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第一章 もう一つの世界
18. 青砥の計画
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「そうよねぇ、ストーカーなら嫉妬して何か仕掛けてきてもおかしくないのに」
山口が相槌を打つ。安藤の視線がチラッと動いてブレスレットを見た。そしてゆっくりと口を開いた。
「……実は、さっきは言わなかったんですけど3日前に家に手紙が届いていたんです」
樹が調べたところによると、この世界では手紙を送るという事がまず無い。公的文書でさえもブレスレットにメッセージを送るというのが主流で、紙自体が1枚数千円以上するという。
「手紙は珍しいな。なんて書いてあったんだ?」
「君は僕のものってだけ……黙っていてごめんなさい。怖くって、わたし……」
安藤は目に涙を浮かべると膝の上でギュッと握りこぶしを作った。
「そうよね、怖いよね」霧島は安藤の気持ちに寄り添った後、「その手紙は今どこにあるの?」と尋ねた。
「気持ち悪くて捨てちゃいました」
「3日前か……3日前じゃ現物を追うのは難しそうだな」
一瞬目を細めた青砥の表情に気付いてか安藤がすぐに声を上げた。
「でもっ、画像は残してあります。ここにはないけど家に」
安藤が持っている手紙の画像を霧島たちにも送るという約束をしてお店の前で解散したのが21時40分。やっと寮に帰ることが出来るとホッと息をついたもつかの間、ムカデ乗り場まで歩こうとすると霧島に腕をつかまれた。
「私たちはこっち」
訳も分からないまま樹が連れて来られたのはムカデ乗り場とは反対方向にある木を模した建物だ。看板には駐車場と書いてある。7階の奥、ワインレッド色の車の前で立ち止まると霧島が「乗って」と車を指した。
「お酒飲んでましたけど、大丈夫なんですか?」
樹の言葉に霧島はくぅーっと悔しそうな声を上げ、山口が助手席に乗り込みながら言った。
「私たち、飲み物は全部ノンアルコールだったの。あの場でお酒を飲んでいたのは安藤さんだけよぅ」
「えっ、そうだったんですか?」
「山さんは別に飲まなくでもいいじゃん。私がお酒をどれほど我慢したことかっ。くぅぅぅう」
まだ状況を飲み込めていない樹を乗せて、滑る様に車が移動を始めた。木の皮のような駐車場の壁に沿って走り、虫食いのような穴の前で霧島がスイッチを押す。すると羽ばたくような音と共に車が駐車場を飛び出した。
「これから安藤ちゃんの家に向かうよ」
「……どういうことかちゃんと説明して下さい」
その頃、青砥と安藤は安藤の家の中にいた。いつもであれば、青砥が先に家の中に入って室内を確認し、何も異常がないことが分ると安藤の家を出て帰宅する。でも今日、青砥は安藤の家に上がり込んでいた。玄関を入ってすぐにある姿見の角度を少し直してから安藤がキッチンに向かう。
「画像探すから、コーヒー飲んで待っててくれる?」
「あぁ、ありがとう」
コーヒーを受け取るとテーブルの上に置いて、お洒落なワンアームソファに座った。安藤の部屋は雑誌から切り取ったかのような大人の女性的な部屋だ。
楕円形の丸テーブル、部屋の隅には観葉植物が置いてあり、白い壁には世界の絶景がプロジェクターによって表示されていた。全て計算されて配置されたような空間は几帳面な安藤らしい。
「どこに置いたんだったかな。あんまり目に付くところには置いておきたくなくて」安藤は引き出しの中を漁りながら「ごめんね、私個人のことなのにN+捜査官の皆さんの力まで借りちゃって」と謝った。
サイドボードの上に置いてある小さなリリーと目を合わせながら青砥は昔を思い出していた。
安藤と青砥が話すようになったのは高校2年生の頃だ。
当時の青砥は将来の進路に悩んでおり、何かヒントはないかと頻繁に図書館に通っていた。図書館は受付をすれば誰でも侵入できるバーチャル空間にあり、内部にある本の量は膨大だ。
図書委員の安藤はそのバーチャル空間の案内人だったのだ。専門的な本でも、安藤に聞けば何がどこにあるのかを正確に教えてくれる。在学中には何度お世話になったことか。
いつも下を向いて前髪の隙間からじっと見上げてくるクラスの中でも地味な女の子、当時の安藤を説明するとしたらきっと同級生のほとんどはそう言うだろう。だが青砥にとって安藤は頼りになる知識の案内人だった。
青砥のブレスレットが22時12分を指していた。青砥に残された今日という時間は残り少ない。顔を上げると青砥は安藤の横顔を見つめた。
「もう探さなくてもいいよ。ストーカーって嘘なんだろ?」
安藤は一度手を止めたが、青砥の方を振り返ることもせずにまた手を動かし始めた。
「やだぁ、何言ってるの? そんなわけないじゃない」
「一日に一度ある着信、どこからかかっているのか調べたんだ」
それは青砥の嘘だった。
文明が進んだと同時に政府は沢山の個人情報を持つようになった。誰が今どこにいるのかでさえ政府の回線を使えば容易に特定できる。特定される側が一般人なら、ではあるが。
だが、それを開示してもらうためには警察官としての手続きを踏まねばならず、今回のような個人的な事案に利用することは出来ない。それでも、一瞬表情を硬直させた安藤を見ることが出来れば、それだけで結果は出たも同然だ。
「どうしてこんな嘘を?」
「どうしてって……そんな」
「話したくないならそれでもいい。でももう、こんなことはやめた方が良い。こんなことしても虚しくなるだけだろ?」
