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第二章 N+捜査官
17. レクチャー
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ユーリは滑らかに話し続けた。
「話し掛けても、話し掛けても、みんな見事に逃げていくんだもんなぁ」
呆れるのを通り越して感心した様なユーリの口調に樹はムッと唇を尖らせた。
「ご心配いただいでどうも。でも俺、今忙しいんで」
「忙しいって人に話し掛けて逃げられるのを繰り返すだけでしょ」
「うっ……」
「なんでみんな逃げていったか教えてあげようか?」
その言葉に反射的に顔を上げれば「はい」という返事をしたも同然だ。ユーリはそんな樹に噴き出して「オーケー、オーケー」と笑った。
「まずはその微妙なしかめ面をなんとかすることだね。知らない人に話し掛ける時の基本はほんのり笑いだよ」
「ほんのり? 笑顔じゃないんですか?」
「知らない人間が満面の笑顔で近づいてきてもそれはそれで怖いでしょ」
脳裏に浮かんだのは宗教の勧誘をしてくるおばちゃんだ。仕事の昼休み、公園でご飯を食べているとふらっとやってきたおばちゃんが隣に座る。そして樹を見てにっこりと微笑むのだ。その笑顔は安心感よりも胡散臭さを与え、話し掛けられた瞬間に身構えたのを覚えている。
「……確かに」
「そして二つ目はその義手」
「義手?」
そう、と言いながらユーリの手が義手に伸びて樹は反射的に少し腕を引いたが、ユーリが構わず樹の義手を掴んだ。そしてゆっくり樹の袖をまくる。
「一般用じゃなくてオーダーメイド。しかもゴツくて強そうだ。服である程度隠れてはいるけどバレバレだよね。振り回されたら痛そうなゴツイ義手をつけた男がしかめ面で話し掛けてきたら、君はどう思う?」
「そ、それは……」
言わんとしていることが分かって口ごもると、ユーリは子供の頭を撫でるようにして樹の頭を撫でた。わしゃわしゃ、と髪の毛が揺れるのが心地よい。
「叱られたみたいな顔しないでよ。義手はもっとゆったりした服を着て隠すようにするか、逆に堂々と出してしまうかにすればいいし、一番大事なのは表情だから。ほら、笑ってみて」
「急に笑ってっていわれても……」
「じゃあ……そうだな、僕に好かれたいって思ってみてよ。好かれたい相手には自分を良く見せようとするでしょ」
好かれたい……、その言葉に急に樹の内部がざわめきだった。触られていないのに内部の表面ギリギリを限りなく優しく逆なでされているみたいだ。
小さい樹が必死に手を伸ばす。気に入られようとして、褒められようとして、抱きしめられようとして。何一つ叶いはしないのに。
泣きそうだった。幼い自身の姿が未だに樹の心臓をギュッと掴んで胸が苦しい。
「そんなこと言われても……無理」
そう、と呟いてからユーリが目を細めてくすっと笑う。
「タツキは小さな子供みたいだね」
「……」
ユーリの指が樹の髪の毛に触れる。髪の毛の先をつままれれば髪の毛の根元もふぁさふぁさと揺れて、もっとちゃんと触れて欲しいと思ってしまう。一度幼い自分が出てきてしまえば感情のコントロールは難しくなり、相手が誰だとか場所がどこだとかを欠いてしまうから樹はこんな風になってしまう自分が大嫌いだった。
気まずい……。
人への話し掛け方を教えて貰っているだけなのに涙目になるなんて……。
呆れられていないかとそっとユーリの顔を盗み見れば、ユーリは空を見上げていた。
「タツキは凄く憎んでいる人はいる?」
言葉にすると定着してしまうような気がして、声を出さずに頷いた。ユーリがほんのり笑って樹を見る。
「その人が目の前に現れたらどうする?」
感傷的だった思考がユーリの言葉によって消えた。体の血が湧きたって口の中が渇く。殺したい、殺して優愛と同じ目に合わせたい。いやもっと、それ以上の苦しみを。
