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第一章

32. 救出

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男たちが離れてから歩き出した。歩き出してしばらくすると、体が酷くだるいことに気付いた。でもじっとしていては、また奴らに捕まる可能性がある。とにかく前へ足を進めたが、どうにもしんどくなると草の陰に座って休憩をした。私が休憩をするたびにキュロが青く光り結界を張ってくれる。帰ったらたくさん美味しい物をあげようと心に誓った。一人じゃないことが心強い。そんな時だった。

「ライファ!ライファー!」と呼ぶ声がする。

レイの声だ。声の方へ歩く。

「・・・レイ。」

絞り出すようにレイの名を呼ぶと力強く抱きしめられた。安心から体の力が抜けてゆくのを感じる。
エマ、エマは?

「エマは?エマは無事か?」

「あぁ、大丈夫だ。」

師匠の声がした。目の前に師匠の顔がある。

「エマはいま、騎士団に保護されている。私も様子をみたが、明日にはまたいつものエマに戻るさ。」
「よかった。」
「よく頑張ったな。」

珍しく師匠が頭を撫でてくれる。
レイの顔を見ると酷く痛そうな顔をしていた。

「見つけてくれてありがとう。」
「うん、もう大丈夫だからこのまま眠ってもいいよ。痛いところは全部治してあげる。」
「レイにはいつも治してもらってばかりだな。」

私はそう言って笑うと安心して意識を手放した。


目が覚めるとジェンダーソン家の私の部屋だった。灯りはベッドの脇にあるものだけで、ぐっすり眠れるようにと薄暗くなっている。ベッドから体を起こしてみた。痛いところはどこもない。左手を見ると、手が元通りになっていた。眠る前に言っていた通りにレイが治してくれたのだと思うと、温かい気持ちになった。
師匠はいない。また出かけたのかな?そう思っていると控えめなノックのあと、ズンが顔を覗かせた。

「これはこれはライファ様。お目覚めで。ご無事で何よりでした。」
「ズンも心配してくれたのか?ありがとう。」
「いえいえ!わたくしの心配など何の役にも立ちませんで!!人を呼んでまいります!!!」

ズンは私にお礼を言われたことで緊張したのか、急に大きな声で言い放つと消えていった。

「ふふふふ。」

ここにある日常がたまらなく嬉しい。そうか、自身が強くなるということはこの日常を守ることにつながるのだ。あの時の私の過ちはエマを危険にさらしたこと。エマが私を探してくれることを想定して動かなくてはいけなかったのだ。

エマが私を見つけた時、犯人たちに隙ができたはずだ。そこで眠り玉を使うべきだった。それと、ロープを解くためとはいえ自身を傷つけたこと、あれも良くなかった。ロープは解けたものの結局あの怪我がもとで熱が出て、逃げている途中にフラフラになったのだから。私は反省し、この経験は次に生かすのだと決心した。

あ、そういえば、キュロ。キュロはどうしているだろうか。

「目が覚めたか?体調はどうだ?」

師匠がやってきた。

「はい。もうすっかり良くなりました。ありがとうございます。」
「明日にでも騎士団の事情聴取が行われるだろう。お前を誘拐した二人だがな、あのあと死体で発見された。」
「死んだ?」

私を誘拐した犯人たちだ。何を思っていいのか分からない。

「あぁ、口封じだな。生きれ捕まれば情報を抜き出す方法などいくらでもある。それを恐れたのだろう。人を殺しでまで口封じする相手だ。背後には貴族が絡んでいる可能性が高いな。お前がジェンダーソン侯爵家の客だと知っていた可能性も高い。まぁ、安心しろ。今日あったことを話すだけだ。」

