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第三章
17. 辞令
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「なんか急じゃないー? それなのに荷物は片付いてるし。ってか樹、昨日アオとご飯に行ったんじゃないの? なんも聞いてないの?」
「行きましたけど……何も聞いてないです」
下記の者を碧島核廃棄場勤務とする、として青砥の名前が入ったメッセージが皆に届いたのは樹が捜査課に着いたのと同時だった。驚いて見た青砥の机には何も残っておらず、昨日まであったものが綺麗に撤去されている。
「碧島ってここから車で4時間はかかるわよねぇ。ってことはもうお日さま寮からも引っ越したってことぉ?」
山口が人差し指を口元に近づけて首を傾けていると霧島がそういえば、と声を上げた。
「昨日の夜遅く、エレベーターが動く音が聴こえてたのよね。一度じゃなかったからどうしたのかと思ったんだけど、眠気に負けて寝たんだった」
「ってことはきっと寮にはもう荷物は無いってことですよね……」
昨日の夜一緒にいたのに、あの後引っ越したってことかよ……。俺に好きだって言ったくせに何も言わないで引っ越すなんて……。
「しかし碧島とはねぇ。あそこってメインの仕事が監視よね。重要な仕事だってのは分かるけど、事件なんてほぼ起きないじゃない? 青砥の無駄遣いなんじゃないのー?」
「ちょっと茜ちゃん、そういう言い方しないのっ」
ぶーぶーと口を尖らせる霧島を山口が窘める。窘めつつも「言いたいことは分かるけど」と付け足し、霧島に甘いのはいつものことだ。
「碧島ってどういうところなんですか?」
「500平方キロメートルの小さな無人島よ。島の地下が核廃棄場になっているの。核廃棄場というよりも高レベル放射物質の保管場所って言った方が分かり易いかも」
「高レベル放射物質って原子力発電所から出るっていうアレですよね?」
「そう。過去の負の遺産ってやつよ。今は原子力発電を使用してないから今後増えることは無いんだけど、高レベル放射物質は放射能レベルが下がるのに10万年かかると言われてるからね」
「そんなのが地下に埋まってて大丈夫なんですか?」
霧島の目を見たが霧島はそこまで詳しくはないらしく、山口に視線で助けを求めた。
「碧島の地下は自然界に分解されない物質でバキバキに固められてるの。万が一地殻変動が起こっても耐えられるくらいにね。つまり、半分人工島みたいな感じよ。その地下500mのところにガラスを混ぜて固めた放射物質を保管してるってわけ」
まるで自分が説明したかのように「そういうこと」と霧島が胸を張った。
「碧島の隣に鳴き島っていう直径が1キロくらいの島があって、そこに駐在して島に近づく者がいないか監視するっていうのがこれからのアオ君の仕事になるわ」
「そうなんですね……」
「まぁ、そんなにガッカリしなくても大丈夫だって。碧島勤務は閉鎖された環境だから半年で交代する決まりになっているの。だから直ぐ戻ってくるよ。ここに戻ってくるかは分からないけど」
「ちょっと茜ちゃん、それフォローになってないってば」
もやもやとした心のまま二人が騒いでいる様子を目に映していると大股で部屋に入ってくる者がいた。田口だ。田口は不本意な表情を浮かべたまま真っ直ぐと樹へと向かってきた。
「樹、悪いけどちょっと手伝ってくれないか? リステアについて神崎を尋問しているんだが、あの野郎俺たちには話さないって言うんだよ。お前が良いってさ」
「別にいいですよ」
「本当か? 嫌なら嫌でいいんだぞ。無理しなくても。今日は体調が悪いとか、顔も見たくないとか、理由は幾らでもあるだろ」
どうやら田口は樹を神崎に会わせたくないらしい。
「俺が行けば話すんですよね?」
「それはそうだが」
「じゃあ行きますよ。その方が手っ取り早いでしょ」
神崎がいるのは千葉県にある東京拘置所だ。千葉県にあるにも関わらず東京という名称をつけるということはこの世界でも東京に対する憧れのようなものがあるのかと樹は妙な親近感を覚えた。
「拘置所って刑務所と同じ建物内にあるんですよね?」
「あぁ、刑が決まったら建物内を移動させるだけだからな。その方が楽なんだろ」
「移動早くないですか? 逮捕されてまだ3日だというのに」
不満を隠そうともしない間壁が「ここまで来るのも面倒なのに」と文句を続ける。
「異例中の異例だな。神崎グループの大事なお坊ちゃんだ。グループの力が働いているんだろ」
