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六章 公爵の孫娘
女王様の最後の戦いである
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女王の手へともどる星剣が進路上、ル・ハイドの背中に突き刺さった。
鞘に収まっているため貫くまでにはいたらない。彼ともども『女王にむかって飛んでくる』。
「ぐぅおおおおおおお!」
姿勢を低くして足をのばし、前方へすべりこむ。敵を頭上にかわしつつ手を伸ばす。もどってきた星剣をつかもうとしたが――
「……これは!?」
ル・ハイドの武器が幾重にもまきついていた。柄も、鞘も、見えないほどに。
つかめない!
反対側の壁へと激突するのを見送る。
とはいえ、全身をたたきつけられた相手には大きな痛手になったはずだ。
「ガハッ……だが……」
もういちど星剣を呼んで同じように……そう思いついたときには遅かった。
「取ったぞ……!」
立ちあがった相手は、がんじがらめの星剣をふみつけて引っ張った。
「うおおおおおお!!」
ガラスがきしむような鈍い音とともに、『星』が砕けた。
「……お前の武器は死んだ。こちらも無傷とは……いかなかったがな」
見ると、ル・ハイドの二刀の紐が切れていた。彼の力がどれほどのものかを物語っている。
残った数枚の刃……伸ばせば並の剣ほどの長さになるだろう。
「数多の星が集うとも、夜を照らすにはほど遠い。この国を導く一等星よ……闇に消えるときが来た」
来る。こちらの接近をゆるさず、距離をとりつづけられる脚力が……向かってくる。
大きく両腕を振りかぶり――
「アンナ・ルル・ド・エルミタージュ、覚悟!!」
「星剣!」
女王はふたたび星剣を呼んだ。強く踏みこみ、一閃……返しにもう一太刀。狙いは腕。
初めて『重傷』を負わせるつもりで打ちこんだ。しかし手ごたえが想像とはるかに違っていた……
「星……剣……? ばか、な……」
崩れ落ちるル・ハイド。破壊された腕は、割れた陶器のように粉々になっていた。まるで――
「『数多の星』……そうか……剣はひとつでは……なかったのか……」
「ル・ハイド……あなたは一体……?」
「俺は……闇だ……光あるところに現れる闇……その星剣のおかげで気づいた……無数の星があるのなら……闇もまた……」
黒ずくめだった彼の容姿が、色あせて灰になっていく……
「俺がここで散ろうとも……闇は……いずれまたやってくる……何年さきかわからぬ。案外……すぐかもしれんぞ?」
王家の伝承には次の一節があった。『星の光が近くによれば、影を成すことかなわず』と。
「かならず打ちはらってみせます」
男は塵となった。彼が何者だったのか、調べても判明するかわからない。
いま確かなことはひとつ。たとえ新たな刺客があらわれても負けない、かがやける女王になるという決意だった。
「……まったく、大きな音がするから来てみれば。口ほどにもない男だ」
「エルミーナさん!?」
「黙れ。口をひらく許可はしておらん」
決戦の熱がのこる中庭にやってきた壮年の貴族。縄にかけられたソニアを連れている。
「あなたが……ソモン」
「いかにも。ふむ、これがあの男か?」
さきほどまでル・ハイドだった灰のかたまりを、無造作に蹴って飛ばしながら言う。
「『邪魔をするものが来る』と言うから好きにやらせたが……こんな大がかりな仕掛けをしておいて敗れるとは情けない」
「ル・ハイドは何者だったのですか?」
「知らん。人間じゃなかろうが、灰になろうが関係ない。ようは使えるか使えないかだ」
「エルミーナさん、逃げて!」
「黙れと言っておろうが!」
「きゃあっ!」
捕らわれの少女を殴りつけるソモン。
「ソニアさん!」
「おおっと、動くな。動けばこの娘の命はないぞ?」
彼の目からは野心と暴虐の火が見てとれる。なんとしても止めなくては――
「この地は我のものになるのだ、誰にも邪魔はさせん! 皆の者、出会え、出会えぇぇ!!」
呼びかけに応じた兵士たちが押しよせる。
「女子供でもかまわん! このものを斬り捨……んん!?」
そのときソニアが宙に飛びあがった……正確には『上から強く引っぱられた』。
「わわわわ、なにこれっ!?」
城壁の上に、ヒノカとルネの姿があった。投げ縄をつかってソニアを引き寄せたのだ。
「ヒノカ! ルネ!」
「芸人の投げ技、なめんなやー!」
「メイドの腕力もですよー!」
「いやメイド関係あるんか! 腕力に!」
いつものふたりを見ていると力がわいてくる。ル・ハイドと戦う前よりもみなぎってくる。
ここまで旅ができてよかった……改めてそう思った。
「まあええか! お嬢ー! ソニアはこっちで守るから、思いきりやったれやー!!」
「……ありがとう」
援護に応えるため、星剣を上段にかまえた。
「ソモン……あなたの悪事もここまでです!」
「くそっ、かまわん! まずは目の前のこやつを斬れ! 斬れ、斬れえ!」
兵士たちは状況についていけず動揺しているのだろう……剣筋が乱れ、腰も引けていた。
「なにをしておる馬鹿どもが! さっさと行かんか!」
ソモンの怒声に押され、やみくもに突っこんでくるばかり。
気力に満ちた女王は、今日いちばんの速さと強さをもって星剣とともに舞った。
総勢十五人……すべてを一撃で倒し、もはや立っているのはソモンのみ。
「お、おのれええええええ!!」
狂乱したか、悪人は武器も持たないまま飛びかかってきた。
冷静にその胴体を打ち抜き、戦いは終わった。
「お待たせしました。こちらは終わりましたよ」
「ははは……お嬢、はやすぎやで!」
見上げると、ソニアの拘束をほどいている途中だったようだ。
「もうちょっと待っててな」
「ええ……」
鞘に収まっているため貫くまでにはいたらない。彼ともども『女王にむかって飛んでくる』。
「ぐぅおおおおおおお!」
姿勢を低くして足をのばし、前方へすべりこむ。敵を頭上にかわしつつ手を伸ばす。もどってきた星剣をつかもうとしたが――
「……これは!?」
ル・ハイドの武器が幾重にもまきついていた。柄も、鞘も、見えないほどに。
つかめない!
