【SF×BL】碧の世界線 

SAI

文字の大きさ
上 下
41 / 128
第二章 N+捜査官

17. レクチャー

しおりを挟む
 ユーリは滑らかに話し続けた。

「話し掛けても、話し掛けても、みんな見事に逃げていくんだもんなぁ」

呆れるのを通り越して感心した様なユーリの口調に樹はムッと唇を尖らせた。

「ご心配いただいでどうも。でも俺、今忙しいんで」
「忙しいって人に話し掛けて逃げられるのを繰り返すだけでしょ」

「うっ……」
「なんでみんな逃げていったか教えてあげようか?」

その言葉に反射的に顔を上げれば「はい」という返事をしたも同然だ。ユーリはそんな樹に噴き出して「オーケー、オーケー」と笑った。

「まずはその微妙なしかめ面をなんとかすることだね。知らない人に話し掛ける時の基本はほんのり笑いだよ」

「ほんのり? 笑顔じゃないんですか?」

「知らない人間が満面の笑顔で近づいてきてもそれはそれで怖いでしょ」

 脳裏に浮かんだのは宗教の勧誘をしてくるおばちゃんだ。仕事の昼休み、公園でご飯を食べているとふらっとやってきたおばちゃんが隣に座る。そして樹を見てにっこりと微笑むのだ。その笑顔は安心感よりも胡散臭さを与え、話し掛けられた瞬間に身構えたのを覚えている。

「……確かに」

「そして二つ目はその義手」
「義手?」

そう、と言いながらユーリの手が義手に伸びて樹は反射的に少し腕を引いたが、ユーリが構わず樹の義手を掴んだ。そしてゆっくり樹の袖をまくる。

「一般用じゃなくてオーダーメイド。しかもゴツくて強そうだ。服である程度隠れてはいるけどバレバレだよね。振り回されたら痛そうなゴツイ義手をつけた男がしかめ面で話し掛けてきたら、君はどう思う?」

「そ、それは……」

言わんとしていることが分かって口ごもると、ユーリは子供の頭を撫でるようにして樹の頭を撫でた。わしゃわしゃ、と髪の毛が揺れるのが心地よい。

「叱られたみたいな顔しないでよ。義手はもっとゆったりした服を着て隠すようにするか、逆に堂々と出してしまうかにすればいいし、一番大事なのは表情だから。ほら、笑ってみて」

「急に笑ってっていわれても……」

「じゃあ……そうだな、僕に好かれたいって思ってみてよ。好かれたい相手には自分を良く見せようとするでしょ」

好かれたい……、その言葉に急に樹の内部がざわめきだった。触られていないのに内部の表面ギリギリを限りなく優しく逆なでされているみたいだ。

小さい樹が必死に手を伸ばす。気に入られようとして、褒められようとして、抱きしめられようとして。何一つ叶いはしないのに。

泣きそうだった。幼い自身の姿が未だに樹の心臓をギュッと掴んで胸が苦しい。

「そんなこと言われても……無理」

そう、と呟いてからユーリが目を細めてくすっと笑う。

「タツキは小さな子供みたいだね」
「……」

ユーリの指が樹の髪の毛に触れる。髪の毛の先をつままれれば髪の毛の根元もふぁさふぁさと揺れて、もっとちゃんと触れて欲しいと思ってしまう。一度幼い自分が出てきてしまえば感情のコントロールは難しくなり、相手が誰だとか場所がどこだとかを欠いてしまうから樹はこんな風になってしまう自分が大嫌いだった。

気まずい……。
人への話し掛け方を教えて貰っているだけなのに涙目になるなんて……。

呆れられていないかとそっとユーリの顔を盗み見れば、ユーリは空を見上げていた。

「タツキは凄く憎んでいる人はいる?」

言葉にすると定着してしまうような気がして、声を出さずに頷いた。ユーリがほんのり笑って樹を見る。

「その人が目の前に現れたらどうする?」

感傷的だった思考がユーリの言葉によって消えた。体の血が湧きたって口の中が渇く。殺したい、殺して優愛と同じ目に合わせたい。いやもっと、それ以上の苦しみを。

「どうするって言われても、その時になってみないと分からない」

「そう。でも、そんな目をしていたら直ぐにバレちゃうよ」

ユーリの手が樹の頬を包んで、親指が目元を撫でた。沸き立った血をなだめるようなそんな仕草だ。ユーリの手は暖かくて心地よい。樹はまるで自分が大事なものになったような気がした。

