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オープニング

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=== 開幕 ===

 ある日、日本中にダンジョンが発生した。

 悪質なトラップがダンジョンへの侵入を阻み、数多のモンスターが徘徊する。
 ダンジョンでは少なくない数の命が散った。

 そんなダンジョンの発生にある者は喜び、ある者は驚き戸惑い、そしてほとんどの者は何もしなかった。

 何がダンジョンだと。
 普通に日常生活を送れるじゃないかと。

 だが。

 一部の者は、立ち上がった。

 ダンジョン攻略の先駆けとなる者がいた。
 共通点があればと、自身が体験したダンジョンの情報をネットにアップする者がいた。
 動画を配信する者がいた。
 たがいに励ましあって攻略する者たちがいた。

 誰に求められなくとも、理解されなくとも、彼らは立ち上がった。

 これは、ダンジョン攻略を目指して戦う、勇者の物語である。



=== 拠点 ===

「ははっ、ダンジョン。ここ・・がダンジョンか」

 薄暗い部屋で、パソコンに向かって毒づく一人の男。

 着古したスウェット、無精ひげに伸びっぱなしのボサ髮で、ぽりぽりと首をかく。

 少しだけ口の端が上がってるのは、男なりに笑っているのだろう。

 乾いた笑い声をあげて、男はイスを半回転させた。

 扉を見つめる。

「ってことはこれが・・・ダンジョンのゲートか。ずいぶんしょぼい入り口で」

 木目調の安っぽい扉は、いつもと変わらずそこにある。

 両親が寝静まった深夜に、こそこそ隠れ出る時だけ使う、扉が。

「ダンジョン、ダンジョンか。んじゃアイツらはモンスターだと。ははっ」

 笑ってるのにほとんど表情が変わらなくなったのはいつからか。


 コダマ カズヤ、24歳。
 およそ3年、安全な拠点で生活してきた男である。


 カズヤはじっと、部屋の扉を見つめた。

 安全な拠点・・・・・から、危険な・・・ダンジョンの・・・・・・入り口・・・を。

 実家の二階の自室・・・・・・・・から、廊下に繋がる・・・・・・普通のドア・・・・・を。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ある男が一本の動画をライブ配信した。

「ここが、引きこもりでニート、『引きニート』の俺の部屋。俺の生活スペースでーす」

 きっかけは視聴者の何気ないコメントだった。

Ineetyou:なんで部屋から出ないの?

 男の答えはこうだ。

「部屋の外は危ないし怖いしモンスターがいるからな。ダンジョンみたいに!」

 普段はほとんど視聴者数がいない、馴染みの顔ぶれだらけの配信ライブはなぜか盛り上がった。
 コメントが続々と寄せられ、男は悪ノリしていく。

BT15:んじゃそこはダンジョンのある街? 迷宮都市?

「そこは拠点ってことで」

RyoSuke0805:扉の外が一階層で地下に潜ってくタイプのダンジョンか
Gokua:うち平屋だ
Shimoyamaaaa:つまりオカンがモンスター!
XXXXXX:草生える
Ineetyou:初期モンスターなのに強すぎませんかねえ

 もはや配信者の男は関係なく、コメント同士のコミュニケーションさえはじまる。

R_Skywalker03:お前らダンジョンを舐めてるな? もう一つの扉の先、三階層からがダンジョンの本番なんだぞ?
BT15:行動パターンが読めないモンスターとの遭遇!
Shimoyamaaaa:待て待て待て、フィールド型にしてもダンジョン広すぎない? 一番奥ってどこ?
CoooooL:会社
XXXXXX:なにそれこわい
hatarakitakunaiMAN:ぜってえたどり着けねえ。四天王と対面して倒さなきゃいけないんだろ?
CoooooL:じゃあコンビニ
zawatake:ハードル下がりすぎィ!
Daisu765:モンスターがいてトラップがあって。たしかにダンジョンみたいなもんか

「よし、俺ダンジョン行ってくる」

XXXXXX:バカだバカがいる
R_Skywalker03:おい待て、そんな装備で大丈夫か?

 けっきょく、引きニートの男は台所にたどり着いたものの、家の外には出られなかった。
 けれど。

「5年ぶりに一階に下りた……」

BT15:うおおおお! 勇者だ! 勇者がいる!
CoooooL:ダンジョンを攻略する。まさに勇者
RyoSuke0805:……俺も出てみようかな
hatarakitakunaiMAN:続け勇者よ! 俺は出るぞ!
Daisu765:働けおまえら

 深夜の謎テンションである。

 動画サイトやライブ配信、SNSに匿名掲示板。
 ネット界隈において何が盛り上がるかなど誰にもわからない。

 過去、掲示板では「視聴したスレ住人の知能が下がってる」と言われたアニメが爆発的なヒットを見せ、「妻に『愛してる』と言ってみるスレ」はもはや定番となり、はるか昔には「電車男」が一大ブームになった。
 SNSや動画投稿サイトでは今日も謎のコンテンツがバズり、話題になることを狙ったものはたいてい失敗している。

