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第三章
29. 絶体絶命
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何度目かの突進をかわすと男は勢いのまま壁にぶつかり、金属のような高い音をたてた。棘男はまた向きを変える。樹は棘男を避けながら先ほど棘男がぶつかった壁へと移動した。向かってくる棘男に吹き矢を構え、思いっきり息を吐き出した。空の吹き矢は樹の息を細く鋭く伝え、棘男の足が鈍る。
そもそもあの棘ってどれくらいの硬さなんだ?
僅かな時間の隙間に樹は男がぶつかった壁を見た。その後で視線を棘男に合わせたまま指先で撫でる様に触れる。樹の額の汗が滴り、こめかみを伝った。連日の寝不足とアルコールのせいで体力も集中力も何とか絞り出している状態だ。
思ったより凹んでないな。これならいけるか。
代り映えもなく棘男が突進してくる。吹き矢を義手に収納しながら樹の唇が動いた。“真正面からではなく受け流す”棘男の右側に回り込んで脇の下に義手の前腕を滑り込ませ、押し上げる様にして払った。思わぬ反撃に男が足を大きく上げてよろける。
「!!」
チャンスに樹が目を見開いた瞬間、唐突に横から何かが樹の左上腕を撫でた。肘から肩に向かってねっとりとした風船を押し付けられたような感覚だ。不快な感覚に樹は飛びのいた。樹の視線の先にいたのは40歳くらいのざんばら髪をした男だ。肉体的な体ではあるが目が大きく、若干突き出して見え不気味だ。
「ふおっ、やっぱり可愛い。あんまりにもタイプだったから追いかけて来ちゃったよ」
「……キモ」
意識せず零れた言葉だったがキモ男は樹の言葉に声高に笑った。
「キモくて結構、変態で結構っ。舐めて舐めて溶かすのが最高なんだ」
舐められた部分にチリッとした痛みを感じて見ると、舐められた部分が溶けたようになっていた。男が樹を見ながら唇を舐める。その舌はトマトのように真っ赤だった。
舌にN+があるのか。あの舌に触れると溶けるに違いない。
「お、お、俺を無視、するなーっ!!」
叫ぶと同時に向かってきた棘男を見て、キモ男がおうっと声を上げた。
「ちょ、ちょっと待て。無視はしていない。まず落ち着け。俺はあいつを舐めつくしたい。でも、あいつはちょっと元気過ぎるからお前、手伝ってくれよ」
「な、舐めつくしたい、って、お前、変態、だ、な」
棘男は若干冷たい目を向けたが、急にシャキッと背筋を伸ばした。
「手伝った、ら、お前、嬉しい、か?」
「おぉ、嬉しい嬉しい」
「俺、に、感謝、するか?」
「するするっ、一生感謝するわ」
「俺を、一生、忘れない、ってこと。それ、いい」
2人の会話に血の気が引いた。1人でもいっぱいいっぱいだったのに今は二人の視線が自分に注がれている。口の中が渇く。自分が獲物になったかのようだった。
2対1……。どうすれば。
考えている余裕などない。棘男が突進しキモ男が逃げ先を塞ぐ。反対側に避けると目前に大きな舌があった。
伸びるのか!!
咄嗟に両腕を顔の前で組んでガードする。キモ男は樹から1.5メートル離れた位置にいた。
「くっ!!」
ねっとりとした感触をやり過ごしたのもつかの間、左腕に燃えるような痛みが広がった。
「ぐあっ……あつっ」
まるで火をつけられたかのようだ。燃え上がった熱は温度を落とすごとに痛みに変換される。義手の服は溶け、先ほどの攻撃で肌が露出していた左腕は皮膚の表面が溶けてところどころに血が滲んでいた。
「あぁ、美味しい」
キモ男はまるで舌を味わうように目を細めた。舌に残る余韻を楽しんでいるのだろう。
「い、痛そ、うだな」
「痛そうって。お前はその棘で穴だらけにしようとしてたんだろ? それよりはマシじゃねぇか」
くそっ、好きなように言いやがって。
樹は心の中で毒づいた。少しの空気さえ傷口に染みる、状況は危機的だった。このまま諦めてしまえばどれほど楽だろう。この状況から離脱して飲み込まれそうな思い、意識をシャットダウンしかけた樹の脳裏に色濃く現れたのは最後に会った時の青砥の横顔だった。
“俺と出会わなかったら進む道があって、俺と出会うことで変わってしまった未来がある。時々、自分と出会わなければ良かったんじゃないかと思うことってない?”
遠くを見つめていた青砥の横顔。
俺はあの人の力になりたい。放っておきたくない。
散々人に手を差し伸べておきながら、自分が助けて欲しい時は手を振り払うような真似して……。
こんなところで死んではいられない。伝えたいことも言いたいことも沢山あるんだ。
「満身創痍ってこのことか。いや、まだ大丈夫」
「あんたを、殺す、のは、気が引けるな。あんたたちの、お陰で、生きて。だから、あの人に、会えた」
「あの人?」
「な、ないしょ、だ」
「ふぅん、まぁ、いいや。捕まえて後で聞く」
樹の言葉を聞いていたキモ男が「いいねぇ。この状況で強気発言。追いかけてきた甲斐があったってもんだ」とにやけた。
樹の左腕は皮膚が引きつりしっかり曲げることも難しい。樹は口を使って義手から吹き矢を引き抜いた。サバンナを生きるヒョウが獲物を捕らえる為にゆっくりと体を起こす、そんな美しさがあった。樹の動きに触発された棘男が腕を振り上げながら突進してくる。寸前でかわす。義手に持った吹き矢で伸びてきた舌を巻き取った。キモ男の体勢が崩れる。左腕に持っていた麻酔薬をキモ男の突き刺す、その寸前、棘男の腕が視界の端に映った。
義手でガードするのと再び伸びた舌が樹に迫るのがほぼ同時だった。
そもそもあの棘ってどれくらいの硬さなんだ?
僅かな時間の隙間に樹は男がぶつかった壁を見た。その後で視線を棘男に合わせたまま指先で撫でる様に触れる。樹の額の汗が滴り、こめかみを伝った。連日の寝不足とアルコールのせいで体力も集中力も何とか絞り出している状態だ。
思ったより凹んでないな。これならいけるか。
代り映えもなく棘男が突進してくる。吹き矢を義手に収納しながら樹の唇が動いた。“真正面からではなく受け流す”棘男の右側に回り込んで脇の下に義手の前腕を滑り込ませ、押し上げる様にして払った。思わぬ反撃に男が足を大きく上げてよろける。
「!!」
チャンスに樹が目を見開いた瞬間、唐突に横から何かが樹の左上腕を撫でた。肘から肩に向かってねっとりとした風船を押し付けられたような感覚だ。不快な感覚に樹は飛びのいた。樹の視線の先にいたのは40歳くらいのざんばら髪をした男だ。肉体的な体ではあるが目が大きく、若干突き出して見え不気味だ。
「ふおっ、やっぱり可愛い。あんまりにもタイプだったから追いかけて来ちゃったよ」
「……キモ」
意識せず零れた言葉だったがキモ男は樹の言葉に声高に笑った。
「キモくて結構、変態で結構っ。舐めて舐めて溶かすのが最高なんだ」
舐められた部分にチリッとした痛みを感じて見ると、舐められた部分が溶けたようになっていた。男が樹を見ながら唇を舐める。その舌はトマトのように真っ赤だった。
舌にN+があるのか。あの舌に触れると溶けるに違いない。
「お、お、俺を無視、するなーっ!!」
叫ぶと同時に向かってきた棘男を見て、キモ男がおうっと声を上げた。
「ちょ、ちょっと待て。無視はしていない。まず落ち着け。俺はあいつを舐めつくしたい。でも、あいつはちょっと元気過ぎるからお前、手伝ってくれよ」
「な、舐めつくしたい、って、お前、変態、だ、な」
棘男は若干冷たい目を向けたが、急にシャキッと背筋を伸ばした。
「手伝った、ら、お前、嬉しい、か?」
「おぉ、嬉しい嬉しい」
「俺、に、感謝、するか?」
「するするっ、一生感謝するわ」
「俺を、一生、忘れない、ってこと。それ、いい」
2人の会話に血の気が引いた。1人でもいっぱいいっぱいだったのに今は二人の視線が自分に注がれている。口の中が渇く。自分が獲物になったかのようだった。
2対1……。どうすれば。
考えている余裕などない。棘男が突進しキモ男が逃げ先を塞ぐ。反対側に避けると目前に大きな舌があった。
伸びるのか!!
咄嗟に両腕を顔の前で組んでガードする。キモ男は樹から1.5メートル離れた位置にいた。
「くっ!!」
ねっとりとした感触をやり過ごしたのもつかの間、左腕に燃えるような痛みが広がった。
「ぐあっ……あつっ」
まるで火をつけられたかのようだ。燃え上がった熱は温度を落とすごとに痛みに変換される。義手の服は溶け、先ほどの攻撃で肌が露出していた左腕は皮膚の表面が溶けてところどころに血が滲んでいた。
「あぁ、美味しい」
キモ男はまるで舌を味わうように目を細めた。舌に残る余韻を楽しんでいるのだろう。
「い、痛そ、うだな」
「痛そうって。お前はその棘で穴だらけにしようとしてたんだろ? それよりはマシじゃねぇか」
くそっ、好きなように言いやがって。
樹は心の中で毒づいた。少しの空気さえ傷口に染みる、状況は危機的だった。このまま諦めてしまえばどれほど楽だろう。この状況から離脱して飲み込まれそうな思い、意識をシャットダウンしかけた樹の脳裏に色濃く現れたのは最後に会った時の青砥の横顔だった。
“俺と出会わなかったら進む道があって、俺と出会うことで変わってしまった未来がある。時々、自分と出会わなければ良かったんじゃないかと思うことってない?”
遠くを見つめていた青砥の横顔。
俺はあの人の力になりたい。放っておきたくない。
散々人に手を差し伸べておきながら、自分が助けて欲しい時は手を振り払うような真似して……。
こんなところで死んではいられない。伝えたいことも言いたいことも沢山あるんだ。
「満身創痍ってこのことか。いや、まだ大丈夫」
「あんたを、殺す、のは、気が引けるな。あんたたちの、お陰で、生きて。だから、あの人に、会えた」
「あの人?」
「な、ないしょ、だ」
「ふぅん、まぁ、いいや。捕まえて後で聞く」
樹の言葉を聞いていたキモ男が「いいねぇ。この状況で強気発言。追いかけてきた甲斐があったってもんだ」とにやけた。
樹の左腕は皮膚が引きつりしっかり曲げることも難しい。樹は口を使って義手から吹き矢を引き抜いた。サバンナを生きるヒョウが獲物を捕らえる為にゆっくりと体を起こす、そんな美しさがあった。樹の動きに触発された棘男が腕を振り上げながら突進してくる。寸前でかわす。義手に持った吹き矢で伸びてきた舌を巻き取った。キモ男の体勢が崩れる。左腕に持っていた麻酔薬をキモ男の突き刺す、その寸前、棘男の腕が視界の端に映った。
義手でガードするのと再び伸びた舌が樹に迫るのがほぼ同時だった。
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