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第一章

34. リベルダの夜 後半

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レイと別れてマオ婆に会えるという場所へ行く。会えるといっても時間はまだ午前5時。マオ婆がその場所にいる確率は少ない。一応念のためにと、意識を薄く広げてプラタンの足跡が無いか探す。昨日今日の出来事ではないだろうから、難しいか。意識を更に薄く広げようとしたとき、意識の端に見覚えのある魔力があった。

ユーリか。

私は魔力を消して物陰に隠れた。ユーリは私に気が付かずに歩いて行く。マオ婆の様子を見に行くのかもしれない。私は距離をとってユーリの後を追うことにした。ユーリは一軒の家の前に立つ。ドアに手を触れ中の様子に異常がないか探っているようだ。無事を確認したのだろう。ユーリはドアから手を放すと、扉に魔方陣を描いた。

ユーリが去った後、同じドアの前に立って魔方陣を浮かび上がらせる。魔方陣を読み解けば、人の敵意に反応する魔方陣だった。

なるほどな。敵意がある者がこの家に侵入しようとすればユーリに通知がいくようになっているのか。私からマオ婆を守ろうとしている。正義感があるじゃないか。見当違いではあるがな。

マオ婆に敵意のない私は難なく家に侵入した。マオ婆はまだ眠っているようだ。眠っている人間の意識に侵入するのは、私にとっては案外簡単なことだ。昼間来た時に話を聞くだけにしようと思っていたのだが、こんなに無防備に寝ているし、せっかくだから覗いてみるか。記憶をこじ開けるわけでもなくただ覗くだけなら、マオ婆にとっても負担はほとんどない。夢を見ているくらいの感覚だ。私は意識を侵入させた。

マオ婆の記憶が映画のように再生される。

マオ婆が妖精を見つけたのは、玄関の前にある花に水をやろうとした時だった。花の根元で震えている妖精をみつけたのだ。マオ婆は妖精を家の中に運ぶと、ふかふかのタオルに横にならせた。足に枯れた葉っぱがついていたのを取り除いている。

あの葉っぱ、あれはジェーバ・ミーヴァの近くに生息する薬草っぽいな。
汗をかいているのだろうか。マオ婆は肌触りの良さそうなハンカチを持ってくると妖精の脇に置き、妖精の服を脱がし始めた。あれは何だ?マオ婆の視界にチラッと映った妖精の脇腹に緑色のシミのようなものが見えた。

あれは、まさか・・・。
いや、でも、あの頃見たモノはもっと濃くて湿疹のようになっていたはずだ。

その後のマオ婆の記憶は、一生懸命に妖精の世話をするマオ婆と、どんどん弱っていく妖精の姿だった。私はマオ婆の記憶の中に少しだけ隙間を作った。それは本人にとっては何があったのかよくわからないような隙間で、こんなことがあったんだよと言われれば、あぁそうかと思ってしまうような、そんな隙間だ。今日の午後に会う時にはその隙間に私がいたことにすればよい。

私は嫌な予感を抱いたまま帰路についた。


15時半、私はユーリと待ち合わせをしてマオ婆に会いに行った。とりとめない話をして、あの時はありがとうございました、と礼を言う。

「はて、なんだったかな?」
「昨日、道に迷っていたところを助けていただきました。洋服屋さんを探していたのですが迷ってしまって。」
「あぁ、その先にある洋服屋を案内してあげたんだったね。役に立ててよかったよ。」

マオ婆はしわくちゃの顔を一層しわくちゃにして微笑んだ。その姿をみてユーリは私に対する警戒を少し緩めたようだった。

帰り道。

「そんなに警戒しなくても私はあなたの敵ではないですよ。」

いつまでも警戒されたままいるのは、なんとなくやりづらいなと思ったのだ。

「え?」

とユーリは驚いたような声を出した。

「では、このへんで。案内してくれてありがとございました。」

私はユーリが何か言いだす前にその場を去った。



それから3時間後、私は自分の家に帰ってきていた。
正確にいえば、自分の家のトイレの壁を通って、マリアの元にいた。

「ユーリスアからここまで来たですって!?しかもこの後ユーリスアに戻るだなんて、リベルダ、あなたいつからそんなに行動派になりましたの?」

マリアは驚いてすっとんきょうな声を上げた。

「で、何がありましたの?何もなければここまで来ていないですもんね。」

私はマリアにユーリスアでみた記憶のことを話した。

「イタズラ心で覗いた記憶からこんなことになるなんて。で、リベルダの中で何か仮説が立っているのでしょう?」
「そんな聞き方しなくても、お前も気付いているんだろ?」

「その妖精が昔ターザニアによって密かに開発されていた薬を飲まされた可能性はなくは無いと思います。その妖精が手元にない以上、全ては仮説でしかないですけれど。」

「あの研究が今でもターザニアで続いていると思うか?」

「正直いうと、ターザニアで研究が続いている可能性は低いのではないかと思います。あの研究に手を出したものは全て処刑され、資料も焼かれたはず。何より、ターザニアの王がその研究の存在を忌み、もう二度とあの研究がなされないよう監視し続けているはずですから。」

