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第3章 商都地変編

第65話 怒号呼ぶ談話

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「では、私も失礼するよ」

 そう言ってウォルターは俺の対面に座る。
 すると、この部屋の扉が開かれるとそこにはにこにこと笑顔の女性がいた。水色ハーフアップの髪型、クラリスと似た聖騎士のような鎧を身にまとっているが体の一部分しか装甲が施されていない軽装で、ルミナに負けない自己主張の激しい胸が露わになっていた。その女性は片手に紅茶の入ったティーカップを乗せたトレーを持ち、ゆっくりと近づくと俺たちの前に一つずつ丁寧にティーカップを置いていく。

「貴方が例の回復術士さんかしら? 初めまして、私はウォルター様の秘書兼戦友兼愛人のアイギスと申しますわ♪ 以後、お見知り置きを♪」

「はぁ……どうも」

 アイギスが差し出した右手を俺は恐る恐る握り、握手を交わした。

「秘書兼戦友までは認めるが、愛人と言う嘘を客人の前で言わないでくれるかアイギス?」

 ウォルターは目だけでアイギスの顔を見て言う。

「あらあら、照れなくても良いのよ? うふふ♪ では、ごゆっくり」

 アイギスは口に手を当て、笑みを浮かべながら早々と部屋を後にする。
 ウォルターはアイギスが置いて行ったティーカップを手に取るとゆっくりと口へ運ぶ。俺もそれに合わせたわけではないが、緊張からくる喉の渇きを少し潤す為に紅茶を一口飲んだ。
 爽やかな味と丁度良い温かさをした紅茶は俺に落ち着きを取り戻させてくれる。俺はゆっくりとティーカップをテーブルに置き、話を始める事にした。

「……で、話の続きだがどうして俺の事を知っている?」

 ウォルターもティーカップを目の前に置き、机の下の長い足を組んだ。

「単刀直入に言うよ? 君は聖騎士協会内で指名手配のお尋ね者になっている」

「はぁ⁉」

 ウォルター吐いたその言葉に俺は思わず大きな声を出してしまった。しかし、動揺したのは俺だけではなかった。

「ちょちょちょっと⁉ なんでフールがお尋ね者にならなきゃいけないわけ⁉」

「私も理解できません! 理由を述べてください!!」

「脈絡もなくおかしいです!! そんな事!!」

 セシリアとルミナ、そしてソレーヌが身体を起こして食い気味にウォルターへと問い詰め始めた。なんで俺よりもお前らの方が熱くなってるのかってツッコミは置いて置く。

「……ふ、まぁ落ち着きたまえ。戦を嗜む者はいかなる事でも取り乱すことはあってはならぬのだよ」

 ウォルターは落ち着いた口調で女性陣をなだめた。

「それに……もし、私たちが彼を捕まえる意思があるのならば、とっくに君たちは他の兵に囲まれて本部へ連行されているはずだが?」

 それはウォルターの言うとおりだった。自ら鳥が鳥かごの中に入るかのように指名手配犯がと聖騎士協会と言う檻の中へと自ら入っているのだ。俺が何を理由に指名手配されているのか分からないが、捕まえる側に取っては千載一遇のチャンスであろう。しかし、入ってきたのは彼以外誰もいない。それに、アイギスと言っていたあの女性も俺たちに紅茶を差し出してくれた。まるで、普通の客人をいつも通りもてなしているように見えた。それを考えてみると明らかに現在の状況が不自然で成らない。

「みんな、一度落ち着け。席に着くんだ」

 俺は3人にそう告げるとセシリア、ルミナソレーヌは渋々席へと座る。ここからは俺が詳しい話を聞いていくしかない。

「色々、聞きたいことが山ほどあるが取捨選択して聞く。まず、なぜ俺が指名手配を受けている?」

「さぁ? 理由など、私達が決めたわけではない。私が部隊長を任されるときと同時期に上の者に言われてね。勿論、理由を話すよう言ったのですが軽く脅され、流されてしまった……」

 理由を話せないのに俺を指名手配にしただと? 一体、誰がそう声を上げたのだろうか。
 謎が謎を呼ぶが、ここで起こっている一番の謎について深く言及させてみることにしよう。

「……捕まえないのか? 今、目の前に指名手配犯がいるんだぞ?」

「……そう本来なら、私も聖騎士であり、司法の管理者として秩序を乱す輩は即刻捕まえるつもりだが……」

 ウォルターがそこで言葉を止める。そして、何やら頭の中で言葉をまとめている様子に見えた。テーブルの上に乗せた手を組み、右手の人差し指を動かしながら。
 俺も緊張から喉が渇くのが早くなっていた。すぐにでも目の前にあるティーカップを手に取って紅茶を飲みたいと思ったがウォルターの言葉を待つことを優先する。
 そして、少し間を置いてからウォルターが口を開いた。

「……こちらにも事情と言うものがある。私たち聖騎士協会第一大隊にとっての目標はこの都市で起こっている地盤変動事件の主犯格を捕らえることにある。君たちがその地盤変動事件に関わっており、私達よりも情報を持っている。そのような状況下で君を捕まえるなど冷静さの欠片もない戦士ファイターがすることではないか?」