「どうするって言われても、その時になってみないと分からない」
「そう。でも、そんな目をしていたら直ぐにバレちゃうよ」
ユーリの手が樹の頬を包んで、親指が目元を撫でた。沸き立った血をなだめるようなそんな仕草だ。ユーリの手は暖かくて心地よい。樹はまるで自分が大事なものになったような気がした。
「タツキは警戒心があるのか無いのか良く分からないね。触れられると寄ってしまうのは無意識なの?」
「そんなんじゃない」
うわ、俺、何やって……。はずかし……。
生暖かいお湯から引き上げられたみたいに一気に目が覚めた。口元を押さえてユーリから体を離す間にも、顔がどんどん熱くなる。穴があったら入りたいとはこのことだと、熱を冷ます為に顔を押さえていると「そろそろ行かないと」と声がした。
「相沢製薬、タツキには合わないと思うよ」
「え?」
「インターンに行くなら他の製薬会社にしたらいい」
ユーリが公園の入り口を気にするような素振りをみせた。「約束」と耳元にユーリの声。樹が言葉を発する前にユーリは樹から離れて会釈すると、公園の反対側の入口へと去っていった。
「樹っ!!」
「アオさん? あれ、もう起きたんですか?」
「1時間経てば目が覚めるんだよ。習慣ってやつ。俺が起きるまでには戻ってくるって言ってなかったっけ?」
「ちゃんと聞こえてたんだ……」
あんな状態だったのに覚えていることに感心すると、はぁ、とため息が聞こえた。
「連絡しても反応なかったから腕章の信号追ってきたんだけど」
「へぇ、この腕章、そんな効果があるんですね」
「……もういい。さっき人と話してなかった?」
「あぁ、聞き込みをしていたんです。相沢製薬について少しでも情報があった方が良いと思って」
「で、何か情報はつかめた?」
「はい、社長はアタックナイトというクラブに出入りしているみたいです」
「クラブか。いいね、何か情報が得られそうだ」
青砥と並んで歩きながら、樹は一度だけユーリが去った方向を振り返った。
「話し掛けても、話し掛けても、みんな見事に逃げていくんだもんなぁ」
呆れるのを通り越して感心した様なユーリの口調に樹はムッと唇を尖らせた。
「ご心配いただいでどうも。でも俺、今忙しいんで」
「忙しいって人に話し掛けて逃げられるのを繰り返すだけでしょ」
「うっ……」
「なんでみんな逃げていったか教えてあげようか?」
その言葉に反射的に顔を上げれば「はい」という返事をしたも同然だ。ユーリはそんな樹に噴き出して「オーケー、オーケー」と笑った。
「まずはその微妙なしかめ面をなんとかすることだね。知らない人に話し掛ける時の基本はほんのり笑いだよ」
「ほんのり? 笑顔じゃないんですか?」
「知らない人間が満面の笑顔で近づいてきてもそれはそれで怖いでしょ」
脳裏に浮かんだのは宗教の勧誘をしてくるおばちゃんだ。仕事の昼休み、公園でご飯を食べているとふらっとやってきたおばちゃんが隣に座る。そして樹を見てにっこりと微笑むのだ。その笑顔は安心感よりも胡散臭さを与え、話し掛けられた瞬間に身構えたのを覚えている。
「……確かに」
「そして二つ目はその義手」
「義手?」
そう、と言いながらユーリの手が義手に伸びて樹は反射的に少し腕を引いたが、ユーリが構わず樹の義手を掴んだ。そしてゆっくり樹の袖をまくる。
「一般用じゃなくてオーダーメイド。しかもゴツくて強そうだ。服である程度隠れてはいるけどバレバレだよね。振り回されたら痛そうなゴツイ義手をつけた男がしかめ面で話し掛けてきたら、君はどう思う?」
「そ、それは……」
言わんとしていることが分かって口ごもると、ユーリは子供の頭を撫でるようにして樹の頭を撫でた。わしゃわしゃ、と髪の毛が揺れるのが心地よい。
「叱られたみたいな顔しないでよ。義手はもっとゆったりした服を着て隠すようにするか、逆に堂々と出してしまうかにすればいいし、一番大事なのは表情だから。ほら、笑ってみて」
