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第四章 半年後
2. 立てこもり事件
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「やっぱ普通に入り口から声をかけた方が良くないですか?」
「あぁ、そうね。そうしましょ。茜ちゃんがいれば中で何が行われているかなんてすぐに分かるのに」
半年前に起こった刑務所からの脱走事件で、犯人を手引きしたという疑いをかけられた霧島が辞職して以来、山口は何かと“茜ちゃんがいれば”を口にする。今回の件なんてむしろこの一言が言いたいがために隣の家に乗り込んだようなものだ。
スポーツクラブの正面玄関の前に立ち、すみませーんと声をかける。当然人が出てくる気配はない。声をかけながらちょっと大きめにドアを叩いていると、山口がハッと樹の手を止めた。二人の背後に親指の爪程の配信ドローンが降りてきたからだ。配信ドローンは毎日街を飛び回り何か事件が起こるとその動画をリアルタイムでGYUBU上の事件速報で配信する。つまり、今この時もしっかり配信されているということだ。
強引な手は使えないな。
樹と山口が長期戦を覚悟して顔を見合わせた時、店の奥の扉がゆっくりと開いた。扉から最初に出てきたのは口を手で押さえられ、目を見開いている40代くらいの男だ。その背後に男の口を押えている手の持ち主が立っていた。黒い髪をした地味な女だ。歳は20歳くらいだろう。女が男を小突いて窓から1mのところまで来た。女はぴったりと男の背後に隠れたままだ。
「その男性を離しなさい」
山口が大きな声で、だが諭すような口調で言う。
「嫌よ。それはできない」
女の口がぽつりと、まだと呟いたことを樹は見逃さなかった。
「僕は藤丘樹と言います。何か理由があってこんなことをしているんですよね? あなたの望みは何ですか?」
「望み? そうね、無能が消えることかしら」
無能、それはN+能力のない人間を指す言葉で差別的な意味を含む。最近急に広まった言葉だ。山口がスッとその場を引いて樹が前に出る。犯人の姿が見えたことでその犯人がどこの誰で何者なのかを照会するのだろう。
「だから能力のない人を人質にとって立てこもっているんですか?」
そうなるのかしらね、などとまるで他人事のように女は答えた。
「日本の約57%の人が能力を持たないと言われています。あなたがここで何をしてもその57%の人たちを消し去るのは不可能だと思いませんか?」
女性の手で口を塞がれている男は方を大きく揺らし極度の緊張状態にある。体に取り込める酸素量が減少し息苦しいのだろう。この状態でパニック状態に陥れば早い段階で酸欠状態になってしまう。気持ちが焦るこの状況だからこそ樹はゆっくりと言葉を紡いだ。
「今ならまだ間に合います。その人たちを解放して人生をやり直しましょうよ」
もうやり直しているのよ、と小さく呟いた後、女は顔をスッとあげた。腹をくくって戦場に向かう勇者のような眼差しだと樹は思った。犯罪者とは思えない程堂々としていたからだ。山口が樹の傍に立つ。
「女は有賀佐代子、二十歳。中学、高校と殆ど学校には行っておらず引きこもりだったようね。両親は能力はしのようだから、その辺が今回の事件の背景にあるのかも」
樹は静かに頷いた。
「樹君、麻酔薬持ってるわよね? 私が彼女を建物の中から出てくるように説得するから彼女が出てきたら吹き矢で彼女を狙撃して欲しい。有賀佐代子が人質を解放してくれるのが一番だけど、そんなに時間はなさそうだから」
山口の視線の先には青白い顔で目を見開いている人質の姿があった。
犯人から死角になる位置で犯人を狙える場所……どこかに。辺りを見回した樹は、あぁと苦笑いして入り口の真正面に停めてある警察車両に乗り込んだ。警察車両は外から内部が見えないようになっている。矢が通るだけ窓を開ければ吹き矢で狙い撃つことは可能だ。吹き矢をセットしていると車内まで山口たちの声が聞こえた。
「能力がない、私たちより劣っているくせにさも当たり前のように生きている。それがおかしいことだってどうして思わないの? 警察官のあなただって能力があるわよね。それなのに無能にいいように扱われ頭を下げたりする。無能相手に‼」
「世の中にはいい人も間違いを犯す人もいるわ。そこに能力があるかどうかは関係ないのよ」
「関係なくなんかないわ!!」
有賀が大きな声を出した。口調に熱がこもる。
「能力がある、それだけで無能よりも上なのよ。同等だなんて無能に言いくるめられているだけだわ」
「そう、あなたはそう感じているのね。あなたの話をもっと聞かせて。ここじゃなくて署で。そうすればゆっくりお話ができるでしょう? これ以上罪を重ねることもないわ。ほら扉を開けてその人を解放して、ね?」
山口が優しく説得を続けるも有賀は何かにとりつかれたように同じ主張を繰り返すだけだ。
「今こそ目を覚ますべきよ! 能力のある者よ、立ち上がれ!」
有賀の視線が山口ではない何かを見ている。まるで別の誰かに訴えているような……。言いようのない不安が樹の心をざわつかせた時、山口の声が樹のリングから聞こえた。
「樹君、今すぐドローンを破壊して。有賀がドローンに向かって訴えている気がする」
