黄昏一番星

更科二八

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1章 呪いの女

192話 治癒の魔道具

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「あのータイガさんですよね」
「ああ、そうだが、なにか?」
昨日と同じようにギルドの制作部門の工房で魔道具を量産しているとギルド職員に話しかけられた。

「あのー昨日オークションに出品されたもののことで、部長とギルド長が話があると言われてまして・・お時間頂けますか?」
「まあ、別に構わんが」

部長にギルド長、また上のやつが出てきたな。
ぼちぼち材料が尽きるので早めに切り上げて買い物にいくよていだった。
エドガーと合流する時間まではかなりある。

職員に少し待てと言われたので制作部門の受付の前で待っていると1人の女性が現れた。
背が低く髪は肩まで伸ばしてメガネをかけた恰幅のいい40代ぐらいの女性だ。
たぶんハーフドワーフだろうか。

「やあ、あんたがタイガかい、デカいねー。あたしは制作部門長のペギー。悪いね呼び止めちまって」
「いや、構わないが、何の用だ?」
「それはギルマスんところで話すからちょっと来とくれ」

早速移動するペギーについていくとギルドの4階にある部屋の前まできた。
3階と4階は職員しか立ち入れない場所だ。

「ギルマスー入りますよー」
ペギーは声だけかけると返事を待たず部屋に入る。俺もそれに続く。
ギルド長の部屋はなかなか豪華で高そうな調度品が並べられている。
その奥にある高級感漂う木製の執務机には大量の書類が置かれてその中心に1人の女性が埋まっている。
そこから視線を逸らして俺の頭上へ向ける。
天井にはもう1人女性が張り付いていた。

「え!バレた!」
「楽しげな気配ダダ漏れだぞ」
「ギルマス・・・なにやってんのよ」

しゅたっと天井女は床に軽く着地する。

「試したのよ、Sランクの実力を!」
「マスター、遊んだなら早く仕事を」

書類に埋もれてた方の女が書類を撒き散らしながら立ち上がり天井女を睨みつけている。

「ハディーそんな見つめられたら照れちゃう」
「アホ!」
「タイガさんよ、こんな調子だからてきとうに座っちまっとくれ」
「帰ったらダメか?」
「ダメよ!」

天井女に即否定された。
どうしよう、すげーめんどくさそうだぞ。
ペギーがさっさと部屋の中央の机を囲む椅子に座るので俺も座れそうな椅子に腰掛けた。
天井女も俺の正面に座り、書類に埋もれてた女はその後ろに立っている。

「まずは自己紹介からしましょうか、私はシャヒーラ・サリム。このギルドの責任者よ!」
「・・・」
後ろの女が紹介しなさいとシャヒーラを睨みつけている。
「か、彼女はハディーシャ、私の大事な大事な秘書よ!」
「相談役のハディーシャ・メイソンです」
「カタラギ タイガだよろしくな」

シャヒーラは少し耳が尖っているのでハーフエルフだろうか。
初めて見た。
すらっと身長が高く痩せ型、美しい長い金髪を後ろで結っている。
ハディーシャの方は銀髪で青い肌に大きな巻角、背中にはコウモリのような羽と細長い尻尾、タイトな服を着ていて女性的なフォルムが目立つ魔人族だ。

「あなたの噂や報告は聞いてるわ。なかなか腕が立つようね」
「なあ、魔族討伐報酬って貰えないのか?」
「だめねー依頼受けてないしあなたSSランクじゃないじゃない」

ばしん!
「あたー!」

シャヒーラの頭をハディーシャが平手打ちした。

「ワーカーのやる気削ぐこと言わない!
タイガさん、受注してない依頼で報酬の申請が通らないのでお金は出せませんが、早めにランク上げることを検討してるので仕事の方頑張ってくださいね」
「まあダメ元で聞いてみたんだ、それが聞けただけで充分さ。それで今日は何の用件なんだ?」
「ペギー説明お願い」
べしっ!
「えへへ」

再びシャヒーラが頭を叩かれているが笑っている。

「はーそんじゃ私から、単刀直入に言うとタイガさんが昨日作ったっていう治癒の魔道具、あれをギルドで買い取らせて欲しいって話さ」

そう言ってペギーはオークションに出してあったはずの治癒の魔道具を取り出して机の上に置いた。
やっぱりな。
ここに呼ばれた時点でそんな事だろうとは思っていた。
ギルドもオークションに参戦すりゃいいのに、確実に買うために交渉しにきたわけだ。

「ギルドが買ってどう扱うつもりだ?
個別の交渉ならそれ次第だ」
「それはもちろん私の地位」
べしべしべしべし!
「あーハディー激しい!」
「帰るぞ」
「まって、ちゃんとするから!」

