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第一章

24. 朝の散歩

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「なんだか、眠れんな。」

ヴァンスは呟いた。9時か・・・。
6時に仕事を終え帰宅し風呂に入って食事をとった。この時点で7時。ここまでは優秀だったと思う。いつもは10時くらいに寝ているから体が慣れてしまっているのだろうか。7時すぎにベッドに入ったのに全然眠れる気配がない。
困ったな。

今日は17時までにライファのエスコートとして王宮へ行かなくてはならないのに。酒でも飲むか?いや、それはマズイか。国王に会うというのに万が一お酒が残っていたら大失態だ。

「ここはね、ヴァンスしゃまのおへやなのよ。」
「わたちたち、ヴァンスしゃま、だいしゅきなの。」

ベッドの上で目を閉じているとドアの外が何やら賑やかだ。家小人の双子たちだな。可愛らしい会話にほっこりする。

「ライファしゃまもヴァンスしゃま、すき?」
「あっていく?」

突然聞こえたライファという言葉に反応し目を開けた。

「しー、しー、ヴァンス様は今、お休みのはずだ。私はトイレに行って部屋に戻るところなんだ。私を私の部屋に戻してくれるか?」

ライファが部屋の前に来ているのか?私はベッドから出るとドアを開けた。

「ライファ?」

私が突然ドアを開けたことでばつが悪い顔をしたライファがそこにいた。

「あ・・・。」

そんなライファを置いて、双子たちは「キャーッ」と顔を隠して消えていった。

「双子たちにやられたな。くくくくく。」
「お騒がせしてすみません。起こしてしまいましたか?」
「いや、寝付けなくて。そうだ、せっかくここまで来たんだ。散歩に付き合ってくれないか?」
「いいですよ。」

ライファは悩むわけでもなく即答した。

「ちょっと待ってて。」

私はそういうといったん部屋の中に戻り着替えて部屋を出た。

「散歩ってどこに行くんですか?」
「んー、秘密。」

そういうと、好奇心旺盛なライファの目がキラキラと揺れる。パッと見、クールな美人さんだ。近寄りがたい雰囲気すらある。だが、時折見せる表情の幼さがもっとたくさんの表情を引き出したいという欲を掻き立てるのだ。昨夜の辛いものを食べている顔と言ったら・・・。あんなに目をウルウルさせられては、もっといじめたくなってしまう。いかん、いかん。考えを振り切るように頭を振ると、「あたま、大丈夫ですか?」とライファに心配された。

「ダメかも」と笑いながら返せば、何を察したのか「もう辛い物は食べませんよ」と釘をさされた。


階段に念じて3階の北側のドアの前に行く。ドアを開けて中に入れば、何の変哲もない客間の一つだ。クローゼットを開けるとハンガーを取り出し、ベッド側の壁に投げつける。

「なっ!?」

ライファがびっくりして声をあげるのと同時に、壁が透明になりそこから滑り台が森の方へ伸びていた。

「ここはジェンダーソン家の裏口に当たるんだよ。」
「突然ハンガーを投げつけるから、ヴァンス様の頭が本当にどうかしたのかと思いました。」

ほっとしたようにライファが呟く。
ライファの驚いた顔をみたことで、楽しくなってきている自分に気づいていた。

「どうそ、お嬢様。」

先に滑り台に座って私の脚の間に座るようにライファを促す。

「本気でそこに座るようにとおっしゃっていますか?」

呆れたような口調にはなっているが、ちょっと顔が赤くなっていることを私は見逃さなかった。へぇ、こんな反応もするのか。面白い。

「私は本気だよ?」

からかうように見つめると、
「嫌です!」ときっぱり断られた。容量オーバーによる逆ギレ風だ。

「ぷぷぷぷぷぷ。」
「ヴァンス様がいじわるなのは昨日今日でよくわかりました。」

あぁ、そんなつもりはないのに。

先に滑り台を滑ってライファが下りてくるのを待つ。滑り降りてきたライファに手を差し伸べるとそこは素直に従った。細い指。この手が私を救ってくれたのか。あの時・・・。

あの時、いつものように少しだけ口に含んでその違和感に気付いた。味はするのにいつもの味と何か違う。ヤバいかもしれないと思って吐き出してから、その料理に全く香りがないことに気付いた。大したことないか?と希望的観測を抱いたのはほんの一瞬のことで、奪われてゆく体の自由に【死】が脳裏をよぎった。レイがライファを連れてきたのはそんな時だった。

