蒼天の城

飛島 明

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第一部 再興編

死闘

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 土蜘蛛の居所が燃えている。まるであの時の、諏和賀城のように。


 その一番奥まった頭目の居室。
 更に奥には寝所がしつらえてあるようで、この期に及んで伽の者でも侍らせていたのか、人影が二つ見えた。

 寝所から一人の男が出てきた。
 ゆらりと刀をぶらさげて、草太の前に立ちふさがった。
 逞しい骨格だったが、肉が落ちてしまっている躯に女物の寝着を纏っていた。
 やはり肉の落ちた、そげた頬。
 落ち窪んだ眼窩の中に狂おしい炎がゆらめいている双眸。
 全身から、世界を憎み。恨み、呪い続けてきた凶気がたちのぼっていた。


 瞬間的にこの男だと。
 祖父と自分が追い求めた実の伯父、一郎太だと草太は悟った。

 いや、今はもう伯父とは呼ぶまい。
 父を、兄を、菜をを。一族全てを滅ぼした土雲の総領だ。

 草太は一郎太の尋常でない殺気と凶気に総毛立った。技量はおそらく草太より上。しかし、負けてはならない戦いだった。
 生きて還る為にも。

「お前の弔いの為に、名を聞いておこうか、若いの。
お前の貌は、狂おしい程に憎い男の顔を思い起こさせる」
 太い、嗄れた声。どこまでも、昏い表情。

「草太!」
 言い果てぬうちに草太の躯が跳んだ。

「なんだと……?」
 ぎらり、と一郎太の眼が光った。
「草太だと? 貴様もかっ! たわけた事を!」
 謎めいた咆哮、一郎太が黒い影と化した。


「『蜘蛛』はいい味であったかよ?」
 一郎太が、無造作に刀を横に薙いだかのようにみえた。
 体を縮めて避けたが、草太の後ろにあった柱が、鮮やかな切り口で上下に割かれた。

「なにっ?!」
 草太の刀が斬撃をくり出す。
 迎え撃った一郎太の刃と#鬩__せめ_#ぎ合い、ぎん!と火花が散る。

「顔を焼いて、吉蛾を彷徨わせておいたのよ。
なかなか美形であったから、焼くのは惜しかったがよ!!」
 息のかかる近さで、一郎太の貌が相手を陥れる悦びに歪んだ。

「……貴様ぁッ」
 この男は、間者に仕立てる為に幼子の顔をわざわざ焼き、焼け野原の戦場に置き去りにしたというのか。
 その幼子の顔は、誰の顔であったか。
 草太の双眸が戦慄と憎悪で、より獰猛な目つきになる。

「太郎一が食い付いてくるかと思うてたがよ。まさか、親父殿が拾うてくれるとはな!」
 一郎太の狂った哄笑が草太を襲う。
「あのおなごはな、主らに放つべく儂が女を孕ませて産ませた『毒蜘蛛』よ!!」

(ではこはとは……!)
 その為だけにこの世に生を享け、実の父の間者となる為だけに育てられたというのか!
 草太は目が眩むような怒りを感じた。

(奴の思惑に乗るな!)
 己を戒める為、ぎり、と奥歯を噛みしめた。
 冷静さを欠けば命取りとなる。
 既に心理戦が始まっているのだ。

「老獪な時苧のことよ。
”こやつは怪しい、わしの放った間者”だと、すぐ彼奴は勘付いたろうさ。
だが、そこが彼奴のずる賢いところよ。
その場で弑さず、尻尾を出すまでお前の側において、監視しておったのよ!」
 一郎太は草太を嘲笑いながら、刀を繰り出していた。
「お前は、実の祖父にも謀られたのよ!」

 刀を受け止めながら草太は、一郎太の言葉を心に留めまい、とした。


 あの祖父のことだ、そうした考えもあったやもしれぬ。
 この男の言葉に囚われれば太刀筋が鈍くなる。
 いったん離れ、一郎太のくり出す刃を受け流した。呼吸をはかり、避け難い大腿辺りを狙って刀を横に薙ぐ。

 べたっと、一郎太が地に這った。
 草太は目を見開いた。

 信じられない動き。
 間髪を入れず、地面から蛇のように刀身が草太に襲う。
 咄嗟に躯を後ろに逸らし、とんぼを切った。が、着地点を見越した一郎太の刀が、今度は地面と並行に草太の足首あたりを薙いできた。

 ぶん!!
 重そうな空気を薙ぐ音と風が草太の足を舐めた。

「っ!」
 片足ずつかろうじて着地点をずらしておらねば、足首から切断されていたであろう。
 恐ろしい強力であった。

「わしの、もうひとつの通り名を教えてやろう。『暗蛭』よ」
 地面から声が沸きあがると、そのまま、身体が垂直に持ち上がった。
 予想しえない動きであった。
(こやつは蛇の化身か!)

「吉蛾はもともと、暗殺集団。
汚泥に身をひそめ、闇から命を貰い受ける。
女の躯に言う事をきかせ、子を斬殺し、親を拷問してみせる。
なんとしてでも務めをやり遂げる者たちよ。
外道を厭わぬ刃の心を持ったゆえに、吉蛾の下忍と呼ばれてきたのよ!
儂はそれを、吉蛾の時苧に骨の髄まで仕込まれたのよ!!」




 草太には、一郎太の動きが、全く予測できないでいた。
 刃を向ければ、計算出来ぬ立体的な回避をされる。体術に切り替えると、恐ろしい力を込めた刃が黒い風となって草太を襲う。
 一郎太に翻弄されるまま、草太の躯に傷が増えていった。血が流れ、躯が次第に重くなる。ふと、一郎太の双眸をみてぎくり、とした。
 嗤っていた。
 必死に避けねば致命傷に至る傷を負わせる程度に、わざと力を抑えているのだ。
 一郎太がにたり、と唇をあげた。嬲っていることに草太が勘付いたと気付いたのだ。


 ぐらり、と草太の躯が傾いだ。
 一郎太が刃をふりかざした。
 草太の顔によぎった一瞬の絶望を見てとったのだ。
 しかし、それは草太の誘いだった。
 右手で防ぐふりをしながら、指で右手に仕込んだ暗器の仕掛けを引く。細い、鋼鉄の刀子が飛び出す。と同時に踏み込みざま左手の刀を振りかざした。

「ぬるいわ!」
 躱しながら、草太の左手の刀身を蹴り上げ、かえす刀で草太に切りかかった。
 草太の左腕が泳いだ。

「おまえの本気はこんなものかよォ、時苧ッ」
 一郎太が吠えた。
「草太の殿に毒されたかよ? このように甘い技しか、出せぬとはなっ」
 一郎太が目の前の草太にではなく、この場におらぬ時苧に向かって叫んでいた。

「もともと貴様は、汚れ役を儂におしつける算段だった!
草太の殿のおめがねにかなう、お綺麗な太郎一に家督を譲るつもりであったのだ!
最初から、儂なぞ貴様の眼中にはなかったのだ!」
 一郎太が絶叫した。

 草太は、目を見開いた。
 自分を介して、この男は。父である時苧と、弟の太郎一、そして諏和賀の殿の三人と闘っているのだ。

「伯父貴っ、それは違う……!」
「違わぬ!」

 右腕に意識を切り替えたその一瞬を、一郎太がそれを見のがす筈はなかった。
 ふりあげかけた刀を猛然と突きに変えた。殺気が風となって、草太の顔を襲う。
(死ぬ訳にはいかん……!)




 あの娘に、還ると約束したのだ。
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