上 下
77 / 226
第二章

33. 追跡

しおりを挟む
一眠りして時間は14時。
・・・眠り過ぎてしまっただろうか。

久しぶりのベッドの感覚が心地よすぎてぐっすり眠ってしまった。クオン王子に貰った服に着替える。なるほど、オーヴェルの気候にぴったりのさらさらして軽く、汗をかいても体にくっつかなさそうな生地だ。ふと気になって服をずらして首元を確認する。

夢じゃなかったか。

そりゃあそうだろうと自分に突っ込む。
これを見たらレイは何というのだろうか。どんな表情を見せるのだろうか。
私ではなく必要なのはスキルなのだという言葉がちらついて、その言葉がちらつく自分にも嫌気がさす。

「・・・本当に厄介な感情だ。」

私は言い捨てるように呟くと部屋を出た。

隣の部屋をノックする。

「はい。」
「ライファです。」

カタッと音がしてリュン様がドアを開けてくれた。

「入って。」

リュン様に言われ部屋の中に入る。

「今後の予定を聞こうと思ってきたのだけれど、あれ?クオン王子は?」

部屋にクオン王子の姿がない。

リュン様がトトさんに目配せして、トトさんが頷く。トトさんが説明してくれた。

「宿の人から服を受け取った後、リュン様には体を休めるように言い私と二人でキース様の女性の家に行ってみたのです。」

私の部屋で髪の毛を乾かしてくれた後、出ていったらしい。

「クオン王子としては女性が浚われた形跡がないか見てみるつもりだったのですが、そこにはキース様の女性が何事もなかったかのように暮らしていました。」

「それは本人なの?見間違いでは?」
「いいえ、アーリアを発つ前にキース様が見せてくれたあの女性で間違いありません。」
「どういうこと?誘拐はされていないと?」

「私たちにもよくわかりません。なので、本人に姿は見せずにそのまま見張ってみることにしたのです。しばらく様子を見ていたのですが他に動きもなく、私だけ帰ってきてこれからリュン様がクオン王子の元へ向かうのです。」

「私はどうしたらいい?」
「もし起きているようならリュン様と一緒に来てほしいと。」
「わかりました。」

私たちはトトさんに地図を書いてもらい、平民が使う乗合馬車に乗りクオン王子がいる近くまで来た。ベルが人々の印象に残ってしまうことを避けるために、ベルには私の服の中に隠れていてもらう。馬車から降りると買い物にでも来たかのようにお店に入り、店内を回ってからクオン王子の元へ急いだ。
クオン王子はオープンカフェのテラス席に座り、本を読みながらお茶を飲んでいた。クオン王子がこちらを見る。リュン様がコクリと頷いた。

リュン様は飲み物を二つ注文すると、クオン王子の近くの席に座る。私はリュン様に向かい合うように座った。クオン王子は席を立つとリュン様のすぐそばを通り、店を出ていった。

「2階の角の部屋らしい。」

リュン様の言葉に驚くと、リュン様の手には小さな石が握られており、どうやらそれにクオン王子からのメッセージが送られてくるらしい。

「ライファさんにかわって欲しいって。」

リュン様に言われ、石を受け取り頬杖でもつくような感じで石を耳にあてた。

「ライファか?」と聞かれ、リュン様に話しかけているかのように「はい」とだけ答えた。

「今のところ動きは無いから、今のうちに少し仮眠を取ってくる。いいか、危険だと思ったら何を置いてでも逃げろ。無茶はするなよ。夕方には戻る。」

クオン王子が心配そうに言う。

「巻き込んですまない。」
「大丈夫です。」


それから私はリュン様と共に二階の隅の部屋を見張ることになった。
ここからは女性の部屋の窓が見える。窓の外には綺麗な花の鉢が置いてあり、女性が窓から水をあげているところだった。

