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第二章

23. 挨拶のキス

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あれから何度も挑み続け、気付けば辺りは随分前から真っ暗になっていた。

「「はぁ、はぁ。」」

二人とも肩で息をする。

「腹へった・・・。まさかこんな時間までかかるとは・・・。」
「そしてまだ手に入れられていないという事実。」

はぁ・・・。思わずため息が出た。そして蔦を見れば、蔦は元気にウニョウニョと動いている。蔦には魔力切れとかそういうものは無いのだろうか。

「今日はこれくらいにして、何か食べて休もうか。」

私の言葉にレイが頷く。レイの魔力もだいぶ少なくなっているはずだ。

「川に魚がいるだろうから、それ、獲ろう。」

レイについて川に行くと、レイはササッと服を脱ぎ、空中に光を浮かべると水底を見つめている。光がレイの体をも照らし、闇が影を更に濃くするからレイの体の凹凸がしっかり分かる。思っていたよりもずっと鍛えられた体をしていた。

パシャッ

水の音が聞こえたと思ったらレイの手には魚が握られている。
素手で、素手でつかまえられるものなのか!?
レイは私に魚を投げてよこすと、その調子で4匹ほど捕まえた。

「すごいな。あっという間に4匹。」

「あぁ、ジェンダーソン家のトレーニングのひとつでもあるんだよ。うちの家の裏にある森に川があって、そこでこ
うやって捕まえるんだ。」

「だから上手いのか。」

私はレイが獲ってきた魚を二匹は串焼きに、もう二匹は香りの強い葉でくるんで蒸し焼きにした。パンもさっと焼いてふわふわにする。
焼き上がりを見計らったかのようにベルがやってきて、みんなでご飯にした。

「美味しい。調味料無いから大丈夫か不安だったけど、素材の味だけでも意外といけるもんだな。」
「うん。この蒸し焼きは葉っぱの香りが移っていて、臭みが少ないね。」

「狙い通りだった。でも、調味料があった方が美味しいな。今度から調味料は常備しておこう。」

食事が終わると火の近くに大きな葉っぱを敷き寝床にした。

「寒くない?」
「うん、今は平気。」
「ふーん、じゃ、私が寒いからこっちに来て。」

言われるままレイに近付くと、膝の間に座らされ後ろから抱きしめられる形になった。そして腰の袋から布を出すと、くるっと自分たちを巻いた。

「布、持ってたんだ。」
「うん、騎士団の癖かな。布は何かと便利だからいつも持ってるんだ。」

レイに抱きしめられて初めて、自分が冷えていたことに気付く。

「あったかい。思っていたより冷えていたみたいだ。」
「でしょう?ライファ、薄着だもん。」

そう言われて先ほど脱いだ服のことを思い出す。思い出したとたん、レイの体温がより近く感じられ沸々と恥ずかしさが湧いてきた。

レイの指が首元の布をよける。

「よかった、消えてない。」

レイが嬉しそうに呟くのが聞こえた。

「・・・兄さんとデートした?」

レイの声が耳元で熱に変わる。

「うん。どこに行ったらいいか分からなくて、ピクニックにした。」

何を話したらいいのか分からなくて、とりあえず思いついたまま話す。

「ピクニック?ライファらしいね。」

「実は研究所の近くに魔獣がくる場所があってさ。あわよくばヴァンス様に手伝ってもらおうかと、下心もあったりもして・・・。」

「ブッ、なるほどね。それで成果は?」

レイが肩を震わせて笑っているのが背中から伝わる。

「アカントを獲って貰った。さすがヴァンス様だな。私がアカントの存在に気付く間もなく、だったよ。」
「兄さんは凄いよ。すごく上手く魔力を使う。昔からそうなんだ。なんでも器用にこなすんだよな。」

