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8歳

92 テオside

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「テオ、少し部屋にお邪魔してもいい?」

食後のお茶を飲んでいた時に兄上がそう聞いてきた。数人の領主代理達はもう部屋を出ていない時。ゆっくりとした時間が流れていた時だ。

兄上の頼みを断るなんてありえない。
それよりも、貴族であればその当主に従うのは当たり前のことだ。

「はい。兄上でしたらいつでもお待ちしております。」

兄上は満足そうにいつもより口角をあげた。
最近分かったことだか嬉しいことがあった時、不満だった時、兄上は口角をいつもより上げる。
本当に嫌だった時は魔力が漏れてぱちぱちと音を立てることもある。止めようとしているらしいが俺とルディ様の前では全くと言っていいほど止められていない。

信用してくれていると思えばいいのか。

「楽な格好でいいよ。プレゼントを渡したらすぐに戻るから。」

「まだお渡しになるのですか?」

「店を持たせるだけでも大層な事だと思いますが…。」

「あのお店は必ず売れる自信があるからね。もっとテオのものになるものだよ。」

ことも立てずにカップを置いて席を立つ兄上。それに付き従うアルフレート。あの二人はいつも一緒だな。

「テオ様、クラウス様にいじめられていませんか?」

「あのお方は好き嫌いが激しいですからな。」

ワインをたしなめながら西と東の真っ赤な顔の領主代理が絡んできた。俺ももう部屋に戻りたいのだが。

「いつも良くして頂いている。」

「気に入られましたな。」

「お前達も気に入れられているだろう。」

「我々は役に立つから置いているという方が正しいでしょう。」

「前公爵夫人に忠誠を誓っているだけでクラウス様は追い出したいところでしょうな。」

ハッハッハと豪快に笑い会う様子は兄上の前では見せていなかった姿だ。本来はこういう感じなんだろう。

そっちの方が兄上に好かれそうだな。兄上はアルフレートもルディ様も含めて言いたいことをズバズバ言う人が好きらしい。俺もそうしたいがどうにも兄上が言っていることの方が正しく感じてしまう。そこがいけないのだろう。


「兄上の小さい頃はどんなお方だったんだ?」

「わがままでしたよ。奥様の前では礼儀正したかったですが。」

「いつもいつも外で駆け回って転んで汚れてはクリーンで証拠隠滅していましたな。」

「そうだったな。それを見兼ねた奥様が早めに剣術を学ばせたんだ。」

「魔法も勝手に発動させて屋敷を破壊しましてな、それで剣術と一緒に魔法も学ばせたんです。」

懐かしそうに酒を浴びるように飲みながら互いにお酒を酌み交わす。俺はまだ飲めないから紅茶で喉を潤す。

「ワガママと言うよりかは元気の方が合っているな。」

「いやいや。ワガママですぞ。」

「全くだ。欲しいものは何がなんでも手に入れるお人ですからな。聖皇国の皇子が良い例だ。」

「そういえば、前に好かれていたあの騎士団長の次男はどうなったんだ?」


誰だ。それは。
確か魔法大会に出ていた気がしなくもない。あまり記憶に残っていないということはそこまでの成果を出してはいないんだろう。何故、騎士団長の息子が魔法大会なのかは分からんが。

「俺は会ったことはないな。」

「テオ様が現れてクラウス様の気が逸れたのかもしれませんな。」

「命拾いとはまさにこの事ですね。」

「学園で会うだろうが何もなければ良いな。」

「そこまで何故惹かれるのやら。」

「権力のためでは?」

「まだ幼子だったぞ。そこまで考えるか?」

「…クラウス様ですよ。」

うーん。と一緒にワインを掻き込んで同時にグラスを置いた。この2人は仲が良いのかもしれないな。

ちょうどいい塩梅だ。俺も退出しよう。兄上が先に部屋にこられて待たせるわけにはいかないからな。

「俺もこれで失礼する。」

「「良い夢を。」」






俺が温めた布で体を拭いた時ちょうどドアを叩かれた。早くクリーンの魔法を使えるようになりたい。魔法の先生からもまだ早いと言われている。失敗すれば俺の体は火魔法によって四散爆散か闇魔法によってこの世から消えるらしい。
めちゃくちゃ怖い。そんなものをよく貴族は使うものだと思う。まぁとてつもなく便利だが。
そろそろ風呂に入りたい。男爵家の頃は湯を沸かして入っていたのにな。けどルディ様に聞いても貴族の家に風呂はないらしい。

部屋に来た兄上は部屋着にカーディガンを羽織っているだけ。それにあまり華美では無い黒っぽい箱をっていた。
扉を開ければ兄上は当然のように部屋に入って俺が準備していた紅茶のカップの前にあるソファに座った。そして隣をポンポンと叩く。