「虚しくなるだけですって!? 私のどこが虚しいっていうのよ!!」
声を荒げた安藤を見て、青砥は思わず自分の唇に触れた。不味い言い方をしたのだと自覚した瞬間だった。
山口が相槌を打つ。安藤の視線がチラッと動いてブレスレットを見た。そしてゆっくりと口を開いた。
「……実は、さっきは言わなかったんですけど3日前に家に手紙が届いていたんです」
樹が調べたところによると、この世界では手紙を送るという事がまず無い。公的文書でさえもブレスレットにメッセージを送るというのが主流で、紙自体が1枚数千円以上するという。
「手紙は珍しいな。なんて書いてあったんだ?」
「君は僕のものってだけ……黙っていてごめんなさい。怖くって、わたし……」
安藤は目に涙を浮かべると膝の上でギュッと握りこぶしを作った。
「そうよね、怖いよね」霧島は安藤の気持ちに寄り添った後、「その手紙は今どこにあるの?」と尋ねた。
「気持ち悪くて捨てちゃいました」
「3日前か……3日前じゃ現物を追うのは難しそうだな」
一瞬目を細めた青砥の表情に気付いてか安藤がすぐに声を上げた。
「でもっ、画像は残してあります。ここにはないけど家に」
安藤が持っている手紙の画像を霧島たちにも送るという約束をしてお店の前で解散したのが21時40分。やっと寮に帰ることが出来るとホッと息をついたもつかの間、ムカデ乗り場まで歩こうとすると霧島に腕をつかまれた。
「私たちはこっち」
訳も分からないまま樹が連れて来られたのはムカデ乗り場とは反対方向にある木を模した建物だ。看板には駐車場と書いてある。7階の奥、ワインレッド色の車の前で立ち止まると霧島が「乗って」と車を指した。
「お酒飲んでましたけど、大丈夫なんですか?」
樹の言葉に霧島はくぅーっと悔しそうな声を上げ、山口が助手席に乗り込みながら言った。
「私たち、飲み物は全部ノンアルコールだったの。あの場でお酒を飲んでいたのは安藤さんだけよぅ」
「えっ、そうだったんですか?」
「山さんは別に飲まなくでもいいじゃん。私がお酒をどれほど我慢したことかっ。くぅぅぅう」
まだ状況を飲み込めていない樹を乗せて、滑る様に車が移動を始めた。木の皮のような駐車場の壁に沿って走り、虫食いのような穴の前で霧島がスイッチを押す。すると羽ばたくような音と共に車が駐車場を飛び出した。
「これから安藤ちゃんの家に向かうよ」
「……どういうことかちゃんと説明して下さい」
その頃、青砥と安藤は安藤の家の中にいた。いつもであれば、青砥が先に家の中に入って室内を確認し、何も異常がないことが分ると安藤の家を出て帰宅する。でも今日、青砥は安藤の家に上がり込んでいた。玄関を入ってすぐにある姿見の角度を少し直してから安藤がキッチンに向かう。
「画像探すから、コーヒー飲んで待っててくれる?」
「あぁ、ありがとう」
コーヒーを受け取るとテーブルの上に置いて、お洒落なワンアームソファに座った。安藤の部屋は雑誌から切り取ったかのような大人の女性的な部屋だ。
楕円形の丸テーブル、部屋の隅には観葉植物が置いてあり、白い壁には世界の絶景がプロジェクターによって表示されていた。全て計算されて配置されたような空間は几帳面な安藤らしい。
「どこに置いたんだったかな。あんまり目に付くところには置いておきたくなくて」安藤は引き出しの中を漁りながら「ごめんね、私個人のことなのにN+捜査官の皆さんの力まで借りちゃって」と謝った。
サイドボードの上に置いてある小さなリリーと目を合わせながら青砥は昔を思い出していた。
安藤と青砥が話すようになったのは高校2年生の頃だ。
当時の青砥は将来の進路に悩んでおり、何かヒントはないかと頻繁に図書館に通っていた。図書館は受付をすれば誰でも侵入できるバーチャル空間にあり、内部にある本の量は膨大だ。
図書委員の安藤はそのバーチャル空間の案内人だったのだ。専門的な本でも、安藤に聞けば何がどこにあるのかを正確に教えてくれる。在学中には何度お世話になったことか。
いつも下を向いて前髪の隙間からじっと見上げてくるクラスの中でも地味な女の子、当時の安藤を説明するとしたらきっと同級生のほとんどはそう言うだろう。だが青砥にとって安藤は頼りになる知識の案内人だった。
青砥のブレスレットが22時12分を指していた。青砥に残された今日という時間は残り少ない。顔を上げると青砥は安藤の横顔を見つめた。
「もう探さなくてもいいよ。ストーカーって嘘なんだろ?」
安藤は一度手を止めたが、青砥の方を振り返ることもせずにまた手を動かし始めた。
「やだぁ、何言ってるの? そんなわけないじゃない」
「一日に一度ある着信、どこからかかっているのか調べたんだ」
それは青砥の嘘だった。
文明が進んだと同時に政府は沢山の個人情報を持つようになった。誰が今どこにいるのかでさえ政府の回線を使えば容易に特定できる。特定される側が一般人なら、ではあるが。
だが、それを開示してもらうためには警察官としての手続きを踏まねばならず、今回のような個人的な事案に利用することは出来ない。それでも、一瞬表情を硬直させた安藤を見ることが出来れば、それだけで結果は出たも同然だ。
「どうしてこんな嘘を?」
「どうしてって……そんな」
「話したくないならそれでもいい。でももう、こんなことはやめた方が良い。こんなことしても虚しくなるだけだろ?」
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