「可愛らしい女性ですね。」

リュン様が言う。茶色がかった灰色の髪の毛をしたその女性は、水をやり終えたかと思うと後ろを振り返った。口元
が動いている。

「部屋に誰かいるみたいだ。」

私の言葉にリュン様はさりげなく視線を動かし、彼女の姿を確認した。

「本当だ。誰かと話をしている。あのアパートに入っていく人は誰もいなかったはずなのに。」

リュン様の言葉に頷く。リュン様は更に言葉を続けた。

「他に入り口があるのかもしれない。建物に近付いてみよう。」


建物はこの街にはよくあるタイプの石造りの建物だ。リュン様は建物に寄りかかると目を閉じて何かを探っている。私はその姿を黙って見ていた。

「この建物の裏側に魔力の残りを感じる。魔力で壁抜けをして建物内に入った人がいるのかも。」

それは、この建物内に大平に出入りできない人物がいることを示していた。しかも、魔力で壁抜けが出来る人物と言えば、魔力の高い貴族でしかないだろう。

「怪しい匂いがする。」

私が言うと今度はリュン様が頷いた。
私たちはリュン様が魔力の残りを感じるという部分を見に行こうとアパートの角を曲がろうとした時、前を歩いていたリュン様が急に立ち止まり私を制した。

「馬車がいる。」

裏路地にひっそりと停まっている馬車。間違いなく、内部にいる貴族のものだろう。

「ここで待っているということはもうすぐ貴族がでてくるかもしれない。」

リュン様の隣からコッソリ顔を覗かせ、私も馬車を確認した。貴族が使うような立派な馬車だ。二人で馬車に乗りこまれては見失ってしまう。どうするべきか。その時ベルが私の服から顔を出した。

そうか、この手がある。

「リュン様、もしも二人が出てきて馬車に乗り込むようなことがあったら、私が馬車の後をつけようと思います。」

「どうやって?」

「シューピンで馬車の後ろにつかまります。ベルの能力で姿は見えないようにしてもらうから、気付かれることは無いと思います。」

「私は反対です。危険すぎる。」

リュン様がぴしゃりと言った。

「リュン様、聞いて下さい。親任式までもう日にちは少ない。モタモタしている時間は無いです。危なくなったらちゃんと追跡はやめますから。リュン様は私の魔力を追えますか?」

私は早口で言った。私の迫力に押されてかリュン様が素直に答える。

「追えないことは無いですけど、自分の魔力の方が追いやすいです。」

「じゃあリュン様の魔力がついているものを何か貸してください。リュン様は時間がかかってもいいから私の後を追ってきて欲しいです。それとクオン王子への連絡もお願いします。」

私はリュン様が渡してくれた服の切れ端を腕に巻いた。

「ライファさん、これはライファさんが持っていて。」

リュン様はそう言うと私にクオン王子の石を渡した。

「王子への連絡は?」
「連絡方法ならいくらでもある。でも、ライファさんの状況で一番役に立つのはこの石だから。」
「ありがとう。」

そうしている間に腕を組んだ二人が壁から現れ馬車に乗り込んだ。

「リュン様、あとはお願いします。ベル!」

私がベルを呼ぶとベルが青白く光り、シューピンごと見えなくしてくれる。リュン様が驚きのあまりに目を見開いていた。

「行ってきます。」
その言葉に反応して「気を付けて!」とリュン様が言った。


馬車が走り出したのを見てその後ろにシューピンをつける。馬車はビューっと進んでいくのかと思っていたがよく考えたらここはまだ街中。馬車はそんなにスピードも速くなく、人が走れば追いつくことが出来るくらいのスピードだ。気になってリュンを見れば少し離れたところで馬車をつかまえようとしている姿が見えた。

馬車は町中をどんどん進み、街の外れの方、しかもありがたいことに私たちが泊っている山小屋の方へと進んでいく。リュン様の馬車がちゃんと着いてきているか確認すると、少し離れたところにリュン様が乗っていた馬車が停まっているのが見えた。リュン様が降りているようだ。

そうか、街から抜けたことで馬車の数も少なくなってきたから目立たないように馬車を降りたのか。

若くてもちゃんと騎士団なんだな、と感心した。私が捕まっている馬車は山小屋の近くを通り過ぎ更に奥へと入っていく。馬車が停まったそこは貴族のお屋敷よりは小さいが綺麗に手入れされた館だった。あの貴族の別荘なのだろう。

