人形遣いのメルル

茜カナコ

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人形遣いのメルル

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その子の名前はメルルと言った。
年は12歳。不思議な能力を持っていた。
人形遣い。人形の言葉を聞き魂を宿らせることができる。
メルルにはたくさんの人形の友達がいた。
田舎町ではメルルの能力は隠されていたが、失せ物迷い猫が現れたらメルルに相談するとすぐに見つかると評判になっていた。

メルルは人形たちと遊んでいる時間が一番好きだった。
だから、大きな街に引っ越すというとき、人形たちと別れなければいけないと言われたとき、メルルは家出をした。人形たちもついて行った。
両親が心配をして、森まで探しに行ったところ、メルルは人形たちに囲まれてすやすやと眠っていた。

「メルル、人形たちも一緒に引っ越ししよう」
父親がそう言うとメルルは目を輝かせていった。
「おとうさん、ありがとう」
「メルルは本当にお人形さんが好きねぇ」
母親がそう言うとメルルは答えた。
「うん。大好き」

こうしてメルルと人形たちの生活は新しい幕を開けた。

メルルたちが引っ越してきたのはポナの街だった。
ポナの街は穏やかで平和だった。
街の中央には噴水のある公園があり、街の人々の憩いの場となっていた。

「メルル、人形たちを運んでちょうだい」
母親がそういうとメルルは慌てて人形たちを運んだ。
本当は人形たちには魂が吹き込んであるから自分たちで歩ける。
でも、大騒ぎになってしまうのが目に見えているから皆にお願いして、メルル以外の誰かがいるときはただの人形として振る舞ってもらっていた。

「お母さん、この部屋私の部屋なの?」
「そうだよ、メルル」
屋根裏部屋だったが広くてメルルはとても嬉しかった。
大好きなお人形さんたちとお話をするにはもってこいだった。
「メルル、片付けが終わったら公園に行ってみるか?」
父親ーがそういうとメルルは思いきり頷いた。

公園は賑わっていた。
ふと見ると人が集まっていて、そこには掲示板があった。
「なになに、商人の娘セリスの相談相手募集だって?」
「なんでも塞ぎ込んで話にならないって」
メルルはかわいそうに思って、考えた。
「ひょっとしたらお人形さんなら解決できるかもしれない」
掲示板にあった連絡先をメモすると、メルルは急いでそこに駆けていった。

連絡先にあった住所には、大きな建物が建っていた。
商人の娘とは書いてあったが、街を行き来する位大きな商人らしい。
メルルはドキドキしながら玄関のチャイムを押した。
「あの、メルルと言います。公園の張り紙を見てやってきました。」
「あらあ、いらっしゃい。」
メイドさんが出てきてメルルを応接間に案内した。

「セリスさんは大丈夫ですか?」
「お嬢様は誰とも口をきかないんですよ。」
メイドさんは困った様子で言った。そしてメルルをセリスの部屋まで連れて行った。
「セリス様、入りますよ」
「はい」
力ない声で返事があった。
メルルが中に入ると、長い金髪の少女がベッドに腰掛けていた。
ベッドの脇には、かわいらしいクタクタのウサギの人形が居た。

「あの、セリス様と二人きりにしてもらえますか?」
メルルがそう言うと、メイドさんは部屋を後にした。
「はじめまして。私はメルル。」
「・・・・・・」
セリスからの返事はない。
「可愛いね、このウサギさんの名前は?」
「・・・・・・ベティ」
「こんにちは、ベティ」
メルルはベティに話しかけると、ベティがぼんやり光った。
「こんにちは、メルル」
ベティが話し始めた。セリスは驚いて、ベッドから立ち上がった。

「ベティ」
「セリスちゃん、元気だして」
ベティはそう言うとセリスに抱きついた。
「セリスちゃんはお父様とお母様がお仕事で忙しいから、いつもひとりぼっち」
「でも、ベティがいるから大丈夫だと思ってた」
セリスはメルルの前で泣き出した。
メルルはセリスの頭をなでながら言った。
「私、人形遣いなの。人形に魂を宿らせることができるのよ」
セリスは言った。
「ベティとお話出来るなんて夢見たい」
ベティは言った。
「セリスちゃんはメルルともお友達になるといいよ」

