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第一章 もう一つの世界
15. 二人の関係
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さすがは理性のタカが外れた酔っ払いだ。今までの音を殺した慎重行動を一瞬にして無にし、青砥と目が合うなり「あら―、偶然ね」と微笑んだのだ。その時の青砥の表情と言ったら、いや、青砥は相変わらずの真顔ではあったが、その隣にいた女性の表情がパッと輝いた。
「あ、N+捜査官の皆さんですよね? いつも動画を楽しく拝見させていただいてます。私、安藤桜っていいます。青砥君とは学生時代からの付き合いで……」
ね? と青砥の顔を見ながら首を傾けたその仕草に樹の心は一段冷えた。
へぇ、アオさんはこういう女が好きなんだ、そうだよな、大抵の男はこんなものだよな。
心の中で言葉になれば、浮いたり沈んだりしていた樹の心はピタっと動きを止めた。動きを止めた心を開かずの扉の向こう側に押しやることは、幼い頃に身につけた樹の得意技だ。
「一週間前の霧島さんのお料理動画も最高でした。私、レシピを真似して作ってみたんですけど、あんなゲロクソ不味料理が出来たの、はじめてですぅ」
「えーっ嬉しいっ。動画を観るだけじゃなくて作ってくれるなんて」
樹が「ゲロクソ不味料理って何ですか?」と囁くように山口に聞くと「茜ちゃん主導でN+捜査官のプライベート動画を配信しているんだけど、その中の人気コーナーなのよ。茜ちゃんの激マズクッキング」と教えてくれた。
美味しい料理レシピを配信する人が多い中で敢えて激マズ料理を配信するというのは、確かに人気が出るのも分からなくはない。「敢えてね、敢えて」と繰り返した後、菩薩のような顔をしてほほ笑んだ山口の先で、霧島と安藤はまだキャッキャしていた。
「もう、本当に大ファンなんですぅ」
「やだー、嬉しいっ」
「もし良かったらなんですけど今度コラボしませんか? こう見えて私も動画の配信をしてて、結構人気なんですよっ」
「ごめんねぇ。うち、これでも警察の組織としての配信だからさ。一般の方とのコラボはNGなのよー」
「そうなんですねー、残念」
「安藤、そろそろいい? 俺、あんまり時間ないから」
ごめん、と言いながら安藤が青砥の隣に並んだのを見て、未だ酔っ払いの霧島がニヤっと下世話な笑みを浮かべた。
「遅くなったっていいじゃん、彼女の家に泊っちゃえばさ~。もう樹と一緒に過ごさなくてもいいんだし、ねぇ」
同意を求められた樹が「はい」と頷くと同時に「そういう関係じゃないんで」とばっさり青砥が言い切った。
「安藤がストーカー被害に合っているからその相談に乗っているんです」
「えぇっ、ストーカー!?」
「それって正式に署に相談した方が良いんじゃない?」
山口が心配そうな声を上げると、安藤はふるふると首を振った。
「これと言って何かをされたわけじゃないんです。だから警察に相談しても無理だろうって……」
「とりあえず、俺、安藤を送ってくるんで詳しいことはまた」
樹は並んで歩いていく二人に背を向けながら先ほどの霧島の言葉を思い出していた。もう青砥と一緒に行動することも、一緒の部屋で眠ることもない。「流された」と青砥が言った日以来、どこか落ち着かなくなった樹の心。それはきっと青砥に近づきすぎたのだと樹は理解していた。
そうか、もう一緒にいなくていいんだ。
その事実にホッとしながら樹は帰宅の途についた。
翌日の19時半、霧島、山口、樹の3人は青砥に食堂へと呼び出されていた。先実は酔っ払いで無敵モードだった霧島がちょっと気まずそうな表情をしている。それもそうだ、青砥に呼び出されるなどどんな人間でもドキドキするに決まっている。「き、昨日はごめんねぇ、へへ」と最初に口を開いたのは山口だ。この空気に耐えかねてというやつに違いない。
「それはいいんです。というか、せっかくなのでその責任をとって貰おうと思って」
先に首を突っ込んできたのはそっちですから、と青砥が微笑んだ。滅多にお目にかかることがない青砥の笑みに皆の背筋が伸びる。「安藤が言うにはことのはじまりは1か月前らしいです」と青砥が本題に入った。
「ブレスレットに着信があり出ると切られる、という事がたびたび起こる様になり、始めは気にしていなかったそうです。ですが、そのうち一人で歩いている時につけられているような気がすることが多くなり気付けば無言電話も毎日ある。それで恐くなって俺に連絡してきたってわけです」
「ストーカーかぁ。女の子ひとりじゃ、確かに怖いわよねぇ」
「あら、茜ちゃん、男だって怖いですぅ」
んー、とため息交じりに言った山口に霧島が「お前をストーカーする方も怖いわっ。バレたら殺されかねん」と突っ込んでいたが樹も青砥もそこはスルーした。
「犯人の目星はついているんですか?」
「まだ全然分からないんだ。それで安藤の仕事が終わる時間が遅い時は家まで送るようにしてる」
「確かに具体的に何かされたわけじゃないし、今のところ動きようがないわよねぇ」
