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第三章
14. デート
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樹、ちょっと、と小暮に呼ばれ捜査課の入り口に向かうと、小暮が片目を細めてすまなそうに笑った。
「さっきの会議室でアオが立てないくらいになっててな。仮眠室に運んでくれないか? 俺はちょっと急ぎの会議があるから」
小暮のお願いを断れるはずもなく、先ほどまで会議していた部屋へ行くと椅子の上で溶けたようになっている青砥が目に入った。
「こんなんなる前に自分で仮眠室に行ってくださいよ」
「ちょっと、はなし、こんじゃって……」
仮眠室になんとか青砥を運びベッドに投げ出す。青砥の重さもあってなかなか乱暴な扱いになってしまったが、ベッドに転がった青砥は虚ろでその気だるい様子が事後と重なって樹の心拍数が上がった。
そうだ、俺、この人に好きだと言われたんだ。
青砥に告げられた言葉は平常心を装いながらもしっかりと樹の胸に焼き付いていた。
あんなふうに好きだと言われるのは初めてだった。青砥から感じる好意を何度も勘違いだと自身に言い聞かせ、いずれは消えてなくなる感情だと思っているのに「時間を掛けて証明する」などと言われればどう足掻いても胸が熱くなってしまう。
「たつき?」
「なんですか?」
ぐいっと引き寄せられた腕、青砥の顔が友達でも仕事仲間でもない距離にある。触れそうな唇を制そうと手を伸ばしたが、間に合わぬまま唇が重なった。舌が歯茎をなぞり、上顎に触れる。樹は僅かに声の混じった息を吐いた。
青砥にはきっと俺が欲情しているのがバレている。だからこんなこと……
何度か体を重ねた樹は、時々青砥を見るとたまらない欲情を抱えるようになっていた。無理もない。セックスするたびにこれでもかという程の快楽を与えられているのだ。
「ここじゃ、嫌だ」
青砥が無表情のままふっと息を吐いた。青砥的にはほほ笑んだつもりなのだが眠気に負けて表情筋が動いていない。
「きょう、仕事が終わったら出掛けよう。めしとか、な、んか」
ぱたりとこと切れた青砥の隣で、真っ赤な顔をした樹が立ち尽くしていた。
仕事が終わり青砥に連れられて着いたのは繁華街から少し離れた場所にあるビルだった。空に突然滝が現れたような建物で、実際に水は無いのに表面が波打っている。
「変な建物……」
触れた表面は濡れてもおらず硬めのスポンジのような手触りだ。受付で手続きを済ませ3階の一室のドアを開けた瞬間、樹は「うわっ」と声を上げて、入ろうとしていた足を引っ込めた。床が無かったのだ。正確には床はあるのだが、部屋の内部が宇宙空間を模しており床が無いように見える。
「大丈夫だよ」
咲に部屋に入った青砥は宇宙空間に浮いたようになっており、樹も恐る恐る入室した。ドアを閉じれば入り口は消え、星だらけの宇宙空間になる。
「きれいだろ? 一度来てみたいと思ってたんだ」
「初めて来たんですか?」
「うん。あることは知ってたんだけど、なかなか来る機会がなくて。一緒に来たい人もいなかったし」
へぇ、とだけ答えて空間を歩いた。手を前に突き出して、壁がどこかにあるはずだと信じて。
「宇宙って奇麗だけど、ちょっと怖いな。『果て』がないって怖い」
青砥が樹との距離を縮めて、樹の指を掴んだ。
「二人だったら?」
「それでも、果てがないのは怖い……かな。あ、この部屋は平気だけど。宇宙じゃないし」
果てを探していた指が壁に触れ、少し力を入れて推すともふっと壁が凹んで元に戻った。掴まれた指先が青砥の口に迫る。
「ちょっと、そういうのはっ」
「じゃあどういうつもり?」
「めっ、めしっ、ご飯食べにきたんだっ」
くすくすくすと青砥が笑って、からかわれたことに気付いた樹は顔を赤くした。
