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血は争えない
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ルカは午後からアレクセイに会いに別荘へと訪れ、気の合うふたりで楽し気に話に花を咲かせていた。その頃、アナスタシアはエスメラルダの王に謁見していた。
「では、今後は正式に我が国に留学されたいと?」
「はい、母の許可は取りました。後は陛下にお許し頂けましたら幸いです」
「私はもちろん歓迎しよう」
「ありがとうございます」
アナスタシアは手紙で病気はもう大丈夫な事、そして自分の成長と国の為にもエスメラルダに病気療養ではなく正式に留学したい旨を伝えていた。母から直ぐに返事は届き、応援する旨が書かれていた。エスメラルダ国王にも了承を得る為に王家を訪れたのだがあっさりと許可は下りた。
相変わらずエスメラルダ王の歓迎は温かくアナスタシアが勉学の為に必要な物はないか、使用人をもっと増やしたらどうかなどと気遣ってくれた。折角だからとお茶をご馳走になりながらふとエスメラルダ王が自身に向ける視線に違和感を持った。しかし、前回と同じく遅れてやってきたレオ王子の為にその疑問は直ぐに消え去ってしまったが。
「また遠乗りですか?」
「うさぎを捕まえました」
褒めて褒めて、と言う様な満面の笑みを向けられてアナスタシアだけでなく女王もあら凄いじゃないのと場が和んだ。
「今日いらっしゃると聞いて急いで帰って来たのです。午前はいつも学院や稽古ごとがあって…間に合って良かったです」
「私も今日お会い出来て良かったです。これから、正式に留学生としてお世話になる事になりましたので」
「え!本当に!本当にアナスタシア様が?では、まだこちらにいられるのですね?」
先ほどのうさぎの話以上に喜ばれてしまいこそばゆい思いでアナスタシアは少し頬を赤らめた。
「どちらの学校へ?」
その言葉に沈黙が流れた。アナスタシアの身分なら王立だが血統を重んじるエスメラルダの王立学院で異国の血が流れ見た目も違うアナスタシアが入れば今までの歴史を軽んじる事にもなりかねない。在校生や他の貴族の反発もあるだろう。
レオ王子もそれが分かったからか自身の発言の後は父親である王を見た。
「アナスタシア様は王女様だ。王立学院に通われるのがふさわしいと私は思う」
はっとした表情に王妃がなり、レオも笑顔を見せた。
「姫様、先日お話した通り我が国は単一民族ゆえ戸惑う者もいるかと存じます。しかし、姫様の安全は必ずしや保証致します」
「レオ、お前がお守りするのだ」
「はい、国王陛下」
すっと椅子から降りてアナスタシアの前にひざまずくと「全身全霊をもってお守りすることを誓います」そう言ってくれた。
「ありがとうございます。けれど、この国の皆さんを信じていますからきっと大丈夫ですよ」
それから急いで手続きが進められ、アナスタシアは王立学院に通う事になった。一番驚いたのは周りの学生だったが、レオ王子とルカが側に付いていてくれたお陰で周りとも直ぐに打ち解ける事が出来、友人と呼べる存在が沢山出来た。
毎日勉学にも精を出したが、エスメラルダの国民性だろうか、毎日の様に学生パーティーが開かれ、週末の夜にはアナスタシアもドレスをまとって踊り明かす日々だった。体調はすこぶる良く医師からも、もう大丈夫とお墨付きをもらっていた。わずか数カ月の楽しい楽しい期間だったが、アナスタシアはあっさりと帰国する事を決断してしまった。もちろん、友人やレオ王子、ルカや国王からは引き留められたが。
レオとルカがせめてどちらか選んでから帰国してくれと花束と指輪を持って別荘に押しかけて来たのには正直驚いた。他に美しく家柄良い上に性格まで申し分ない令嬢が沢山いるのに何故自分をそこまで求めてくれるのだろうかと…。国王からも是非婚約だけでもと打診されたのだが、
「私は、自身をもっと成長させたいのです。今は、まだその時ではないと存じます。どうか、お許しください。また、時が来ればその際はどうぞ宜しくお願い致します」