「このまま何かされるのを待っていても仕方ないので、犯人の目星を付けたいなと思ってまして。それで皆さんには彼女のSNSや動画をチェックして貰いたいんです。気になる書き込みやコメントがあったら教えて欲しいです」
「仕方ないわねぇ。困っている人を放置するわけにもいかないし。無言電話が来るようになった前後2か月分で良いわよね」
「あ、N+捜査官の皆さんですよね? いつも動画を楽しく拝見させていただいてます。私、安藤桜っていいます。青砥君とは学生時代からの付き合いで……」
ね? と青砥の顔を見ながら首を傾けたその仕草に樹の心は一段冷えた。
へぇ、アオさんはこういう女が好きなんだ、そうだよな、大抵の男はこんなものだよな。
心の中で言葉になれば、浮いたり沈んだりしていた樹の心はピタっと動きを止めた。動きを止めた心を開かずの扉の向こう側に押しやることは、幼い頃に身につけた樹の得意技だ。
「一週間前の霧島さんのお料理動画も最高でした。私、レシピを真似して作ってみたんですけど、あんなゲロクソ不味料理が出来たの、はじめてですぅ」
「えーっ嬉しいっ。動画を観るだけじゃなくて作ってくれるなんて」
樹が「ゲロクソ不味料理って何ですか?」と囁くように山口に聞くと「茜ちゃん主導でN+捜査官のプライベート動画を配信しているんだけど、その中の人気コーナーなのよ。茜ちゃんの激マズクッキング」と教えてくれた。
美味しい料理レシピを配信する人が多い中で敢えて激マズ料理を配信するというのは、確かに人気が出るのも分からなくはない。「敢えてね、敢えて」と繰り返した後、菩薩のような顔をしてほほ笑んだ山口の先で、霧島と安藤はまだキャッキャしていた。
「もう、本当に大ファンなんですぅ」
「やだー、嬉しいっ」
「もし良かったらなんですけど今度コラボしませんか? こう見えて私も動画の配信をしてて、結構人気なんですよっ」
「ごめんねぇ。うち、これでも警察の組織としての配信だからさ。一般の方とのコラボはNGなのよー」
「そうなんですねー、残念」
「安藤、そろそろいい? 俺、あんまり時間ないから」
ごめん、と言いながら安藤が青砥の隣に並んだのを見て、未だ酔っ払いの霧島がニヤっと下世話な笑みを浮かべた。
「遅くなったっていいじゃん、彼女の家に泊っちゃえばさ~。もう樹と一緒に過ごさなくてもいいんだし、ねぇ」
同意を求められた樹が「はい」と頷くと同時に「そういう関係じゃないんで」とばっさり青砥が言い切った。
「安藤がストーカー被害に合っているからその相談に乗っているんです」
「えぇっ、ストーカー!?」
「それって正式に署に相談した方が良いんじゃない?」
山口が心配そうな声を上げると、安藤はふるふると首を振った。
「これと言って何かをされたわけじゃないんです。だから警察に相談しても無理だろうって……」
「とりあえず、俺、安藤を送ってくるんで詳しいことはまた」
樹は並んで歩いていく二人に背を向けながら先ほどの霧島の言葉を思い出していた。もう青砥と一緒に行動することも、一緒の部屋で眠ることもない。「流された」と青砥が言った日以来、どこか落ち着かなくなった樹の心。それはきっと青砥に近づきすぎたのだと樹は理解していた。
そうか、もう一緒にいなくていいんだ。
その事実にホッとしながら樹は帰宅の途についた。
翌日の19時半、霧島、山口、樹の3人は青砥に食堂へと呼び出されていた。先実は酔っ払いで無敵モードだった霧島がちょっと気まずそうな表情をしている。それもそうだ、青砥に呼び出されるなどどんな人間でもドキドキするに決まっている。「き、昨日はごめんねぇ、へへ」と最初に口を開いたのは山口だ。この空気に耐えかねてというやつに違いない。
「それはいいんです。というか、せっかくなのでその責任をとって貰おうと思って」
先に首を突っ込んできたのはそっちですから、と青砥が微笑んだ。滅多にお目にかかることがない青砥の笑みに皆の背筋が伸びる。「安藤が言うにはことのはじまりは1か月前らしいです」と青砥が本題に入った。
「ブレスレットに着信があり出ると切られる、という事がたびたび起こる様になり、始めは気にしていなかったそうです。ですが、そのうち一人で歩いている時につけられているような気がすることが多くなり気付けば無言電話も毎日ある。それで恐くなって俺に連絡してきたってわけです」
「ストーカーかぁ。女の子ひとりじゃ、確かに怖いわよねぇ」
「あら、茜ちゃん、男だって怖いですぅ」
んー、とため息交じりに言った山口に霧島が「お前をストーカーする方も怖いわっ。バレたら殺されかねん」と突っ込んでいたが樹も青砥もそこはスルーした。
「犯人の目星はついているんですか?」
「まだ全然分からないんだ。それで安藤の仕事が終わる時間が遅い時は家まで送るようにしてる」
「確かに具体的に何かされたわけじゃないし、今のところ動きようがないわよねぇ」
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