「急に笑ってっていわれても……」
「じゃあ……そうだな、僕に好かれたいって思ってみてよ。好かれたい相手には自分を良く見せようとするでしょ」
好かれたい……、その言葉に急に樹の内部がざわめきだった。触られていないのに内部の表面ギリギリを限りなく優しく逆なでされているみたいだ。
小さい樹が必死に手を伸ばす。気に入られようとして、褒められようとして、抱きしめられようとして。何一つ叶いはしないのに。
泣きそうだった。幼い自身の姿が未だに樹の心臓をギュッと掴んで胸が苦しい。
「そんなこと言われても……無理」
そう、と呟いてからユーリが目を細めてくすっと笑う。
「タツキは小さな子供みたいだね」
「……」
ユーリの指が樹の髪の毛に触れる。髪の毛の先をつままれれば髪の毛の根元もふぁさふぁさと揺れて、もっとちゃんと触れて欲しいと思ってしまう。一度幼い自分が出てきてしまえば感情のコントロールは難しくなり、相手が誰だとか場所がどこだとかを欠いてしまうから樹はこんな風になってしまう自分が大嫌いだった。
気まずい……。
人への話し掛け方を教えて貰っているだけなのに涙目になるなんて……。
呆れられていないかとそっとユーリの顔を盗み見れば、ユーリは空を見上げていた。
「タツキは凄く憎んでいる人はいる?」
言葉にすると定着してしまうような気がして、声を出さずに頷いた。ユーリがほんのり笑って樹を見る。
「その人が目の前に現れたらどうする?」
感傷的だった思考がユーリの言葉によって消えた。体の血が湧きたって口の中が渇く。殺したい、殺して優愛と同じ目に合わせたい。いやもっと、それ以上の苦しみを。
「どうするって言われても、その時になってみないと分からない」
「そう。でも、そんな目をしていたら直ぐにバレちゃうよ」
ユーリの手が樹の頬を包んで、親指が目元を撫でた。沸き立った血をなだめるようなそんな仕草だ。ユーリの手は暖かくて心地よい。樹はまるで自分が大事なものになったような気がした。
「タツキは警戒心があるのか無いのか良く分からないね。触れられると寄ってしまうのは無意識なの?」
「そんなんじゃない」
うわ、俺、何やって……。はずかし……。
生暖かいお湯から引き上げられたみたいに一気に目が覚めた。口元を押さえてユーリから体を離す間にも、顔がどんどん熱くなる。穴があったら入りたいとはこのことだと、熱を冷ます為に顔を押さえていると「そろそろ行かないと」と声がした。
「相沢製薬、タツキには合わないと思うよ」
「え?」
「インターンに行くなら他の製薬会社にしたらいい」
ユーリが公園の入り口を気にするような素振りをみせた。「約束」と耳元にユーリの声。樹が言葉を発する前にユーリは樹から離れて会釈すると、公園の反対側の入口へと去っていった。
「樹っ!!」
「アオさん? あれ、もう起きたんですか?」
「1時間経てば目が覚めるんだよ。習慣ってやつ。俺が起きるまでには戻ってくるって言ってなかったっけ?」
「ちゃんと聞こえてたんだ……」
あんな状態だったのに覚えていることに感心すると、はぁ、とため息が聞こえた。
「連絡しても反応なかったから腕章の信号追ってきたんだけど」
「へぇ、この腕章、そんな効果があるんですね」
「……もういい。さっき人と話してなかった?」
「あぁ、聞き込みをしていたんです。相沢製薬について少しでも情報があった方が良いと思って」
「で、何か情報はつかめた?」
「はい、社長はアタックナイトというクラブに出入りしているみたいです」
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青砥と並んで歩きながら、樹は一度だけユーリが去った方向を振り返った。
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