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第一章

31. 誘拐2

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第一報が入ってきたのは丁度お昼ご飯を食べていた時だった。ユーリさんに呼ばれて急いで救護室へ向かうと、ぼーっと座っているエマがいた。

「来たか、レイ」

医務室長は私を見ると、視線を女性の方へ移した。

「エマ?」

「やはり知っている人物か。「様子のおかしな女が街をふらついている」そういう通報があって保護したんだが、持ち物にジェンダーソン家の家紋入りのバッグを持っていてな。団長にも連絡はしてあるからすぐにやってくるはずだ。」

医務室長が言い終わると同時に扉が開いた。

「エマ!大丈夫か?」

父上のその問いにもエマは焦点の合わない目を向けるだけで、何も答えない。

「状態は?」

父上が医務室長に聞く。

「焦点の合わないこの感じは、記憶を消す薬を使用された可能性が高いです。」
「記憶だと?なにかマズイものを見たか・・・。」
「団長、ライファは?エマは今日、ライファと出かけていたのです。」

父上は私が言い終わると同時にライファが帰宅しているか確認するためのチョンピーを飛ばした。
ライファが無事に家にいますように。そんな願いもむなしく、帰ってきたチョンピーがライファの不在を告げた。

「レイ、すぐに帰宅しカーラント様に報告を。わかっているな。あの方に協力をお願いしろ。」
「はい!」

父上の言葉に私は部屋を飛び出した。


 ジェンダーソン家。ドアを閉める余裕もなくカーラント様の部屋へ急ぐ。

「カーラント様!カーラント様!」

ノックをしながら名前を呼ぶ。その緊迫した様子に兄さんが顔を出した。

「どうした?」
「どうされましたの?」

兄さんが私に声をかけるのと、部屋のドアが開くのが同時だった。

「ライファが何者かに連れ去られた可能性があります。」
「なんだと?」

ライファのことを告げたとたん、カーラント様の口調がガラリと変わった。別人になりすますのはやめたらしい。

「レイ、詳しくきかせろ。ヴァンス、お前も来い。」

カーラント様の部屋に兄さんとともにいる。本来ならばここにライファもいるのに。

「先ほど騎士団によってエマが保護されました。医務室長がいうには記憶を消す薬を飲まされた可能性が高いと。現
時点ではそれ以上のことは分かっておりません。」

「わかった。ちょっと待っていろ。ライファの現状を探る。」
「ライファの今の様子がわかるのですか?」

私が聞くより早く兄さんが聞いた。

「詳しいことはわからん。だが、ライファが生きているのか、死んでいるのか、今どんな感情を抱いているかはわかる。あいつのポンチョにライファの波長を読む石がつけてあるからな。」

生きているのか、死んでいるのか、その言葉が重くのしかかり手が震えた。その震えが体全体へと広がるのを阻むように唇を強くかむ。

「レイ、気持ちはわかるが落ち着け。魔力が揺らいでいるぞ。」

カーラント様の言葉にハッとする。

「大丈夫だ。ライファは私の弟子だ。簡単に死んだりはしない。」

カーラント様は目を閉じて、何やら探っているようだ。石が読み取った波長を受け取っているのだろう。

「生きている。この感じは・・・腹が減っているな。まぁ、とりあえず腹が減ったと感じられるくらいは余裕があるということだ。だが、怪我をしている。」

生きているということにホッとし、怪我をしているという言葉にグッと胸が苦しくなる。何としてでも助けなくては。

「レイ、ヴァンス、エマの元へ急ぐぞ。」

飛獣石を使い、高速で移動する。医務室のドアを開けると父上が頭を下げた。カーラント様は父上に頷くとエマの隣に座った。

「エマ、こちらを向いておくれ。」

カーラント様のゆっくりとした口調にエマが顔を向けた。エマの頬を両手で挟み、エマの目をじっと見る。エマの耳元で何やら呪文を囁くとエマの体がビクッとはねた。

「雑な薬を飲ませやがって。ここにハクの花はあるか?」
「はい、ございます。」

医務室長が答え、花を差し出す。
カーラント様が呪文を唱えれば、ハクの花は乾燥し粉々になった。その粉に火をつけるとエマにかがせた。

「エマ、大丈夫だ。何も怖いことはないよ。香りに身を委ねなさい。」

カーラント様の言葉に、エマは眠そうに目を細めた。カーラント様はエマの体をベッドに横たえるとエマの頭に手を添えた。

「これからエマの記憶を覗く。うまくいけば手掛かりが得られるはずだ。」

私たちはその様子を見つめることしかできなかった。


「エマ、エマ。」

カーラント様がエマの名前を呼ぶ。エマの意識に語り掛けているのだろう。

「そうだ。あぁ、知っている。ライファとの買い物は楽しかったか?」
「そうか、良かったな。」
「そのあと、何があったか教えてくれないか?」
「そうか、そこには行ってはいけないと言われているのか。」

