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第2章
16、「ささやかな祈り」
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「朝食はちゃんと摂った方がいいですよ」
「ふぁっ……あ、ありがとうございます、」
雅也が慌てたように頷く。
その様子に伊坂も相好を崩す。サンドウィッチをお上品に口に運ぶ姿は、まるで子リスのようで愛らしい。
ちなみに雅也が手にしているのは、先ほど伊坂からお恵みで与えられたコンビニのハムサンドである。
「珍しいですね、朝起きられないなんて? 」
問えば困ったように首を捻る。
「うーん、それが…いろいろ考えてたら」
「ああ、昨日はいろいろありましたらかね。無理も無いですよ、それで眠れなかったんですね」
鬼と戦って興奮状態でもあったろうし眠れなくても不思議ではない。と、思いきや「いいえ。」と雅也は首を横に振る。
「考えてたんですけど、すごく眠くて。まぁ、ベッドに入ったらすぐ寝てましたね……普通に寝過ぎました。」
「あ、あぁ、なるほど? 」
「ものすごく眠くて。んー、起きていられなかったんですよ」
予想に反してぐっすりお休みだったらしい。
「それ、霊力の使いすぎかもしれませんね」
「霊力の使いすぎ? あぁ、そうかもしれないですね。」
雅也が頷く。
式神を扱うのには霊力を使う。
複数の式神を使役すれば当然その消費量も増える。
その上、討伐となれば命の危険が付きまとうのだ。そんな中、繊細で集中力を要する作業が続く。
極度の緊張状態から解放されれば一気に疲労が押し寄せても不思議では無い。
「それで空腹を感じる人も居れば、眠くなる人もいるらしいです。雅也さんは、睡眠で回復するタイプなのかもしれませんね。」
「今のところ枯渇は感じません」
雅也は自分の手の平を見つめる。
通常、霊力は体力と同じで休めば自然に回復する。霊力が戻るまでは人によって数時間、数日、数年と異なる。「寝る」ことで、たった数時間でも大きく回復することのできる雅也は得な体質と言えるだろう。
「でも、授業中に寝ないようにね」
「あ……はい。もちろんですよ! 大丈夫です」
(これは、本当に大丈夫なやつか? )
伊坂は思案する。
「怪我はどうですか? 」
「大丈夫です。大したことなかったし。」
なにかを聞けば雅也は、にこにこと笑って「大丈夫」を繰り返す。そしてだいたい本当に「大丈夫」にしてしまう。
「それはよかった。黒耀、だいぶ上手く使えるようになったみたいですね」
「……んー、まあ。」
伊坂は、おや? と首を傾げた。
珍しく歯切れが悪い。
「難しいんですよ。まだ完璧に意思疎通が出来てないって言うか、」
「あれは扱いにくい式神ですからね。今うちで黒耀を使えるのは雅也さんだけじゃないかな」
「でも、本当は黒耀って忠誠心が高いんです。」
黒耀は代々上尾家に伝わる式神の一つだ。強い力を持っているが扱いが難しいためなかなか出番が無い。
当代では雅也以外の呼びかけには答えていない。
「『主人の影に潜み常にその身を守る。声なき声を聞き、思いに答える。』それが黒耀の本来の姿です。台帳に書いてありました」
「だから選んだんですか? 」
「そうです」
次期当主である雅也は、上尾所蔵の式神・宝物をまとめた書物、通称「台帳」を読むことが出来た。
さらなる強い力を求めその中から選んだのが黒耀だ。
「命令しなくても推し量ってやってくれるはずなのに……今は、繋がったり繋がらなかったりです。僕と黒耀のリンクが上手くいってないから行動がチグハグになるんだ」
ちょっとふて腐れたように唇を尖らせる。
他の式神と違い黒耀はいずれ主人の複雑な心理を読み取れるようになるだろう。
だが、それには時間がかかる。
「そんなにすぐには上手くいきませんよ。焦らずに、ね? 」
「うん、そうですよね! それに……僕、黒耀のこと好きですよ。」
自らの胸に手を当てる雅也。
扱いが難しくこの何十年も誰にも選ばれることがなかった式神。それは同時に、誰のことも主人として選ばなかったということでもある。
「呼びかけに答えてくれたんだから、僕のこと本当に主人って認めてもらえるまで頑張ります。」
「そうですね、」
「伊坂さんに言われると出来る気がします」
くすりと笑い声を漏らす雅也。
伊坂は、目を細めた。
「あなたならきっと出来ますよ、心からそう思います」
「ありがとう。それと……ネクタイ、伊坂さんが昨日サヨさんに頼んでくれたんですよね? 」
「ああ、それですか。疲れてるみたいだったから一応ね。余計なお世話でした? 」
雅也を送り届けた際に、サヨに切り裂かれたネクタイを渡し「新しいものを用意してあげてほしい」と頼んでおいたのだ。
「まさか、とっても助かりました。ありがとうございます。すっかり忘れてたので言ってくれなかったら今日はネクタイなしだったかも」
笑って雅也は残りのサンドウィッチを口に運ぶ。
名門上尾家の中でも至宝とまで言われる天性のセンスに恐るべき判断力。
それなのに「伊坂さんはなんでも出来ちゃうんですね~」と、無邪気に笑って言う。
術者としては天才的なのに仕事を離れた途端に生活能力ゼロになってしまう。
そのアンバランスさが「支えてあげないと! 」と、思わせるのだった。
「雅也さん、……」
いくら若くても天才でも疲れないわけがない。
本当だったら「こんな日くらい休んだらどうですか? 」と、言ってやりたいところだが、それも出来ない。
「はい? 」
「いいえ、学校頑張ってね。」
「はい」