シャヒーラは本当にギルマスなのか、微塵も威厳を感じない。

「地位というのは私の建前で、本心はギルド主体での普及が目的よ。あなたの目的も教えてもらいたいわね」

本音と建前が逆だと思うが。

「まあ、俺の目的も普及ではある。最終的にはポーションの代用となって安く普及して欲しいと思ってる。だから素材も安くて解析もしやすいように作ってる」
「真似させる目的ならなんで魔法陣隠蔽してるの?」
「俺の魔法陣汚すぎて本職がみたら笑われる」
「あー魔道具師の連中はやたら柄の良し悪しに拘りますからねぇ」

横からペギーが口を挟む。
魔法陣は文字や図形で魔法を表して描くが、極端な話どんな形にしても破綻がなければ動く。俺は綺麗にする気が無いしレイアウトのセンスもないので魔法陣の術式を組み立てて詰め込んでいるだけだ。
本職はなぜかそれを綺麗な紋様にしたがるし、魔力を通さない素材で装飾を増やして魔法陣を隠したりもする。
そんなのが今の流行りだ。

「とにかく、ギルド主体の普及と言ったな、独占が目的なら俺とギルド個人での取引はしない。
ギルドもオークションで競り合って、買えたら解析頑張ってくれ。
それと俺は独占させる気がないから、誰かが真似し始めるまではどんどん作って売るぞ」
「言ってる事とやってる事が無茶苦茶よ。
安値で普及させて利益を得たいならあなたが主体で量産すべきじゃない。
なのにあなた自身はそれを安くて売る気は無いし普及も他人任せ」
べしっ!
「だって俺作り続けたくないし、あくまで普及は願望ってだけだ」
べしべし!ばしばし!
「ハディー、わかったってば!」

シャヒーラが頭を叩かれてまくっている。
何なんだこれは。

「ギルドの目的はあなたと一緒よ、これは安く量産されて普及すべきものと思うわ。
だからあなたの願望をギルドが叶えてあげる。ただし独占はさせて欲しいわ。
あなたの中途半端なやり方だと時間もかかるし、あなたにとって思わしくない事も起こり得るでしょ、ギルドならそれをコントロールできる」

むう、確かにその通りだ。
俺は結局のところ勝手に技術独占されて俺の願望と異なり高値で売り捌かれるのが嫌なだけだ。
その割にどこまでも他人任せだ。
ギルドというのは国を越えた大きな組織だ。
そして国の運営に大きく関わる組織でもある。
2千年以上も歴史があり信頼も厚い。
国はギルドに依頼をしギルドがその国の社会基盤を作る。
ギルドの仕組みを受け入れる事で国の仕組みを1から作るよりも遥かに楽で金もかからない。
ギルドが発行する共通通貨も使えるので他国との取引もやりやすいなどなど、国にギルドを置くことのメリットが大きい。

現在この大陸にある5割の国にはギルドがあると言われている。
案外半分かと思うがギルドがない国は統治が楽な小国で大国には全てギルドがある。
そんなギルドが俺の願望通りに治癒の魔道具を普及させてくれるというのなら、変な意地を張る必要もなく確実だろう。
ここで突っぱねてしまえばこの先治癒の魔道具の普及が遅くなり魔物に殺されるやつがその間出続けるだけだ。

しかしなー独占させないと言った手前で簡単に折れるのもなー。

「何も独占せんでも皆んなで作りゃいいじゃないか。ギルドから技術提供してワーカーに作らせて売るとかじゃダメなのか?その方が普及も早いだろう?」
「それだとギルドの利益あまり無くなるし私の評価」
ばしっ!!
「技術使用料年間1千万の10年契約はどう?」
「うっ!」

そんなん一生働かなくて良くなるじゃねえかよ。

べしんべしん!
「あたー痛いよハディー!」
「そんなのシャヒーラ1人で決めていい額じゃないでしょ!」
「だからハディーなんとかしてよー!」

なんか知らんがシャヒーラの独断の金額なのか
しかし年間1千万は揺らいでしまう。
しかしなーこれまた金額で揺らぐというのも意志が弱い。
俺の意志を突き通していい感じで落としどころを見つけないとな。

「やっぱり完全独占というのは俺はあまり認めたくない。でもギルド主体で普及させて欲しいと思う気持ちもある。
だからギルドはあくまで安価な製品のみは独占して販売して、高級品や他の装備への転用は他に任せるというのは?
技術の権利とかで製作者を絞る事は出来るだろ。
この条件ならギルドにこの魔法陣の写しを提供してもいい5千万で」
「1千万」
「なんで余計に下げんだよ!」
「商品展開できないなら利益見込めないじゃない!
あなたこそ急に欲を出すんじゃないわよ!」
「お前が先に1千万の10年って言ったんだぞ!」
「それはギルドが独占すればそのぐらいは出してもいいかもって思っただけだし。実際出せるかわからないし!」
べしっ!!!
「いたーい!」
「もうちょと落ち着いて話しなさい!」
「ハディーもうやだー向いてないよー」
「元々シャヒーラが言い出した事でしょうが!」
「なあ、ギルマスがこんなんでいいのか?」
「あたしに言わないでくれよ、一応滞りなくギルドは回ってるさ」

そうは言うがこの有様だからなー
天井に張り付いていた事といい身のこなしは良いし魔力も多いし戦闘なんかは出来そうではあるのだが、威厳はまるでない。
見た目も10代ぐらいだし。だがハーフエルフっぽいからそれでもかなりの年齢な可能性はある。

「ペギー、中級ポーション程度の値段なら売れると思う?」
ハディーシャがペギーに問う。
中級だと1つ3万ぐらいか高えなー。

「兵士団とかには最初に需要があるけど消耗品じゃないしねー。使いまわせる分数もそこまで出ないだろうね。ワーカー達にはその値段ならポーションの方が嵩張らないしいいだろうね。
高級感だせば貴族や金持ち層には受けるかもしれないけどそんな奴らにはあまり必要のない物だしなー」

凄く微妙な反応だ。
しかし3万も取らんでもいいと思う。
これの材料費300ロング程なのに。
人件費にしても俺1人でも1日10枚は余裕だから1枚あたり大した事ではない。
ちゃんとした製品にするのであればもうちょい材料費もかけた方がいいのは確かだが、それでもそう高くはならないはずだ。

「いくらぐらいなら売れると思う?」
「そうねーワーカーの稼ぎなら頑張って1万、一番必要になってくる低ランクにはレンタルや分割払いと言うのもありね。と言ってもFランクなら1日100ロングぐらいしか出せないだろうけど」
「材料費はそこそこ削れそうだしそれなら利益も見込めるか、あとは洗濯したら効果無くすなり消耗品にして需要を促す・・・」

汚い!この女汚いぞ!
せっかく俺は血で汚れても洗えてまた使えるように魔法インクをしっかり布に定着させたのに!
ハディーシャは更に何やら考えている様子
利益計算でもしてるのだろう。

「5千万で上に掛け合いましょう。その代わり魔法陣の権利代含めて。
そして、ギルドが作るのは低価格モデルのみで、高級品や装備に転用した製品は魔法陣の使用契約した業者に任せる形でどうでしょう」
「俺が製作者である事が記録に残るならそれでいい。値段はかなり抑えて欲しいけどな」
結局ギルドが魔法陣独占してる気がするが、もうめんどくさくなってしまった。
「承知しました、かならず残るようにしておきます」

はー終わった、昨日はこんなことになるなんて思ってなかった。
商人ってこんなのばっかやってるのか。
俺は向いてないなー。
緊張を解きつつ鞄から今日作った分の治癒の魔法陣を施した布を4枚取り出し机に置く。

「魔法陣の写しはまだやれないけど、これは必要になるだろうからやるよ」
5千万入ってくると思うとこのぐらい痛くはない。
「ありがとう。有効に使わせていただきます」
「あー終わったー」
べしっ!
「あいたー」
「終わってないでしょ!書類作りなさいよ!
それにもっと怖い人たちに話し通しに行くんだからしっかりしなさいよ!」
「ハディー一緒行こうね」
「嫌です」
「えーーー!」
「終わったなら早く帰りたいんだが」
べしべし!
「わかった、書類準備するから叩かないでよハディー!」

もう見てらんねえや。
まじで疲れる。
シャヒーラが準備した仮契約を結んだことの内容の書かれた書類に名前を書いて1部を受け取った。
渡した治癒の魔道具を解析しないことなども書かれていて意外とちゃんとしていた。
ギルド長の部屋からは用が済んだらさっさと退散し来た時同様ペギーを伴って1階へ降りた。

「めちゃくちゃ疲れた」
「まあまあ、がっぽり儲けられるんだから我慢しなさいよ。ほんと羨ましいわー」
「俺としちゃ今はそれなりな額を毎日稼ぎたかったのに計画狂ったぜ」
「それも我慢よー依頼でも受けて気を逸らせなさいよ」
「そうだなーそれもいいか。そんじぁあな」
「今回の話まとまる頃には制作のランクも上げられると思うから期待しときなさいな!」
「そうか、いいこと聞いた」

ペギーとはここで分かれ、彼女は地下へと向かっていった。
俺は材料の買い物予定だったが、もう金策はいいか。
明日からはエドガーと合流しよう。
今日のところは適当に街をぶらつくか。
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