113 / 128
第四章 半年後
3. 青砥の帰還
しおりを挟む
お日さま寮の屋上に降り立った青砥は眩しそうに碧色の空を見上げた。島で何度も見上げた空ではあるがここで見上げるといつもよりも鮮やかに見えるような気がした。僅かに浮足立っている自分を感じて苦笑する。午後5時。樹が帰ってくるまでもう1時間半はある。
「やっと帰って来れたな」
思わず零れた言葉には喜びが滲んでいた。
碧島襲撃事件直後から何度も異動希望は出していた。だが、犯人たちを無事に逮捕したことで事件は一件落着、緊急に本土に戻らなければならない理由はないとの判断により規定通り半年の任務を命じられ、早く帰ることが叶わなかったのだ。それでも休日を利用して2度、樹に会いに来たことはある。だが会って1時間も経たないうちに樹に緊急呼び出しがかかり触れる事すらできなかったのだ。
以前と同じ部屋に60サイズの箱を3個運び込む。壁に設置してあるインテリアキーをここに住んでいた時と同じようにセットするとあっという間に部屋が出来上がった。部屋を見回し、窓の外に視線をやる。そこから見える景色もまたあの頃と同じだ。違うこととすれば、青砥の恩人でもあるドリシアの広告が至る所に見えることだろう。
運び込んだ箱の角にある圧縮ボタンを押し荷物を通常の大きさに戻しているとリングが鳴った。
「樹?」
「アオさん、戻ってきました?」
「あぁ、寮に荷物を運びこんだところ」
良かった、と呟く樹の呼吸を耳に感じてつい表情が緩む。
「歓迎会19時からの予定なんですけど遅れそうで。そんなに遅くならないと思うんですけど茜さんと先に始めててください」
「分かった。事件か?」
「えぇ、ちょっと立てこもり事件がありまして。あ、でももう解決はしたんですけど」
「報告書か? 昔から苦手だったもんな」
「あの頃よりは成長しましたっ。それに最近この手の事件が多いんでもうコツは掴んでますし」
「まぁ、頑張れよ」
くすくすと笑いながら通話を終えGYUBUのニュースチャンネルを流すとトピックの一番上にスポーツジムでの立てこもり事件が表示されていた。
「これか」
映し出された報道ドローンの映像には樹と山口が映っている。真剣に説得を試みている樹の映像を眺めてもうすぐ会えるなどと頬を緩めていた青砥は犯人が声高に主張を始めると笑顔を消した。
“能力がある、それだけで無能より上なのよ!”
“今こそ目を覚ますべきよ! 能力のある者よ、立ち上がれ!”
この手の事件が多いと言った樹の言葉が危険信号のように脳内で点滅する。青砥は無意識に自身の唇に触れた。訪れる不安と思考を落ち着かせるためだった。
「これって……」
声にすれば思考が駆け巡る。
“N+能力は選ばれた者にだけ与えられた能力だ”
“能力のある者とない者が同等で良いはずがない”
山里夢の言葉が重なる。散らばっていた点と点が急速に繋がっていくような感覚に支配された。半ばトランス状態で警察のデータベースにアクセスし似たような事件を検索する。立てこもり、能力の暴走、暴行事件。種類は違えども一貫しているのは能力アリVS能力無しの図。
「6年前のリステアの敗因は山里を失ったことだ」
そう、一番の原因はそれだが、そもそも結束がまだ不十分だったから山里を失って空中分解したのだ。各地で小さな火は上がったがそれが一つになることも大きくなることもなく眠りについた。
脳裏に浮かんだところどころを声にしながら情報を整理していく。
「山里はあの襲撃事件を核に人を集めようとしていた。だが失敗した。もし山里の意志を継ぐ者がいて入念に計画を練っていたとしたら?」
山里の事件を糧にするはずだ。
「どうする? 俺なら……」
山里の目的はN+能力者が支配する世界だった。国のトップを挿げ替えても反発する人がいる以上能力者が支配する世界にするのは難しい。ならば、そうせざるを得ない状況にすればいい。
「能力のない人たちがいなくなれば必然的にそうなる」
能力なし対能力あり。正義という理由と武器があれば火はどんどん燃え上がる。
「武器……神崎が無効の世界から持って来た武器がどこかにあるかもしれない」
それを能力がある者たちが持てば一方的な虐殺になる。だが、能力を持たない者たちが持てばどうだろう。もしもと仮にを繋ぎ合わせながら導き出した未来に青砥は「まさか、な」と言葉を付け足した。この言葉をつけ足せば幾分か嫌な未来が薄らぐような気がした。
自分が持っていたよりも20分程早く報告書をやっつけた樹はドヤ顔でムカデに乗り込んだ。馴染みの居酒屋『熊平衛』までは約10分かかる。樹はリングを除き、新着情報を確認した。
今日もユーリからの連絡はないか……。
ユーリとは刑務所で会ったあの日以来連絡が取れずにいる。連絡が取れないとは言ってもいつもユーリから一方的に連絡が来るだけで樹はユーリの連絡先を知らない。
ユーリのことだから大丈夫だよ、な。
窓ガラス越しの月は元の世界の時と同じ色で、樹は何となく目を逸らした。ユーリの声を聞いて無事を確認したい気持ちと、ユーリが現れたら自分は警察官としてユーリに自首を勧めなければいけないのかという気持ちが交錯する。それは青砥に会いたい気持ちと、現状のまま同じ日々の中にいたいと思う今の気持ちによく似ていた。
「やっと帰って来れたな」