拘置所の通路の壁は拘置所とは思えない程綺麗な景色が表示されていた。白い砂浜に青い海、水面が太陽を受けて輝いている。戸惑った樹の表情に気が付いた間壁が「ここに来たのは初めてだっけ?」と聞いた。
「はい」
「そっか。入り口にセンサーがあっただろ? あれでこの廊下を通っている奴が何者かを判断している。外部からの客の場合は明るい風景、拘置所に入所する奴が通るときは灰色で無機質な壁になるようになっているんだ」
神崎がいる部屋の前に行くと入り口で顔認証を求められた。神崎に会いに来た人物を記録するためのシステムだ。田口が表示されたデータをスッと撫でると、京子の顔が表示された。
「へぇ、今朝こっちに来たばっかだってのにもう面会に来てる。健気なこった。離婚も時間の問題だろうがな」
神崎に会うのは3日ぶりだ。たった3日ではやつれることも無く肌の血色も良いまま、永久脱毛していると思われる神崎は無精髭すらない。勾留中は留置所が支給する服を着る決まりになっているので、変わったところと言えば服は質素になったことくらいだろう。樹は半分皮肉を込めて「元気そうですね」と言った。
「お陰様で。拘置所に泊まるなんて初めてのことなので新鮮ですよ。毎日のように田口さんと間壁さんが来てくれるので話し相手には困らないしね」
田口はチッと舌打ちをすると、テーブルにそっと手を置いた。田口の指先がテーブルに押し付けられ白くなっている。
「お目当ての人物を連れて来てやったんだから約束通り話せよ」
「そんな怖い声出さないでくださいよ。約束はちゃんと守りますから。ちょっとくらい彼とお話しさせてくださいよ」
樹が神崎の前に座ると神崎は嬉しそうに目を細めた。
「こっちの世界はどう? 君には物足りないんじゃない?」
「何を言っているんですか?」
「知らない振りをしても時間の無駄だよ。私はそんなつまらない言い合いをしたいわけじゃない」
「じゃあ何がしたいんですか?」
「君のことが知りたい」
蛇のようなざらりとした視線が樹を捉えている。見透かすのではなく捉えて離さない、そういった類の視線に樹は自分が生きた標本にでもなったような気がした。
「気持ち悪い」
どうとでも、と神崎は笑い机の上に肘をついた。そこに自身の顔を乗せる。
「この世界は退屈ではないかね?」
「僕がこの世界で退屈しようがしまいがあなたには関係ないでしょ」
「それは違う。私が行動を起こさなければ君がこの世界に来ることもなかったのだから」
「行きましたけど……何も聞いてないです」
下記の者を碧島核廃棄場勤務とする、として青砥の名前が入ったメッセージが皆に届いたのは樹が捜査課に着いたのと同時だった。驚いて見た青砥の机には何も残っておらず、昨日まであったものが綺麗に撤去されている。
「碧島ってここから車で4時間はかかるわよねぇ。ってことはもうお日さま寮からも引っ越したってことぉ?」
山口が人差し指を口元に近づけて首を傾けていると霧島がそういえば、と声を上げた。
「昨日の夜遅く、エレベーターが動く音が聴こえてたのよね。一度じゃなかったからどうしたのかと思ったんだけど、眠気に負けて寝たんだった」
「ってことはきっと寮にはもう荷物は無いってことですよね……」
昨日の夜一緒にいたのに、あの後引っ越したってことかよ……。俺に好きだって言ったくせに何も言わないで引っ越すなんて……。
「しかし碧島とはねぇ。あそこってメインの仕事が監視よね。重要な仕事だってのは分かるけど、事件なんてほぼ起きないじゃない? 青砥の無駄遣いなんじゃないのー?」
「ちょっと茜ちゃん、そういう言い方しないのっ」
ぶーぶーと口を尖らせる霧島を山口が窘める。窘めつつも「言いたいことは分かるけど」と付け足し、霧島に甘いのはいつものことだ。
「碧島ってどういうところなんですか?」
「500平方キロメートルの小さな無人島よ。島の地下が核廃棄場になっているの。核廃棄場というよりも高レベル放射物質の保管場所って言った方が分かり易いかも」
「高レベル放射物質って原子力発電所から出るっていうアレですよね?」
「そう。過去の負の遺産ってやつよ。今は原子力発電を使用してないから今後増えることは無いんだけど、高レベル放射物質は放射能レベルが下がるのに10万年かかると言われてるからね」
「そんなのが地下に埋まってて大丈夫なんですか?」
霧島の目を見たが霧島はそこまで詳しくはないらしく、山口に視線で助けを求めた。
