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第二章 N+捜査官
5. 食遊会
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食遊会の土というのは意外にもN+捜査課の建物の近くにあった。徒歩15分の距離を青砥と並んで歩き、厳重な門の前で立ち止まるとロボットが近づいてきた。
「ゴヨウケンハ」
「先ほど連絡したN+捜査官の者です。大黒寺さんの件でお話を伺いに参りました」
「ドウゾ、オハイリクダサイ」
門の内部には隣接したキノコ型の建物が二軒あり、その片方から緩いシルエットの服を着た50代の男性が顔を出した。
「ご案内しますよ。皆さんこの奥のエリアにいるので」
本物の木が生い茂るのどかな森の中。見上げれば今日も碧色の空だ。所々に滲んだように他の色を従え、真昼のオーロラを連想させる。
あれ? 今、ちょっと光った?
樹が目を凝らすと上空にクモの糸のようなものが広がっているのが見えた。
「あの、うっすらと見える線のような物はなんですか?」
「あれはこの土地のセキュリティですよ。あの細い線に何かが触れると警備会社と我々に通報が届くようになっています。土は貴重ですからね。あちらにいるのが食遊会の皆様ですよ」
大きな太い木を中心に15人ほどの人がおり、人々の前には細長く直線状に土を盛り上げた畝があった。そこにさつま芋の葉が青々と茂り、樹にも見覚えがある畑の風景だ。
「ここにいる人たちはみんなお金持ちだと考えていい」
「つまり、全員年齢不詳ってことですよね?」
「まぁな。だが富裕層にとっては年齢というものは価値があるということにしかならない。老化治療で見た目は若いのに経験と知識は若者よりもあるってことだからな。年齢を聞いたら自慢するように教えてくれる」
樹がへぇーと感心していると5メートル先にいた京子がこちらに気付き頭を下げた。
「すみません、こんなところまで押しかけてしまって」
「いいえ、いいんです。あの、綾乃さんは大丈夫ですか?」
「綾乃さんですか?」
「はい、大黒寺さんは綾乃さんをとても頼りにしていて、いつも一緒に行動しておりましたから。この場所にもよく一緒に来られていたんですよ、だから心配で……」
「そうですか……ずっとそばにいたわけではないので分からないですが、気丈に振舞っていましたよ」
「あの、このあと綾乃さんの元に心配していたこと、伝えておきます」
樹が言うと、京子は少しだけほほ笑んで「お願いします」と言った。
「それで、何か分かりましたか?」
「大黒寺さんは毒を飲んで亡くなられたことが分りました」
青砥の口から出た「毒」という言葉に京子はなだめるかのように自身の体をさすった。すると近くから「毒ですってぇ!?」という大きな声が上がった。全員の視線が樹たちへと向く。「丁度良かったな」と青砥が呟いた。
「皆さんにお聞きしたいのですが、この中で大黒寺さんが「死にたい」というようなことを言っていたのを聞いた方はおりませんか?」
キョロキョロと皆が回りを見渡した後、フィットするタイプのツナギを着たナイスバディの女性が声を発した。
「そんなこといつもよねぇ」
「いつもなんですか!?」
樹が驚きの声を上げると皆が頷き、京子は下を向いた。
「どんな風に言うのですか? 深刻そうにとか、冗談っぽくとか色々ありますよね?」
「本気ではなかったと思います! 大黒寺さんはいつも植えた物の収穫を楽しみにしていましたし、病んでいるようなそぶりは全然ありませんでした」
京子の言葉に、でもねぇ、と声を重ねたのは先ほどのツナギの女性だ。
「腹の中では何を思っていたかなんて誰も分からないわよ。本人に聞きたくてももう亡くなってしまったのだから」
亡くなったという言葉が重く響き、誰もが言葉を失った。その重い空気を攫ったのは樹だ。
「あの、この中で大黒寺さんに恨みを持っている人物に心当たりはありませんか?」
「誰かが大黒寺さんを殺したっていうの?」
「それは分かりません。分からないから聞いているんです」
「恨みを持つ人なんていません!! 大黒寺さんは本当に素晴らしい人でした。いつもみんなのことを気にかけてくれて……。先日、佐和子さんが怪我をした時だって毎日のようにお見舞いに行かれてましたよね」
京子は必死の形相だ。本当に大黒寺に良くしてもらっていたのだろう。
「あ、えぇ。そう。大した怪我じゃなかったんだけど心配して下さって。そんなにして頂かなくても大丈夫って言ったんですけどねぇ」
「藤井さんも少し前に大黒寺さんから手袋をプレゼントしていただいてましたよね。いつも使っている手袋が痛んでいるようだからって」
「えぇ、頂きました」
白髪がダンディな沢井さんは確かにまだ汚れの少ない手袋をしていた。
「本当に優しい方なんです。恨まれるなんてあり得ません」
京子の強い目に睨まれて樹が「うっ」と声を漏らすと、背後から優しい美声が聴こえた。
「どうしたんですか? 京子さん。そんなに怖い顔をして」
「神崎さん……やだ、私」
神崎の姿を認めるなり京子はしゅんと落ち着きを取り戻し、恥ずかしそうに少し小さくなった。神崎に寄り添って見つめる姿は恋をする女性そのものだ。
「すみません、私、捜査官でもないのに偉そうに言ってしまって」
「いえ、いいんです。それだけ大黒寺さんを慕っていたという事ですから」
青砥はそう言葉にしながら、ふと神崎を見た。
「神崎さんは大黒寺さんをどんな方だと思いますか?」
「大黒寺さんは素敵な方でしたよ。悪気がないというか、無邪気で年齢を感じさせない方でした」
「恨んでいる人はいると思いますか?」
「それはねぇ。誰にも恨まれない人間がいるとしたら教えて欲しいですよ」
「ゴヨウケンハ」
「先ほど連絡したN+捜査官の者です。大黒寺さんの件でお話を伺いに参りました」
「ドウゾ、オハイリクダサイ」
門の内部には隣接したキノコ型の建物が二軒あり、その片方から緩いシルエットの服を着た50代の男性が顔を出した。
「ご案内しますよ。皆さんこの奥のエリアにいるので」
本物の木が生い茂るのどかな森の中。見上げれば今日も碧色の空だ。所々に滲んだように他の色を従え、真昼のオーロラを連想させる。
あれ? 今、ちょっと光った?
