九鬼妖乱 『鬼』

冬真

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4、怪異

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 パキッ パキパキ

船底天井から乾いた音と共に木くずが振ってくる。

スーツの肩に落ちた埃を手で払いながら湊と望が顔を見合わせて苦笑した。
ギシギシと軋んだ音を立てて廊下を進む。

「入った瞬間にこれだよ」
「歓迎されてませんねー」

家の天井から壁までが「バンバン」派手に鳴っている。
あらゆる場所から音がする。
そのうち、ゴォゴォと耳鳴りまでしてくる。

そんな中、雅也は「家鳴りのフルオーケストラですね」と真面目な顔で呟いていた。

「見られてますね、たくさん……」
「目を合わせないようにな。」

携帯電話を操作しながら伊坂が言う。
香坂と連絡を取っているのだろう。

「合わせないようにっていうか、目だらけでは? 」

すでに侵入者である一同は怪異に囲まれていた。
まだ襲ってこないのは何者か計りかねて警戒しているのだろう。
きっかけさえあれば襲ってくる。

「賑やかですねぇ」

邸内から「わーッ」とか「うぁああ」とか生きた人間の声が聞こえてくる。
恐らく戦闘中の派遣組だろうが雅也はいたってフラットに言った。

「雑魚は相手しなくていいです。協会のみなさんに任せましょう」

廊下の奥で無数の目が光っているが強固な精神で無視を決め込む。

「は、はい」 

外れた障子を避けて広間に足を踏み入れた。
二〇畳以上はある立派な広間だ。

革靴でささくれ立った畳を踏みしめる。
随分と荒れているが畳自体はまだ新しいのだろう床を踏み抜く心配はなさそうだった。

「香坂はこの先で待っているそうです」 
「そうですか、」

携帯を片手に伊坂が前方の襖を指す。広間を横切って奥の廊下を目指す。
後たった一〇歩のところだ。

「急ぎましょう襲ってくる前に、」
 
 ふと、あんなにうるさかった家鳴りの音が消える。

「? 」


―――ドォンッ


 振ってきたとしか言い様がない。

「こいつ」
「どこから?! 」

広間の奥。
突如、天井から振ってきた怪異。
子牛くらいはありそうな黒い塊がうごめく。
その中心に人間の顔が浮かび上がる。

いや、能面だ。面がくるくると回転したかと思えば、逆さまのまま止まる。
胴体から6本の腕が生えだした。

「蜘蛛? 」
「いや」

一見蜘蛛のようだが脚ではなく全てが腕だ。
異様に長く細い腕、その中で真横に伸ばした2本の手には刀。

次の瞬間、空気が大きく振動した。
部屋自体が揺れているような異常な振動。
足下がふらつく。


―――きゅるるるぅっ
 

全身を押し潰されたボールのように縮める怪異。
次の瞬間、弾け飛ぶ。
反動で天井にぶつかり軌道を変えて襲いかかる。
その速さは人間の反応速度を超える。

「雅也っ! 」

 伊坂の声。

「ちっ」

咄嗟に後ろに下がる雅也。

寸でのところで刃を避ける。
だが、切っ先が胸元を掠めた。
ひらめいたネクタイが僅か刃先にすくわれる。
布が切り裂かれる感触。

たたらを踏むがそのまま横に逃れる。
元いた場所にもう一方の手から伸びた刀が突き刺さる。
切り飛ばされたネクタイの下半分がぱたりと畳に落ちた。

「やってくれる……」

多少イラついたように吐き捨てる。

「大丈夫ですか雅也さん! 」

「伊坂さんは先に、」

伊坂は襖に一番近い。
雅也は横目で状況を確認する。

標的を変えた怪異の攻撃に望が尻餅をついている。

強い妖しに誘われて低級らしきものも寄って来始めている。
猫くらいの大きさの目玉だけの黒い妖しが畳からぶよぶよと沸いてくる。
湊が札を放って応戦する。
怪異の刃が札に触れた瞬間、凄まじい静電気が上がり火花が散った。
が、完全に攻撃を防ぎ切るには至らない。

「代表……」

伊坂が何か言いかけたがそのままきびすを返して襖を開け放つ。

「望、はやく立つんだ! 」
「すみません湊さんっ」
「お二人とも大丈夫ですか! 」

立ち上がった望が、更に札を放つ。
湊は捕縛術に、望は結界術に優れている。それぞれ優秀な術者である。

「ここは我々に任せてください、」
「なんとかします!」

恐らく派遣術者たちを追い返したのは、この怪異だろう。
並の術者では歯が立たなかったはずだ。
湊と望の二人がかりでも無傷とはいかない。

黒耀こくよう、」

呼びかけに雅也の影が揺らめきうねる。
うっそりと上半身だけを出した人型の式神。

「……なぜさっき守らなかった? 」

『アルジが、お呼ビニならなかった故…』

目を細める。
黒耀は主に危機が迫った時、命を待たず顕現することができる。
先ほどの怪異からの攻撃、いくら速くても対応できたはずだが、それをしなかった。

「まぁいいよ。」

 言って雅也は小さく嘆息した。

「ここはお前に任せる。あの怪異を倒して」
『……お任せを』

「あとは、適当にこの辺りを片付けて。なるべく怪我人がでないよう二人を手伝ってほしい。終わったら戻ってくること。」

『アルジのお心のままに』

頭を垂れる黒耀。返答に満足したのか雅也が頷く。

「湊さん望さん、ここはお任せします! 」
「は、はい! 」

「黒耀を残して行きます。終わったら僕たちを追わずに外に出ていいですから」

湊が頷く。
捕縛術にかかった怪異が刀を振り上げている。

「どうぞお早く、」
「雅也さんも気をつけて」

答えを聞きながら、すでに雅也は走り出していた。

せっかく二人が怪異を足止めしてくれているのだ。時間を無駄にしてはいけない。

雅也の影から分離した黒耀が怪異に向かって跳躍する。
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