二人が馬車を降りて仲良さげに屋敷に入っていく姿を見届けてから、シューピンを巾着の中へしまった。
馬車を走らせていた御者に着いていき、屋敷の中に侵入する。

密会するなら二階だろう。

レイの屋敷を参考に、二人がいるとすれば2階以上だとあたりをつけた。そもそもこの屋敷には3階はないので、必然的に2階になる。レイの家のように階段が勝手に動くと悪いので階段を使わないようにシューピンで2階へ移動した。

奥から歩いてくる二人を見かけて、ぶつからないように近くの部屋に入った。すると二人の目的地はこの部屋だったようで、私の後に続くように二人も部屋に入ってくる。

こういう時はベッドの下に隠れるのがベストだ。
ベタではあるがぶつかることもないし、話の内容も聞くことが出来る私はベッドの下に潜り込んだ。ベルの魔力の消耗を考えて結界の解除をお願いする。


「クラウス様、ずっとこうしてあなたに触れて欲しいと思っておりました。あの日の熱は今もこの体の中で疼いているのです。」

女の熱っぽい声が聞こえる。

「トーニャ、私も君に触れたいと思っていたよ。」
「嬉しいですわ。」


女の甘ったるい声が聞こえたかと思うと、キシっとベッドが軋んだ。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

半身転生

片山瑛二朗
ファンタジー
忘れたい過去、ありますか。やり直したい過去、ありますか。 元高校球児の大学一年生、千葉新(ちばあらた)は通り魔に刺され意識を失った。 気が付くと何もない真っ白な空間にいた新は隣にもう1人、自分自身がいることに理解が追い付かないまま神を自称する女に問われる。 「どちらが元の世界に残り、どちらが異世界に転生しますか」 実質的に帰還不可能となった剣と魔術の異世界で、青年は何を思い、何を成すのか。 消し去りたい過去と向き合い、その上で彼はもう一度立ち上がることが出来るのか。 異世界人アラタ・チバは生きる、ただがむしゃらに、精一杯。 少なくとも始めのうちは主人公は強くないです。 強くなれる素養はありますが強くなるかどうかは別問題、無双が見たい人は主人公が強くなることを信じてその過程をお楽しみください、保証はしかねますが。 異世界は日本と比較して厳しい環境です。 日常的に人が死ぬことはありませんがそれに近いことはままありますし日本に比べればどうしても命の危険は大きいです。 主人公死亡で主人公交代! なんてこともあり得るかもしれません。 つまり主人公だから最強! 主人公だから死なない! そう言ったことは保証できません。 最初の主人公は普通の青年です。 大した学もなければ異世界で役立つ知識があるわけではありません。 神を自称する女に異世界に飛ばされますがすべてを無に帰すチートをもらえるわけではないです。 もしかしたらチートを手にすることなく物語を終える、そんな結末もあるかもです。 ここまで何も確定的なことを言っていませんが最後に、この物語は必ず「完結」します。 長くなるかもしれませんし大して話数は多くならないかもしれません。 ただ必ず完結しますので安心してお読みください。 ブックマーク、評価、感想などいつでもお待ちしています。 この小説は同じ題名、作者名で「小説家になろう」、「カクヨム」様にも掲載しています。

転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。 一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。 それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。 ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。 ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。 もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは…… これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。

そんなにホイホイ転生させんじゃねえ!転生者達のチートスキルを奪う旅〜好き勝手する転生者に四苦八苦する私〜

Open
ファンタジー
就活浪人生に片足を突っ込みかけている大学生、本田望結のもとに怪しげなスカウトメールが届く。やけになっていた望結は指定された教会に行ってみると・・・ 神様の世界でも異世界転生が流行っていて沢山問題が発生しているから解決するために異世界に行って転生者の体の一部を回収してこい?しかも給料も発生する? 月給30万円、昇給あり。衣食住、必要経費は全負担、残業代は別途支給。etc...etc... 新卒の私にとって魅力的な待遇に即決したけど・・・ とにかくやりたい放題の転生者。 何度も聞いた「俺なんかやっちゃいました?」       「俺は静かに暮らしたいのに・・・」       「まさか・・・手加減でもしているのか・・・?」       「これぐらい出来て普通じゃないのか・・・」 そんな転生者を担ぎ上げる異世界の住民達。 そして転生者に秒で惚れていく異世界の女性達によって形成されるハーレムの数々。 もういい加減にしてくれ!!! 小説家になろうでも掲載しております