樹の要望で注文したサンドチッチやハンべーガーが届くと、青砥は入り口にあるスイッチを押した。すると床が盛り上がり、座椅子のような低さのソファとテーブルが出現した。
「はは、宇宙のピクニックみてぇ」
「こうやってると世界から切り離されて、本当の自分になれる気がする」
「本当の自分?」
「あぁ、どうしてもその人が何を望んでるか分かってしまうからな」
「何を望んでるかって……あっ」
真っ赤になった樹を見て青砥が吹き出した。
「そういう意味で言ったわけじゃないけど、それでもいいな」
こんなことを言われては樹に返す言葉は無い。何を言っても青砥には適わない、結局そうなのだ。
食べかけのサンドチッチを皿に置いた青砥が樹の頭を撫でる。手の感触が心地よくて樹は猫のように目を細めた。とても心地よかった。自分を蔑んだり怒鳴ったりする人もおらず、両親はこの世界に来ることすら出来ない。道で偶然会うこともない。この世界には存在しないのだから。
突然、樹は目覚めたかのように体を起こした。
「リステアがいつ行動を起こすか分からない時に、こんなことしてる場合じゃない! こんなところで甘えて……」
「だからだよ。こんなときだから、だ」
青砥の目が樹を捉える。
「戦いになったら俺だってどうなるか分からない。だから今、樹と一緒にいたいんだ」
揺らぎのない真っ直ぐな言葉だった。思い返してみれば青砥はいつも真っ直ぐに言葉をくれる。踏み込まないで欲しいと言えばそれ以上は踏み込まないのに、振り向けばいつも樹に手が差し伸べられていた。
果ての無い宇宙に投げ出されれば不安で恐い。それでも青砥が手を握ってくれれば少しはマシになる。少しでもマシになるのは、相手が青砥だからだ。
「俺に樹をちょうだい。声も温もりも余すところなく全部」
一度目はクスリのせい、二度目は青砥のN+を落ち着かせるためで三度目は樹が知った全てを消化するために利用した。いつも何かの理由があった。でも今はそれがない。青砥の目に吸い込まれるように樹は頷いた。
「わかり……ました」
「さっきの会議室でアオが立てないくらいになっててな。仮眠室に運んでくれないか? 俺はちょっと急ぎの会議があるから」
小暮のお願いを断れるはずもなく、先ほどまで会議していた部屋へ行くと椅子の上で溶けたようになっている青砥が目に入った。
「こんなんなる前に自分で仮眠室に行ってくださいよ」
「ちょっと、はなし、こんじゃって……」
仮眠室になんとか青砥を運びベッドに投げ出す。青砥の重さもあってなかなか乱暴な扱いになってしまったが、ベッドに転がった青砥は虚ろでその気だるい様子が事後と重なって樹の心拍数が上がった。
そうだ、俺、この人に好きだと言われたんだ。
青砥に告げられた言葉は平常心を装いながらもしっかりと樹の胸に焼き付いていた。
あんなふうに好きだと言われるのは初めてだった。青砥から感じる好意を何度も勘違いだと自身に言い聞かせ、いずれは消えてなくなる感情だと思っているのに「時間を掛けて証明する」などと言われればどう足掻いても胸が熱くなってしまう。
「たつき?」
「なんですか?」
ぐいっと引き寄せられた腕、青砥の顔が友達でも仕事仲間でもない距離にある。触れそうな唇を制そうと手を伸ばしたが、間に合わぬまま唇が重なった。舌が歯茎をなぞり、上顎に触れる。樹は僅かに声の混じった息を吐いた。
青砥にはきっと俺が欲情しているのがバレている。だからこんなこと……
何度か体を重ねた樹は、時々青砥を見るとたまらない欲情を抱えるようになっていた。無理もない。セックスするたびにこれでもかという程の快楽を与えられているのだ。
「ここじゃ、嫌だ」
青砥が無表情のままふっと息を吐いた。青砥的にはほほ笑んだつもりなのだが眠気に負けて表情筋が動いていない。
「きょう、仕事が終わったら出掛けよう。めしとか、な、んか」