その言葉に国王も納得するしかなかった。沢山の思い出と気付きを与えてくれたこの国の、何よりも美しい海を前に出発の日の朝、アナスタシアは砂浜に立っていた。
手には金の指輪。いつか洞窟で拾ったものだった。そこにはアナスタシアの母の名前と現国王のエスメラルダ王の名前が刻まれていた。エスメラルダ王が血統に固執するにも関わらずアナスタシアに執着したのも、何だか勘ぐってしまう。過去に何があったのかは知らない。でも、きっと母もこの海に来たのだろう。ずっとずっと昔、アナスタシアが陰も形もない頃に?聞いてもあの母のことだ。教えてはくれないだろうし今更掘り返す話題でもないだろう。
大きく振りかぶって指輪を投げた。
「私は、これから自分の道を進んでいく。楽しい思い出と一緒に指輪はここに置いていくわ」
涙は流さなかった。眩しい朝日に目を細めただけだった。楽しい思い出ばかりだった。幼い自分が成長できた場所。大切な友人が出来た場所。一度背を向けた海を二度振り返る事もしなかった。また戻って来る。でも、それまでにまだやらなければならないことが沢山あるから。ここでの私は大切な思い出と共に置いて行こう。
アレクセイが馬にまたがってアナスタシアが戻って来るのを待っている。他にも、大切な、アナスタシアの守るべき人たちが待っているのが見える。
「あぁ、私の帰る場所、いるべき場所はあそこなんだわ」
と強く感じた。
旅立つ前日にパーティーを開いてもらっていたのだが、出発の日の馬車の側にはレオ王子が待っていた。
「ずっと待っています」そう言って手にキスを落とした。とても辛そうなのに笑顔でアナスタシアを見送ってくれた。優しくて綺麗なこの人の手を取れたらと何度思ったことか。
「お体に気を付けて楽しくお過ごし下さいね。また手紙を書きます」
「ありがとうございました。姫様と一緒に過ごせて本当に幸せでした。あと、ルカの事ですが…アナスタシア様と分かれるのが辛過ぎて今日見送りに来れなかった様で…ルカにも良ければ手紙を書いてやってくれませんか?」
「ええ、もちろんです」
さようならは言わなかった。ただ、最後に長い事ふたりは見つめあっていた。
それから年月が経って、アナスタシアは玉座に座っていた。結局、憧れていた異民族との結婚は叶わず同じ白い髪に赤い瞳をつ男性と結婚したのだ。護衛のアレクセイをと推す声もあったが彼は護衛として優れているので結婚相手としての器に押しとどめるのはアナスタシアは賛成できなかったし異性としてみるにはあまりに近しい関係になりすぎていた。できるだけ血の遠い、けれど爵位の高い男が選ばれ、直ぐに子供にも恵まれた。
アナスタシアの子も白い髪に赤い瞳を持つ男の子だ。今、その子はアナスタシアの周りで構ってもらおうとドレスの裾にまとわりついている。
「おかあさま、さっきからなにしているの」
「お手紙を読んでいるのよ」
「おてがみ、だれからですか?」
「ずっと遠い国のお友達からよ」
子供を膝の上に乗せると昔の話を聞かせる。
昔、この国と違って照り付ける太陽に暖かい風、どこまでも続く青い海でのひと時の出会い。子供は目をキラキラとさせながら聞いているが、話せるのはそこまでだ。
何故なら、アナスタシアは何度も来る婚約の話を蹴り続けた挙句に自国の男と結婚してしまったのだから。あの母ですら熱心なレオ王子にほだされ始め、同盟を結べるなら良いかもしれないと言い始めたのに。
そして、レオも抗う事の出来ない運命のままアナスタシアと同じように自国の姫と結婚した。別の友人からの手紙では金髪の青い瞳、まごうことなきエスメラルダの王子様が生まれたと聞いた。
そして数年たった今、その彼が死んだと手紙に書き記されていた。
レオもアナスタシアも若くして王位を継いだが、レオの国の成長は目覚ましかった。金の採掘のお陰で国はうるおい新国王の為に黄金の玉座が作られたそうだ。しかし、レオがその玉座に座ることなく逝ってしまった。まだ幼い血乳飲み子を抱えた姫は美しいが政治を取り仕切るだけの才はなく泣き暮らしていると書かれている。