美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます

今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。 アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて…… 表紙 チルヲさん 出てくる料理は架空のものです 造語もあります11/9 参考にしている本 中世ヨーロッパの農村の生活 中世ヨーロッパを生きる 中世ヨーロッパの都市の生活 中世ヨーロッパの暮らし 中世ヨーロッパのレシピ wikipediaなど

「専門職に劣るからいらない」とパーティから追放された万能勇者、教育係として新人と組んだらヤベェ奴らだった。俺を追放した連中は自滅してるもよう

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「近接は戦士に劣って、魔法は魔法使いに劣って、回復は回復術師に劣る勇者とか、居ても邪魔なだけだ」  パーティを組んでBランク冒険者になったアンリ。  彼は世界でも稀有なる才能である、全てのスキルを使う事が出来るユニークスキル「オールラウンダー」の持ち主である。  彼は「オールラウンダー」を持つ者だけがなれる、全てのスキルに適性を持つ「勇者」職についていた。  あらゆるスキルを使いこなしていた彼だが、専門職に劣っているという理由でパーティを追放されてしまう。  元パーティメンバーから装備を奪われ、「アイツはパーティの金を盗んだ」と悪評を流された事により、誰も彼を受け入れてくれなかった。  孤児であるアンリは帰る場所などなく、途方にくれているとギルド職員から新人の教官になる提案をされる。 「誰も組んでくれないなら、新人を育て上げてパーティを組んだ方が良いかもな」  アンリには夢があった。かつて災害で家族を失い、自らも死ぬ寸前の所を助けてくれた冒険者に礼を言うという夢。  しかし助けてくれた冒険者が居る場所は、Sランク冒険者しか踏み入ることが許されない危険な土地。夢を叶えるためにはSランクになる必要があった。  誰もパーティを組んでくれないのなら、多少遠回りになるが、育て上げた新人とパーティを組みSランクを目指そう。  そう思い提案を受け、新人とパーティを組み心機一転を図るアンリ。だが彼の元に来た新人は。  モンスターに追いかけ回されて泣き出すタンク。  拳に攻撃魔法を乗せて戦う殴りマジシャン。  ケガに対して、気合いで治せと無茶振りをする体育会系ヒーラー。  どいつもこいつも一癖も二癖もある問題児に頭を抱えるアンリだが、彼は持ち前の万能っぷりで次々と問題を解決し、仲間たちとSランクを目指してランクを上げていった。  彼が新人教育に頭を抱える一方で、彼を追放したパーティは段々とパーティ崩壊の道を辿ることになる。彼らは気付いていなかった、アンリが近接、遠距離、補助、“それ以外”の全てを1人でこなしてくれていた事に。 ※ 人間、エルフ、獣人等の複数ヒロインのハーレム物です。 ※ 小説家になろうさんでも投稿しております。面白いと感じたらそちらもブクマや評価をしていただけると励みになります。 ※ イラストはどろねみ先生に描いて頂きました。

駆け落ち男女の気ままな異世界スローライフ

壬黎ハルキ
ファンタジー
それは、少年が高校を卒業した直後のことだった。 幼なじみでお嬢様な少女から、夕暮れの公園のど真ん中で叫ばれた。 「知らない御曹司と結婚するなんて絶対イヤ! このまま世界の果てまで逃げたいわ!」 泣きじゃくる彼女に、彼は言った。 「俺、これから異世界に移住するんだけど、良かったら一緒に来る?」 「行くわ! ついでに私の全部をアンタにあげる! 一生大事にしなさいよね!」 そんな感じで駆け落ちした二人が、異世界でのんびりと暮らしていく物語。 ※2019年10月、完結しました。 ※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

処理中です...