九鬼妖乱 『鬼』

冬真

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第3章

枯桜香炉

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ドカッと分厚いハードカバーの蔵書が机に並べられる。

通称「美術品名鑑」、近世の美術品の来歴や収集に関する概要、所蔵などがつづられている。
主に鑑定に関わる仕事の者が使うため一般には出回っていない。当然、一冊ではない。それもそのはず。宝石、絵画、骨董、古文書、その他、分類は多岐に渡る。

探す品が分かっていれば便利だが、今回は絵なのか宝石なのかすら見当がつかない。
しかも48ページなのか、48番なのか、48行目なのか、そもそも果たして本当に名鑑を指しているのかも分からない。 
ただひたすらに索引から河内家所蔵であたりをつけていく。果てしなく地道な作業が続く。

「古美術品名鑑…48番、枯桜香炉〈河内家所蔵〉これですね。」
「本当にあった」
 
ホッと息をつく雅也。

「やりましたね! 」
「ありがとうございます」
「桜か、」
「これで繋がった。」
 
桜の木の下で待っていた佐久間。上尾でなければならない理由。

「伊坂さん、河内家の方はどうでしたか」
「はい、まず佐久間さんに泣きついたのは河内宗助という男です。亡くなった河内家の当主とは従弟にあたります。彼も美術品収集が趣味のようで佐久間さんとはその縁で懇意にされているようです。」
 ここでも美術品だ。
「なるほど」と頷く雅也。

「河内家で無くなったものはありましたか? 」
「警察の調べによれば特に目ぼしい物はありませんでした。現金類はそのままのようですが、なにしろ現場がかなり荒れているので、美術品の方までは…すみません。」
「そうですか。仕方ないですよ」
 
あれだけの美術品の数々だ。家族でもなければ把握は難しいだろう。その上、現場は凄惨さを極めた。さらに怪異によって荒れ果てていた。なにが残され、なにが残っていないのか検証するには時間がかかる。

「うーん、」
「現金類が手つかずだったので警察は強盗殺人の線は薄いと判断したようですね。」
「となると怨恨? 一家惨殺なんて相当恨みがないとしないよな」
「しかし、河内氏の周辺で最近目立ったトラブルも恨みをかうような事情もなかったらしい。河内氏の金銭関係は割とクリーンなようですし。そこまでするような人物が浮かばないので警察も首を傾げている状態ですね。」
「愛人とか? 」

冗談めかして片目を瞑って見せる香坂に「…そういう報告はない」と嘆息する伊坂。
苦笑しつつ首を捻る雅也。

「それにしても物盗りでも怨恨でもない? どういうことでしょう」
「事情を聴ける人間が少ないのも捜査を難航させているようですね。」
「肝心の河内一家は皆殺しか…」
 
香坂の言葉に空気が重苦しくなる。

「みんな? 」
 
たしかに河内邸にいた人は残らず殺害されてしまった。しかし河内家の人間なら残っている。

「いや、まだいるじゃないですか残っている人が! 」

パンッと一つ手を打つ雅也。

「え? 」
「河内宗助ですか」
「はい、きっと彼が何か知っているはず」
 
やけにきっぱりと頷く。

「この件はそもそも宗助さんが佐久間さんに泣きついたことから始まっている。彼はなにかしらの疑問を抱いた、もしくは事件に至った経緯に心当たりがあるのかも」
「なるほど。それはたしかにそうですね。」
「それと枯桜香炉の行方も追ってください」
「行方、ですか? 」
「そうです。この件は枯桜香炉の所在がどこにあるかにかかっている。」 
 
雅也の考えでは枯桜香炉の行方と河内宗助はセットだ。事件の解決には、どちらも欠かせない。
確実に真相に近づきつつある。

「分かりました。人探しなら俺に任せてください」
「お願いします香坂さん、頼りにしてます」
 
上尾の人間にとって雅也から寄せられる期待は、格別のものだ。
将来の当主であ
るということだけでなく、まだ少年とも言える雅也のためになりたい、庇護したい、という気持ちがとにかく強い。そこへ「頼りにしてます」などと懇願されれば悪い気はしない。
大いに頷いて香坂は白い歯を見せた。

「もちろんですよ、俺に任せてください。ま、京子さんにも手伝ってもらいますけどね」
「それなら安心だな。お前一人じゃ心配だ」
「もう、伊坂さんってば」と、言いつつ雅也もつい笑ってしまうのだった。

壁に掛けられた時計をみやればすでに
19時を過ぎている。

「遅くなりましたね。送っていきますよ」
「ありがとうございます、でもまだ…」
「あんまり遅くなると瑠璃子さんが心配しますよ? 」
「そうですよー、あとは大人の俺たちに任せて下さい」

いつでもほわほわしている母、瑠璃子がそれくらいで心配するかは疑わしいが雅也はおとなしく頷いた。

「じゃあ、お言葉に甘えて。香坂さんも遅くならないように帰って下さいね」
「はーい! 」と、元気に答えた双子の片割れにずっこけそうになる伊坂。
微妙な表情なのは香坂にしか伝わらない。

「はぁ…帰りましょう雅也さん」
「そうですね? 」

雅也がニコニコしているのが救いだ。 
こうして、一同にとっての長い一日がようやく終わりを迎えようとしていた。

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