姫の涙は夫である王の死へのものか、いずれ迫りくる我が子へのものか……。近親相姦を繰り返し美しさと引き換えに手に入れた代償がこれか…とアナスタシアは我が子を見た。他人ごとではない。だが…
「王が座るはずだった黄金の玉座を溶かして、今度は王が眠る黄金の棺を作っているですって?」
何とも滑稽な話だ。エスメラルダに送っていた間者によると金の採掘が急スピードにすすめられた為にもう底をついてしまっている様だった。それに比べてアナスタシアの国は大部分を占める山から石を採掘したり資源が豊富にある。民族間での婚姻時も出来るだけ遠い親戚関係を推奨していた。
手紙を読み終わり窓から外を見ると子供の頃と変わらない山並みと青い空が見えた。アナスタシアの赤い双眸がすうっと細められる。
「私の選択は間違っていなかったわ」
幼い頃、自分の国の男をあんなに毛嫌いしたのはまだ自分の中に残っていた良心というものがあったためかもしれない。あの海岸で見た指輪。それとなく探りを入れると母も過去にエスメラルダにお世話になっていたことがあったそうだ。母だけではない、過去にもアナスタシアの様に明るい国に憧れて未来を夢見た者がいたのは確かだろう。しかし、心をあそこに残して血統を守る道を選んだ。自分も。この国の人間は他の国の人間とはきっと交われないのだ。万年雪を被り続けるあの山々の様に心が冷え切っている。レオの死を伝える手紙を読んで涙ひとつ出なかった。
「私たちの民族の特徴って何かしら?」
後ろに控えていたアレクセイにアナスタシアは問う。
「そうですね、冷静なところでは?」
そう、とアナスタシアは返した。
「子供を別室に連れて行ってちょうだい。それから、軍の責任者たちを呼び寄せるように。会議を始めるわ」
はっとした表情のアレクセイにアナスタシアは一言告げた。
「ずっとずっと、この時を待っていたのよ」
逆光でアナスタシアの表情がアレクセイには良く見えなかった。母王の代よりずっと豪華になったドレスを翻しまだ若い女王はカツカツとヒールを鳴らし王の間から出ていく。子供を乳母に預けるとアレクセイはその後ろに続いた。大股で歩いていく彼もまた女王と同じ気持ちに違いなかった。彼らには同じ血が流れているのだから。
「では、今後は正式に我が国に留学されたいと?」
「はい、母の許可は取りました。後は陛下にお許し頂けましたら幸いです」
「私はもちろん歓迎しよう」
「ありがとうございます」
アナスタシアは手紙で病気はもう大丈夫な事、そして自分の成長と国の為にもエスメラルダに病気療養ではなく正式に留学したい旨を伝えていた。母から直ぐに返事は届き、応援する旨が書かれていた。エスメラルダ国王にも了承を得る為に王家を訪れたのだがあっさりと許可は下りた。
相変わらずエスメラルダ王の歓迎は温かくアナスタシアが勉学の為に必要な物はないか、使用人をもっと増やしたらどうかなどと気遣ってくれた。折角だからとお茶をご馳走になりながらふとエスメラルダ王が自身に向ける視線に違和感を持った。しかし、前回と同じく遅れてやってきたレオ王子の為にその疑問は直ぐに消え去ってしまったが。
「また遠乗りですか?」
「うさぎを捕まえました」
褒めて褒めて、と言う様な満面の笑みを向けられてアナスタシアだけでなく女王もあら凄いじゃないのと場が和んだ。
「今日いらっしゃると聞いて急いで帰って来たのです。午前はいつも学院や稽古ごとがあって…間に合って良かったです」
「私も今日お会い出来て良かったです。これから、正式に留学生としてお世話になる事になりましたので」
「え!本当に!本当にアナスタシア様が?では、まだこちらにいられるのですね?」
先ほどのうさぎの話以上に喜ばれてしまいこそばゆい思いでアナスタシアは少し頬を赤らめた。
「どちらの学校へ?」
その言葉に沈黙が流れた。アナスタシアの身分なら王立だが血統を重んじるエスメラルダの王立学院で異国の血が流れ見た目も違うアナスタシアが入れば今までの歴史を軽んじる事にもなりかねない。在校生や他の貴族の反発もあるだろう。
レオ王子もそれが分かったからか自身の発言の後は父親である王を見た。