「タツキは警戒心があるのか無いのか良く分からないね。触れられると寄ってしまうのは無意識なの?」

「そんなんじゃない」

うわ、俺、何やって……。はずかし……。

生暖かいお湯から引き上げられたみたいに一気に目が覚めた。口元を押さえてユーリから体を離す間にも、顔がどんどん熱くなる。穴があったら入りたいとはこのことだと、熱を冷ます為に顔を押さえていると「そろそろ行かないと」と声がした。

「相沢製薬、タツキには合わないと思うよ」
「え?」
「インターンに行くなら他の製薬会社にしたらいい」

ユーリが公園の入り口を気にするような素振りをみせた。「約束」と耳元にユーリの声。樹が言葉を発する前にユーリは樹から離れて会釈すると、公園の反対側の入口へと去っていった。


「樹っ!!」
「アオさん? あれ、もう起きたんですか?」

「1時間経てば目が覚めるんだよ。習慣ってやつ。俺が起きるまでには戻ってくるって言ってなかったっけ?」

「ちゃんと聞こえてたんだ……」

あんな状態だったのに覚えていることに感心すると、はぁ、とため息が聞こえた。

「連絡しても反応なかったから腕章の信号追ってきたんだけど」

「へぇ、この腕章、そんな効果があるんですね」
「……もういい。さっき人と話してなかった?」

「あぁ、聞き込みをしていたんです。相沢製薬について少しでも情報があった方が良いと思って」

「で、何か情報はつかめた?」
「はい、社長はアタックナイトというクラブに出入りしているみたいです」

「クラブか。いいね、何か情報が得られそうだ」

青砥と並んで歩きながら、樹は一度だけユーリが去った方向を振り返った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

うちのメイドがウザかわいい! 転生特典ステータスがチートじゃなくて【新偉人(ニート)】だったので最強の引きこもりスローライフを目指します。

田中ケケ
ファンタジー
 ニート生活を送っていた俺、石川誠道は、バスガス爆発という早口言葉が死因で異世界に転生することになってしまう。  女神さまは転生特典として固有ステータス(しかもカンスト済み)とサポートアイテムを与えてくれたのだが、誠道が与えられた固有ステータスの名前は紆余曲折あって『新偉人(ニート)』に……って、は?  意味わかんないんだけど?  女神さまが明らかにふざけていることはわかりますけどね。  しかもサポートアイテムに至っては、俺の優雅で快適な引きこもり生活を支援してくれる美少女メイドときた。  うん、美少女っていうのは嬉しいけどさ、異世界での冒険を支援しないあたり、やっぱり絶対これ女神さまに「引きこもり乙w」ってからかわれてるよね?  これは、石川誠道がメイドのミライとともに異世界で最強の引きこもりを目指すお話。  ちなみに、美少女メイドのミライの他に、金の亡者系お姉さんや魔物を〇〇する系ロリっ子、反面教師系メンタリスト等も出てきます。  個性豊かなキャラクターたちが繰り広げる、引きこもり系異世界コメディ!!

日本が日露戦争後大陸利権を売却していたら? ~ノートが繋ぐ歴史改変~

うみ
SF
ロシアと戦争がはじまる。 突如、現代日本の少年のノートにこのような落書きが成された。少年はいたずらと思いつつ、ノートに冗談で返信を書き込むと、また相手から書き込みが成される。 なんとノートに書き込んだ人物は日露戦争中だということだったのだ! ずっと冗談と思っている少年は、日露戦争の経緯を書き込んだ結果、相手から今後の日本について助言を求められる。こうして少年による思わぬ歴史改変がはじまったのだった。 ※地名、話し方など全て現代基準で記載しています。違和感があることと思いますが、なるべく分かりやすくをテーマとしているため、ご了承ください。 ※この小説はなろうとカクヨムへも投稿しております。

婚約破棄ですか。それでは真実の愛(笑)とやらを貫いていただきましょう。

舘野寧依
恋愛
真実の愛(笑)とやらに目覚めたとかで、貴族の集まる公の場で王太子様に婚約破棄されたわたしは、エヴァンジェリスタ公爵令嬢のロクサーナと申します。 王太子様に愛する男爵令嬢をいじめたとかで難癖をつけられましたが論破。 しかし、聞くに堪えない酷い侮辱を受けたので、公爵家ともども王家を見限ることにしました。 その後、王太子様からわたしの元に書状がたくさん舞いこんできますが、もう関わりたくもないですし、そちらが困ろうが知ったことではありません。 どうぞ運命のお相手と存分に仲良くなさってくださいませ。

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

処理中です...