17 / 128
第一章 もう一つの世界
15. 二人の関係
しおりを挟む
さすがは理性のタカが外れた酔っ払いだ。今までの音を殺した慎重行動を一瞬にして無にし、青砥と目が合うなり「あら―、偶然ね」と微笑んだのだ。その時の青砥の表情と言ったら、いや、青砥は相変わらずの真顔ではあったが、その隣にいた女性の表情がパッと輝いた。
「あ、N+捜査官の皆さんですよね? いつも動画を楽しく拝見させていただいてます。私、安藤桜っていいます。青砥君とは学生時代からの付き合いで……」
ね? と青砥の顔を見ながら首を傾けたその仕草に樹の心は一段冷えた。
へぇ、アオさんはこういう女が好きなんだ、そうだよな、大抵の男はこんなものだよな。
心の中で言葉になれば、浮いたり沈んだりしていた樹の心はピタっと動きを止めた。動きを止めた心を開かずの扉の向こう側に押しやることは、幼い頃に身につけた樹の得意技だ。
「一週間前の霧島さんのお料理動画も最高でした。私、レシピを真似して作ってみたんですけど、あんなゲロクソ不味料理が出来たの、はじめてですぅ」
「えーっ嬉しいっ。動画を観るだけじゃなくて作ってくれるなんて」
樹が「ゲロクソ不味料理って何ですか?」と囁くように山口に聞くと「茜ちゃん主導でN+捜査官のプライベート動画を配信しているんだけど、その中の人気コーナーなのよ。茜ちゃんの激マズクッキング」と教えてくれた。
美味しい料理レシピを配信する人が多い中で敢えて激マズ料理を配信するというのは、確かに人気が出るのも分からなくはない。「敢えてね、敢えて」と繰り返した後、菩薩のような顔をしてほほ笑んだ山口の先で、霧島と安藤はまだキャッキャしていた。
「もう、本当に大ファンなんですぅ」
「やだー、嬉しいっ」
「もし良かったらなんですけど今度コラボしませんか? こう見えて私も動画の配信をしてて、結構人気なんですよっ」
「ごめんねぇ。うち、これでも警察の組織としての配信だからさ。一般の方とのコラボはNGなのよー」
「そうなんですねー、残念」
「安藤、そろそろいい? 俺、あんまり時間ないから」
ごめん、と言いながら安藤が青砥の隣に並んだのを見て、未だ酔っ払いの霧島がニヤっと下世話な笑みを浮かべた。
「遅くなったっていいじゃん、彼女の家に泊っちゃえばさ~。もう樹と一緒に過ごさなくてもいいんだし、ねぇ」
同意を求められた樹が「はい」と頷くと同時に「そういう関係じゃないんで」とばっさり青砥が言い切った。
「安藤がストーカー被害に合っているからその相談に乗っているんです」
「えぇっ、ストーカー!?」
「それって正式に署に相談した方が良いんじゃない?」
山口が心配そうな声を上げると、安藤はふるふると首を振った。
「これと言って何かをされたわけじゃないんです。だから警察に相談しても無理だろうって……」
「とりあえず、俺、安藤を送ってくるんで詳しいことはまた」
樹は並んで歩いていく二人に背を向けながら先ほどの霧島の言葉を思い出していた。もう青砥と一緒に行動することも、一緒の部屋で眠ることもない。「流された」と青砥が言った日以来、どこか落ち着かなくなった樹の心。それはきっと青砥に近づきすぎたのだと樹は理解していた。
そうか、もう一緒にいなくていいんだ。
その事実にホッとしながら樹は帰宅の途についた。
翌日の19時半、霧島、山口、樹の3人は青砥に食堂へと呼び出されていた。先実は酔っ払いで無敵モードだった霧島がちょっと気まずそうな表情をしている。それもそうだ、青砥に呼び出されるなどどんな人間でもドキドキするに決まっている。「き、昨日はごめんねぇ、へへ」と最初に口を開いたのは山口だ。この空気に耐えかねてというやつに違いない。
「それはいいんです。というか、せっかくなのでその責任をとって貰おうと思って」