「アナスタシア様は王女様だ。王立学院に通われるのがふさわしいと私は思う」
はっとした表情に王妃がなり、レオも笑顔を見せた。
「姫様、先日お話した通り我が国は単一民族ゆえ戸惑う者もいるかと存じます。しかし、姫様の安全は必ずしや保証致します」
「レオ、お前がお守りするのだ」
「はい、国王陛下」
すっと椅子から降りてアナスタシアの前にひざまずくと「全身全霊をもってお守りすることを誓います」そう言ってくれた。
「ありがとうございます。けれど、この国の皆さんを信じていますからきっと大丈夫ですよ」
それから急いで手続きが進められ、アナスタシアは王立学院に通う事になった。一番驚いたのは周りの学生だったが、レオ王子とルカが側に付いていてくれたお陰で周りとも直ぐに打ち解ける事が出来、友人と呼べる存在が沢山出来た。
毎日勉学にも精を出したが、エスメラルダの国民性だろうか、毎日の様に学生パーティーが開かれ、週末の夜にはアナスタシアもドレスをまとって踊り明かす日々だった。体調はすこぶる良く医師からも、もう大丈夫とお墨付きをもらっていた。わずか数カ月の楽しい楽しい期間だったが、アナスタシアはあっさりと帰国する事を決断してしまった。もちろん、友人やレオ王子、ルカや国王からは引き留められたが。
レオとルカがせめてどちらか選んでから帰国してくれと花束と指輪を持って別荘に押しかけて来たのには正直驚いた。他に美しく家柄良い上に性格まで申し分ない令嬢が沢山いるのに何故自分をそこまで求めてくれるのだろうかと…。国王からも是非婚約だけでもと打診されたのだが、
「私は、自身をもっと成長させたいのです。今は、まだその時ではないと存じます。どうか、お許しください。また、時が来ればその際はどうぞ宜しくお願い致します」
その言葉に国王も納得するしかなかった。沢山の思い出と気付きを与えてくれたこの国の、何よりも美しい海を前に出発の日の朝、アナスタシアは砂浜に立っていた。
手には金の指輪。いつか洞窟で拾ったものだった。そこにはアナスタシアの母の名前と現国王のエスメラルダ王の名前が刻まれていた。エスメラルダ王が血統に固執するにも関わらずアナスタシアに執着したのも、何だか勘ぐってしまう。過去に何があったのかは知らない。でも、きっと母もこの海に来たのだろう。ずっとずっと昔、アナスタシアが陰も形もない頃に?聞いてもあの母のことだ。教えてはくれないだろうし今更掘り返す話題でもないだろう。
大きく振りかぶって指輪を投げた。
「私は、これから自分の道を進んでいく。楽しい思い出と一緒に指輪はここに置いていくわ」
涙は流さなかった。眩しい朝日に目を細めただけだった。楽しい思い出ばかりだった。幼い自分が成長できた場所。大切な友人が出来た場所。一度背を向けた海を二度振り返る事もしなかった。また戻って来る。でも、それまでにまだやらなければならないことが沢山あるから。ここでの私は大切な思い出と共に置いて行こう。
アレクセイが馬にまたがってアナスタシアが戻って来るのを待っている。他にも、大切な、アナスタシアの守るべき人たちが待っているのが見える。
「あぁ、私の帰る場所、いるべき場所はあそこなんだわ」
と強く感じた。
旅立つ前日にパーティーを開いてもらっていたのだが、出発の日の馬車の側にはレオ王子が待っていた。
「ずっと待っています」そう言って手にキスを落とした。とても辛そうなのに笑顔でアナスタシアを見送ってくれた。優しくて綺麗なこの人の手を取れたらと何度思ったことか。
「お体に気を付けて楽しくお過ごし下さいね。また手紙を書きます」
「ありがとうございました。姫様と一緒に過ごせて本当に幸せでした。あと、ルカの事ですが…アナスタシア様と分かれるのが辛過ぎて今日見送りに来れなかった様で…ルカにも良ければ手紙を書いてやってくれませんか?」
「ええ、もちろんです」
さようならは言わなかった。ただ、最後に長い事ふたりは見つめあっていた。
