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第二章 N+捜査官
12. 高級料理
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西城家の所有するサボテン型のビルの最上階は、花をモチーフにした展望レストランになっておりフロア全体がゆっくりと回転することで全方向の景色を見ることが出来た。
「あの俺たち、こんな格好なんですけど大丈夫ですかね?」
ドレスアップした人が多い中、高級服でもない普段着の樹たちは目立つ。不安になって樹が京子に聞くと、京子は朗らかに笑った。
「全然大丈夫ですよ。今日は身内の集まりのようなものですから」
住む世界が違うということはこういうことか……。
政治家に有名GYUBER、大手配信会社であるTTの女優さん、この世界のことを未だあまり知らない樹でさえ知っている顔がある。その面々を身内と言えるとは西城家の社交界での地位は相当なものなのだろう。
どうぞこちらへ、とギャルソンに案内されるまま席に移動する。蓮の花を思わせる花びらの先端に座ると、空を朱に染め上げた太陽がビルの向こう側に沈んでいくところだった。
「こちらは当店からのサービスでございます。どうぞ飲みながらメニューをお決め下さい」
ゴールドに輝く飲み物を全員に配ったギャルソンがにこやかに告げたが、こんな高級店で何をどのように注文するのか樹に分かるわけがない。結局全メニューを青砥と同じものにすることにして乗り切った。
「今日、本当は大黒寺さんもお招きしていたのです。食を大事にする方だったからきっと喜んでくださるだろうと思って……」
京子はガラス越しに遠くのテーブルを見つめ、それから視線を自身のテーブルへと戻した。
「あんなに仲が宜しかったのに、どうして綾乃さんはあのようなことをしたのでしょうか」
はっきりと殺人とは口にせず、あのようなこと、と言うところが京子らしい。ニュースで配信されている内容なら構わないだろうと青砥が口を開いた。
「娘さんを幼くして亡くした綾乃さんには大黒寺さんの「長く生き過ぎた」という言葉が許せなかったのだそうです」
「きっと本心ではなかったのに……」
「だから……だと思います。本心ではないから余計に辛かった」
樹の言葉に京子は頷きながらも「そんなことをするようには見えなかったのに」と呟いた。その言葉を拾ったのは祐一郎だ。
「人間は色々な顔を持っていますからね。綾乃さんは激しい怒りの顔を隠していたのでしょう」
「あら、祐一郎さん、祐一郎さんも私に隠している顔があるのですか?」
「さぁ、どうでしょうか。京子さんはミステリアスな男と分かりやすい男はどちらが好みですか?」
「ん~……分かりやす過ぎても退屈かも」
「それなら私は隠している顔があるということにしましょう」
神崎に微笑まれた京子は、まぁ、と頬を染めた。
食事はどれも見事な盛り付けだったが味は正直に言えば普通だった。生野菜に塩をかけたもの、根菜のソテー、ドライフルーツもポタージュスープも樹にしてみれば珍しくもなんともない。だが周りの反応を見る限り、どれも高級食材のようだった。
やっぱ、土に関係しているんだろうな。
「すみません。私、失礼して父に顔を見せてきます。来たよって知らせておかないと後でうるさくって」
肩をすくめた京子がワタワタと席を立つと、その様子を見ていた神崎が微笑んだ。
「すみません、騒がしくて」
「そんなことないです! 明るくて素敵な方ですね、素直というか……」
女性を褒めたことの無い樹が一生懸命に言葉を探していると、神崎がくくっと声を押し殺して笑う。
「いや、失礼。藤丘さんも分かりやすい人ですね」
「え?」
食事、そんなに美味しくなかったのでしょう? と神崎に囁かれ、樹は思わず表情を失った。
俺、顔に出てた!?
顔面蒼白とはこのことだ。そんな樹を見て、神崎は可笑しくてたまらないというように体をくの字に曲げた。
「今度何か美味しいものをご馳走しますよ、美味しいものを食べたらどんな表情をするのか見てみ
たい」
「そっ、そんな、普通ですよっ」
樹が慌てていると、青砥の視線が遠くの京子を捉え、続いて神崎も京子を見た。京子が30代くらいの男性に話し掛けられている。清潔感のある短髪に垂れ長の目、丸めがねに水玉模様のピンクスーツとかなり目立つ格好だ。
「相沢製薬の相沢富市社長……」
「ご存じでしたか?」
神崎の言葉に青砥が頷く。
「相沢製薬の4代目社長ですよね。2代目、3代目で落ち込んだ業績を立て直したとニュースで特集されていましたから」
「そうでしたか。なかなかの食わせ者ですよ、彼は。でも隠すのが下手だ」
どれ、姫を救出してきますかね、と神崎が席を立つ。青砥と二人きりになったテーブルで樹はようやく息が出来たような気がした。
「俺、そんなに顔に出てました?」
「ん、まぁ、つまらなそうではあった、かな。期待外れだったか?」
青砥にまで言われて、樹は恥ずかしさのあまり両手で顔を覆った。
高級料理はもうたくさんだ……。
翌朝は綺麗な碧色の空だった。昨夜桂木から送られてきた書類をチェックし、食堂へ向かおうというタイミングでブレスレットが赤く振動した。赤の振動、すなわち仕事の着信だ。