「ならば、私が行こう。」
「あぁ、エマはここにいていいんだよ。エマは行かなくてもいいから、場所だけ教えてくれないか?」
「ありがとう。」

その後しばらくしてから、「エマ、このままゆっくり休みなさい。目が覚めた時には、怖い物は何もなくなっているからね」と、カーラント様が言った。



「ジェンダーソン侯爵、エマが市場で目を離した隙にライファが誘拐されたようだ。その後、エマは必死にライファを探し【ごはんや】の路地裏でライファを見つけた。助けようと駆け寄ったところを捕まり、薬を飲まされたらしい。エマの記憶が教えてくれたよ。二人組の若い男で身長は170cm前後、馬車を待機させていたそうだ。馬車は荷馬車ではあるが市場に出入りするようなものではなかったと。」

「情報をありがとうございます。必ずや無事に連れ帰ります。ヴァンス、レイ、騎士団を率いて市場へ向かえ!足跡をたどり見つけ出せ。」

「「はっ!」」


医務室を出て、ユーリさんと他の騎士たちと合流する。

「リベルダさん?」

ユーリさんがカーラント様を見て微かに呟いた声が聞こえた。

「急ぐぞ!」

市場に着くと兄さんの指示で方々に散った。いち早く情報を集めるためだ。カーラント様はライファが連れ去られた場所に立ち、目を閉じている。連れ去った者の魔力を拾おうとしているのかもしれない。

「よし、ここを中心に聞き込みを開始する。有力な情報はサイレントで流せ。」

サイレントはリトルマインを隠密用にしたような魔道具だ。音を吸い取り吐き出す道具で周りに音が漏れない。

「はっ!」

皆が散り散りに走って行った。

私はライファが連れ去られた路地裏に隣接する建物に聞き込みに向かった。

「今日の午前中、変な物音を聞いたとかいつもと違ったことはありませんでしたか?」

建物はアパートのようだ。片端からインターホンを押し訪ねてゆく。

「すみません、今まで寝ていたので何も気づきませんでした。」
「午前中は出かけていて分からないです。」

繰り返される質問と、分からないの答え。
結局この建物に怪しい二人組を目撃した者はおらず、焦りばかりが積もっていく。

くそ!どうして。
自分の無力さを痛感する。
ライファ、どうか無事でいて。

建物を出たところで、野菜の配達員を見かけた。配達員なら市場と街を何度も行き来しているはずだ。私はその配達員を呼び止めた。

「今日の午前中、怪しい二人組か馬車をみかけなかったか?どんな些細な違和感でもいい。思い出してみてくれ。」

「そういえば9時頃だったかな。市場から出ていく荷馬車を見ました。あの時間はこの辺りはまだ市場の許可がある荷馬車しか通れないのですが、許可証を貼っていない荷馬車だったので気になったんですよね。」

「その馬車はどっちに行ったか分かるか?」
「その先の道を左折していきました。」
「ありがとう、助かった。」

やっと手に入れた手掛かりをサイレントで皆と共有する。
15分後には皆が集めた情報で馬車が街の東の森を抜けて街の外へ出たことが分かった。その先へ2時間も進めば港がある。ライファが誘拐され他国へ連れていかれようとしているのは明確だった。


「万が一この情報が間違っていた時の為、ユーリはこっちに残って引き続き情報を集めてくれ。他は荷馬車を追って行く。」

飛獣石を飛ばして荷馬車を探す。
程なくして荷馬車は直ぐに見つかった。馬はおらず荷台だけが置き去りにされている。
中を見れば、男の死体が二つ転がっていた。

「ライファ!」

呼ぶも返事はない。
カーラント様が目を閉じ、また石からの波動を受け取ろうとしていた。

「先ほどとあまり変わってはいないが、疲れておるな。そんなに遠くにはいないと思うのだが。どこかに隠れているのか?」

カーラント様のその言葉に兄さんが反応した。

「レイ、この中でお前が一番感知能力が高い。結界か何か、とにかく魔力の塊を探せ。」

これはライファの魔力ランクを知らない兄さんだからこそ出せた指示だった。私はライファの魔力ランクが1であることを知っていたから、人から隠れることが出来るほどの結界をライファが作ることが出来ないと思い込んでいた。兄さんの言う通りだ。私は自身の魔力を薄く、広く拡散させ意識を溶かした。ここまで感知に集中することなど普段はしない。それは、感知に集中すればするほど自身が無防備になるからだ。兄さんに背中を預け、全集中する。

「ここから15キロほど先の草むらに結界のようなものがある。」

私はそう伝えると、飛獣石を飛ばした。


「ライファ!ライファーっ!!」

叫びながら先ほどの結界の方へ歩いて行く。

頼む、出てきてくれ。

頼む、ライファ。

ガサガサっと草が揺れた。

「・・・レイ。」
「ライファ!!」

慌てて駆け寄って抱きしめる。

「エマは?エマは無事か?」

ようやく会えたライファが最初に口にしたのはエマの心配だった。



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