そろそろ学園が見えてくる。
せめて今日が平穏な一日であるようにと、ささやかな祈りを捧げる伊坂であった。
「ふぁっ……あ、ありがとうございます、」
雅也が慌てたように頷く。
その様子に伊坂も相好を崩す。サンドウィッチをお上品に口に運ぶ姿は、まるで子リスのようで愛らしい。
ちなみに雅也が手にしているのは、先ほど伊坂からお恵みで与えられたコンビニのハムサンドである。
「珍しいですね、朝起きられないなんて? 」
問えば困ったように首を捻る。
「うーん、それが…いろいろ考えてたら」
「ああ、昨日はいろいろありましたらかね。無理も無いですよ、それで眠れなかったんですね」
鬼と戦って興奮状態でもあったろうし眠れなくても不思議ではない。と、思いきや「いいえ。」と雅也は首を横に振る。
「考えてたんですけど、すごく眠くて。まぁ、ベッドに入ったらすぐ寝てましたね……普通に寝過ぎました。」
「あ、あぁ、なるほど? 」
「ものすごく眠くて。んー、起きていられなかったんですよ」
予想に反してぐっすりお休みだったらしい。
「それ、霊力の使いすぎかもしれませんね」
「霊力の使いすぎ? あぁ、そうかもしれないですね。」
雅也が頷く。
式神を扱うのには霊力を使う。
複数の式神を使役すれば当然その消費量も増える。
その上、討伐となれば命の危険が付きまとうのだ。そんな中、繊細で集中力を要する作業が続く。
極度の緊張状態から解放されれば一気に疲労が押し寄せても不思議では無い。
「それで空腹を感じる人も居れば、眠くなる人もいるらしいです。雅也さんは、睡眠で回復するタイプなのかもしれませんね。」
「今のところ枯渇は感じません」
雅也は自分の手の平を見つめる。
通常、霊力は体力と同じで休めば自然に回復する。霊力が戻るまでは人によって数時間、数日、数年と異なる。「寝る」ことで、たった数時間でも大きく回復することのできる雅也は得な体質と言えるだろう。
「でも、授業中に寝ないようにね」
「あ……はい。もちろんですよ! 大丈夫です」
(これは、本当に大丈夫なやつか? )
伊坂は思案する。
「怪我はどうですか? 」
「大丈夫です。大したことなかったし。」
なにかを聞けば雅也は、にこにこと笑って「大丈夫」を繰り返す。そしてだいたい本当に「大丈夫」にしてしまう。
「それはよかった。黒耀、だいぶ上手く使えるようになったみたいですね」
「……んー、まあ。」
伊坂は、おや? と首を傾げた。
珍しく歯切れが悪い。
「難しいんですよ。まだ完璧に意思疎通が出来てないって言うか、」
「あれは扱いにくい式神ですからね。今うちで黒耀を使えるのは雅也さんだけじゃないかな」
「でも、本当は黒耀って忠誠心が高いんです。」
黒耀は代々上尾家に伝わる式神の一つだ。強い力を持っているが扱いが難しいためなかなか出番が無い。
当代では雅也以外の呼びかけには答えていない。
「『主人の影に潜み常にその身を守る。声なき声を聞き、思いに答える。』それが黒耀の本来の姿です。台帳に書いてありました」
「だから選んだんですか? 」
「そうです」
次期当主である雅也は、上尾所蔵の式神・宝物をまとめた書物、通称「台帳」を読むことが出来た。
さらなる強い力を求めその中から選んだのが黒耀だ。
「命令しなくても推し量ってやってくれるはずなのに……今は、繋がったり繋がらなかったりです。僕と黒耀のリンクが上手くいってないから行動がチグハグになるんだ」
ちょっとふて腐れたように唇を尖らせる。
他の式神と違い黒耀はいずれ主人の複雑な心理を読み取れるようになるだろう。
だが、それには時間がかかる。
「そんなにすぐには上手くいきませんよ。焦らずに、ね? 」
「うん、そうですよね! それに……僕、黒耀のこと好きですよ。」
自らの胸に手を当てる雅也。
扱いが難しくこの何十年も誰にも選ばれることがなかった式神。それは同時に、誰のことも主人として選ばなかったということでもある。
「呼びかけに答えてくれたんだから、僕のこと本当に主人って認めてもらえるまで頑張ります。」
「そうですね、」
「伊坂さんに言われると出来る気がします」
くすりと笑い声を漏らす雅也。
伊坂は、目を細めた。
「あなたならきっと出来ますよ、心からそう思います」
「ありがとう。それと……ネクタイ、伊坂さんが昨日サヨさんに頼んでくれたんですよね? 」
「ああ、それですか。疲れてるみたいだったから一応ね。余計なお世話でした? 」
雅也を送り届けた際に、サヨに切り裂かれたネクタイを渡し「新しいものを用意してあげてほしい」と頼んでおいたのだ。
「まさか、とっても助かりました。ありがとうございます。すっかり忘れてたので言ってくれなかったら今日はネクタイなしだったかも」
笑って雅也は残りのサンドウィッチを口に運ぶ。
名門上尾家の中でも至宝とまで言われる天性のセンスに恐るべき判断力。
それなのに「伊坂さんはなんでも出来ちゃうんですね~」と、無邪気に笑って言う。
術者としては天才的なのに仕事を離れた途端に生活能力ゼロになってしまう。
そのアンバランスさが「支えてあげないと! 」と、思わせるのだった。
「雅也さん、……」
いくら若くても天才でも疲れないわけがない。
本当だったら「こんな日くらい休んだらどうですか? 」と、言ってやりたいところだが、それも出来ない。
「はい? 」
「いいえ、学校頑張ってね。」
「はい」
そろそろ学園が見えてくる。
せめて今日が平穏な一日であるようにと、ささやかな祈りを捧げる伊坂であった。
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