「都内、新緑公園で男性の遺体発見。殺人の線が濃厚とのこと。急行せよ」
「了解、すぐに向かいます」
ロボットの音声に応えると樹は屋上へと向かった。
「あの俺たち、こんな格好なんですけど大丈夫ですかね?」
ドレスアップした人が多い中、高級服でもない普段着の樹たちは目立つ。不安になって樹が京子に聞くと、京子は朗らかに笑った。
「全然大丈夫ですよ。今日は身内の集まりのようなものですから」
住む世界が違うということはこういうことか……。
政治家に有名GYUBER、大手配信会社であるTTの女優さん、この世界のことを未だあまり知らない樹でさえ知っている顔がある。その面々を身内と言えるとは西城家の社交界での地位は相当なものなのだろう。
どうぞこちらへ、とギャルソンに案内されるまま席に移動する。蓮の花を思わせる花びらの先端に座ると、空を朱に染め上げた太陽がビルの向こう側に沈んでいくところだった。
「こちらは当店からのサービスでございます。どうぞ飲みながらメニューをお決め下さい」
ゴールドに輝く飲み物を全員に配ったギャルソンがにこやかに告げたが、こんな高級店で何をどのように注文するのか樹に分かるわけがない。結局全メニューを青砥と同じものにすることにして乗り切った。
「今日、本当は大黒寺さんもお招きしていたのです。食を大事にする方だったからきっと喜んでくださるだろうと思って……」
京子はガラス越しに遠くのテーブルを見つめ、それから視線を自身のテーブルへと戻した。
「あんなに仲が宜しかったのに、どうして綾乃さんはあのようなことをしたのでしょうか」
はっきりと殺人とは口にせず、あのようなこと、と言うところが京子らしい。ニュースで配信されている内容なら構わないだろうと青砥が口を開いた。
「娘さんを幼くして亡くした綾乃さんには大黒寺さんの「長く生き過ぎた」という言葉が許せなかったのだそうです」
「きっと本心ではなかったのに……」
「だから……だと思います。本心ではないから余計に辛かった」
樹の言葉に京子は頷きながらも「そんなことをするようには見えなかったのに」と呟いた。その言葉を拾ったのは祐一郎だ。
「人間は色々な顔を持っていますからね。綾乃さんは激しい怒りの顔を隠していたのでしょう」
「あら、祐一郎さん、祐一郎さんも私に隠している顔があるのですか?」
「さぁ、どうでしょうか。京子さんはミステリアスな男と分かりやすい男はどちらが好みですか?」
「ん~……分かりやす過ぎても退屈かも」
「それなら私は隠している顔があるということにしましょう」
神崎に微笑まれた京子は、まぁ、と頬を染めた。
食事はどれも見事な盛り付けだったが味は正直に言えば普通だった。生野菜に塩をかけたもの、根菜のソテー、ドライフルーツもポタージュスープも樹にしてみれば珍しくもなんともない。だが周りの反応を見る限り、どれも高級食材のようだった。
やっぱ、土に関係しているんだろうな。
「すみません。私、失礼して父に顔を見せてきます。来たよって知らせておかないと後でうるさくって」
肩をすくめた京子がワタワタと席を立つと、その様子を見ていた神崎が微笑んだ。
「すみません、騒がしくて」
「そんなことないです! 明るくて素敵な方ですね、素直というか……」
女性を褒めたことの無い樹が一生懸命に言葉を探していると、神崎がくくっと声を押し殺して笑う。
「いや、失礼。藤丘さんも分かりやすい人ですね」
「え?」
食事、そんなに美味しくなかったのでしょう? と神崎に囁かれ、樹は思わず表情を失った。
俺、顔に出てた!?
顔面蒼白とはこのことだ。そんな樹を見て、神崎は可笑しくてたまらないというように体をくの字に曲げた。
「今度何か美味しいものをご馳走しますよ、美味しいものを食べたらどんな表情をするのか見てみ
たい」
「そっ、そんな、普通ですよっ」
樹が慌てていると、青砥の視線が遠くの京子を捉え、続いて神崎も京子を見た。京子が30代くらいの男性に話し掛けられている。清潔感のある短髪に垂れ長の目、丸めがねに水玉模様のピンクスーツとかなり目立つ格好だ。
「相沢製薬の相沢富市社長……」
「ご存じでしたか?」
神崎の言葉に青砥が頷く。
「相沢製薬の4代目社長ですよね。2代目、3代目で落ち込んだ業績を立て直したとニュースで特集されていましたから」
「そうでしたか。なかなかの食わせ者ですよ、彼は。でも隠すのが下手だ」
どれ、姫を救出してきますかね、と神崎が席を立つ。青砥と二人きりになったテーブルで樹はようやく息が出来たような気がした。
「俺、そんなに顔に出てました?」
「ん、まぁ、つまらなそうではあった、かな。期待外れだったか?」
青砥にまで言われて、樹は恥ずかしさのあまり両手で顔を覆った。
高級料理はもうたくさんだ……。
翌朝は綺麗な碧色の空だった。昨夜桂木から送られてきた書類をチェックし、食堂へ向かおうというタイミングでブレスレットが赤く振動した。赤の振動、すなわち仕事の着信だ。
「都内、新緑公園で男性の遺体発見。殺人の線が濃厚とのこと。急行せよ」
「了解、すぐに向かいます」
ロボットの音声に応えると樹は屋上へと向かった。
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