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第二章 N+捜査官
48. 理由 2
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「当時母は妊娠していてね、僕たちは家族が増えることをとても楽しみにしていた。そんな矢先に父が警察に連れて行かれて、状況はどんどん父に不利になっていく。父が逮捕されるかもしれない、そう感じた母は父の容疑を晴らす為に自分でも調べ始めたんだ」
家族との縁が薄く育った二人がどれだけ家族を求めたか想像に難くない。やっと手に入れた温かな家庭がこんな理由で一緒にいられなくなるのなら自分だって調べる、そう思い樹は無言で頷いた。
「膨らみかけたお腹を抱いて母は少しでも時間があれば捜査に出かけた。一人にしてごめんねと僕に謝ることもあったけど、僕は大丈夫だと母の背中を押した。だって僕も家族みんなで一緒に暮らしたかったから」
そんな日々が続いたある日、ユーリの母親はついに無実の証拠ともいえる物を発見したのだという。その証拠はガソリンスタンドに設置されたカメラ映像で、車の充電をしている父親の車にバッグを持った男が近づいて何かを放り込む姿だった。
「父が逮捕される2時間前の出来事だったよ。誰かが父に罪を擦り付けたんだ! 映像を見た僕もそう確信した。これで父を救うことが出来る、母も僕も喜んだ。直ぐに釈放してもらうからね、そう言って母は警察に向かい」
ユーリの声が少し大きくなる。青い光の中にユーリの怒りが滲んでいるかのようだ。
「二度と帰ってくることはなかった。車の故障による墜落、即死だったって話だ。証拠も全部燃えた。更にその二日後、今度は拘置所にいた父が拘置所内の喧嘩で死んだって連絡があった。こんなことってあるか? こんなことって……」
ユーリの手が震えている。話すことで当時の記憶や感情がより鮮明になっているのだ。そんなに苦しければ言わなくていいと言おうとして樹は口を噤んだ。樹に聞いて欲しいと言ったユーリの心を想う。せめて当時の日々から少しでも心を遠ざけて欲しくて、樹はユーリの名前を呼んだ。
「あぁ、ごめん。ちょっと感情的になり過ぎちゃったね。もう10年も昔のことなのに」
「ちゃんと聞くからゆっくりでいい。だから『今』から離れないで」
ユーリは複雑な表情のままほほ笑むと続きを話し始めた。
「僕は母親が見せてくれた映像の記憶を頼りに調べ始めた。あの人物は誰だったのか、幸いその男は奇抜な髪型をしていて腕には特徴的なアームレットをはめていた。すぐに調べはついたよ。KUSAKA自動車の息子だった」
「KUSAKA自動車?」
「知らない? 空を飛ぶ自動車を最初に開発した会社だよ。今はBLUE Gっていう社名に変わってる」
「それなら知ってる。日本で3本の指に入る大手自動車会社だ」
ユーリは静かに頷いた。
「真相はこうだ。KUSAKAの息子は自身のクスリ代欲しさに違法薬物の売買に手を染めていた。あの日警察の捜査が自分に及んでいるのを感じた息子は、たまたま目に付いた車の中に薬物が入ったバッグを放り込んだんだ。父親であるKUSAKA自動車の社長の指示だった」
黙っていた風がまた吹き始めた。ユーリの髪の毛を優しく撫でて慰めるかのようだ。
「KUSAKAの社長が息子の為に全部仕組んだんだ。証拠を見つけた母を自動車事故に見せかけて殺して、拘置所の父も人を雇って殺させた。証拠はない。父はたまたまあの場所で自動車を充電していた、それだけだったんだ。こんなことが許されるか!?」
「ユーリ……」
「タツキならどうする? 泣き寝入りするのか? 大事な人を殺されて!!」
ユーリの視線が鋭く樹を貫く。ユーリの感情の強さが樹の心を揺さぶり、胸が押しつぶされそうだ。ここまで話してくれたユーリの前で自分を偽ることは出来ない。気付けば樹も叫んでいた。
「許さない。俺なら絶対に許さない。同じ目に合わせるまで!!」
樹の声に数人が振り返ったが、それに気が付かない程樹の感情は昂っていた。ただ、ただ悲しかった。ユーリの身に起こったことが悲しくて、家族を想う心が切ない。どれも知り過ぎるくらい知っている感情だった。
「僕はね、タツキ、復讐を果たしたんだ。復讐を果たしたらほっとして僕は何十時間も眠り続けた。そして目覚めた時、僕は自分が空っぽになっていることに気が付いた。家族は戻っては来ない、僕を突き動かしていた復讐心も消えるしかない。僕は空っぽのまま、ただ時間だけを消費していた」
これからどうしようか、いっそのこと死んでしまった方が……、と言葉を続けたユーリは先ほどまでの怒りを脱ぎ捨てたような顔をしていた。まるで生まれ直した、そういう表情だ。
「そんな時出会ったんだ、僕と同じように理不尽に家族を亡くした人に。これは僕の使命なんだと思った。今、痛みを抱えている彼らが復讐をして人を殺したという罪を背負う必要はない」
「ユーリ……」
「タツキは、タツキも僕と同じでしょ。家族を失ってその相手を憎んでいる。僕は何人もそういう人を見てきたから分かるよ。当てようか? 相手は神崎グループ、もしくは神崎祐一郎だ」