兄上のやることだ。俺も逆らわずに隣に深く腰掛ける。

「テオ、これを。」

黒い箱を俺の膝の上に置いて微笑んだ。なんだこれは?プレゼントにしては華美ではない。ただの入れ物にしては飾りが多い。

「開けてもいいですか?」

「ふふ。やってご覧。魔力を流すんだよ。」

そう微笑んで手を離す。なにか企んでいるようだが言われた通りにしてみる。

でもそのまま横にずらしても上に開けようとしても、押しても変わらない。何も動かない。
ニコニコしている兄上を見ても教えてくれない。

「…開きません。」

兄上がそっと箱の側面に触れると箱は意外に重い音を立てた。
開いたのか?箱上部に手を伸ばしたところでまたゴトリと音が鳴った。

「魔力を流すだけで闇魔法の使い手か判別できるものなの。でもある程度の魔力操作も必要になるように作ったよ。」

魔力操作…。確かに今練習中だ。魔力が多いから暴発してはルディ様が笑ってくる。「クラウスには似てねぇな。」って。それに安心してる素振りもあるから嫌だと言えない。

「開けば中にあるものを使えるようになる。次の誕生日までには開けて使ってね。」

「先生達にこれを見せてどの程度の魔力操作か聞いてもいいですか?」

兄上はまた口角を上げた。一体なんなんだろう。ルディ様の前だとたまに子供のようなことするからな。でもルディ様と兄上のイタズラの応酬は子供らしくない規模になるが。

「いいよ。聞くというのは大事な事だからね。」

手のひらを上にして俺に向けてくるから俺もそこに手を乗せる。

《クリーン》

「テオ、男爵家ではお風呂はどうしてたの?」

もしかして臭ったか?水浴びなんて男爵家の時のようにはできないし、体を拭くだけだったんだが…。

「すいません…。臭いましたか?」

目をいつもより開いたけどすぐに元に戻して微笑み直す兄上。魔力の漏れもないから別に怒ったりしているわけでは無さそうだ。

「それは大丈夫だよ。ここに来る前に義母様と会ってね。テオの誕生日を祝うなら私にもプレゼントを渡せって言われたんだよ。それで欲しいものがお風呂なんだって。」

あの人はまた…。兄上に何を頼んでいるんだ。どれだけ迷惑をかけたと思っているんだ。

ここに来た直後に茶会を開いてシルヴェスターの名前を失脚させた。しかも母も俺も後ろ盾のない男爵家。兄上は侯爵家の血筋で皇家の血が濃く現れた光魔法の使い手だぞ。ほんとうにやめて欲しい。これ以上嫌われたらそれこそ俺たちの立場がない。

「母様が申し訳ありません…。」

「いや。言い方は悪いけど内容はこっちの配慮が足りなかったことだからね。魔法が使えないならクリーンだって無理でしょ。話は聞いていたんだから僕から話を持っていくべきだった。」

「それでも母様が悪すぎます。」

兄上の目をじっと見つめて謝罪を受け取ってもらう。それしか出来ないから。
兄上はいつになく優しく微笑んで手を離した。

「テオにあげたかったんだよ。義母様に渡してるお金で家のリフォームまで手は回らないし、その権限は父様にある。父様は帰ってこないから実質僕だね。義母様からのプレゼントと思って受け取って欲しい。」

「兄上…。かしこまりました。」

「良い子。明日からの話し合いはテオにも参加してもらう。明日はこの話から始めるつもりだ。領主代理も知らない話だから1から話せる事柄だけを話すことになる。それでテオにはシルヴェスターの昔話を寝物語として聞いて欲しい。」

兄上の話は本当に御伽噺のようなものだった。

一般に伝わっているウォータント帝国の話は在り来り。

黒い龍と白い龍が争った。それで負けかけた白い龍が人を使って黒い龍を殺そうとした。その龍の言葉を受け取ったのが初代皇帝。白い龍から初代皇帝は黒い龍の首を討ち取るためということで白い龍の力を渡された。
白い龍から貰った能力は未来を予知できるものでそれを使って弟を討伐隊の長に選んだ。
その弟が初代シルヴェスター公爵。弟は兵を率いて黒い龍を何とか倒した。倒したがその時に黒い龍から呪いを貰った。それが皇族の光魔法の始まりとシルヴェスター公爵家の闇魔法の始まり…らしい。
そして世界は平和になって初代皇帝はその慧眼から人々から敬われ、シルヴェスター公爵は黒い龍を倒してこの国の英雄になったと言う話。

なんて都合のいい話だろうと思っていたがまさかこれが嘘と真実の半々の話だとは思わなかった。

うとうととしていたところでふわりと体が持ち上がる感覚。兄上だろうか。冷たい布団に体が触れる。

「良い夢を。」

そう落ち着いた声が聞こえるとスっと力が抜けた。
そうだ眠らないと。明日も早いんだから。




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