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六章 公爵の孫娘

女王様は思わぬ相手と再会なさる

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 潮風がかおる西の都バレンノースに到着した女王たちは、別行動中のルネが追いつくまで滞在を続けることに決めた。

「さあさあ、よってらっしゃい、みてらっしゃい! お代は観てのお帰りやでー!」

 商船が行き来するこの港町は、旅芸人にとってよき『稼ぎ場所』である。今日もヒノカは稼いでいた。

 艶やかかつ優雅な舞のみならず、両手をつかわずに笛の音を操る妙技。女王も何度か教えてもらったものの、まだ笛の演奏だけでせいいっぱいだ。



 船乗りと商人たちをはじめ多くの人々がヒノカに魅了されていったが、手じまいのあとも熱い視線を送りつづける少女がいた。こちらと同じくらいの年ごろだろうか。
 宿へ歩きだそうとしたとき、こちらに駆けより話しかけてきた。

「ありがとう踊り子さん。すごくきれいだった」
「こりゃおおきに。明日もやるから、よかったら見たってや」
「明日か……」

 ほんのすこしだけ顔がくもる。

「……うん、時間があったらぜったい来る」
「おう、待ってるで!」

「……あっそうだ! これ、おひねり。ぜんぶ持ってっちゃっていいからね!」

 そう言って布袋をヒノカに渡すと、少女は走って去っていった。



「今の方は明日も来てくれるでしょうか?」
「ああ……うん、そうなるとええな」
「……? どうしました?」

 ヒノカは心ここにあらずといった様子で、袋をまじまじと見つめている。彼女にしてはめずらしい反応だ。

「おかしい……やたら重たいでこれ。お嬢、ちょっと持ってみ」
「はい……っ、これは……」

 手のひらほどの大きさだが……たしかに重かった。手が地面へと押しこまれるようだ。
 厚みのある板状の物体。女王はこれに近い感触のものをひとつ知っている。

「金……?」
「きんんん? あんな普通の子が持ち歩くか? もし持ってても、ぽーんと人に渡せるもんちゃうやろ」
「開けてみましょう」





 予想通り、入っていたのは金のインゴットだった。表面には商会の刻印がはいっている……偽物ではない。
 このインゴットから金貨を15枚以上つくることができる。

 それがふたつも入っていたのだ。

 女王にとっては城に保管されている資産の形のひとつにすぎない。しかしヒノカは――

「金……純金……? いまの重……てに……ににに……」

 動揺のあまり意識がとびかけていた。そんな彼女に声をかけようとした、そのとき。

「きんんんんんん!!」

 甲高い声をあげながら突進してくる男。のばしてきた両手をひらりとよけると、勢いそのままに倒れこんだ。

「ハァハァ……あれ? 金、金はどこだ?」

 地面をさする男は、ふるまいに反して高価な服と装飾に身をつつんでいた。
 インゴットとは比較にならないものの、金製とおぼしき指輪をいくつもはめている。

「そこのお方。あいにくですが、これはあなたの物ではありません」

「くうう……俺……俺だってたくさん持ってたんだよ……もっとでかいやつを! たくさん! どこに行っちまったんだよお」



「知るかいっ!」
「ヒノカ!?」

 横からヒノカが威勢よく返してきたので、少しおどろいた。

「へへっ。このおっさんのおかげで目が覚めたで……って、んん?」

「うん? なんだよ女。へへへ、俺に惚れでもしたか……って、んん????」



 ふたりがギョッとしたように見合って固まってしまった。
 なにごとかと男の顔を見ると――

「あっ!」

 女王も思わず声をあげた。
 時間がとまったような硬直のなか、最初にしゃべったのはヒノカだった。



「あんたは確か『西の名君バレンノース公の執政代理人、ゲオル・ベレッツォ』!」

「ちがう、『西の名君バレンノース公の元執政代理人、ゲオル・ベレッツォ』だ!」



 ゲオル・ベレッツォ。
 初めてのお忍びでヒノカと出会った夜、酒に酔いながら彼女に絡んでいた貴族。
 うれしい再会ではないが、なんという奇遇だろうか。

「旅芸人の女……それに……まさかじょお――」

 ゲオルは言いかけて大きくせき払いをした。



「いやまて、まてよ。これは……使える!」
「なんでしょう、また悪いたくらみでも?」

「いえいえめっそうもございません。へへへ……これはお互いに実りのある話になると思いますよ、お嬢様。ささ、こちらへどうぞ。人に聞かれたら大変ですから」

 ついてくるように促す。信用できない相手ではあるが、よからぬことを考えているなら対処しなければ。

「……聞きましょう」
「さすが!」

「お嬢……」
「大丈夫です。ヒノカは私が守ります」
「おう。お互い気ぃつけような」





 解体途中とおぼしき建物の裏まで来た……周辺に人の気配は感じられない。内密な話をするにはぴったりだった。

「ここの領主についてなんですがね。病床に伏してることはご存じでしょう?」
「ええ。ご高齢もあって、直接お話しができたのは何年も前になります」

「お世継ぎがいないという話も知ってますよね?」
「アンタがその座を狙っとったんやないか」
「黙れ、今はこのお方と話をしてるんだ」

「ゲオル。彼女は私のたいせつな友人です。言葉をつつしみなさい」

「は、ははぁ! 失礼しました、取りけします!」

 調子のいい男である。



「……いいでしょう。では、続けて」
「実はバレンノース公には一人娘がいたんですよ。しかし行方不明になった」

「今から20年ほど前……先代のころの出来事。そう聞いています」

「なぜ? どうして? そこまではご存じないでしょう……何をかくそう、当時このゲオルが情報を伏せたんですよ。なかなかの隠しっぷりでしょう」



 ゲオルの言うとおり、その後の記録はない。ゆえに女王は詳しい事情を知らない。
 そして新たに調べようとも、本人に尋ねることもなかった。

 バレンノース公が娘を……たったひとりの子を大事に思っていなかったはずがないからだ。
 当時の彼の心情は、察するに余りある。

 だが――



「理由、気になりませんか?」
「いいえ」
「へへへ、高尚ですなあ。じゃあここからが本題だ」

「まだあるのですか?」



「娘の娘……つまりバレンノース公からみて孫になりますな。最近になって見つかったと、町でウワサになってるんですよ」

「『見つかった』……まさか……!?」

 女王は心臓をつかまれるような衝撃を受けた。予想外ではない……だが限りなく可能性が低いと考えていた言葉だったからだ。





「ひらたく言えば駆け落ちだったというわけです」
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