その言葉に樹は迷いなくドローンを撃ちぬいた。山口の背後で粉々になったドローンが音もなく落下する。なっ、と声を上げた有賀が扉を開けた。その好機を樹が見逃すはずもなく、犯人は被害者を出すことなく逮捕された。
「あぁ、そうね。そうしましょ。茜ちゃんがいれば中で何が行われているかなんてすぐに分かるのに」
半年前に起こった刑務所からの脱走事件で、犯人を手引きしたという疑いをかけられた霧島が辞職して以来、山口は何かと“茜ちゃんがいれば”を口にする。今回の件なんてむしろこの一言が言いたいがために隣の家に乗り込んだようなものだ。
スポーツクラブの正面玄関の前に立ち、すみませーんと声をかける。当然人が出てくる気配はない。声をかけながらちょっと大きめにドアを叩いていると、山口がハッと樹の手を止めた。二人の背後に親指の爪程の配信ドローンが降りてきたからだ。配信ドローンは毎日街を飛び回り何か事件が起こるとその動画をリアルタイムでGYUBU上の事件速報で配信する。つまり、今この時もしっかり配信されているということだ。
強引な手は使えないな。
樹と山口が長期戦を覚悟して顔を見合わせた時、店の奥の扉がゆっくりと開いた。扉から最初に出てきたのは口を手で押さえられ、目を見開いている40代くらいの男だ。その背後に男の口を押えている手の持ち主が立っていた。黒い髪をした地味な女だ。歳は20歳くらいだろう。女が男を小突いて窓から1mのところまで来た。女はぴったりと男の背後に隠れたままだ。
「その男性を離しなさい」
山口が大きな声で、だが諭すような口調で言う。
「嫌よ。それはできない」
女の口がぽつりと、まだと呟いたことを樹は見逃さなかった。
「僕は藤丘樹と言います。何か理由があってこんなことをしているんですよね? あなたの望みは何ですか?」
「望み? そうね、無能が消えることかしら」
無能、それはN+能力のない人間を指す言葉で差別的な意味を含む。最近急に広まった言葉だ。山口がスッとその場を引いて樹が前に出る。犯人の姿が見えたことでその犯人がどこの誰で何者なのかを照会するのだろう。
「だから能力のない人を人質にとって立てこもっているんですか?」
そうなるのかしらね、などとまるで他人事のように女は答えた。
「日本の約57%の人が能力を持たないと言われています。あなたがここで何をしてもその57%の人たちを消し去るのは不可能だと思いませんか?」
女性の手で口を塞がれている男は方を大きく揺らし極度の緊張状態にある。体に取り込める酸素量が減少し息苦しいのだろう。この状態でパニック状態に陥れば早い段階で酸欠状態になってしまう。気持ちが焦るこの状況だからこそ樹はゆっくりと言葉を紡いだ。
「今ならまだ間に合います。その人たちを解放して人生をやり直しましょうよ」
もうやり直しているのよ、と小さく呟いた後、女は顔をスッとあげた。腹をくくって戦場に向かう勇者のような眼差しだと樹は思った。犯罪者とは思えない程堂々としていたからだ。山口が樹の傍に立つ。
「女は有賀佐代子、二十歳。中学、高校と殆ど学校には行っておらず引きこもりだったようね。両親は能力はしのようだから、その辺が今回の事件の背景にあるのかも」
樹は静かに頷いた。
「樹君、麻酔薬持ってるわよね? 私が彼女を建物の中から出てくるように説得するから彼女が出てきたら吹き矢で彼女を狙撃して欲しい。有賀佐代子が人質を解放してくれるのが一番だけど、そんなに時間はなさそうだから」
山口の視線の先には青白い顔で目を見開いている人質の姿があった。
犯人から死角になる位置で犯人を狙える場所……どこかに。辺りを見回した樹は、あぁと苦笑いして入り口の真正面に停めてある警察車両に乗り込んだ。警察車両は外から内部が見えないようになっている。矢が通るだけ窓を開ければ吹き矢で狙い撃つことは可能だ。吹き矢をセットしていると車内まで山口たちの声が聞こえた。
「能力がない、私たちより劣っているくせにさも当たり前のように生きている。それがおかしいことだってどうして思わないの? 警察官のあなただって能力があるわよね。それなのに無能にいいように扱われ頭を下げたりする。無能相手に‼」
「世の中にはいい人も間違いを犯す人もいるわ。そこに能力があるかどうかは関係ないのよ」
「関係なくなんかないわ!!」
有賀が大きな声を出した。口調に熱がこもる。
「能力がある、それだけで無能よりも上なのよ。同等だなんて無能に言いくるめられているだけだわ」
「そう、あなたはそう感じているのね。あなたの話をもっと聞かせて。ここじゃなくて署で。そうすればゆっくりお話ができるでしょう? これ以上罪を重ねることもないわ。ほら扉を開けてその人を解放して、ね?」
山口が優しく説得を続けるも有賀は何かにとりつかれたように同じ主張を繰り返すだけだ。
「今こそ目を覚ますべきよ! 能力のある者よ、立ち上がれ!」
有賀の視線が山口ではない何かを見ている。まるで別の誰かに訴えているような……。言いようのない不安が樹の心をざわつかせた時、山口の声が樹のリングから聞こえた。
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