先に首を突っ込んできたのはそっちですから、と青砥が微笑んだ。滅多にお目にかかることがない青砥の笑みに皆の背筋が伸びる。「安藤が言うにはことのはじまりは1か月前らしいです」と青砥が本題に入った。
「ブレスレットに着信があり出ると切られる、という事がたびたび起こる様になり、始めは気にしていなかったそうです。ですが、そのうち一人で歩いている時につけられているような気がすることが多くなり気付けば無言電話も毎日ある。それで恐くなって俺に連絡してきたってわけです」
「ストーカーかぁ。女の子ひとりじゃ、確かに怖いわよねぇ」
「あら、茜ちゃん、男だって怖いですぅ」
んー、とため息交じりに言った山口に霧島が「お前をストーカーする方も怖いわっ。バレたら殺されかねん」と突っ込んでいたが樹も青砥もそこはスルーした。
「犯人の目星はついているんですか?」
「まだ全然分からないんだ。それで安藤の仕事が終わる時間が遅い時は家まで送るようにしてる」
「確かに具体的に何かされたわけじゃないし、今のところ動きようがないわよねぇ」
「このまま何かされるのを待っていても仕方ないので、犯人の目星を付けたいなと思ってまして。それで皆さんには彼女のSNSや動画をチェックして貰いたいんです。気になる書き込みやコメントがあったら教えて欲しいです」
「仕方ないわねぇ。困っている人を放置するわけにもいかないし。無言電話が来るようになった前後2か月分で良いわよね」
「あ、N+捜査官の皆さんですよね? いつも動画を楽しく拝見させていただいてます。私、安藤桜っていいます。青砥君とは学生時代からの付き合いで……」
ね? と青砥の顔を見ながら首を傾けたその仕草に樹の心は一段冷えた。
へぇ、アオさんはこういう女が好きなんだ、そうだよな、大抵の男はこんなものだよな。
心の中で言葉になれば、浮いたり沈んだりしていた樹の心はピタっと動きを止めた。動きを止めた心を開かずの扉の向こう側に押しやることは、幼い頃に身につけた樹の得意技だ。
「一週間前の霧島さんのお料理動画も最高でした。私、レシピを真似して作ってみたんですけど、あんなゲロクソ不味料理が出来たの、はじめてですぅ」
「えーっ嬉しいっ。動画を観るだけじゃなくて作ってくれるなんて」
樹が「ゲロクソ不味料理って何ですか?」と囁くように山口に聞くと「茜ちゃん主導でN+捜査官のプライベート動画を配信しているんだけど、その中の人気コーナーなのよ。茜ちゃんの激マズクッキング」と教えてくれた。
美味しい料理レシピを配信する人が多い中で敢えて激マズ料理を配信するというのは、確かに人気が出るのも分からなくはない。「敢えてね、敢えて」と繰り返した後、菩薩のような顔をしてほほ笑んだ山口の先で、霧島と安藤はまだキャッキャしていた。
「もう、本当に大ファンなんですぅ」
「やだー、嬉しいっ」
「もし良かったらなんですけど今度コラボしませんか? こう見えて私も動画の配信をしてて、結構人気なんですよっ」
「ごめんねぇ。うち、これでも警察の組織としての配信だからさ。一般の方とのコラボはNGなのよー」
「そうなんですねー、残念」
「安藤、そろそろいい? 俺、あんまり時間ないから」
ごめん、と言いながら安藤が青砥の隣に並んだのを見て、未だ酔っ払いの霧島がニヤっと下世話な笑みを浮かべた。
「遅くなったっていいじゃん、彼女の家に泊っちゃえばさ~。もう樹と一緒に過ごさなくてもいいんだし、ねぇ」
同意を求められた樹が「はい」と頷くと同時に「そういう関係じゃないんで」とばっさり青砥が言い切った。
「安藤がストーカー被害に合っているからその相談に乗っているんです」
「えぇっ、ストーカー!?」
「それって正式に署に相談した方が良いんじゃない?」
山口が心配そうな声を上げると、安藤はふるふると首を振った。
「これと言って何かをされたわけじゃないんです。だから警察に相談しても無理だろうって……」
「とりあえず、俺、安藤を送ってくるんで詳しいことはまた」