思わず零れた言葉には喜びが滲んでいた。
碧島襲撃事件直後から何度も異動希望は出していた。だが、犯人たちを無事に逮捕したことで事件は一件落着、緊急に本土に戻らなければならない理由はないとの判断により規定通り半年の任務を命じられ、早く帰ることが叶わなかったのだ。それでも休日を利用して2度、樹に会いに来たことはある。だが会って1時間も経たないうちに樹に緊急呼び出しがかかり触れる事すらできなかったのだ。
以前と同じ部屋に60サイズの箱を3個運び込む。壁に設置してあるインテリアキーをここに住んでいた時と同じようにセットするとあっという間に部屋が出来上がった。部屋を見回し、窓の外に視線をやる。そこから見える景色もまたあの頃と同じだ。違うこととすれば、青砥の恩人でもあるドリシアの広告が至る所に見えることだろう。
運び込んだ箱の角にある圧縮ボタンを押し荷物を通常の大きさに戻しているとリングが鳴った。
「樹?」
「アオさん、戻ってきました?」
「あぁ、寮に荷物を運びこんだところ」
良かった、と呟く樹の呼吸を耳に感じてつい表情が緩む。
「歓迎会19時からの予定なんですけど遅れそうで。そんなに遅くならないと思うんですけど茜さんと先に始めててください」
「分かった。事件か?」
「えぇ、ちょっと立てこもり事件がありまして。あ、でももう解決はしたんですけど」
「報告書か? 昔から苦手だったもんな」
「あの頃よりは成長しましたっ。それに最近この手の事件が多いんでもうコツは掴んでますし」
「まぁ、頑張れよ」
くすくすと笑いながら通話を終えGYUBUのニュースチャンネルを流すとトピックの一番上にスポーツジムでの立てこもり事件が表示されていた。
「これか」
映し出された報道ドローンの映像には樹と山口が映っている。真剣に説得を試みている樹の映像を眺めてもうすぐ会えるなどと頬を緩めていた青砥は犯人が声高に主張を始めると笑顔を消した。
“能力がある、それだけで無能より上なのよ!”
“今こそ目を覚ますべきよ! 能力のある者よ、立ち上がれ!”
この手の事件が多いと言った樹の言葉が危険信号のように脳内で点滅する。青砥は無意識に自身の唇に触れた。訪れる不安と思考を落ち着かせるためだった。
「これって……」
声にすれば思考が駆け巡る。
“N+能力は選ばれた者にだけ与えられた能力だ”
“能力のある者とない者が同等で良いはずがない”
山里夢の言葉が重なる。散らばっていた点と点が急速に繋がっていくような感覚に支配された。半ばトランス状態で警察のデータベースにアクセスし似たような事件を検索する。立てこもり、能力の暴走、暴行事件。種類は違えども一貫しているのは能力アリVS能力無しの図。
「6年前のリステアの敗因は山里を失ったことだ」
そう、一番の原因はそれだが、そもそも結束がまだ不十分だったから山里を失って空中分解したのだ。各地で小さな火は上がったがそれが一つになることも大きくなることもなく眠りについた。
脳裏に浮かんだところどころを声にしながら情報を整理していく。
「山里はあの襲撃事件を核に人を集めようとしていた。だが失敗した。もし山里の意志を継ぐ者がいて入念に計画を練っていたとしたら?」
山里の事件を糧にするはずだ。
「どうする? 俺なら……」
山里の目的はN+能力者が支配する世界だった。国のトップを挿げ替えても反発する人がいる以上能力者が支配する世界にするのは難しい。ならば、そうせざるを得ない状況にすればいい。
「能力のない人たちがいなくなれば必然的にそうなる」
能力なし対能力あり。正義という理由と武器があれば火はどんどん燃え上がる。
「武器……神崎が無効の世界から持って来た武器がどこかにあるかもしれない」
それを能力がある者たちが持てば一方的な虐殺になる。だが、能力を持たない者たちが持てばどうだろう。もしもと仮にを繋ぎ合わせながら導き出した未来に青砥は「まさか、な」と言葉を付け足した。この言葉をつけ足せば幾分か嫌な未来が薄らぐような気がした。
自分が持っていたよりも20分程早く報告書をやっつけた樹はドヤ顔でムカデに乗り込んだ。馴染みの居酒屋『熊平衛』までは約10分かかる。樹はリングを除き、新着情報を確認した。
今日もユーリからの連絡はないか……。
ユーリとは刑務所で会ったあの日以来連絡が取れずにいる。連絡が取れないとは言ってもいつもユーリから一方的に連絡が来るだけで樹はユーリの連絡先を知らない。
ユーリのことだから大丈夫だよ、な。
窓ガラス越しの月は元の世界の時と同じ色で、樹は何となく目を逸らした。ユーリの声を聞いて無事を確認したい気持ちと、ユーリが現れたら自分は警察官としてユーリに自首を勧めなければいけないのかという気持ちが交錯する。それは青砥に会いたい気持ちと、現状のまま同じ日々の中にいたいと思う今の気持ちによく似ていた。
21
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成)
エロなし。騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
いいねありがとうございます!励みになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる