かみくら+の短編集

かみくら+

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煙草

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この時間は人の気配が全くなくなり、遠くのサイレンの音がたまに響くくらいだ。
 春先の肌寒い外気が頬に触れる。カーディガンを羽織ろうかとも考えたが、めんどくさくなってやめた。


 なんだかひとり、孤独を感じてしまうのは夜の静寂のせいだろう。
 ずっとコンロの端に置いたままだった煙草とライターを手にしたのも、ほんの気まぐれだ。しばらく使われていなくて不安だったが、どうやら普通に使えそうだった。

 口に咥えて、ライターをつける。

 忘れたはずだったのに、嗅覚と味覚はきちんと記憶していたようで、一息吸えば気持ちがおさまった気がした。

 吐き出した煙が横に流れていくのを、ぼーっと見つめる。
 煙草の匂いがおろしたままの髪に移りそうだったが、面倒臭くて放っておくことにした。
 別に匂いがついたって誰からも文句は言われない。気にする必要はない。

 ポッケに入れていたケータイをとりだし、つい数分前までやり取りしていた画面を開く。
 最後にしたやり取りの部分を見つめた。
 枕に身を伏せるスタンプを送ってきた相手は、すでに夢の中にいるのだろう。


 いつものようにやり取り出来ていただろうか?
 「よかった」という言葉を、あの人はまっすぐ受け取ってくれただろうか?
 自分のことを"いい人"のままでこれからも接してくれるだろうか?


 この煙草はあの人が数本吸っただけで、ほぼ中身が残ったまま置いていったものだ。たぶん忘れていっただけなんだろうけど、
こんなに残っているものを捨てるのは勿体無いと、喫煙者ではない私に捨てることを躊躇わせたものである。


 しかしはたして、それはもったいないと言う理由だけなのか。
 
 これだけ残したのは、自分に残る気持ちではないかと何処か無駄な期待をしていたんじゃないか。
 
 そんなはずないことはとっくに知っていたのに。
 捨てるかどうかの主導権は初めから私にはなかったのに。


 もう今となっては不用なコレを、わざわざこんな真夜中に持ち出して一服している私はさぞ虚しいんだろうな…
なんて、急に客観的に考えてしまった。

 煙草はもう残りが短くなってきた。
 ここまできても、やっぱり勿体無い気持ちがあって指で摘めるギリギリまで一気に息を吸い込む。

 空き缶に水を入れた即席の灰皿に吸い殻を入れて、開いたままだったトーク画面に触れた。
 一覧に戻って左にスワイプをして、赤いボタンを押す。

 煙草なんてもう吸わないし、まだ残りはあるがこれも捨ててしまおう。
 二度とこの箱を手にすることはない筈。


 だけどめんどくさがった自分のせいで、髪に移ってしまった匂いで、
 一晩だけ気持ちが捨てられない事は
許してほしいと思った。
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