「……まだ確定はしていない」
「確定してないってことは疑っているってことだ。……僕が調べてあげようか?」
悪魔のような囁きだと思った。
家族との縁が薄く育った二人がどれだけ家族を求めたか想像に難くない。やっと手に入れた温かな家庭がこんな理由で一緒にいられなくなるのなら自分だって調べる、そう思い樹は無言で頷いた。
「膨らみかけたお腹を抱いて母は少しでも時間があれば捜査に出かけた。一人にしてごめんねと僕に謝ることもあったけど、僕は大丈夫だと母の背中を押した。だって僕も家族みんなで一緒に暮らしたかったから」
そんな日々が続いたある日、ユーリの母親はついに無実の証拠ともいえる物を発見したのだという。その証拠はガソリンスタンドに設置されたカメラ映像で、車の充電をしている父親の車にバッグを持った男が近づいて何かを放り込む姿だった。
「父が逮捕される2時間前の出来事だったよ。誰かが父に罪を擦り付けたんだ! 映像を見た僕もそう確信した。これで父を救うことが出来る、母も僕も喜んだ。直ぐに釈放してもらうからね、そう言って母は警察に向かい」
ユーリの声が少し大きくなる。青い光の中にユーリの怒りが滲んでいるかのようだ。
「二度と帰ってくることはなかった。車の故障による墜落、即死だったって話だ。証拠も全部燃えた。更にその二日後、今度は拘置所にいた父が拘置所内の喧嘩で死んだって連絡があった。こんなことってあるか? こんなことって……」
ユーリの手が震えている。話すことで当時の記憶や感情がより鮮明になっているのだ。そんなに苦しければ言わなくていいと言おうとして樹は口を噤んだ。樹に聞いて欲しいと言ったユーリの心を想う。せめて当時の日々から少しでも心を遠ざけて欲しくて、樹はユーリの名前を呼んだ。
「あぁ、ごめん。ちょっと感情的になり過ぎちゃったね。もう10年も昔のことなのに」
「ちゃんと聞くからゆっくりでいい。だから『今』から離れないで」
ユーリは複雑な表情のままほほ笑むと続きを話し始めた。
「僕は母親が見せてくれた映像の記憶を頼りに調べ始めた。あの人物は誰だったのか、幸いその男は奇抜な髪型をしていて腕には特徴的なアームレットをはめていた。すぐに調べはついたよ。KUSAKA自動車の息子だった」
「KUSAKA自動車?」
「知らない? 空を飛ぶ自動車を最初に開発した会社だよ。今はBLUE Gっていう社名に変わってる」
「それなら知ってる。日本で3本の指に入る大手自動車会社だ」
ユーリは静かに頷いた。
「真相はこうだ。KUSAKAの息子は自身のクスリ代欲しさに違法薬物の売買に手を染めていた。あの日警察の捜査が自分に及んでいるのを感じた息子は、たまたま目に付いた車の中に薬物が入ったバッグを放り込んだんだ。父親であるKUSAKA自動車の社長の指示だった」
黙っていた風がまた吹き始めた。ユーリの髪の毛を優しく撫でて慰めるかのようだ。
「KUSAKAの社長が息子の為に全部仕組んだんだ。証拠を見つけた母を自動車事故に見せかけて殺して、拘置所の父も人を雇って殺させた。証拠はない。父はたまたまあの場所で自動車を充電していた、それだけだったんだ。こんなことが許されるか!?」
「ユーリ……」
「タツキならどうする? 泣き寝入りするのか? 大事な人を殺されて!!」
ユーリの視線が鋭く樹を貫く。ユーリの感情の強さが樹の心を揺さぶり、胸が押しつぶされそうだ。ここまで話してくれたユーリの前で自分を偽ることは出来ない。気付けば樹も叫んでいた。
「許さない。俺なら絶対に許さない。同じ目に合わせるまで!!」
樹の声に数人が振り返ったが、それに気が付かない程樹の感情は昂っていた。ただ、ただ悲しかった。ユーリの身に起こったことが悲しくて、家族を想う心が切ない。どれも知り過ぎるくらい知っている感情だった。
「僕はね、タツキ、復讐を果たしたんだ。復讐を果たしたらほっとして僕は何十時間も眠り続けた。そして目覚めた時、僕は自分が空っぽになっていることに気が付いた。家族は戻っては来ない、僕を突き動かしていた復讐心も消えるしかない。僕は空っぽのまま、ただ時間だけを消費していた」
これからどうしようか、いっそのこと死んでしまった方が……、と言葉を続けたユーリは先ほどまでの怒りを脱ぎ捨てたような顔をしていた。まるで生まれ直した、そういう表情だ。
「そんな時出会ったんだ、僕と同じように理不尽に家族を亡くした人に。これは僕の使命なんだと思った。今、痛みを抱えている彼らが復讐をして人を殺したという罪を背負う必要はない」
「ユーリ……」
「タツキは、タツキも僕と同じでしょ。家族を失ってその相手を憎んでいる。僕は何人もそういう人を見てきたから分かるよ。当てようか? 相手は神崎グループ、もしくは神崎祐一郎だ」
「……まだ確定はしていない」
「確定してないってことは疑っているってことだ。……僕が調べてあげようか?」
悪魔のような囁きだと思った。
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