知りつつも可としなければいけない場面もあるだろう。
俺は今、王としての資質を見極められているような気がした。

「キースは私の側近の任を解きます。私を殺さない選択をしたとはいえ判断を間違えた。その責任は負わなくてはなりません。ですが、キースは私の毒味係になるべく育てられた。その体を毒に馴らしております。毒味係をやすやすと死なせるわけにはいきません。王宮に隣接する神殿仕えにするつもりです。神殿から一歩たりとも出ることは許しません。」

「そうか、まぁ、いいだろう。して、クラウスとトーニャは?」

「この二人は同情の余地もありません。死刑が相当かと。アーバン伯爵は息子の責任を問い、爵位剥奪すべきと思っております。」

「ほう、魔力を縛って国外へ追放するか?」

「魔力は縛りますが追放はしません。世界には色々な人間がおります、研究も日々進化している。国外へいくことで力をつけることを防ぐために、むしろ国外へ行くことを禁じます。」

これはオーヴェルを離れターザニアで過ごした日々で感じたことだ。世界には色々な人がいる。驚くべき能力をもった人間がいるのだ。そういう人間に触れさせたくはない。

「そして国内で見せしめとします。爵位を奪われ魔力を縛られ平民に成り下がった伯爵、その姿を見るたびに人は王家へ逆らえばどうなるのかを知るでしょう。それに、伯爵は今までの自身の振る舞いについても身に染みることとなります。伯爵が平民に対して親切に向き合っていれば、爵位を失ったとて親切に接してくれる平民は多いでしょう。逆に横柄な態度ばかり取っていたのならば、それ相応の扱いを受けることになります。私が罰を与えるのは魔力を縛って爵位を奪うまで。その先の罰は伯爵自らの行いによって平民が決定します。」

「伯爵が他の貴族と組んで反対勢力になる可能性はどうだ?」

「他の貴族には伯爵と関わることを一切禁止すればいい。もし破るのであれば容赦なく同等の扱いとなると。」

「ふん、面白いな。自らの行いによって平民の態度は変わる。いいだろう。」

国王は口元を緩めて顎を触った。

「さて、最後はウエストロン公爵夫人だ。」
「・・・正直まだ迷っております。」

私はここで初めて王から視線を逸らした。

「ウエストロン公爵夫人はお前によくしてくれていたからな。裏でどう思っていたかわからんが、表だけの優しさでも救われることはある。」

私は頷く。国王も何か思うところがあるらしい。

「どうするかはお前が決めろ。本人の話を聞いてから決めても遅くはないだろう。」

国王はそう言うと、ふっと表情を和らげた。

「よく無事に帰ってきた。クオン、私はお前を誇りに思っているぞ。」


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