 ともあれ「引きニートにとって外はダンジョンだ」というネタは盛り上がり、整理され、ルールが決まり、報告や相談用のサイトさえ作られた。

 以下は、部屋の外をダンジョンに見立てた設定とルールの一部である。

・ダンジョン攻略動画のアップロード、ライブ配信は必須ではない
・部屋を拠点として、扉の向こうをダンジョン第一階層とする
・家の二階に部屋がある場合、一階がダンジョン第二階層とする
・マンション、平屋の場合は階数に応じる
・つまり、ダンジョンは無数に存在して形は一定ではない
・各ダンジョンやモンスターの情報を書き込む場合はサイト内の専スレで
・ダンジョン攻略に挑む者を勇者と呼ぶ
・ダンジョンの最深部はファミリー○ートとする
・ダンジョンマスターに金銭を渡し、ファ○マで秘宝を得て帰還した者を「真の勇者」と讃える
・最深部に挑む勇者に入手すべき秘宝は示されるが、最深部の中の情報は一切明かさないこととする


 勇者が軽い。
 軽いが、ガチの引きニートにとって、コンビニに行って帰ってくるのは難題なのだ。
 真の勇者が讃えられるのは当然のことである。喝采せよ。

 ちなみに、最深部がセブ○イレブンではなくファミ○になったのは店舗数が理由だった。
 業界第一位の店舗数を誇るセ○ンは、そこそこ近くにあるゆえに。
 別にファ○マにダンジョンマスターはいない。いないよね? マクドナ○ドには魔王がいるかもしれない。

 とにかく。


 こうして、ある日、日本中にダンジョンが発生した。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「余裕だろこんなの! お前らどんだけ引きこもってんだよ!」

 急浮上した動画に気付いてチェックするカズヤ。
 さっそく作られたサイトで設定とルールを確認したところで、カズヤがパソコンに突っ込んだ。
 勢いのまま、専用サイトに用意された掲示板に書き込む。

“俺ちょっとダンジョン攻略してくるわ。ここでライブ配信しまーす。https://www.~~~:”

 そう、カズヤは自分のチャンネルを持つ零細ゲーム実況者だったのだ。

 すぐに、掲示板が新たな書き込みで埋まる。

名無しの勇者:おめでとう! これで今日から君も勇者だ!
雪国勇者:危険なダンジョン攻略への挑戦をあっさり決意するとはさすが勇者!
かませ勇者A:おいおいおい、こんなひょろっちいヤツが勇者かよ
かませ勇者B:なあ新人勇者よォ、センパイ勇者にはおごるもんだよなァ?
冷やかし勇者:テンプレおつ
真の勇者08:かませ勇者には反撃していいぞ新人勇者
自宅警備員X:そっちのダンジョンはどんな感じ?
ベテラン勇者LV.1:いいか新人、自分を過信するな。ダンジョンじゃ調子に乗ったヤツから死んでいくからな
(自称)陽キャ勇者:死なないけどね! 死なないよね?

 勇者が軽い。
 あとロールプレイがノリノリすぎる。

“続きはライブ配信でよろしくー”

 最後に書き込んで、カズヤはイスから立ち上がった。
 デスクにあったミニ三脚を手にしてスマホをセットする。

「んじゃ軽くファーストアタックしてきまーす」

 慣れた手つきで配信をはじめて、(カズヤ的には)いつもの挨拶をする。
 チラッと見えた視聴者数は、すでに過去の自己最高記録を塗り替えた。

 上機嫌でくるっとターンしてダンジョンの入り口に向かう。

 光を飲み込む暗闇がぽっかりと口を開けているわけでもなく、見張りの兵士が守るゲートがあるわけでもなく、門に『いっさいの希望を捨てよ』と書かれているわけでもなく。

 いつもと変わらない、木目調の安っぽい扉がそこにある。

「さて、ここからダンジョン攻略スタートです!」

 引きニートといっても、カズヤが部屋の外に出ることはある。
 同じ家で暮らす両親が寝静まった深夜に。

 だからこれは、いつもと変わらない行動のはずだ。
 ダンジョン第二階層——実家の一階までならば。

「ダンジョンか。そういえば俺、いつから家の外に出てないんだろ」

 押し下げるタイプのドアレバーに手をかけて、カズヤがポツリと呟いた。
 さっきまでの勢いはどこにいったのか、声は小さく震えている。

 一度目を閉じて。
 伸び続ける視聴者数に背中を押されて。

 カズヤはガチャリと扉を開けた。

 入り口を潜って足を踏み出す。

 ダンジョン第一階層へ。
 つまり実家の二階の廊下へ。


 新たな勇者の、ダンジョン攻略がはじまった。


 ちなみに、カズヤが大学入学後に溶け込めず中退してニートになってから、およそ5年が経つ。
 最後に家の外に出たのは約3年前のことだ。
 引きニートだが10年は引きニートしていない。
 ただ、「お前らどんだけ引きこもってんだよ」と突っ込める立場ではないだろう。カズヤに自覚はない。

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