ドゥブ毒の解毒剤を作ることが出来ると言った少女。得体のしれない少女に命を託すしかなかった。どう考えても簡単に作ることができる解毒剤ではない。ヒーラーであるミヒルの表情を見てもそれがわかる。仮に作ることが出来たとして、自身の体を蝕むこの毒のスピードに勝てるのだろうか、間に合うのだろうか。仲間の命を想い、父や母を思い出し、家族を想う。自身が歩むはずの未来を夢見ては、この命を諦めたくないと強く思った。
あの恐怖から救い出してくれた、この手。

思わずギュッと掴む。

「どうかしました?」
「君は・・・いったいどれだけの魔力を持っているんだ?」

私の妻として迎えればこの手は私の元にいてくれるだろうか。一瞬浮かんだ思いにハッとした。何を考えているんだ、私は。きっとこの感情は吊り橋効果的なアレだ。助けてもらったからという、何かのフィルターにかかっているのだ。魔力ランクがいくつにしろ、平民の魔力ランクでは釣り合うはずもないではないか。

「いや、その、ランク的には、3かなぁ。」

分かりすぎるくらい嘘くさい口調だ。まったく。

「いや、いいんだ。このまま進むと川がある。そこまで行って戻ろう。」

ライファと一緒に森を歩く。なんだか不思議な感じだ。この森を誰かと一緒に歩くなんて大人になってからすっかりなくなっていた。

「この森もジェンダーソン家の敷地なんですか?」

「そうだよ。でも、この森は結界で守られてはいないからライファちゃんは一人で来たらダメだよ。結界で守ると動物や虫たちも入れなくなってしまうから、結界で囲んではいないんだ。」

「そうですよね。森は生き物がいてこそ森のような気がします。あ、川だ!」

ライファが駆けだす。

「この川、入っても大丈夫ですか?」
「どうぞ。」

ライファは靴を脱いでそうっと足をつけると

「うぉうっ」

と声を上げた。うぉうって・・・・。女の子ならもっと、こう、キャッキャしなかったけ?
ライファは恐る恐る、でも確かに足でしっかり川底を捉え踏みしめて進んでゆく。その姿がライファ自身の歩み方のような気がした。

「ほら、そろそろ戻っておいで。帰ろう。」

そう言って手を差し伸べれば、躊躇うこともせずに手を重ねてくる。その手を意識すれば離される。残された手に風が触れるから、それがなんだか物足りなくて、手をポケットに突っ込んだ。

「そういえば、レイとはどこで知り合ったの?」

「初めて会ったのはジェーバ・ミーヴァとトドルフの境にある森です。ブンの木があるのですが、木の実を採ろうと奮闘していたらちょっと失敗しまして。レイ様に助けていただきました。」

「へぇ~、レイがねぇ。そこからどうやって仲良くなったの?」
「え?仲良いですか?」

ライファが嬉しそうにしたので、ちょっともやっとする。

「食べ物好き仲間なんですよ。レイ様も食べることが好きみたいで、クッキー食べたさに私を探していた程ですから。私は食べ物に対するレイ様の情熱に感動しているのです。」

ライファは目をキラキラさせて誇らしげに言った。なんだかちょっとズレているような気がするが。
昨日のレイの態度を見ていれば、レイがライファに惹かれているのは明らかだ。

「前途多難だな・・・。」

ライファに聞こえないように呟いたその言葉は、レイに対してのものなのか自分に対してのものなのか、自身でさえも判断がつかなかった。

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