 ウォルターのその言葉にセシリアは少しむっとした顔をする。どうやら、戦士は荒くれもののイメージがあることからウォルターはそう言ったに違いない。それをセシリアは快く思わなかっただろう。
 いつもなら穏やかなセシリアの尻尾が今日は一段とピンッと張っており、毛が逆立っている。

「単刀直入に言ってくれ」

 遠回しに話すウォルターに少々俺も苛立ってきたところだったので強めにそう言った。ウォルターは少し笑みを浮かべながら「失礼」と告げる。

「要は現時点で君達は私達の役に立てる立場にあるということ。そして、私が君の指名手配に納得がいってないこと。前者についてはそのままの意味だが、後者の勝手なエゴだ。罪すら伝えられていない者を捕らえるのは私の正義に反するのでね。君はどうする? 私達と最後まで協力するならば君たちを匿う……までとはいかないが見逃してやろう」

 ウォルターの言い分だと協力したら俺のことは豚箱にぶん投げることはしないと言っているが、明らかに話がよすぎるのではないだろうか? こいつのエゴと俺たちが居ることで得られる利益だけ済む話なのか。
 しかし、ここで断る理由も二重の意味でない。俺たちも聖騎士協会に協力を求めに来ていることも事実だし、今ここで捕まりたくないもの事実だ。というか、未だに俺がお尋ね者だという心当たりがないのだが……まぁ良い、ここは素直にお互い協力関係を結ぼう。
 そう考えていた時、隣に座っていたセシリアが歯ぎしりをしながら立ち上がった。

「罪がないのに追われるようなことになっていて、私たちを小馬鹿にしたような発言、今度は脅迫的取引……あなた……それでも聖騎士なの⁉ 法を秩序を重んじる、正義感あふれる人間が聖騎士を務めるんじゃないのかしら‼」

 とうとう堪忍袋の緒が切れたセシリアは激情し、ウォルターに強い言葉を浴びせた。

「おい! セシリア!」

「フールだけじゃない‼ 私たちは知ってるの‼ まだ幼くて、お母さんと離れ離れになって、挙句の果てには追われている身になっている少女のことを‼ どうして……どうして罪のない人が理不尽な不幸に追われなくてはいけないの‼ 協力したら見逃してやろうですって⁉ 見逃すも何もフールは何もしてない! 寧ろ、フールの方が人のために動いているわよ‼」

「セシリアよせ!」

「そういう人間を……1人や2人、助けてみなさいよ‼」

 俺がセシリアを止めようと言葉で遮ろうとするが、それを無視してセシリアは話通した。セシリアの怒りの言葉が終わった頃、部屋は静寂を取り戻す。ルミナもソレーヌも声をかけようとする意志は伝わるが2人とも声を出すことはなかった。目を閉じて、静かに聞いていたウォルターとそれを睨みつけるセシリア、俺はその隙間に入りたくとも入れなかった。いや、入ったが無駄だったというべきだろうか。
 それよりも、ここまでセシリアが怒りを露わにしたのはアルとイルのこともあったからだろう。セシリアは俺とその2人の状況を重ねて見てしまったが故に怒りが抑えきれなくなったのだろう。
 もしかしたら、これで話が悪い方向にでも向かってしまったらどうしよう……そんな考えは生まれなかった。目の前で真剣に俺のことで他人に怒りを向けている人間がいるのだ。そういった意地汚い考えなど生まれることはなかった。
 少しだけ間が空いてから、ウォルターが口を開いた。

「……君の言うとおりだ、セシリア君。聖騎士たる者は正義を掲げ、道に迷える人々を導く。これこそ、誠なる聖騎士だ。私も言い方が悪かった。もし気に触れる言葉があったのなら取り消そう。ただ、勘違いしてほしくないことがある。我々は君を助けたいと心から思っている。しかし、私が裏で相手をしている者たちは強大な力を持っているのだ。大抵、私だけではどうすることもできない。そこで君たち自身の力も必要になってくるということだ。脅迫的に行えば君たちは同意せざるを得ないと考えてああいったが……ふふ、まさか、説教されるとは……」

「それはつまり、助ける気はあるがお前たちの力もないとどうしようもないということか?」

「話の呑み込みが早くてうれしいよフール君。君の隣にいるパートナーが君の為にお熱になったその様子を見て思わず正直に言ってしまったよ」

 やっと本音を話したウォルター。それを聞いてふと我に返ったのか、きょとんとしているセシリアはゆっくりと椅子に座り、茫然としていた。だんだん顔が赤くなっていくセシリアをルミナが宥める様に頭を撫でた。

「素晴らしい仲間を持っている。そんな素晴らしい君が指名手配をされる人間だとは私は思わない。だからこそ、この都市の為、私のエゴの為、そして君の身の潔白の為に協力関係を結ばないか?」

 そう言いながらウォルターはゆっくりと右手を差し出してくる。俺は少し考えたが、ここで考えすぎてもしょうがないと感じた。俺の為に怒ってくれたセシリアの思いを無駄にさせはしない。そう考えたときには、自然と俺の右手は前に出されウォルターと熱い握手を交わしているのだった。
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