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第二章

1. ターザニアへ

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朝、身支度を整える。

ターザニアでは魔女の弟子ということは秘密なので、着慣れた黒いポンチョは置いていくことにした。服装は黒のパンツにクリーム色のチュニック、腰には先生に貰った巾着に背中には選りすぐりの日用品を入れたリュックを背負う。もちろん、リトルマインも忘れずに入れてある。

「ベル、おいで。」

私はベルを肩に止まらせると自分の部屋に頭を下げた。

「行ってきます。」

そう口にすると部屋を出て師匠の元へ向かった。

「師匠?」

師匠はリビングで恋愛物語を読んでいたところだった。

「もう行くか?」
「はい。」
「じゃぁ、これ、持っていけ。」

師匠はそういうと、ぽいぽいっと二つを投げてよこした。
濃いカーキ色のポンチョと恋愛物語だ。

「ありがとうございます!!でも、師匠、このポンチョは分かりますが恋愛物語はなんですか?私、そんなに興味はないのですが。」

私の顔を見ると師匠は大きなため息をついた。

「お前があまりにもそっち方面に疎いからだよ。それ読んで少しは勉強しろ。」
「あ、ありがとうございます。」

私は引きつった笑みのまま本を鞄にしまう。

「では、行ってきます!」
「あぁ、気をつけて行っておいで。」


 ジェーバ・ミーヴァの長距離馬車乗り場に行くと数台の馬車がいた。オルヴ行きの乗合馬車を見つけると3000オンを払い乗り込んだ。馬車の中は席もなく荷台のままで、その荷台の隅に座り込む。
キュイッ、キュイッ

肩にいたベルが両手を口に当てて食べ物を催促する。

「わかった。わかった。ベルは本当に食べるのが好きだな。」

リュックからクッキーを取り出した。昨日、師匠用にとたくさん作ったのだ。本当は今、私が持っている分は昨日レイに渡す予定だったものなのだが、動揺しまくった結果渡すのをすっかり忘れたのだった。私は首元についたレイの印に触れた。昨日のレイを思い出してゾクッとする。時折見せるようになったデビルレイには調子を狂わされてばかりだ。

「困ったな。」
「何が困ったの?」

つい口をついた言葉に思いがけずに言葉が帰ってきたことに驚いて顔を上げると、目の前に同じ年くらいの男の子の顔があった。

「困ったなって聞こえたから、つい話しかけちゃった。」

男の子はそう言ってニカッと笑った。ブラウンの髪の毛が耳ぐらいの長さでツンツンしており、大きな目、大きな口、太陽みたいな笑顔だ。

「いや、そういうんじゃなくて。大丈夫。心配してくれてありがとう。」

私がそう言うと「良かった」といってまたニカっと笑った。

「ねぇ、どこまで行くの?」
「ターザニアまで。」
「おぉーっ!俺もターザニアに行くんだ!俺、キヨ。よろしく。」
「私はライファ。こちらこそ。こっちの小さいのはベル。」

キヨはベルにも小さく挨拶をした。馬車は休憩を入れながら走り続ける。ジェーバ・ミーヴァとオルヴの中間地点では休憩時間に食事が買えるようになっており、私たちは12時間ぶりに馬車から下りた。

「んーっ。」

固まった関節を伸ばす様に、ぐぐっと伸びる。

「ベル、何か食べ物を見てこようか?」

ベルに話しかけると、キュイッと嬉しそうに鳴いた。

「俺も!俺も!」

キヨも馬車から降りると私の腕を引っ張っていく。

「ほら、急がないと時間なくなっちゃうよ!」

降りた場所には複数の馬車が停まっていて、小さな出店が5店舗くらいあった。お弁当や果物、飲み物が主流だ。私がベルの欲しがったパンを購入していると、キヨに呼ばれた。

「ライファちょっと、こっちに来て!見て!あれっ」

キヨが指さした方を見ると、直径30㎝はあろうか、大きな黄色の果物があった。

「あれ、安くね?」

確かにあの大きさで300オンは安い。
「半分こにしない?さすがに一つ食べちゃうとお腹がたぷたぷになっちゃうや。」
俺、あんまりお金持ってなくて安くて大きいものがいいんだ、と囁かれれば、まぁいいかという気持ちになる。
「これはね、カオっていう果物さ。いいよ、半分に切ってあげる。」
店のおじさんはそういうと、手をポンと果物にあてて切ってくれた。
「好みが分かれる果物ではあるけど、ハマる人は一人で一個食べるもんさ。」
おじさんは笑いながら果物を手渡してくれた。キヨと二人、果物にかぶりつく。
「「酸っぱーっ!!!」」
脳天を突き抜けるような酸っぱさだ。顎の奥がキュッとなって唾液がどんどん分泌される。
な、なるほど。このお値段はこういうことか。
私たち二人の反応を見ておじさんは大笑いしていた。

馬車はその後も走り続け、私たちは馬車で夜を明かし、一日半ほどかかってオルヴの町に着いた。街に着いたのは21時にもなっていて、船を探すのは翌朝になる。どこか泊ることができるところを探さなくては。残金は15000オンか。船代が5000オンで宿代が一泊2500オン。バイトして稼ぐとしてもお金は節約するに越したことはないな。
宿屋をいくつか回ってみたが、利用客が多い町の宿屋はやはり高い。いくつか宿屋を回ってはみたが素泊まりで4000オンが最安値だった。
「4000オンか・・・。うー、キツイな。」
野宿も視野に入れるかと考えながら歩いていると、二人組の男が近づいてきた。
「お嬢さん、困ってんの?家に泊めてあげようか?」
ベルが警戒したようにキュイっと鳴く。男は私の肩に手を触れようとしたが、途中でビクッとなって離れた。
「あ、うち、今日満員だったや。なぁ。」
「あぁ、そうだった。また今度ね。」
男たちが去っていく。
「何だ今の?」
とにかく、朝までいられそうな場所でも探すか。町をふらつきながら結局船着き場の方へ戻っていくとベルがキュイッと手を伸ばした。伸ばした方向を見るとキヨがいる。
「あれ?キヨは宿屋探さないの?」
「うん、だって俺、お金あんまりないから!」
「あぁ、そっか。」
「ライファは?」
「私もあんまり持ってなくて。」
「じゃぁ、朝まで一緒にいるか!女の子一人じゃ、危ないだろ?」
確かに。危ないかもしれないな。
「じゃぁ、お言葉に甘えて。」
キヨと二人で船着き場の片隅にある建物の影に座った。波の音がここまで聞こえて、少し心が落ち着く。
「ターザニアには何しに行くの?」
「ターザニア国王の第3夫人が自分の建物を建てるらしくてさ。その為の職人を募集してたんだ。第3夫人の建物の建設に関わったとなればハクもつくと思ってダメもとで応募したら受かった!」
キヨは嬉しそうに言う。
「建物を建て終わったらまたジェーバ・ミーヴァに帰ってきて、ターザニアで学んだ技術を生かして、町の皆が楽しめるような建物を作りたい。」
「いいね。すごく素敵な計画だ。」
「でしょ?建物が完成したら、ライファも見にきてよ。」
夜になると船着き場は町よりも温度が下がる。熱を少しでも逃がさないようにと小さくなると、キヨが持っていた大きな布を広げた。
「無いよりはましでしょ。一緒にくるまろう。」
「いや、それは・・・。」
「何言ってんの。これからターザニアに行くのに体調崩したら大変じゃん。ほら、ベルもおいで。」
全くもってその通りだ。おじゃまします、と体を寄せる。触れている部分があたたかい。少しうとうとしかけた頃、リトルマインから声がした。
「ライファ、いる?」
なに?なに?っとキヨがキョロキョロする。
「私のリトルマインだ。大丈夫だよ。」
リトルマインを取り出し返事をすると、思っていたよりも低いトーンの声が返ってきた。
「誰?そこの人。」
くるっと振り向けば私の横で不思議そうにちびレイを見ているキヨの顔があった。二人の肩には1枚の布かかけられていて、二人で布にくるまっていることは明白だ。だが別に何か怪しいことをしていたわけでもないし、レイに何か言われる筋合いもない。
「キヨだよ。馬車で知り合ったんだけど目的地が一緒なんだ。」
「ふーん。で、なんで一緒にくるまってんの?」
リトルマイン越しでも魔力って伝わるのだろうか。ベルがパッと姿を消した。
その横で「ライファ、これすごいね!小さいのにちゃんと動いてる!」とキヨはちびレイを見ては、すごい!すごい!とはしゃいでいる。
「寒かったからキヨが入れてくれた。」
「そういうことじゃなくて・・・、宿屋は?」
「思ったより高くってやめた。初めての野宿体験だ!むふふ。」
レイは呆れたようにため息をついた。
「ほんと、お守り渡しておいて正解だったよ。ねぇ、ちょっと、そこのキヨさん?」
レイがキヨに話しかける。
「ライファには手を出さないでくださいね。わかるでしょ?」
レイが含みを持たせて言う。
「え?なんのこと?わからないけど。」
キヨはきょとんとした表情のまま答えた。
「ライファについている魔力に気付かないのか!?」
ちびレイが目を見開く。そして、もしかして・・・と呟いたあと、魔力ランクはいくつだ?と聞いた。
「1だけど。」
レイが頭を抱えるのと、私がキヨの手を握るのが同時だった。
「私も!私もなんだ!」
魔力ランク1の人に出会ったのは初めてだったからすごく嬉しくなった。それはキヨも同じだったようで、二人で手を握り合いながら喜ぶ。同士だ。同士だ。リトルマインのレイが「そういうことか」と呟いた。魔力ランクが低すぎるせいで相手の魔力を感知する能力が低いらしい。相手が魔力が分かるほどに魔力を発すれば気づくこともあるが、通常状態では分からないのだという。
「ライファ、その手を離して?」
いつの間にかデビルレイになっていたちびレイが目を細めたので、私はキヨの手をパッと放した。
なぜだ?今までの会話のどこにデビルレイになる要素があったのだ?
「キヨさん、私はあなたよりずっと高い魔力ランクなんだ。その私からのお願いなんだけど、ライファにそんなに近づかないでくれないかな。」
ちびデビルレイは静かにゆっくりとした口調でキヨに告げた。
「え、やだ。俺、むしろライファと結婚したい。」
「はっ!?」
さすがにその言葉には私もびっくりしてキヨの方を見た。
「だって、同じ馬車で、行先も同じで、魔力ランクも同じで。なんか、運命みたいじゃん。」
「・・・たしかにすごい偶然だ。」
ぽそっと呟くと、「へぇー」と低い声を出したちびデビルレイがするすると私の腕を歩き、首元に座った。その行動にビクッとする。
「あ、いや、結婚はないぞ。そういうのはわからん。」
「わからないってことは、可能性はゼロじゃないってことだよね?」
キヨがキラキラした目で言った。このデビルレイの醸し出す空気を少しは読んでほしい・・・。
「キヨ、キヨ、落ち着け!結婚は好きな人とするのがいいだろ!私たちはこれからターザニアへ行くんだ。輝く希望のターザニアだ!素敵な出会いもあるかもしれないぞ!」
「確かに、それもそうか。」
私が言えば、キヨは素直に納得する。ど天然か!!
きっと魔力ランク1の人に出会ったのがすごく嬉しかったのだろう。それで舞い上がりすぎて結婚なんて言い出したに違いない。ホッとして微笑む。
「ねぇ、ライファ。こういう人もいるから君は自分でもちゃんと身を守らないといけないよ?」
「わかった。」
確かにレイのいう通りだと思い、素直に応じる。
「ライファにあんな風に触っていいのは私だけだからね?」
ちびデビルレイはそういうと、昨日レイがつけた印の部分に触れた。カッと顔が赤くなるのを感じながら私は今夜も動揺したまま眠りにつくことになった。


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