樹は並んで歩いていく二人に背を向けながら先ほどの霧島の言葉を思い出していた。もう青砥と一緒に行動することも、一緒の部屋で眠ることもない。「流された」と青砥が言った日以来、どこか落ち着かなくなった樹の心。それはきっと青砥に近づきすぎたのだと樹は理解していた。
そうか、もう一緒にいなくていいんだ。
その事実にホッとしながら樹は帰宅の途についた。
翌日の19時半、霧島、山口、樹の3人は青砥に食堂へと呼び出されていた。先実は酔っ払いで無敵モードだった霧島がちょっと気まずそうな表情をしている。それもそうだ、青砥に呼び出されるなどどんな人間でもドキドキするに決まっている。「き、昨日はごめんねぇ、へへ」と最初に口を開いたのは山口だ。この空気に耐えかねてというやつに違いない。
「それはいいんです。というか、せっかくなのでその責任をとって貰おうと思って」
先に首を突っ込んできたのはそっちですから、と青砥が微笑んだ。滅多にお目にかかることがない青砥の笑みに皆の背筋が伸びる。「安藤が言うにはことのはじまりは1か月前らしいです」と青砥が本題に入った。
「ブレスレットに着信があり出ると切られる、という事がたびたび起こる様になり、始めは気にしていなかったそうです。ですが、そのうち一人で歩いている時につけられているような気がすることが多くなり気付けば無言電話も毎日ある。それで恐くなって俺に連絡してきたってわけです」
「ストーカーかぁ。女の子ひとりじゃ、確かに怖いわよねぇ」
「あら、茜ちゃん、男だって怖いですぅ」
んー、とため息交じりに言った山口に霧島が「お前をストーカーする方も怖いわっ。バレたら殺されかねん」と突っ込んでいたが樹も青砥もそこはスルーした。
「犯人の目星はついているんですか?」
「まだ全然分からないんだ。それで安藤の仕事が終わる時間が遅い時は家まで送るようにしてる」
「確かに具体的に何かされたわけじゃないし、今のところ動きようがないわよねぇ」
「このまま何かされるのを待っていても仕方ないので、犯人の目星を付けたいなと思ってまして。それで皆さんには彼女のSNSや動画をチェックして貰いたいんです。気になる書き込みやコメントがあったら教えて欲しいです」
「仕方ないわねぇ。困っている人を放置するわけにもいかないし。無言電話が来るようになった前後2か月分で良いわよね」
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
天才魔術師様はかぁいい使い魔(♂)に萌え萌えですっ
阿月杏
BL
【クールな孤高の天才魔術師 × マイペース女装男子使い魔】
桑山萌(メグム)は、ジェンダーレスメイドカフェで女装して働く男子。
かぁいい(かわいい)ものが大好きでありながら、男としての自分も捨てきれず、悩みながら生きてきた。
ところが、ある時……異世界に『使い魔』として召喚されてしまった!?
ふわふわの猫耳と尻尾、ちょっと童顔で中性的な容姿。
元の世界と似た顔の、けれどぐっと愛らしい雰囲気の姿になったメグムは、この世界でかわいい服を纏って『自分らしく』生きることを決意する。
メグムのご主人様である魔術師・アッシュは、クールで真面目な天才肌。メグムを召喚して『使い魔』にしておきながら、態度はそっけないし、仕事も全然任せてくれない。
そんなご主人様の気持ちを、使い魔の仕事の一つである『魔力調整』を通じて理解できたはいいけれど……。
なんかこのご主人様、使い魔に対してちょっと過保護じゃないですか!?
その割に、ちっとも他人に頼ろうとしないんですけど!
――そんなでこぼこ主従の二人が、『萌え』の概念について共有したり、やむを得ずキスをしてしまったり、『ありのままの自分』について悩んだりしながら、ゆるゆる絆を深めていくお話です。
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる