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第三章
33. 如月の作戦
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一進一退の攻防が続いている。樹の息で毒霧を追い払っているとはいえ人の息は長くは続かない。結局息を止めて攻撃をし、反撃を反らしながら後退するのを繰り返すことになる。優勢になっても呼吸の為に退くのだから状況は一向に前進する気配がなかった。
「これでは埒があきませんね。このまま時間がかかれば建物内に毒が充満してしまう」
下がるなり如月が呟いた。
畑中のヤバイ点二つ目は体術に長けているという事だ。賞をとったこともあるという山口と対峙しても同等、もしくはそれ以上にさえ見える。山口の体術が型を基本にした清らかな流れだとすれば畑中の体術は枠をはみ出し、木々をなぎ倒す濁流のようだ。
「山さん、僕が畑中に掴みかかって10秒間動きを止めます。山さんは間髪入れずにきて畑中の意識を奪ってください」
「如月班長、ひとりであいつを止めるんですか?」
「うん、やってみる」
「やってみるって一人じゃ」
山口の視線がユーリを見たのに気が付いて如月は口を開いた。
「難しいのは分かってる。でも民間人を危険の中に放り込むわけにはいかない」
もともと正義のヒーローに憧れて警察官になった如月はこういうところは頑なだ。だがいくら10秒とはいえ畑中が相手では樹から見ても厳しいと思えた。
「俺も行きます!」
「君が行ったって足手まといになるだけだよ」
食い気味にユーリが言い切る。樹を止めるくせに自分が行くとは言わない。ユーリにしてみれば樹以外はどうなろうが興味がないのだ。
「樹君は援護を頼みます。人が痛みを感じる痛点は四肢の先端にいくほど多くなると言われている。足よりは手がいい。僕たちは5秒息を止めて2秒息を吸う。そのリズムを頭に入れといてください。ウィンクをしたら呼吸を始める合図です。山さんもいいですね?」
如月が畑中を見据えたまま早口で言う。樹と山口は短く返事をした。
「まさかもう終わりとは言わないでくれよ」
畑中がまた一歩前に出る。
「山さん、3で行くよ。1、2、さんっ」
如月が飛び出していく。如月を迎え撃とうと手を軽く握り自身の胸の辺りで構える畑中、その一時の停止を樹は見逃さなかった。放たれた弾は如月を追い越し、畑中の右手中指の爪の付け根付近に突き刺さった。脊椎反射で畑中の手が何かを払うように動く。構えが崩れた隙に如月が畑中の背後に回り羽交い絞めにした。如月が片目をつぶる。
よし!
誰もがそう思った瞬間だった。
ぐおああああ。苛立だし気な声が廊下に響いた。山口が畑中の間合いに入り横から首に腕をかけたとき畑中が山口を蹴ろうと足を振りあげた。山口は寸でのところで避けたが畑中の首から腕が外れた。
「!!」
如月が目を見開く中、樹は冷静だった。心の中でカウントを取りながら呼吸の合間に吹き矢を放つ。先ほどよりも正確さに欠けるが弾は畑中の手のひらに突き刺さった。畑中はぐっとうめき声をあげ舌打ちをした。先ほどからチマチマと放たれる弾、拘束された体、首を狙う腕、どれもが鬱陶しい。
畑中は最大限に首を捻り如月に笑みを見せた。そして自身を掴む如月の手に唾を吐きかけた。
「毒を出せるのは足だけだと思っていたか?」
畑中が唇を尖らせたのを見てもう一撃を覚悟した如月を背後から抱きかかえるようにして引き離したのは山口だった。無言のまま畑中と距離をとると如月の手を自身の服で拭った。
「今のはなかなか良かったなぁ。でもこれで一人戦闘不能だ」
何を、と言いかけた山口が如月を見ると如月はどこか虚ろなトロンとした目をしていた。
「時間はあまりないぞ?」
畑中が楽しそうに口角を上げる。山口が額から流れる汗をぬぐいながらユーリを見た。
「私は班長とは違ってあなたにも協力を要請する。急がないとここにいる皆が死ぬことになる」
「でしょうね。皆で死ぬのも悪くない気もしますけど」
ユーリが確認するように樹を見た。勝手に樹が殺されるのは気に食わない。だが樹が生を望まないのであれば自分も一緒にここで終わりにするのもいいのではないかという考えが頭をよぎったのだ。
「だめだ。畑中を拘束したうえで生きてここから出ないと。それ以外はあり得ない」
ずっと死の近くを浮遊するように生きてきた樹とは思えない言葉だった。樹の言葉に口元を緩めた山口が「私も同感だね」と言う。
ユーリが髪の毛をかき上げ、睨みつけるように前方を見た。その口元には笑みを従えている。
「拘束すればいいんですよね? 畑中の3メートルほど後ろに単独室があります。そこに奴をぶち込みましょう」
「ぶち込むって言ったって」
「ひたすら押すだけだよ。タツキ、呼吸のリズムはさっきと同じで頼みます」
ユーリは徐に窓の方へ移動するとそこに置いてあった観葉植物の鉢を少しだけ中央にずらした。そして手をかざすと鉢は弾かれたように畑中へ向かって飛び、畑中は鉢を受け流すように避けながら足の裏で押すように蹴った。鉢が壁に当たりガシャンと音をたてる。
「ほう、珍しい能力だな」
面白くなりそうだと言葉を続けて、畑中は顔を歪ませて笑った。
「これでは埒があきませんね。このまま時間がかかれば建物内に毒が充満してしまう」
下がるなり如月が呟いた。
畑中のヤバイ点二つ目は体術に長けているという事だ。賞をとったこともあるという山口と対峙しても同等、もしくはそれ以上にさえ見える。山口の体術が型を基本にした清らかな流れだとすれば畑中の体術は枠をはみ出し、木々をなぎ倒す濁流のようだ。
「山さん、僕が畑中に掴みかかって10秒間動きを止めます。山さんは間髪入れずにきて畑中の意識を奪ってください」
「如月班長、ひとりであいつを止めるんですか?」
「うん、やってみる」
「やってみるって一人じゃ」
山口の視線がユーリを見たのに気が付いて如月は口を開いた。
「難しいのは分かってる。でも民間人を危険の中に放り込むわけにはいかない」
もともと正義のヒーローに憧れて警察官になった如月はこういうところは頑なだ。だがいくら10秒とはいえ畑中が相手では樹から見ても厳しいと思えた。
「俺も行きます!」
「君が行ったって足手まといになるだけだよ」
食い気味にユーリが言い切る。樹を止めるくせに自分が行くとは言わない。ユーリにしてみれば樹以外はどうなろうが興味がないのだ。
「樹君は援護を頼みます。人が痛みを感じる痛点は四肢の先端にいくほど多くなると言われている。足よりは手がいい。僕たちは5秒息を止めて2秒息を吸う。そのリズムを頭に入れといてください。ウィンクをしたら呼吸を始める合図です。山さんもいいですね?」
如月が畑中を見据えたまま早口で言う。樹と山口は短く返事をした。
「まさかもう終わりとは言わないでくれよ」
畑中がまた一歩前に出る。
「山さん、3で行くよ。1、2、さんっ」
如月が飛び出していく。如月を迎え撃とうと手を軽く握り自身の胸の辺りで構える畑中、その一時の停止を樹は見逃さなかった。放たれた弾は如月を追い越し、畑中の右手中指の爪の付け根付近に突き刺さった。脊椎反射で畑中の手が何かを払うように動く。構えが崩れた隙に如月が畑中の背後に回り羽交い絞めにした。如月が片目をつぶる。
よし!
誰もがそう思った瞬間だった。
ぐおああああ。苛立だし気な声が廊下に響いた。山口が畑中の間合いに入り横から首に腕をかけたとき畑中が山口を蹴ろうと足を振りあげた。山口は寸でのところで避けたが畑中の首から腕が外れた。
「!!」
如月が目を見開く中、樹は冷静だった。心の中でカウントを取りながら呼吸の合間に吹き矢を放つ。先ほどよりも正確さに欠けるが弾は畑中の手のひらに突き刺さった。畑中はぐっとうめき声をあげ舌打ちをした。先ほどからチマチマと放たれる弾、拘束された体、首を狙う腕、どれもが鬱陶しい。
畑中は最大限に首を捻り如月に笑みを見せた。そして自身を掴む如月の手に唾を吐きかけた。
「毒を出せるのは足だけだと思っていたか?」
畑中が唇を尖らせたのを見てもう一撃を覚悟した如月を背後から抱きかかえるようにして引き離したのは山口だった。無言のまま畑中と距離をとると如月の手を自身の服で拭った。
「今のはなかなか良かったなぁ。でもこれで一人戦闘不能だ」
何を、と言いかけた山口が如月を見ると如月はどこか虚ろなトロンとした目をしていた。
「時間はあまりないぞ?」
畑中が楽しそうに口角を上げる。山口が額から流れる汗をぬぐいながらユーリを見た。
「私は班長とは違ってあなたにも協力を要請する。急がないとここにいる皆が死ぬことになる」
「でしょうね。皆で死ぬのも悪くない気もしますけど」
ユーリが確認するように樹を見た。勝手に樹が殺されるのは気に食わない。だが樹が生を望まないのであれば自分も一緒にここで終わりにするのもいいのではないかという考えが頭をよぎったのだ。
「だめだ。畑中を拘束したうえで生きてここから出ないと。それ以外はあり得ない」
ずっと死の近くを浮遊するように生きてきた樹とは思えない言葉だった。樹の言葉に口元を緩めた山口が「私も同感だね」と言う。
ユーリが髪の毛をかき上げ、睨みつけるように前方を見た。その口元には笑みを従えている。
「拘束すればいいんですよね? 畑中の3メートルほど後ろに単独室があります。そこに奴をぶち込みましょう」
「ぶち込むって言ったって」
「ひたすら押すだけだよ。タツキ、呼吸のリズムはさっきと同じで頼みます」
ユーリは徐に窓の方へ移動するとそこに置いてあった観葉植物の鉢を少しだけ中央にずらした。そして手をかざすと鉢は弾かれたように畑中へ向かって飛び、畑中は鉢を受け流すように避けながら足の裏で押すように蹴った。鉢が壁に当たりガシャンと音をたてる。
「ほう、珍しい能力だな」
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