反対側の壁へと激突するのを見送る。
とはいえ、全身をたたきつけられた相手には大きな痛手になったはずだ。
「ガハッ……だが……」
もういちど星剣を呼んで同じように……そう思いついたときには遅かった。
「取ったぞ……!」
立ちあがった相手は、がんじがらめの星剣をふみつけて引っ張った。
「うおおおおおお!!」
ガラスがきしむような鈍い音とともに、『星』が砕けた。
「……お前の武器は死んだ。こちらも無傷とは……いかなかったがな」
見ると、ル・ハイドの二刀の紐が切れていた。彼の力がどれほどのものかを物語っている。
残った数枚の刃……伸ばせば並の剣ほどの長さになるだろう。
「数多の星が集うとも、夜を照らすにはほど遠い。この国を導く一等星よ……闇に消えるときが来た」
来る。こちらの接近をゆるさず、距離をとりつづけられる脚力が……向かってくる。
大きく両腕を振りかぶり――
「アンナ・ルル・ド・エルミタージュ、覚悟!!」
「星剣!」
女王はふたたび星剣を呼んだ。強く踏みこみ、一閃……返しにもう一太刀。狙いは腕。
初めて『重傷』を負わせるつもりで打ちこんだ。しかし手ごたえが想像とはるかに違っていた……
「星……剣……? ばか、な……」
崩れ落ちるル・ハイド。破壊された腕は、割れた陶器のように粉々になっていた。まるで――
「『数多の星』……そうか……剣はひとつでは……なかったのか……」
「ル・ハイド……あなたは一体……?」
「俺は……闇だ……光あるところに現れる闇……その星剣のおかげで気づいた……無数の星があるのなら……闇もまた……」
黒ずくめだった彼の容姿が、色あせて灰になっていく……
「俺がここで散ろうとも……闇は……いずれまたやってくる……何年さきかわからぬ。案外……すぐかもしれんぞ?」
王家の伝承には次の一節があった。『星の光が近くによれば、影を成すことかなわず』と。
「かならず打ちはらってみせます」
男は塵となった。彼が何者だったのか、調べても判明するかわからない。
いま確かなことはひとつ。たとえ新たな刺客があらわれても負けない、かがやける女王になるという決意だった。
「……まったく、大きな音がするから来てみれば。口ほどにもない男だ」
「エルミーナさん!?」
「黙れ。口をひらく許可はしておらん」
決戦の熱がのこる中庭にやってきた壮年の貴族。縄にかけられたソニアを連れている。
「あなたが……ソモン」
「いかにも。ふむ、これがあの男か?」
さきほどまでル・ハイドだった灰のかたまりを、無造作に蹴って飛ばしながら言う。
「『邪魔をするものが来る』と言うから好きにやらせたが……こんな大がかりな仕掛けをしておいて敗れるとは情けない」
「ル・ハイドは何者だったのですか?」
「知らん。人間じゃなかろうが、灰になろうが関係ない。ようは使えるか使えないかだ」
「エルミーナさん、逃げて!」
「黙れと言っておろうが!」
「きゃあっ!」
捕らわれの少女を殴りつけるソモン。
「ソニアさん!」
「おおっと、動くな。動けばこの娘の命はないぞ?」
彼の目からは野心と暴虐の火が見てとれる。なんとしても止めなくては――
「この地は我のものになるのだ、誰にも邪魔はさせん! 皆の者、出会え、出会えぇぇ!!」
呼びかけに応じた兵士たちが押しよせる。
「女子供でもかまわん! このものを斬り捨……んん!?」
そのときソニアが宙に飛びあがった……正確には『上から強く引っぱられた』。
「わわわわ、なにこれっ!?」
城壁の上に、ヒノカとルネの姿があった。投げ縄をつかってソニアを引き寄せたのだ。
「ヒノカ! ルネ!」
「芸人の投げ技、なめんなやー!」
「メイドの腕力もですよー!」
「いやメイド関係あるんか! 腕力に!」
いつものふたりを見ていると力がわいてくる。ル・ハイドと戦う前よりもみなぎってくる。
ここまで旅ができてよかった……改めてそう思った。
「まあええか! お嬢ー! ソニアはこっちで守るから、思いきりやったれやー!!」
「……ありがとう」
援護に応えるため、星剣を上段にかまえた。
「ソモン……あなたの悪事もここまでです!」
「くそっ、かまわん! まずは目の前のこやつを斬れ! 斬れ、斬れえ!」
兵士たちは状況についていけず動揺しているのだろう……剣筋が乱れ、腰も引けていた。
「なにをしておる馬鹿どもが! さっさと行かんか!」
ソモンの怒声に押され、やみくもに突っこんでくるばかり。
気力に満ちた女王は、今日いちばんの速さと強さをもって星剣とともに舞った。
総勢十五人……すべてを一撃で倒し、もはや立っているのはソモンのみ。
「お、おのれええええええ!!」
狂乱したか、悪人は武器も持たないまま飛びかかってきた。
冷静にその胴体を打ち抜き、戦いは終わった。
「お待たせしました。こちらは終わりましたよ」
「ははは……お嬢、はやすぎやで!」
見上げると、ソニアの拘束をほどいている途中だったようだ。
「もうちょっと待っててな」
「ええ……」
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