「碧島の地下は自然界に分解されない物質でバキバキに固められてるの。万が一地殻変動が起こっても耐えられるくらいにね。つまり、半分人工島みたいな感じよ。その地下500mのところにガラスを混ぜて固めた放射物質を保管してるってわけ」
まるで自分が説明したかのように「そういうこと」と霧島が胸を張った。
「碧島の隣に鳴き島っていう直径が1キロくらいの島があって、そこに駐在して島に近づく者がいないか監視するっていうのがこれからのアオ君の仕事になるわ」
「そうなんですね……」
「まぁ、そんなにガッカリしなくても大丈夫だって。碧島勤務は閉鎖された環境だから半年で交代する決まりになっているの。だから直ぐ戻ってくるよ。ここに戻ってくるかは分からないけど」
「ちょっと茜ちゃん、それフォローになってないってば」
もやもやとした心のまま二人が騒いでいる様子を目に映していると大股で部屋に入ってくる者がいた。田口だ。田口は不本意な表情を浮かべたまま真っ直ぐと樹へと向かってきた。
「樹、悪いけどちょっと手伝ってくれないか? リステアについて神崎を尋問しているんだが、あの野郎俺たちには話さないって言うんだよ。お前が良いってさ」
「別にいいですよ」
「本当か? 嫌なら嫌でいいんだぞ。無理しなくても。今日は体調が悪いとか、顔も見たくないとか、理由は幾らでもあるだろ」
どうやら田口は樹を神崎に会わせたくないらしい。
「俺が行けば話すんですよね?」
「それはそうだが」
「じゃあ行きますよ。その方が手っ取り早いでしょ」
神崎がいるのは千葉県にある東京拘置所だ。千葉県にあるにも関わらず東京という名称をつけるということはこの世界でも東京に対する憧れのようなものがあるのかと樹は妙な親近感を覚えた。
「拘置所って刑務所と同じ建物内にあるんですよね?」
「あぁ、刑が決まったら建物内を移動させるだけだからな。その方が楽なんだろ」
「移動早くないですか? 逮捕されてまだ3日だというのに」
不満を隠そうともしない間壁が「ここまで来るのも面倒なのに」と文句を続ける。
「異例中の異例だな。神崎グループの大事なお坊ちゃんだ。グループの力が働いているんだろ」
拘置所の通路の壁は拘置所とは思えない程綺麗な景色が表示されていた。白い砂浜に青い海、水面が太陽を受けて輝いている。戸惑った樹の表情に気が付いた間壁が「ここに来たのは初めてだっけ?」と聞いた。
「はい」
「そっか。入り口にセンサーがあっただろ? あれでこの廊下を通っている奴が何者かを判断している。外部からの客の場合は明るい風景、拘置所に入所する奴が通るときは灰色で無機質な壁になるようになっているんだ」
神崎がいる部屋の前に行くと入り口で顔認証を求められた。神崎に会いに来た人物を記録するためのシステムだ。田口が表示されたデータをスッと撫でると、京子の顔が表示された。
「へぇ、今朝こっちに来たばっかだってのにもう面会に来てる。健気なこった。離婚も時間の問題だろうがな」
神崎に会うのは3日ぶりだ。たった3日ではやつれることも無く肌の血色も良いまま、永久脱毛していると思われる神崎は無精髭すらない。勾留中は留置所が支給する服を着る決まりになっているので、変わったところと言えば服は質素になったことくらいだろう。樹は半分皮肉を込めて「元気そうですね」と言った。
「お陰様で。拘置所に泊まるなんて初めてのことなので新鮮ですよ。毎日のように田口さんと間壁さんが来てくれるので話し相手には困らないしね」
田口はチッと舌打ちをすると、テーブルにそっと手を置いた。田口の指先がテーブルに押し付けられ白くなっている。
「お目当ての人物を連れて来てやったんだから約束通り話せよ」
「そんな怖い声出さないでくださいよ。約束はちゃんと守りますから。ちょっとくらい彼とお話しさせてくださいよ」
樹が神崎の前に座ると神崎は嬉しそうに目を細めた。
「こっちの世界はどう? 君には物足りないんじゃない?」
「何を言っているんですか?」
「知らない振りをしても時間の無駄だよ。私はそんなつまらない言い合いをしたいわけじゃない」
「じゃあ何がしたいんですか?」
「君のことが知りたい」
蛇のようなざらりとした視線が樹を捉えている。見透かすのではなく捉えて離さない、そういった類の視線に樹は自分が生きた標本にでもなったような気がした。
「気持ち悪い」
どうとでも、と神崎は笑い机の上に肘をついた。そこに自身の顔を乗せる。
「この世界は退屈ではないかね?」
「僕がこの世界で退屈しようがしまいがあなたには関係ないでしょ」
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