レイかヴァンスもいるだろうしな、と師匠が続けた。

「そういえば師匠、キュロを知りませんか?師匠のくじ引きで当たったんです。」

「あぁ、あれか。あいつならお腹が減っているようだったんで、厨房に置いてきたぞ。料理長たちがご飯をあげていたな。」

「それなら良かった。あの子も食べるのが好きみたいで。」

「あのキュロだが、おまえにやるよ。どうやらお前を主人と認めているようだしな。食べ物をちらつかせるまでお前の側を離れなかったんだぞ。」

つまり、食べ物に弱いということか・・・。

「食べ物好き仲間がもう一人増えたな。」

師匠がくすりと笑った。



コンコンコン

「カーラント様、ライファが起きたと聞きました。入ってもよろしいでしょうか?」
「あぁ、いいぞ。」

師匠のその言葉遣い、もしや。

「ライファちゃん、調子はどう?」

ヴァンス様とレイがベッドの脇までやってきた。

「もう大丈夫です。ご心配おかけしました。」
「本当に心配した。」

ヴァンス様がふぅっと息を吐き出した。

「レイ様、怪我を治してくれてありがとうございます。起きたら本当に全然痛くなくなっていてびっくりしました。」

「良かった。」

レイは私の左手を優しく包むように持つ。

「すごく腫れて酷いことになっていたから、私の力だけでは足りなくて医務室長にもお願いしたんだ。」
「それは、医務室長さんにもお礼を言わないといけませんね。」

私が言うとレイは気にしなくて大丈夫だよ、と言った。

「あぁ、そうだ。お腹減ったろう?ここに食事を持ってきてもらおうか。」
「お願いします。すごくお腹が減りました。」

私が笑うと、ヴァンス様もレイも安心したように微笑んだ。

「さて、ライファちゃんの元気な顔も見れたし私は仕事に行くかな。今日はもう無理しないで休むんだよ。」

ヴァンス様はそう言うと私の頭を撫でてから部屋を出て行った。

「ライファ。こんな時にすまないが私はちょっと用事があって先に帰らねばならなくなった。お前は明日、レイに送ってもらって帰ってくるといい。ひとりで大丈夫か?」

「はい、もう大丈夫です。」
「なに、怖かったらレイに一緒に寝てもらえ。」
「「なっ。」」

二人の声が重なり、顔を見合わせた。
師匠が笑う。

「レイ、ライファを頼んだぞ。」
「はい!」

師匠が出て行くと、レイは私の布団に顔をポフッと埋めた。

「レイ?」
「・・・本当に無事でよかった・・・。」

レイが消え入りそうな声で言った。

「ねぇ、ライファ、ちょっと触っていい?」
「え?」

レイは私の返事も待たずに、髪の毛に、頬に触れる。

「なんか、くすぐったい。」

私が言うと、レイは嬉しそうに笑う。

「ライファがここにいると思うと安心するんだ。」
「レイ、子どもみたい。」

私がそう言いながらレイの頭を撫でると「む。そういうんじゃない」と拗ねた。



コンコンコン

「エリックでございます。ライファ様、お食事をお持ちしました。それと、こちら様も。」

レイがドアを開けるとエリックが肩にキュロを乗せて食事を運んできた。

「あ、キュロ!」

私がキュロを呼ぶとキュロは嬉しそうに近づいてきて、両手を口に当てあむあむ、とする。

あぁ、食べ物が欲しいのか。

私はソファに移動して、そこに料理を並べてくれるようにお願いした。

「今日はお腹に優しいメニューになっておりますよ。朝から何も召し上がっていらっしゃらないでしょう?」

メニューは野菜をコトコト煮込んだ具だくさんのスープ、ふわふわのパン、魚をすり身にして焼いたものにマキマキの実だ。

「あ、マキマキの実。」
「レイ様からライファ様が気に入っていると窺ったので料理長に用意してもらいました。」

エリックさんがウィンクする。こんなお茶目な表情をするエリックさんは初めてだ。

「ありがとう、エリックさん。本当にうれしいです。」

エリックさんはお辞儀をすると「ごゆっくりどうぞ」と退室した。
私はキュロにパンとマキマキの実を分けてあげる。キュロは嬉しそうに食べ始めた。

「お前にもお礼を言わないとな。私を隠してくれてありがとう。」

キュロは顔を上げて、ふんっとドヤ顔をした。

「この子は?」

「リアン王女のくじ引きで当たったんだ。キュロという魔獣らしい。擬態の能力を持っていて昨日、ピンチのところを助けてもらった。」

「あ、もしかしてライファに張ってあった結界のこと?」
「うん、どういう仕組みかは分からないけど、私のことも隠してくれたんだ。そのお蔭で見つからずに済んだ。」
「そうか、お手柄だったな。」

レイがキュロの頭をちょんと触った。

「名前を決めないとな。ん~ウッカリーとか?」
「えぇっ!?なぜに?」

「リアン王女の話だと、キュロは擬態が得意で捕まえるのは大変らしい。それなのにここにいるってことは捕まったってことだろ?だから、ウッカリさん。」

「・・・いや、それはやめてあげようよ。」

キュロとレイが、うげーという顔をしている。なんか、この二人、似てるな。

「ん~、ウッカー。」
「それ、ウッカリからとっただろ。」

レイの視線が冷たい。

「んじゃぁ、マキマキ。」

「・・・マキマキの実ね。ほんと好きなんだな。ライファにネーミングセンスがないことが良く分かった。」
レイは呆れているようだ。

「んー・・。じゃぁ、ベル。」
「お?」
「師匠の名前から貰ったんだ。ベル、どうだ?」

キュロに聞くとキュンと頷いた。okらしい。

「そういえば、師匠のこと、みんなもう分かってるのか?さっきの師匠の態度・・・。」
「あぁ、みんな最初から気づいてたよ。」

レイは困ったように笑う。

「えっ?」

「カーラント様は最初から大して魔力を隠していなかったからね。ライファの親戚にしては魔力が違いすぎるよ。少なくとも平民の魔力ではないから。」

「そうか、レイたちにはそんなにハッキリ違いが分かるんだな。」
「ん。でも、本人がライファの親戚だという以上、それに乗っからせてもらうことにしたんだ。」
「そうだったのか。むむぅ、なんだか知らぬは私ばかりって気分だ。」

むぅっと口を尖らせると、ほら、早く食べないと冷めちゃうよ、とレイがスプーンを私の口に運ぶ。レイの顔を見ると、いたずらっ子の顔になっている。私が恥ずかしがるとでも思っているのだろう。そうはいくか。

「あーん」と口を開けてスプーンをパクッくわえた。
レイが驚いた顔をしている。

「もっと。食べさせてくれるんだろう?」
そういうと、レイの耳が赤くなった。


私の勝ちだ。ふふん。


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