ポナの街に来て4年。
メルルは16歳になった。
「メルル、将来は何になるの?」
母親が家族での誕生日パーティの時に聞いた。
「私、人形修理士になりたい」
「人形修理士?人形遣いじゃなくて?」
「うん、古くなったり傷ついた人形を直してあげたいの」
メルルがそう言うと父親は厳しい顔で言った。

「人形修理士は人形遣いの工房に入って修行をしないといけないぞ」
「それに、人形遣いではなく修理だけでは、うまく食べていけるかわからないぞ」
父親はそう言って、難しい顔のまま、ごちそうを一口食べた。
「メルル、あなたは実際にどうしようと思っているの?」
母親が聞いた。
「セリスのお家は有名な商人でしょう? アストリア王国にも行ってるって」
「アストリア王国には人形遣いの軍隊があるし、工房も多くある」
父親が言った。

「一度、セリスにアストリア王国まで連れて行ってもらって紹介してもらおうと思ってるの」
「たしかに、ポナの街ではメルルの人形修理の腕は認められてきてるけど」
母親が心配そうに言った。
「アストリア王国は一流の人形遣いが集まっているから認められるか難しいと思うわ」
父親も母親も、メルルが人形に魂を込められることは知らないままだった。
「でも、行ってみたい」
「わかったわ、セリスさんに迷惑をおかけしないように気をつけてね」

こうしてメルルはセリスにアストリア王国に連れて行ってもらうため、相談に行くことにした。

セリスの家に来た。
「こんにちは、メルルです」
セリスの家のメイドさんが答える。
「いらっしゃい、メルルちゃん」
「セリス様、メルルさんがいらっしゃいました」
「こんにちは、メルル」
セリスはドレスを身にまとい、お辞儀をした。

セリスの部屋に行くとメルルは言った。
「ベティちゃんは元気?」
「元気だよ」
ウサギの人形が答える。
「いつもメルルの話をしているの」
「セリス、私人形修理士になりたいの」
「そうなの? 合ってると思うわ」

セリスはそう言うと、ベッドに腰掛けた。
メルルはサイドテーブルの椅子に腰掛けると言った。
「それでね、セリスにお願いがあるの」
「何?」
「アストリア王国に連れて行ってほしいんだけど、難しいかな?」

セリスは考えた。
「私と一緒なら、行けるんじゃないかな?」
「アストリア王国は人形遣いの工房がいっぱいあるでしょ? 弟子入りしたいの」
メルルがそう言うとセリスは難しい顔をした。
「アストリア王国の人形遣いは戦争のために働いてるわ」
メルルは悲しそうな顔をした。
「お人形さんたちにそんなことさせたくない」
「うん、メルルならそう言うと思った」

セリスは言った。
「普通、人形遣いは魔石の力で人形を動かすけど、メルルは人形に魂を宿らせることができるでしょう? 人形はそれぞれ意思をもってしまうじゃない」
「うん」
ベティが口を挟む。
「私、セリスとお話出来るようになって幸せよ。 戦争には行きたくないわ」
「メルル、アストリア王国のはみ出し工房って呼ばれてるケリーの店なら悪くないかもしれない」

セリスがそう言うとメルルが食いついた。
「ケリーの店? どんなところなの?」
「超一流の人形遣いなのに、人形の修理しかしないお店よ」
「そこ、弟子入り出来る?」
「ケリーさんは頑固者だから難しいかもしれないけど、ベティを見せれば話くらい聞いてくれるかもしれないわ」

「それじゃあ、私のこと紹介してくれるの?」
「うん、メルルはベティとおしゃべりできるようにしてくれた恩人だからね」
セリスはそう言って、ベティを抱きしめた。
メルルたちは翌週、アストリア王国のケリーの店に行くことにした。

一週間がたった。
セリスの家にメルルが行くと馬車が止まっていた。
「セリスちゃん」
「メルルちゃん」
馬車の中にはベティを抱いたセリスが居た。
メルルもいつもよりよそ行きの服を着ている。

「それじゃあ、アストリア王国に行きましょう」
「うん」
セリスがそう言うと、馬車はアストリア王国へ向けて走り出した。
「ねぇ、メルルちゃん、アストリア王国は初めて?」
「うん」
セリスにそう返事をするとメルルは目を輝かせた。
「ケリーさんてどんな人?」
「30代くらいの男の人で、人形に目が無い感じかな」