それから年月が経って、アナスタシアは玉座に座っていた。結局、憧れていた異民族との結婚は叶わず同じ白い髪に赤い瞳をつ男性と結婚したのだ。護衛のアレクセイをと推す声もあったが彼は護衛として優れているので結婚相手としての器に押しとどめるのはアナスタシアは賛成できなかったし異性としてみるにはあまりに近しい関係になりすぎていた。できるだけ血の遠い、けれど爵位の高い男が選ばれ、直ぐに子供にも恵まれた。
アナスタシアの子も白い髪に赤い瞳を持つ男の子だ。今、その子はアナスタシアの周りで構ってもらおうとドレスの裾にまとわりついている。
「おかあさま、さっきからなにしているの」
「お手紙を読んでいるのよ」
「おてがみ、だれからですか?」
「ずっと遠い国のお友達からよ」
子供を膝の上に乗せると昔の話を聞かせる。
昔、この国と違って照り付ける太陽に暖かい風、どこまでも続く青い海でのひと時の出会い。子供は目をキラキラとさせながら聞いているが、話せるのはそこまでだ。
何故なら、アナスタシアは何度も来る婚約の話を蹴り続けた挙句に自国の男と結婚してしまったのだから。あの母ですら熱心なレオ王子にほだされ始め、同盟を結べるなら良いかもしれないと言い始めたのに。
そして、レオも抗う事の出来ない運命のままアナスタシアと同じように自国の姫と結婚した。別の友人からの手紙では金髪の青い瞳、まごうことなきエスメラルダの王子様が生まれたと聞いた。
そして数年たった今、その彼が死んだと手紙に書き記されていた。
レオもアナスタシアも若くして王位を継いだが、レオの国の成長は目覚ましかった。金の採掘のお陰で国はうるおい新国王の為に黄金の玉座が作られたそうだ。しかし、レオがその玉座に座ることなく逝ってしまった。まだ幼い血乳飲み子を抱えた姫は美しいが政治を取り仕切るだけの才はなく泣き暮らしていると書かれている。
姫の涙は夫である王の死へのものか、いずれ迫りくる我が子へのものか……。近親相姦を繰り返し美しさと引き換えに手に入れた代償がこれか…とアナスタシアは我が子を見た。他人ごとではない。だが…
「王が座るはずだった黄金の玉座を溶かして、今度は王が眠る黄金の棺を作っているですって?」
何とも滑稽な話だ。エスメラルダに送っていた間者によると金の採掘が急スピードにすすめられた為にもう底をついてしまっている様だった。それに比べてアナスタシアの国は大部分を占める山から石を採掘したり資源が豊富にある。民族間での婚姻時も出来るだけ遠い親戚関係を推奨していた。
手紙を読み終わり窓から外を見ると子供の頃と変わらない山並みと青い空が見えた。アナスタシアの赤い双眸がすうっと細められる。
「私の選択は間違っていなかったわ」
幼い頃、自分の国の男をあんなに毛嫌いしたのはまだ自分の中に残っていた良心というものがあったためかもしれない。あの海岸で見た指輪。それとなく探りを入れると母も過去にエスメラルダにお世話になっていたことがあったそうだ。母だけではない、過去にもアナスタシアの様に明るい国に憧れて未来を夢見た者がいたのは確かだろう。しかし、心をあそこに残して血統を守る道を選んだ。自分も。この国の人間は他の国の人間とはきっと交われないのだ。万年雪を被り続けるあの山々の様に心が冷え切っている。レオの死を伝える手紙を読んで涙ひとつ出なかった。
「私たちの民族の特徴って何かしら?」
後ろに控えていたアレクセイにアナスタシアは問う。
「そうですね、冷静なところでは?」
そう、とアナスタシアは返した。
「子供を別室に連れて行ってちょうだい。それから、軍の責任者たちを呼び寄せるように。会議を始めるわ」
はっとした表情のアレクセイにアナスタシアは一言告げた。
「ずっとずっと、この時を待っていたのよ」
逆光でアナスタシアの表情がアレクセイには良く見えなかった。母王の代よりずっと豪華になったドレスを翻しまだ若い女王はカツカツとヒールを鳴らし王の間から出ていく。子供を乳母に預けるとアレクセイはその後ろに続いた。大股で歩いていく彼もまた女王と同じ気持ちに違いなかった。彼らには同じ血が流れているのだから。
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