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第一章

44. レイの一週間

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ユーリスアから魔女の家にライファを送って帰る途中シューピンが届いた。差出人はレベッカで、何事かと開封すれば明日の食事の誘いだった。

レベッカ・アーガルド。実は少し気になっていることがあった。

今朝、ライファの聴取のために騎士団の事務所へ寄った時にライファの事件の報告書を読んだ。犯人の孤児がいた孤児院にはいくつもの貴族が寄付している。騎士団としては孤児院とつながりのある貴族が事件の背後にいるだろうと考えていた。

貴族というものは大小の差はあれど、どんな家にも暗い部分はあるものだ。ジェンダーソン家にだって国王の為とはいえ暗殺を行った過去がある。つまり、どの貴族にも可能性はあるのだ。単なる人身売買ならばエマも連れて行ったはずだ。だが、他の貴族にライファだけを狙う理由が見つからなかった。

私が気になっているのはアーガルド家のパーティーでのレベッカの様子だった。
ライファに向ける、見下すようなあの視線。
バルコニーでライファが好きだと告げた時のあの魔力のゆらめき。

思い上がりだろうか。
私は自身が思っていた以上にレベッカに執着されているのではないか。

だとしても、ここまでするだろうか。
なんの確証も持てずに、不穏な空気ばかりが胸の中で膨らんでいた。
少しでもレベッカが関わっていないという確証が欲しくて、レベッカの食事の誘いを承諾した。



翌日、レベッカとの食事の前に少しでもライファと繋がっていたくて、出かける前だというのにリトルマインで話しかけた。そのせいで兄さんにリトルマインがばれてしまったことは大誤算だったが。ライファに話があると会話を続けたがる兄さんに後ろ髪を惹かれたままジェンダーソン家を出た。

アーガルト家にレベッカを迎えに行くと、分かりやすいほどの大歓迎だ。アーガルド家は年々魔力ランクが下がりつつある。そんな中に生まれた魔力ランク8のレベッカはこの家の希望だ。レベッカの両親は私とレベッカが結ばれることを強く望んでいる。高い魔力ランクを持つジェンダーソン家の血が欲しいのだろう。媚びたその態度に反吐が出る。だが、表情にも態度にも出さない。

「アーガルド侯爵、本日はレベッカ嬢をお借りいたします。帰りもこちらまで送りますので、どうぞご心配なさらずに。」

型通りの挨拶を済ませると、アーガルド侯爵は上機嫌に笑った。

「レイ殿との約束が決まってから、レベッカは服選びに大忙しでしたぞ。さぞかし、この日を楽しみにしていたのであろう。」

「お父様ったら、レイ様の前でそんな恥ずかしいっ。」

茶番のような挨拶に面倒臭さを覚えながら馬車に乗り込んだ。

向かったのは貴族がよく行くレストランだ。適当に料理を注文する。

「レイ様、今日はお誘いを受けてくださりありがとございます。」
「いや、君がなにか話でもあるのかと思ってね。」

「そんなぁ、私はライファさんがお怪我をされたと聞いて、レイ様が落ちこんでいるのではないかと心配になっただけですわ。それで、ライファさんの具合はどうですの?」

レベッカはわざとらしく心配しているような表情を作った。

「誘拐事件があったことは公表されているが、被害者の名前までは公表されていなかったはずだが?」

「私は侯爵家の娘ですもの。これくらいの情報は入ってきますのよ。」

レベッカが不敵な笑みを浮かべた。

「左手を酷く損傷していたがヒーリングでなんとかなったよ。今は自分の家にいるはずだ。」
「そう。大したことが無くて良かったですわ。」

レベッカの表情を読み取ろうとレベッカを見るが、何も読み取れない。

「犯人の目星はついておりますの?」
「犯人は捕まったよ。」

レベッカを見つめたまま言う。レベッカの目が一瞬左下に動いて、「そう、それは良かったですね」と言った。

あぁ、そうか。やはり、そうなのか。
私は心の中が冷えていくのを感じていた。


「ライファも忙しいからしばらくは会うことはないと思う。相当恐がっていたし、もうユーリスアに来ることはないんじゃないかな。ユーリスアの思い出が哀しい物になって残念だよ。」