ぱたりとこと切れた青砥の隣で、真っ赤な顔をした樹が立ち尽くしていた。
仕事が終わり青砥に連れられて着いたのは繁華街から少し離れた場所にあるビルだった。空に突然滝が現れたような建物で、実際に水は無いのに表面が波打っている。
「変な建物……」
触れた表面は濡れてもおらず硬めのスポンジのような手触りだ。受付で手続きを済ませ3階の一室のドアを開けた瞬間、樹は「うわっ」と声を上げて、入ろうとしていた足を引っ込めた。床が無かったのだ。正確には床はあるのだが、部屋の内部が宇宙空間を模しており床が無いように見える。
「大丈夫だよ」
咲に部屋に入った青砥は宇宙空間に浮いたようになっており、樹も恐る恐る入室した。ドアを閉じれば入り口は消え、星だらけの宇宙空間になる。
「きれいだろ? 一度来てみたいと思ってたんだ」
「初めて来たんですか?」
「うん。あることは知ってたんだけど、なかなか来る機会がなくて。一緒に来たい人もいなかったし」
へぇ、とだけ答えて空間を歩いた。手を前に突き出して、壁がどこかにあるはずだと信じて。
「宇宙って奇麗だけど、ちょっと怖いな。『果て』がないって怖い」
青砥が樹との距離を縮めて、樹の指を掴んだ。
「二人だったら?」
「それでも、果てがないのは怖い……かな。あ、この部屋は平気だけど。宇宙じゃないし」
果てを探していた指が壁に触れ、少し力を入れて推すともふっと壁が凹んで元に戻った。掴まれた指先が青砥の口に迫る。
「ちょっと、そういうのはっ」
「じゃあどういうつもり?」
「めっ、めしっ、ご飯食べにきたんだっ」
くすくすくすと青砥が笑って、からかわれたことに気付いた樹は顔を赤くした。
樹の要望で注文したサンドチッチやハンべーガーが届くと、青砥は入り口にあるスイッチを押した。すると床が盛り上がり、座椅子のような低さのソファとテーブルが出現した。
「はは、宇宙のピクニックみてぇ」
「こうやってると世界から切り離されて、本当の自分になれる気がする」
「本当の自分?」
「あぁ、どうしてもその人が何を望んでるか分かってしまうからな」
「何を望んでるかって……あっ」
真っ赤になった樹を見て青砥が吹き出した。
「そういう意味で言ったわけじゃないけど、それでもいいな」
こんなことを言われては樹に返す言葉は無い。何を言っても青砥には適わない、結局そうなのだ。
食べかけのサンドチッチを皿に置いた青砥が樹の頭を撫でる。手の感触が心地よくて樹は猫のように目を細めた。とても心地よかった。自分を蔑んだり怒鳴ったりする人もおらず、両親はこの世界に来ることすら出来ない。道で偶然会うこともない。この世界には存在しないのだから。
突然、樹は目覚めたかのように体を起こした。
「リステアがいつ行動を起こすか分からない時に、こんなことしてる場合じゃない! こんなところで甘えて……」
「だからだよ。こんなときだから、だ」
青砥の目が樹を捉える。
「戦いになったら俺だってどうなるか分からない。だから今、樹と一緒にいたいんだ」
揺らぎのない真っ直ぐな言葉だった。思い返してみれば青砥はいつも真っ直ぐに言葉をくれる。踏み込まないで欲しいと言えばそれ以上は踏み込まないのに、振り向けばいつも樹に手が差し伸べられていた。
果ての無い宇宙に投げ出されれば不安で恐い。それでも青砥が手を握ってくれれば少しはマシになる。少しでもマシになるのは、相手が青砥だからだ。
「俺に樹をちょうだい。声も温もりも余すところなく全部」
一度目はクスリのせい、二度目は青砥のN+を落ち着かせるためで三度目は樹が知った全てを消化するために利用した。いつも何かの理由があった。でも今はそれがない。青砥の目に吸い込まれるように樹は頷いた。
「わかり……ました」
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