馬車から見える風景が草原から街に近づいてくる。
「そろそろ、アストリア王国だよ」
「うわあ、おっきな門」
馬車が門をくぐると、大きな街が広がっていた。
「こっちだよ、メルルちゃん」
「まって、セリスちゃん」
セリスは馬車を降りると、すいすいと街中を歩いて行く。

あわててメルルも後を追う。
しばらくすると街の端についた。

「ここだよ、ケリーさんの工房」
「けっこう小さいね」
「こんにちは」
セリスが工房のドアを開けた。
「なんだい、お嬢ちゃん?」
「いつもベティがおせわになっています」
「ああ、セリスちゃんか」
「あの、私メルルと言います。初めまして」
「ああ、どうも」
ケリーはそう言うと、手にしていた人形に目を落とした。

「ベティちゃんは元気?」
「ええ、元気よ」
ケリーはベティを受け取ると、首の後ろや手の付け根など痛みやすい所を確認した。
「元気そうだな」
「ええ、そうよ」
ベティが答えた。ケリーは驚いてセリスを見た。
「あのね、お人形に魂が宿ったの」
「そんな高等魔術、誰に頼んだんだい?」
「ここにいるメルル。人形修理士になりたいんだって」
「メルルと言います。人形修理士になりたくて、こちらの工房で修行させてもらいたいと思って来ました」
「修行って、今までは独学でやってたの?」
「はい」

セリスが笑った。
「驚いた?」
「ああ、驚いたよ」
ケリーが答える。ベティを隈無く観察してうなり声を上げた。
「魔石を埋め込んだ後もないし、メルルちゃんは生粋の人形遣いだね。この国に知られたら放っておかれないよ」
ケリーは困ったように言った。
「メルルが魂を込めたお人形は意思を持っちゃうから、戦争には向かないわ」
セリスが言った。

「ああ、そうだな、ベティも戦争は嫌だろう?」
ベティが頷く。
メルルは言った。
「あの、弟子入りは難しいでしょうか?」
「どうしようかな。この工房で受ける依頼は、人形の修復ばかりだから希望とは合ってると思うけど。僕もメルルちゃんの能力に興味あるし」
「それじゃ、弟子入り出来るんですか?」
「親御さんの許可があればいいよ」
「やった!」
メルルは嬉しそうに飛び上がった。

こうしてメルルはケリーの工房に弟子入りしたのだった。

「ケリーさん、荷物は何処へ置けばいいですか? 」
メルルが聞くとケリーは答えた。
「屋根裏部屋が空いている。ほこりを払えば住めるはずだ」
ケリーは続けた。
「工賃は安いぞ。ただし三食は保証する」
ケリーは椅子に腰掛けると机に向かった。
「よかった。ありがとうございます」

メルルは素直に喜んだ。
「ケリーさん、セリス、ありがとう。」
「でも工房もあんまり余裕ないんでしょう? 」
セリスがケリーに言った。
「ああ、まあ、お嬢ちゃんの一人くらいは食っていけるよ」
「そうですか」

「いつから来ていいですか? 」
「一ヶ月後くらいかな」
「待ちきれません」
「そうはいってもこちらにも都合がある」
そう言いながらケリーは手がけていた人形の修理を再開した。
「そうですね、ごめんなさい」
メルルはケリーの手元を興味深げに見ている。

「メルル、あんまり居るとケリーさんのお邪魔になるわ」
セリスが言った。
「そうね、それじゃ一ヶ月後からよろしくお願いします」
「わかった。ちゃんと両親の承諾を得てくるように」
「はい」
メルルは嬉しそうに頷くと、セリスに抱きついた。
「やったよ、セリスちゃん」
「よかったね、メルルちゃん」

メルルはどうにか工房に弟子入りが許された。

「お母さん、お父さん、今までありがとう」
「メルル……」
メルルは人形たちを連れて、弟子入りすることを選んだ。

お母さんもお父さんも、まだ早いんじゃないかって言ったけど、メルルの意思は固かった。

「セリス、これからもよろしくね」
「ええ、メルル」
メルルは身の回りの品を小さなボストンバックに詰めると、セリスの乗ってきた馬車に乗った。

早く一人前になりたい。
メルルはそう考えながら、街へと向かう風景を眺めていた。

新しい街での生活はまた別の期待を孕んでいた。
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