「そうですね、それは本当に残念ですわ。」

レベッカは残念そうな口調と表情をしながらも、どこか上ずったような声で言った。

その後は腕を絡ませてくるレベッカをやんわりとかわしながら、途中で花屋に寄って花まで買ってやった。レベッカが上機嫌になっていく姿に嫌悪感を覚えたが、ライファがこれ以上危険な目に合わないようにするにはこれが一番なのだと思った。

翌日からプライベートの時間はアーガルド家について調べた。アーガルド家の血筋、どこにどんな影響力があるのか、レベッカの怒りがライファに向かったとき、レベッカにはどれ程の影響力があるのか。

ターザニアにはアーガルド家の執事の親戚が住んでいることが分かったが、魔力ランク3程度の平民だ。私の守り石を身に着けているライファに危害を加えることは出来ないだろうと思いつつも、ライファが私の側から離れている以上、用心するに越したことはないと結論を出した。



 そして訪れたライファ旅立ちの前日。

どうしてもライファに会いたくて会いにいった。
森の中を散歩しながらターザニアまでの行き方や向うでの過ごし方を聞いた。ターザニアでは兄さんが紹介した下宿先にお世話になるという。

兄さんか・・・。

兄さんはいつも私の先を歩く。このまま離れたくないと、まるで駄々っ子のように思わず口走った私とは違って、兄さんはライファが歩みたい道を行く手助けをしている。大人な兄と子供な自分との差をまざまざと見せつけられた気がした。

下宿先の話だけで終わったのだろうか、ふとそんなことを疑問に思った。兄さんはモテる。女性なんて選び放題、隠すこともせず散々遊んでいるのを側で見てきた。そんな兄さんが?その疑問を素直にぶつければ、顔を赤らめて分かりやすく動揺するライファ。

「まぁ、それだけかな。」

ライファが私に嘘をついてまで誤魔化そうとしている。

「うそ。それだけじゃないでしょ。それとも、言えないような会話したの?」

自身の動揺を隠しながらライファを問い詰めた。

「いや、ちょっと、その、デートの約束を・・・。」

「へー、デートの約束を・・・ね。それって、ライファがOKしたってことだよね!?」

ライファの動揺が手に取るようにわかる。
ペンダントでライファを繋いでおこうとしても、兄さんには通用しない。

敵わない?

ねぇ、今、ライファの中にはどれだけ私がいるの?
聞けるはずもない思いは胸の中に降り積もる。

「ここ、消えちゃったね。」

あの時つけた痕が消えなければ、ライファの中に私はもっと強く残っていられるのだろうか。思わず指で触れればライファが体を逸らして、手で首元を隠した。

「ライファ。」
「ん?」
「手、どけて?」

ライファが怖がったりしないように優しく微笑む。手をどかして見えたライファの肌に唇を当てた。
兄さんのことなんか忘れて、私で頭がいっぱいになればいい。わざと舌で肌をなぞると、ちょっと待ってとライファが逃げようとする。逃がさないようにと、咄嗟に壁を作った。こんな魔力の使い方があったとはと笑いがこみ上げてくる。

「なんでこんなことっ。」
「さぁ、どうしてだろうね?」

なんで、か。答えは一つしかないのに。
考えて、考えて、ライファの中が私だけになればいいのに。

ぎゅううっと強く吸って痕をつける。もう消えてしまわないように、距離に私が負けてしまわないように。

「今度は消えないようにしておくね。」

私が付けた痕を魔力でしっかりと定着させた。

「私がなんでこんなことをしたのか、ターザニアにいる間中、ずっと、考えていて。それからリトルマインは持っていくように。」

そう言って逃げるようにその場を後にした。
ライファはどう思っただろうか。子供じみた私の嫉妬にがっかりしてはいないだろうか。

考えれば考えるほど、ライファの方を振り返ることができなかった。


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