レイが私の肩に顎を乗せて、むぅっとする。

「レイも十分すごいよ。二人とも異次元の人みたいだ。」
「それって褒め言葉だよね?」
「勿論。」

「ピクニックに行っただけ?」

一瞬、キスのことが頭を過ったが、あれがデート終わりにする挨拶だというのならピクニックに行っただけということになるのだろう。

「うん、そう。」
「そうか・・・。」

その後、しばらくの間沈黙が流れた。背中にはレイの温もり、正面には火の温もり。遠く微かに聞こえる夜光鳥の鳴き声。私はウトウトし始めていた。

「キスは・・・した?」

少し掠れたレイの声が耳の中に反響する。半分閉じかけた目のまま、うん。と答えた。

「帰り際の・・・挨拶なんだろ?」

ゆらり、ゆらり、眠りの中に引きずり込まれてゆく。すごく気持ちが良いその最中に、へぇー、という低い声が響いた。続いて、そうか、だからあんなことを聞いてきたのか、と呟いている。

「え?」

思わず目を開ける。

「じゃあ、俺にもしてみてよ。」
「えぇっ?」

思いもしなかった言葉に体を捻ってレイの方を見る。するとそこには意地悪な笑みを浮かべたデビルレイがいた。

「挨拶でキスをするんでしょう?なら、おやすみの挨拶。なんか問題ある?」
「・・・ありません。」

ここで、問題あるとレイを納得させるだけの理由があるのなら教えてほしい。デビルレイにはいつも勝てる気がしない。

「じゃあ、出来るよね?」

レイがニコッと笑う。よく考えたら、挨拶か。ヴァンス様がしたようなアレだろう?あの後も不思議な感じしかしなかった。恋愛物語に書かれているキスは、ベローンぶちゅーって感じの凄そうなやつだった。そうか、なるほど。私は心の中で凄く納得した。

私は体を反転させてレイと向き合うとその両頬を手で固定した。レイが驚いたような顔をする。そんなレイに構わず、自分の唇をレイの唇に重ねた。

唇が重なった瞬間、顎の奥の唾液腺がギュッとなり、凄く食べたかったものを食べた時のように体中がゾクゾクっとした。なんだ?この感覚。その感覚を探りたくて、一度離した唇をもう一度合わせる。レイのしっとりと柔らかい唇が心地よい。なんだろう、これ。無意識に少しずつ深くなる口づけに根をあげたのはレイの方だった。

「ちょ、ちょっと待って。それ以上はっ!」

レイにグイッと体を押されて我に返る。目の前にはこれ以上にないくらい真っ赤な顔をしたレイが右手で自分の顔を覆うようにしていた。

「わかった、わかったから。おやすみ、ライファ。」

レイに無理やり体を戻されて、また後ろからレイに抱きかかえられる格好になった。そして、ぼんやりと炎を見ているうちにまた意識が揺れ始める。今日、疲れたな。そう思いながら最後に浮かんだのは、レイ美味しかったな、だった。


翌朝は朝日が昇ると同時に目が覚めた。なんだか絶好調である。いつの間にか横になって眠っていたようだ。毛布が私にかけられていてそこにレイの姿は無い。キョロキョロ探すと川の向うにレイの姿があって、体を動かしてトレーニングでもしているかのようだ。

「レイ、もしかして眠ってないの?」

大きな声を出すとレイがこっちの方へやってきた。

「少しは寝たよ。でも早く目が覚めちゃって眠れなくなったんだ。」

レイはそう言った後、私の顔をじっと見ると赤面して顔を逸らした。


ウニョウは今日も元気である。早朝だというのに蔦先をウニョウニョ動かして、なんだか嬉しそうだ。私たちはウニョウを見つめながら今日の作戦を考える。

「どうしようか。」
「いっそのこと燃やしてみるか。」

レイが投げやりに言う。その言葉を聞いてか、ウニョウがビクッと動いた。

もしかしてコイツ、言葉が通じるんじゃ・・・。

「そうだな。そうしようか。」

私の言葉に反応してウニョウが体を遠ざけようとした。私とレイはまさか、というように顔を見合わせる。

「あ、でも、一緒に連れて帰るのもいいな。家には妖精もいるし、ここよりは寂しくないんじゃないかな。」

私が更に言葉を続けるとウニョウがピンと体を伸ばした後、大木に巻き付くのをやめシュルシュルシュルと小さくなって、自分で土から根っこを引き出すと跳ねるようにして私たちの元へ寄ってきた。

「まじか・・・。あの苦労は一体何だったんだ。」

レイがガクッとうなだれる。私たちは師匠に貰った袋にウニョウを入れるとようやく先生のもとへ帰宅したのだった。

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