「だとすると・・・あの研究が国外に出て国外で続けられている可能性が怪しいか。」

「何にしろ、その妖精か、その妖精の血液が欲しいですね。それがないと何の薬を使われたのか調べようがありません。今となっては生きているとも思えませんが。」

「そうだよな。」

ふぅ、マリアがため息をついた。

「リベルダがユーリスアからここまで来た理由がよくわかりましたわ。」



 翌朝はライファの元気な声で起こされた。すごく機嫌が良い時の顔をしている。
寝ぼけた頭に言われたのが「師匠!!私、ターザニアに勉強にいきたいです!!」だった。よりによってターザニアか。

勉強したいというライファの気持ちは尊重してやりたい。もともと世界を旅したいと言っていた子だ。危険かもしれないと遠ざけてここで暮らすことが、本人の為になるとは限らないのだ。かといって、むざむざ危険の中に行かせたくはない。とりあえず、もう少し考えさせてくれと返事を保留することにした。

結局、その日と翌日はターザニアでされていたあの研究がその後どうなったか、処刑から逃れることができた人物はいたのか、その歴史を文献から調べることに費やしたが、成果はナシだった。


そんな矢先、ライファが誘拐された。

私はライファのポンチョにつけておいた石からライファの現状を探ることにした。レイの動揺が激しく、石の波長を受け取りづらい。なまじ魔力が高いと魔力の制御が難しくなる。魔力の制御は精神力に直結するのだ。レイから毀れだした魔力が石の波長に干渉してくる。

「レイ、気持ちはわかるが落ち着け。魔力が揺らいでいるぞ。」

レイはハッと気づいて気を引き締めたようだ。

「大丈夫だ。ライファは私の弟子だ。簡単に死んだりはしない。」


ライファを誘拐した者たちの動機と目的が分からず、ターザニアの研究に絡んでいるかもしれないという可能性も捨て切れず、よりたくさんの痕跡を手に入れようと私は行動した。

ライファと一緒に行動しており、騎士団に保護されたエマに会いに行く。エマの様子を見れば記憶を消す類の薬を使われたことは明白だった。エマに語り掛けその目の奥を見る。目の焦点が合わず、目の奥が揺らいでいる。正しく作られた記憶操作の薬ではこんなことにはならない。

「雑な薬を飲ませやがって」思わず本音が毀れた。

エマの記憶と、ライファがさらわれた路地裏の痕跡、騎士団の聞き込みから犯人の姿が浮かぶ。貴族が関与していることは間違いなさそうだが、ターザニアの古の研究が絡んでいる可能性は少ないと思われた。その研究に関わる者たちがライファを誘拐するにはあまりに計画が安易だからというのが理由だ。


ライファを見つけた時にはさすがに私もホッとした。レイがライファの応急処置をし、自分では不十分だと騎士団の医務室へと運んだ。ライファが医務室長の治療を受けている間に私は騎士団長であるジェンダーソン侯爵に面会を申し出た。

騎士団長室に入ると、団長が立ち上がり頭を下げた。

「我が家の客人であり息子の命の恩人であるライファ殿を危険な目に合わせてしまい、申し訳ありません。」
「もうよい。ライファは無事だった、それだけで十分だ。ここに来たのは別の件で話があるからだ。」
「別の件と申しますと?」
「先日、こちらで妖精を保護しただろう?」

団長が私の表情を読み取ろうと鋭い眼光を向ける。

「隠し立てはしなくていい。私はお前たちの敵ではない。安心しろ。」

団長は少し考えてから言葉を発した。

「確かに保護しました。もう死んでしまいましたが。」
「その妖精の死体か血液を渡してほしい。」

「理由も分からず死体や血液を提供することは出来ません。あの妖精は私どもにとっても重要な証拠なのです。」
「理由もわからずというのはもっともな意見だな。わかった、情報交換をしよう。」

私は言葉を区切って話し出した。

「今から30年ほど前のことだ、ターザニアで起こった研究者の処刑を覚えているか?」

「はい、記憶の片隅にではありますが、禁忌の研究に関わった者たちが処刑されたというくらいしかわかりません。」

「その研究というのが、人を意のままに操る研究だ。人を無意識に操る薬と言うのは無いわけではないがその際、その者はただの人形に成り下がる。知性もない入れ物のような存在だ。だが、その時研究されていた薬は人の知性を残したまま操るものだった。当時のターザニアの王はその研究を危険だと判断し、研究に関わったすべての人にその資料を破棄させ研究から手を引かせた。更に、魔法陣を使ってその研究に執着のあるものをあぶり出し、その者たちを処刑したのだ。」

「人間の道徳のためとはいえ、厳しい判断でしたな。」
「あぁ。その研究が生きている可能性がある。ここにいる妖精にその薬が使われている可能性があるのだ。」
「なんですと!?」

ジェンダーソン侯爵は驚きに声を上げ、その後少し考える仕草をした。

「だが、そうならば辻妻は合う。実はあの妖精をこちらで調べたのですが、体内からドゥブ毒の成分が発見されたのです。騎士団としては、うちの隊員にドゥブ毒を盛ったのはこの妖精ではないかと考えているのです。」

「なるほどな。これは何か大きなことが起ころうとしている気がしてならん。妖精がまだ手元にあるなら、こちらに渡してもらえないだろうか。騎士団で調べるよりも多くのことがわかるであろう。」

「わかりました。カーラント様の言うとおりにしましょう。」
「あぁ、ジェンダーソン侯爵、私の名前はリベルダだ。今後はそう呼べ。」
「承知いたしました。」


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