樹が目を凝らすと上空にクモの糸のようなものが広がっているのが見えた。
「あの、うっすらと見える線のような物はなんですか?」
「あれはこの土地のセキュリティですよ。あの細い線に何かが触れると警備会社と我々に通報が届くようになっています。土は貴重ですからね。あちらにいるのが食遊会の皆様ですよ」
大きな太い木を中心に15人ほどの人がおり、人々の前には細長く直線状に土を盛り上げた畝があった。そこにさつま芋の葉が青々と茂り、樹にも見覚えがある畑の風景だ。
「ここにいる人たちはみんなお金持ちだと考えていい」
「つまり、全員年齢不詳ってことですよね?」
「まぁな。だが富裕層にとっては年齢というものは価値があるということにしかならない。老化治療で見た目は若いのに経験と知識は若者よりもあるってことだからな。年齢を聞いたら自慢するように教えてくれる」
樹がへぇーと感心していると5メートル先にいた京子がこちらに気付き頭を下げた。
「すみません、こんなところまで押しかけてしまって」
「いいえ、いいんです。あの、綾乃さんは大丈夫ですか?」
「綾乃さんですか?」
「はい、大黒寺さんは綾乃さんをとても頼りにしていて、いつも一緒に行動しておりましたから。この場所にもよく一緒に来られていたんですよ、だから心配で……」
「そうですか……ずっとそばにいたわけではないので分からないですが、気丈に振舞っていましたよ」
「あの、このあと綾乃さんの元に心配していたこと、伝えておきます」
樹が言うと、京子は少しだけほほ笑んで「お願いします」と言った。
「それで、何か分かりましたか?」
「大黒寺さんは毒を飲んで亡くなられたことが分りました」
青砥の口から出た「毒」という言葉に京子はなだめるかのように自身の体をさすった。すると近くから「毒ですってぇ!?」という大きな声が上がった。全員の視線が樹たちへと向く。「丁度良かったな」と青砥が呟いた。
「皆さんにお聞きしたいのですが、この中で大黒寺さんが「死にたい」というようなことを言っていたのを聞いた方はおりませんか?」
キョロキョロと皆が回りを見渡した後、フィットするタイプのツナギを着たナイスバディの女性が声を発した。
「そんなこといつもよねぇ」
「いつもなんですか!?」
樹が驚きの声を上げると皆が頷き、京子は下を向いた。
「どんな風に言うのですか? 深刻そうにとか、冗談っぽくとか色々ありますよね?」
「本気ではなかったと思います! 大黒寺さんはいつも植えた物の収穫を楽しみにしていましたし、病んでいるようなそぶりは全然ありませんでした」
京子の言葉に、でもねぇ、と声を重ねたのは先ほどのツナギの女性だ。
「腹の中では何を思っていたかなんて誰も分からないわよ。本人に聞きたくてももう亡くなってしまったのだから」
亡くなったという言葉が重く響き、誰もが言葉を失った。その重い空気を攫ったのは樹だ。
「あの、この中で大黒寺さんに恨みを持っている人物に心当たりはありませんか?」
「誰かが大黒寺さんを殺したっていうの?」
「それは分かりません。分からないから聞いているんです」
「恨みを持つ人なんていません!! 大黒寺さんは本当に素晴らしい人でした。いつもみんなのことを気にかけてくれて……。先日、佐和子さんが怪我をした時だって毎日のようにお見舞いに行かれてましたよね」
京子は必死の形相だ。本当に大黒寺に良くしてもらっていたのだろう。
「あ、えぇ。そう。大した怪我じゃなかったんだけど心配して下さって。そんなにして頂かなくても大丈夫って言ったんですけどねぇ」
「藤井さんも少し前に大黒寺さんから手袋をプレゼントしていただいてましたよね。いつも使っている手袋が痛んでいるようだからって」
「えぇ、頂きました」
白髪がダンディな沢井さんは確かにまだ汚れの少ない手袋をしていた。
「本当に優しい方なんです。恨まれるなんてあり得ません」
京子の強い目に睨まれて樹が「うっ」と声を漏らすと、背後から優しい美声が聴こえた。
「どうしたんですか? 京子さん。そんなに怖い顔をして」
「神崎さん……やだ、私」
神崎の姿を認めるなり京子はしゅんと落ち着きを取り戻し、恥ずかしそうに少し小さくなった。神崎に寄り添って見つめる姿は恋をする女性そのものだ。
「すみません、私、捜査官でもないのに偉そうに言ってしまって」
「いえ、いいんです。それだけ大黒寺さんを慕っていたという事ですから」
青砥はそう言葉にしながら、ふと神崎を見た。
「神崎さんは大黒寺さんをどんな方だと思いますか?」
「大黒寺さんは素敵な方でしたよ。悪気がないというか、無邪気で年齢を感じさせない方でした」
「恨んでいる人はいると思いますか?」
「それはねぇ。誰にも恨まれない人間がいるとしたら教えて欲しいですよ」
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